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新たな問題 3
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サヤという存在が、古参との間に、思いの外大きく軋轢を生んでいた。
女性の立場が弱いフェルドナレンにおいて、男装してまで男の職に就いているサヤ。
しかも彼女は天涯孤独の身の上で、誰も聞いたことのない国から来た、異国の者。
生まれも、育ちも、謎に包まれている。
「そのような不審人物を、次期領主となられる方が、傍に置くなどと……」
というのが、セイバーンの古参であるガイウスの主張。
けれど彼の本心にあるのは……。
サヤが俺のなんであるか。という部分への、懸念だろう。
今までセイバーンに戻ると想定されていなかった二子の俺には、当然将来を約束する相手などというものはなく、それについて、とやかく言われてもこなかった。
けれど、これからは違う。
このセイバーンを背負い、次代へ繋げていくことが求められる。
その上で最も重要なのは、縁を繋ぐ相手……ではなく、その背後にある、血筋。
だから、男装させてまで傍に置く、俺がそこまで執着を見せる女性を、彼は歓迎できない……。
「サヤくんが女中の格好だろうが、レイ様が恋人だと宣言しようが、ガイウスさんは納得しないんでしょうけどねぇ。
ようはあれでしょ。レイ様が近しく傍に置く女性全般が駄目な感じでしょ」
そう言いつつマルは、一枚の書類を終了済の箱に移し、次の一枚を手に取る。
現在サヤは、調理場にてルーシーとともに昼食を作っている。
拠点村のこの屋敷は、食堂と執務室を離したつくりなので、サヤに話を聞かれる心配もなく、こうした話題を大っぴらにできるのだ。
昨日ここに泊まったギルも混じり、サヤのことをどうするか、作戦会議中だった。
それにしても……。
ここ最近、マルの書類仕事が多い気がするのは気のせいか……。手を止めずせっせと仕事を進めつつ、マルの口も止まらない。
「あのガイウスという方、領主様の幼馴染です。乳母の息子だったかと。
つまり、セイバーンがジェスルに寄生されていくさまの、全部を見てきたわけなんですよ。
政略結婚の後、領主様が最愛の人を見つけてしまうことも。
それがもたらした結果も……」
マルの指摘に、場が重い空気になる……。
「それはつまり……サヤがロレッタ様の立場となり、新たに正妻となる方との関係が、軋轢を生むかもしれないという懸念を抱いている……ということですか」
あえて口にしたハインに、一同揃って、溜息を吐いた。
「……馬鹿らしい……。サヤ正妻にすりゃ、万事解決じゃねぇか」
ややこしいことは考えないジェイドが馬鹿馬鹿しいとばかりに言い捨て、それにマルがこくこくと頷く。
「ほんとですよねぇ。サヤくん、後ろ盾は無いかもしれませんが、頭から金の卵を産める身体ですし。セイバーン的には相当旨味があると思うんですけど」
「というより……今からサヤを手放して、やっていけるのですか、ここは。
規模も広げてしまいましたし、従者の仕事すら回らない可能性があります」
「……あのな、もう洗濯とか掃除とか、使用人に回せよ、いい加減……」
ここ人増えたんだろうが……と、ギルが呆れた様子でハインに言うが、掃除はともかく、洗濯を手放す気は無いだろうな……と、内心で思ってしまった。
因みに、シザーはいつも通り、口を開く気は無い様子。ソワソワとしつつ、話を聞くに徹している。
「まぁつまり、ガイウスさんの考えている最大の懸念は多分、領主様の死期ですね。
ここ数代、セイバーンは事故やら病気やらで、後継問題に振り回されています。
もし領主様が早くに亡くなられてしまえば、下手をすると領主様の因果を繰り返すことになりかねない。
だから、早くレイシール様に妻を娶っていただきたい。
とりあえず相手を定めておけば、万が一の場合も成人を待つ必要はありませんし、領主様の肩の荷も下りますから。
でも、どこの誰とも分からない者は嫌で、自分の目で信頼に足ると認めることのできる繋がりを、進めたいということでしょう」
そうまとめたマルの言葉に一同揃って沈黙する……。
きっとその通りなのだろうと思う。
「まぁ……焦りがあるのは、分かるけどな。
分かるが……その、血縁優先の婚姻が、こんな事態を招いたんだろうに……」
ギルがそう言い、苦い顔で頬杖をつく。
両親を亡くした父上は、その後婚約者までをも亡くした。二十歳を過ぎる頃には、領地運営の方に振り回され、結婚どころではなくなり、それがやっと落ち着いたとなった頃、断れない相手……上位貴族からの打診を受けるしかなくなり、それが長きに渡り、セイバーンを蝕んだ。
そんな問題が降って湧く前に、対処しておきたい……ということなのだ。
「分かっていても、それが貴族社会だよ……。
そこから外れて、成り立ってはいけないって、ことなんだろ……」
だから、婚姻は「義務」なのだ。
「サヤくんなんて、可愛いものなのにねぇ。
後ろ盾がないってことは、いらぬ柵もないってことですし。
しかも彼女、命懸けで、レイ様を守ろうとしてくれるんですよ?
そんな献身を示してくれる女性、貴族中探したってなかなか現れてくれないと思いますけどねぇ。
それに……」
そう呟いたマルが、ちらりと、ハインに視線をやる。
「僕は僕の利益のために、自分勝手したりしますし、ハインなんて獣人ですしね。
レイ様の印を得ている中で、レイ様に害の無い者なんて、本当はサヤくんくらいなのに……ただ女性ってだけで目をつけられて、貧乏くじですねぇ」
黒い笑みを浮かべ、そんな風に言う。
その二人だって、俺は害になるなんて、かけらも思ってはいないが。
「その実態を知ったらどんな顔するでしょうねぇ」
くつくつと嫌な笑い方をするマル。
……なんだか雰囲気が妙に重暗い……これはもしかして……。怒っているのか?
未だ嘗て見たことのない雰囲気のマルに、少々驚いてしまったのだが、他の皆はそれに気付いていないのか、マルの様子を流してしまっている。
一人でしばらく笑っていたマルだっが、手元の書類をまとめ終えたのか、終了の箱に移すなり。
「ようは、そういったややこしい連中に、ちょっかいを出されないようにできれば良いのでしょう?
その上で、セイバーンに大きな利益が見込めるのであれば、ガイウスさんだって文句はつけられませんよね」
さらりと、そんなことを口にする。
「僕、俄然やる気が出ちゃったんで、ガイウスさん対策は引き受けますよ。
ぐうの音も出ないようにしてあげますから、安心してください」
ニコニコと満面の笑顔でそう言い、次の一枚を手にして、墨壺に筆を突っ込んだ。
「サヤくんは僕の目的にもう、なくてはならない存在ですからねぇ。
こんなしょうもない理由で退けられたのじゃ、たまりませんもん。
そもそも、先に婚姻を決めていようが、横槍を入れてくるのが上位貴族なら、結果は一緒だっていうのにねぇ」
マルの指摘に、一同が眉間にしわを刻む。
その通りなのだ……。
適当に釣り合いが取れる男爵家の娘と婚約したとしても、更に上位の家から打診があった場合、それを断ったり、その姫を第二夫人や第三夫人にできる猛者はそうそういない……。
そして、上位の家の姫を、自分の下に置いておける勇気のある女性も稀だろう……。
でもそれを言えば……。
後ろ盾の無いサヤは、いつでも正妻の座を引きずり降ろされる立場なのだ。
「レイ様は、サヤくん以外を妻に娶るの、嫌なんですよね?」
俺の気持ちが沈んでいるのを察したのか、マルがそんなことを聞いてくる。
不意打ちで聞かれたことに、顔が勝手に熱くなり、困ってしまった。
それはそうだ。
俺はサヤだから共にいたいと思うのだし、大切にしたいと思うのだ。
そう思うから……羞恥心を押し殺して、こくりと頷く。
たとえ義務でも、愛情の伴わない結婚は、したくない……。
愛のない婚姻の悲惨さは、もう充分味わった……。たとえ家のためと言われても俺は……その家のための相手を、愛せる自信が無い……。だって俺は、サヤを見つけ、サヤだと定めてしまっているから。
関係だけ持って、子だけ成せば後は良いだなんて風には…………。
「……その相手も、子も、不幸にするだけだよ……」
父上は…………異母様との婚姻を、どう思って受け入れたのだろう……。
そして、母と出会ってしまって…………どう、思ったのだろう…………。
「なら、サヤくんだけを娶れば良いですよ」
すんなりと当たり前のように、マルが言う。
それが今できない雰囲気だから、こんなに思い悩んでいるのだと思うけどな……。
「言ったでしょ。
そんなの僕がなんとでもします。サヤくんさえ承知してくれるならね。
だからレイ様、頑張って説得して、早く契りを交わしてくださいね。
成したら教えてください。領主様の方は僕が説得しますから」
……………………。
……………………?
今、なんて言った……。
言われた言葉が頭に浸透するまで、かなりの時間を有した……って⁉︎ な、なな何を、言うんだ⁉︎
「マル⁉︎」
「領主様の寿命ばかりは、僕にもどうしようもないですからねぇ。
だから領主様がご健勝のうちに、サヤくんと契って耳飾を得てください。
そのための手助けならいくらだってやりますし、横槍の方も僕がいくらでも取り払います」
更に念を押されて、マルの言葉が聞き間違いじゃないのだと悟らざるを得なかった。
マルは満面の笑顔のまま、更にとんでもない言葉をつらつらと並べだす。
「領主様の説得が先でも良いですよ? でもそうしたら、契る時に立会人必要になりません?
流石に、初めて契りを交わすのを人に見られるのって、サヤくんは好まないと思うんですよねぇ。
事後報告なら、医師が破瓜の確認するだけで済みますから、そっちの方がまだ受け入れやすいと思うんですけど」
「ちょっ、待て!
それは……それは駄目だよ⁉︎ こっちの事情でサヤにそういったことを無理強いする気は無いって、前にも言った!
サヤは両親に承諾を得ることができないんだ。なのにこっちの事情を押し付けるなんて、そんなの不誠実だろ!」
「そんなこと言ってて良いんですか?
レイ様、分かってます? 貴方、冬の社交界から、戦場に叩き込まれるんですよ?」
多少のイラつきを声に滲ませながら、マルは困った人を見るみたいに、眉を寄せて語る。
「レイ様はセイバーンの後継になったんです。まだツバをつけられていない、優良物件なんですよ?
そもそも、氾濫対策の支援金集めで注目集めたの忘れちゃったんですか?
はたから見ると貴方は、成人前から手腕を発揮して、しかも目的を成し遂げちゃってる逸材なんですよ。
そのうえ、交易路計画という、国の事業まで勝ち取ってしまってます。
セイバーンはただでさえ麦の生産力で潤っているのに、更に潤うの確定しちゃってるんですよ。
そんな分かりやすいご馳走なんですから、上位貴族だって隙があれば狙ってきます。子爵、伯爵家じゃすまないかもしれませんねぇ。ヴァーリンとかアギーとか、適当な身内を勧めてきますよきっと。そもそもアギーなんて、元からレイ様との縁を欲しがってますし」
「そんなわけないだろ⁉︎」
「レイ様……貴方、姫様に夫にしてやるとまで言われたんですよ? その下が無いなんて、なんで思ってられるんです?」
い、いやだって、あれは…………姫様のやけくそによる例外だよ⁉︎
「あのですねぇ……。やけくそだろうがなんだろうが、求められたんですよ、実際。
じゃあ、姫様が今、何をされてるかお伝えしましょうか? 冬の社交界、アギーに呼ばれていますよね? あそこで貴方はきっと、アギーのご息女様を紹介されますよ。
二十九番目の方です。今それ、着々と準備進んでますしね?」
…………え?
「成人前の貴方に後ろ盾を作るためですよ。異母様の失脚と領主様の奪還……もとい、病からの快復は、まだ他領には伝わっていませんからね。
一応、婚約の申し込みまではいかないはずです。まずはアギーの姫と交流があるという実績作り兼、牽制のためなので。
年若く地位の低い貴方を、ジェスルの魔女みたいな相手から守ろうと思うと、政略結婚が一番確実ですからねぇ」
血の気が引いた。
まさかそんな動きがあるだなんて、考えてもみなかったのだ。
「領主様が戻られましたから、この話は多分、顔合わせだけで、流れます。
でも、貴方に決まった相手がいないとなれば、分かりませんよ。
しかもそれだけじゃ終わりません。戴冠式が済めば、アギー以外からも、なんの遠慮もない打診が山と来るでしょうね。
レイ様に決まった相手がいないとなれば、更に悪化しますよ。争奪戦になるでしょうか。何番目まで妻を娶ることになりますかね? そんなことになっても、良いんですね?」
そんなことになるわけない。……と、思うのに、口にできる雰囲気ではなかった……。
マルの言葉がまるで本当のことみたいに聞こえる。こんな片田舎の後継に、そんなことがあるとは思わない。絶対にない。ないはずなのに……。
なんで、笑い飛ばせないんだ…………。
笑顔なのに、目が笑ってないマルが、まるで悪魔のようだった……。
女性の立場が弱いフェルドナレンにおいて、男装してまで男の職に就いているサヤ。
しかも彼女は天涯孤独の身の上で、誰も聞いたことのない国から来た、異国の者。
生まれも、育ちも、謎に包まれている。
「そのような不審人物を、次期領主となられる方が、傍に置くなどと……」
というのが、セイバーンの古参であるガイウスの主張。
けれど彼の本心にあるのは……。
サヤが俺のなんであるか。という部分への、懸念だろう。
今までセイバーンに戻ると想定されていなかった二子の俺には、当然将来を約束する相手などというものはなく、それについて、とやかく言われてもこなかった。
けれど、これからは違う。
このセイバーンを背負い、次代へ繋げていくことが求められる。
その上で最も重要なのは、縁を繋ぐ相手……ではなく、その背後にある、血筋。
だから、男装させてまで傍に置く、俺がそこまで執着を見せる女性を、彼は歓迎できない……。
「サヤくんが女中の格好だろうが、レイ様が恋人だと宣言しようが、ガイウスさんは納得しないんでしょうけどねぇ。
ようはあれでしょ。レイ様が近しく傍に置く女性全般が駄目な感じでしょ」
そう言いつつマルは、一枚の書類を終了済の箱に移し、次の一枚を手に取る。
現在サヤは、調理場にてルーシーとともに昼食を作っている。
拠点村のこの屋敷は、食堂と執務室を離したつくりなので、サヤに話を聞かれる心配もなく、こうした話題を大っぴらにできるのだ。
昨日ここに泊まったギルも混じり、サヤのことをどうするか、作戦会議中だった。
それにしても……。
ここ最近、マルの書類仕事が多い気がするのは気のせいか……。手を止めずせっせと仕事を進めつつ、マルの口も止まらない。
「あのガイウスという方、領主様の幼馴染です。乳母の息子だったかと。
つまり、セイバーンがジェスルに寄生されていくさまの、全部を見てきたわけなんですよ。
政略結婚の後、領主様が最愛の人を見つけてしまうことも。
それがもたらした結果も……」
マルの指摘に、場が重い空気になる……。
「それはつまり……サヤがロレッタ様の立場となり、新たに正妻となる方との関係が、軋轢を生むかもしれないという懸念を抱いている……ということですか」
あえて口にしたハインに、一同揃って、溜息を吐いた。
「……馬鹿らしい……。サヤ正妻にすりゃ、万事解決じゃねぇか」
ややこしいことは考えないジェイドが馬鹿馬鹿しいとばかりに言い捨て、それにマルがこくこくと頷く。
「ほんとですよねぇ。サヤくん、後ろ盾は無いかもしれませんが、頭から金の卵を産める身体ですし。セイバーン的には相当旨味があると思うんですけど」
「というより……今からサヤを手放して、やっていけるのですか、ここは。
規模も広げてしまいましたし、従者の仕事すら回らない可能性があります」
「……あのな、もう洗濯とか掃除とか、使用人に回せよ、いい加減……」
ここ人増えたんだろうが……と、ギルが呆れた様子でハインに言うが、掃除はともかく、洗濯を手放す気は無いだろうな……と、内心で思ってしまった。
因みに、シザーはいつも通り、口を開く気は無い様子。ソワソワとしつつ、話を聞くに徹している。
「まぁつまり、ガイウスさんの考えている最大の懸念は多分、領主様の死期ですね。
ここ数代、セイバーンは事故やら病気やらで、後継問題に振り回されています。
もし領主様が早くに亡くなられてしまえば、下手をすると領主様の因果を繰り返すことになりかねない。
だから、早くレイシール様に妻を娶っていただきたい。
とりあえず相手を定めておけば、万が一の場合も成人を待つ必要はありませんし、領主様の肩の荷も下りますから。
でも、どこの誰とも分からない者は嫌で、自分の目で信頼に足ると認めることのできる繋がりを、進めたいということでしょう」
そうまとめたマルの言葉に一同揃って沈黙する……。
きっとその通りなのだろうと思う。
「まぁ……焦りがあるのは、分かるけどな。
分かるが……その、血縁優先の婚姻が、こんな事態を招いたんだろうに……」
ギルがそう言い、苦い顔で頬杖をつく。
両親を亡くした父上は、その後婚約者までをも亡くした。二十歳を過ぎる頃には、領地運営の方に振り回され、結婚どころではなくなり、それがやっと落ち着いたとなった頃、断れない相手……上位貴族からの打診を受けるしかなくなり、それが長きに渡り、セイバーンを蝕んだ。
そんな問題が降って湧く前に、対処しておきたい……ということなのだ。
「分かっていても、それが貴族社会だよ……。
そこから外れて、成り立ってはいけないって、ことなんだろ……」
だから、婚姻は「義務」なのだ。
「サヤくんなんて、可愛いものなのにねぇ。
後ろ盾がないってことは、いらぬ柵もないってことですし。
しかも彼女、命懸けで、レイ様を守ろうとしてくれるんですよ?
そんな献身を示してくれる女性、貴族中探したってなかなか現れてくれないと思いますけどねぇ。
それに……」
そう呟いたマルが、ちらりと、ハインに視線をやる。
「僕は僕の利益のために、自分勝手したりしますし、ハインなんて獣人ですしね。
レイ様の印を得ている中で、レイ様に害の無い者なんて、本当はサヤくんくらいなのに……ただ女性ってだけで目をつけられて、貧乏くじですねぇ」
黒い笑みを浮かべ、そんな風に言う。
その二人だって、俺は害になるなんて、かけらも思ってはいないが。
「その実態を知ったらどんな顔するでしょうねぇ」
くつくつと嫌な笑い方をするマル。
……なんだか雰囲気が妙に重暗い……これはもしかして……。怒っているのか?
未だ嘗て見たことのない雰囲気のマルに、少々驚いてしまったのだが、他の皆はそれに気付いていないのか、マルの様子を流してしまっている。
一人でしばらく笑っていたマルだっが、手元の書類をまとめ終えたのか、終了の箱に移すなり。
「ようは、そういったややこしい連中に、ちょっかいを出されないようにできれば良いのでしょう?
その上で、セイバーンに大きな利益が見込めるのであれば、ガイウスさんだって文句はつけられませんよね」
さらりと、そんなことを口にする。
「僕、俄然やる気が出ちゃったんで、ガイウスさん対策は引き受けますよ。
ぐうの音も出ないようにしてあげますから、安心してください」
ニコニコと満面の笑顔でそう言い、次の一枚を手にして、墨壺に筆を突っ込んだ。
「サヤくんは僕の目的にもう、なくてはならない存在ですからねぇ。
こんなしょうもない理由で退けられたのじゃ、たまりませんもん。
そもそも、先に婚姻を決めていようが、横槍を入れてくるのが上位貴族なら、結果は一緒だっていうのにねぇ」
マルの指摘に、一同が眉間にしわを刻む。
その通りなのだ……。
適当に釣り合いが取れる男爵家の娘と婚約したとしても、更に上位の家から打診があった場合、それを断ったり、その姫を第二夫人や第三夫人にできる猛者はそうそういない……。
そして、上位の家の姫を、自分の下に置いておける勇気のある女性も稀だろう……。
でもそれを言えば……。
後ろ盾の無いサヤは、いつでも正妻の座を引きずり降ろされる立場なのだ。
「レイ様は、サヤくん以外を妻に娶るの、嫌なんですよね?」
俺の気持ちが沈んでいるのを察したのか、マルがそんなことを聞いてくる。
不意打ちで聞かれたことに、顔が勝手に熱くなり、困ってしまった。
それはそうだ。
俺はサヤだから共にいたいと思うのだし、大切にしたいと思うのだ。
そう思うから……羞恥心を押し殺して、こくりと頷く。
たとえ義務でも、愛情の伴わない結婚は、したくない……。
愛のない婚姻の悲惨さは、もう充分味わった……。たとえ家のためと言われても俺は……その家のための相手を、愛せる自信が無い……。だって俺は、サヤを見つけ、サヤだと定めてしまっているから。
関係だけ持って、子だけ成せば後は良いだなんて風には…………。
「……その相手も、子も、不幸にするだけだよ……」
父上は…………異母様との婚姻を、どう思って受け入れたのだろう……。
そして、母と出会ってしまって…………どう、思ったのだろう…………。
「なら、サヤくんだけを娶れば良いですよ」
すんなりと当たり前のように、マルが言う。
それが今できない雰囲気だから、こんなに思い悩んでいるのだと思うけどな……。
「言ったでしょ。
そんなの僕がなんとでもします。サヤくんさえ承知してくれるならね。
だからレイ様、頑張って説得して、早く契りを交わしてくださいね。
成したら教えてください。領主様の方は僕が説得しますから」
……………………。
……………………?
今、なんて言った……。
言われた言葉が頭に浸透するまで、かなりの時間を有した……って⁉︎ な、なな何を、言うんだ⁉︎
「マル⁉︎」
「領主様の寿命ばかりは、僕にもどうしようもないですからねぇ。
だから領主様がご健勝のうちに、サヤくんと契って耳飾を得てください。
そのための手助けならいくらだってやりますし、横槍の方も僕がいくらでも取り払います」
更に念を押されて、マルの言葉が聞き間違いじゃないのだと悟らざるを得なかった。
マルは満面の笑顔のまま、更にとんでもない言葉をつらつらと並べだす。
「領主様の説得が先でも良いですよ? でもそうしたら、契る時に立会人必要になりません?
流石に、初めて契りを交わすのを人に見られるのって、サヤくんは好まないと思うんですよねぇ。
事後報告なら、医師が破瓜の確認するだけで済みますから、そっちの方がまだ受け入れやすいと思うんですけど」
「ちょっ、待て!
それは……それは駄目だよ⁉︎ こっちの事情でサヤにそういったことを無理強いする気は無いって、前にも言った!
サヤは両親に承諾を得ることができないんだ。なのにこっちの事情を押し付けるなんて、そんなの不誠実だろ!」
「そんなこと言ってて良いんですか?
レイ様、分かってます? 貴方、冬の社交界から、戦場に叩き込まれるんですよ?」
多少のイラつきを声に滲ませながら、マルは困った人を見るみたいに、眉を寄せて語る。
「レイ様はセイバーンの後継になったんです。まだツバをつけられていない、優良物件なんですよ?
そもそも、氾濫対策の支援金集めで注目集めたの忘れちゃったんですか?
はたから見ると貴方は、成人前から手腕を発揮して、しかも目的を成し遂げちゃってる逸材なんですよ。
そのうえ、交易路計画という、国の事業まで勝ち取ってしまってます。
セイバーンはただでさえ麦の生産力で潤っているのに、更に潤うの確定しちゃってるんですよ。
そんな分かりやすいご馳走なんですから、上位貴族だって隙があれば狙ってきます。子爵、伯爵家じゃすまないかもしれませんねぇ。ヴァーリンとかアギーとか、適当な身内を勧めてきますよきっと。そもそもアギーなんて、元からレイ様との縁を欲しがってますし」
「そんなわけないだろ⁉︎」
「レイ様……貴方、姫様に夫にしてやるとまで言われたんですよ? その下が無いなんて、なんで思ってられるんです?」
い、いやだって、あれは…………姫様のやけくそによる例外だよ⁉︎
「あのですねぇ……。やけくそだろうがなんだろうが、求められたんですよ、実際。
じゃあ、姫様が今、何をされてるかお伝えしましょうか? 冬の社交界、アギーに呼ばれていますよね? あそこで貴方はきっと、アギーのご息女様を紹介されますよ。
二十九番目の方です。今それ、着々と準備進んでますしね?」
…………え?
「成人前の貴方に後ろ盾を作るためですよ。異母様の失脚と領主様の奪還……もとい、病からの快復は、まだ他領には伝わっていませんからね。
一応、婚約の申し込みまではいかないはずです。まずはアギーの姫と交流があるという実績作り兼、牽制のためなので。
年若く地位の低い貴方を、ジェスルの魔女みたいな相手から守ろうと思うと、政略結婚が一番確実ですからねぇ」
血の気が引いた。
まさかそんな動きがあるだなんて、考えてもみなかったのだ。
「領主様が戻られましたから、この話は多分、顔合わせだけで、流れます。
でも、貴方に決まった相手がいないとなれば、分かりませんよ。
しかもそれだけじゃ終わりません。戴冠式が済めば、アギー以外からも、なんの遠慮もない打診が山と来るでしょうね。
レイ様に決まった相手がいないとなれば、更に悪化しますよ。争奪戦になるでしょうか。何番目まで妻を娶ることになりますかね? そんなことになっても、良いんですね?」
そんなことになるわけない。……と、思うのに、口にできる雰囲気ではなかった……。
マルの言葉がまるで本当のことみたいに聞こえる。こんな片田舎の後継に、そんなことがあるとは思わない。絶対にない。ないはずなのに……。
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