異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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領主 2

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 父上の部屋を辞して、執務室に直行した。
 途中で使用人にサヤを呼ぶようお願いして、待っていた皆を前に、とりあえず項垂れるしかない俺……。

「……してやられた……」
「いやぁ、そう来るかって感じでしたねぇ。
 可能性が無いとは思っていませんでしたが、流石に御身を優先されると考えていたんですけど。
 …………まぁでも……レイ様の父上ですもんね。なんか納得です。自身すら駒の一つでしかないわけですか。親子揃って素晴らしく献身的です」

 だいたいは相手を手玉に取るマルが、父上に言いくるめられたような状況。
 マルも少々、悔しそうだ。

「で、一体どうした?」

 オブシズに促されて、掻い摘んで先程のやりとりを説明すると、オブシズはさもありなんといった表情で肩を竦め、シザーは困ったように眉を寄せた。
 父上を昔から知るオブシズとしては、父上の言動は想定内であるらしい。
 アイルはというと、いつも通りの冷めた視線で、冷静に状況を見定めている様子。

 正直、俺は父上を侮っていたのだと思う……。
 三年近く表舞台から退き、幽閉されていた父上だ。痩せ細り、寝ておくのがせいぜいで、領主としての務めを果たすなど無理だろう……。
 と、きっとどこかで、そう思っていた。
 が、父上の志は、殺されていなかったということ。父上はずっと、ちゃんと、領主であられた。
 俺がもし間違った政策を取っていれば、父は黙ってはいなかったのだろう。

「領主様が社交界に赴かれるのは、願ったりですけどね。
 レイ様一人で切り抜けるには相手が多すぎますし、強大すぎます。立場だって弱い上に、サヤくんという足枷付きですからねぇ。
 だから、領主様という壁の一枚が、どれほど有難いことか」
「だが、それは父上への負担が大きすぎる……」
「仕方がありませんよ。領主命令されちゃいましたし。否やは挟めません」
「だが!…………父上にもしものことがあってはいけない……。
 せっかく……せっかくお助けした……やっと、檻を出たんだ。
 もう、苦労しなくて良いじゃないか……もっと心安らかに過ごしたって……それくらい許されてしかるべきだろう⁉︎」

 失いたくない。
 俺に残された、唯一の肉親……。ずっとずっと、遠い存在だった父上が、やっと触れられる……言葉を交わせるほどの距離に、いらっしゃる。
 無いものと思っていた時は、諦めていられた……。だけど、今はそんな風には思えない。少しでも長く生きてほしいし、一緒にいたい。苦労をかけたくないのだ。
 だから、なんとかしなければいけない……父上を、思い留まらせるには、どうすれば良い?
 そんな風に必死で思考を働かせていたら……。

「……同じことを貴方に言ったとしても、同じ反応しか返らない気がするのは、私の気のせいでしょうか?」

 黙ってお茶の準備をしていたハインが、俺の言葉にそんな返事を寄越してきた。
 それを聞いたマルが、ふはっと吹き出す。

「本当にね!    無茶をしないで、我々に任せてくださいと言ったとしても、レイ様だってきっとしゃしゃり出てきますよねぇ」
「セイバーン男爵家の血ですね。仕方がありません。
 ならば、領主様をどう押し留めるかを考えるより、どう負担を減らすかを思案すべきですよ」

 既に諦めの境地といった様子でハイン。
 そうして、皆の前にお茶を配りながら……。

「アギーで困ることといえば、まずは食事ですね。あちらは酢漬けや肉類が主な食材でしょうから、滋養は期待できません。確実にお身体への負担が増えます。
 自前で食材と、料理人を確保すべきです。
 幸い、干し野菜は充分な量を確保できていますから、伴う人員にユミルを追加致しましょう。後で私から打診しておきます。
 それから、サヤに領主様の補佐ができる道具類がないか、確認してみては?
 アギーに出発するまであまり日数がありませんから、そう凝ったものは作れないでしょうが、サヤの国なら何かしらありそうなものです」
「あります!」

 扉の向こうから、サヤの声が割って入ってきた。
 その上で、コンコンと扉が叩かれたものだから、今度はオブシズが吹き出してしまう。
 了承を得て部屋に入ってきたサヤに、笑いながら……。

「サヤ……聞き耳でも立てていたのか?」
「ち、丁度聞こえたんです!
 あの、春までに準備できればと思って、書いていた図面なのですけど……これ、如何ですか?」

 入ってくるなり、サヤがそう言って、手に持っていた書類から一枚を抜き取り、机の上に置いた。
 皆が寄ってきて、その図面を興味津々覗き込んだのだが……。

「……椅子?」
「……車輪のついた椅子だな……」
「文字通り、車椅子です。座面と、背面は布製で、折りたたむことが可能で……車輪が付いてますから、お父様が座ったままの状態で移動することができます。
 機能を最低限に……介助者が押して座ったまま移動でき、止まることができる……という部分だけに削れば、形もさして複雑ではありません。先日の橇の応用で作れます。
 社交界では、会場の中をこれに座っていただいたまま、移動すれば如何でしょう。
 病み上がりでお身体がまだ万全ではないことをお伝えすれば、姫様ならご理解いただけると、思うのですが……」

 車椅子が無理であるようなら、松葉型より軽量化された杖もあります!    と、次の図面を出してくる……。
 サヤ……君はこれ、一体いつから用意していた?

「……あ、その……春になったら……ずっとできなかったお出かけを、していただけたらと思って……。
 お部屋に篭ってばかりでは、楽しめないでしょう?
 それに、お父様もやっぱり、じっとしているより何かしていたい気質の方のように見受けられましたので……自分で動きたいって、考えるだろうなって……思って……」

 お父様……。

 何気なくその言葉を選んだのだろうが、何かグッときた……。
 俺の父上……という意味で言っているのだろうけれど、サヤが俺の妻となれば、父上は、サヤにとっても義父となるのだと、改めて思ったのだ。

「サヤくん、この複雑な方の車椅子は?」
「あ、それはお父様が自分で動かせる車椅子です」
「自分で⁉︎」
「手で車輪を回して移動するんです。こちらはちょっと複雑な形ですし、社交界に間に合わせるのは無理そうなので、今は保留です」

 それはつまり……サヤは父上のために、父上ができるだけ自由にできるように、日常的に心を砕いてくれていたと、いうことだ……。
 俺とは違う……ただ部屋でのんびりしていてくれたらなんて……それは、檻の中と、変わらないよな……。

「…………分かった……。
 だけど、父上の負担は極力減らす方向で、協力してくれ」
「無論です」
「アギー傘下の貴族が集まるんだったよな。なら、俺が知る限りの家名と近況の情報なら教えてやれる。
 自分で処理できる相手を見定めて、増やせ。そうすれば、領主様の負担は自ずと減らせる」
「じゃあ僕は、情報収集の方を頑張りますよぅ」
「私は、職人さんたちと道具の調整を担いますね」

 方針が定まった。
 アギーの社交界までひと月足らず……できる限りの準備を進めようと、俺たちは頷き合った。
 その様子を、アイルはやはりいつも通りの冷めた視線で見定め……少しだけ、口元を綻ばせた。
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