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領主 3
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それからは、色々な準備に皆が奔走する忙しい日々が、暫く続いた。
サヤは外出が増えたため、ルーシーに必ず同伴するようお願いし、少しでも疲れてそうだったら強制休憩を差し込むように指示しておいた。
サヤもルーシーには押し切られがちだからな……。
ルーシーも耳飾の製作に足繁く長屋に通っているから、丁度良かったし。
そうこうしていたら、ある日エルランドの話を聞く時間を取ってやってほしいと、マルに言われた。
いよいよ……ロゼの鼻の効きが尋常ではない気がする……と、神妙な顔で報告に来たのだという。
「どうしたんだ?」
「お忙しい時に申し訳ございません……。
……いや……思い過ごしの可能性も充分あるのですが……」
「それでも良いから。まずは話してくれ。聞いてみないとなんとも言えないしね」
笑ってそう促すと、少し肩の力を抜いたエルランドが、実は……と、始めたのは、食事時の長屋でのやり取り。
「ロゼが……これを先に食べろとか、あれがもうやばいとか、そういう趣旨のことを言ってくることが、ここ最近多くて……。
聞くと、うえぇとなる匂いがしてるとか、そういった類のことを言うんですよね……。
で、とりあえず聞き流した食品は確かに、数日のうちに痛みが発覚していて……それが今朝、いただいている干し野菜にまで及びまして……」
成る程。
俺たちの方にも影響がある可能性が捨てきれず、こうして報告して来てくれたということか。
「けれど、あれはレイシール様方が作られたものです。いままでだって、問題無く使えてきたんです。
なのに今更……そんなことってあるものでしょうか⁉︎」
「落ち着け。
あれは試験的に作ったと言ったろう? 確かに従来の野菜よりは格段に日持ちしているけれど、それは別に、永続的にということではないんだ。
確かに、年単位で保つとは聞いているが、その地域の気候にもよるだろうし、保存環境次第の部分もあるだろう。
だから、もしかしたらその限界がきているのかもしれない」
越冬の折り返し地点だ。ここまで保っただけでも素晴らしい。
けれど、まだ折り返し地点である……とも言える……。
アギーに行く際、持参しようと思っていただけに、これはかなり、問題だ……。
「ハイン、サヤを呼んできてくれるか。
それからエルランド、ロゼをここに連れてきてほしい。あとくだんの干し野菜も持参してくれ。瓶のまま、丸ごとでね」
エルランドを送り出してから、俺は犬笛で咥えて吹く。
程なくして、アイルがコンコンと扉を叩いた。
「主、どうした」
「ちょっとこれから、そちらの頭目にお会いしたい。
複数人連れて行く。時間を作れるか、聞いてもらえるか?」
「心得た」
◆
「ローシェンナ、急に申し訳ない」
村の北西にあたる集合住宅地。ここの一つにマル、ハイン、サヤ、アイル、エルランド、そしてロゼを伴って訪れると、二階の奥まった一室に通された。
そこで待っていたのはローシェンナ……元、胡桃さんだ。病により肉体的にも衰えてしまっていたが、今はだいぶん、快復している様子。
「いいわよぅ。他ならぬ貴方のお願いだものねぇ。
それに獣人絡みのことで、ちょっとこちらからも話がしたいと思ってたところだしぃ」
そう言ったローシェンナは、義足を器用に操って俺の前に来ると、額に巻かれた包帯に触れる。
いつもはピンと立っている耳が若干下がっているのは、俺を心配してくれているのかな……?
「イェーナから聞いてるけどぉ、大丈夫なのぅ? 結構な所から落ちたそうじゃない?」
「はは。見ての通り、全然大丈夫。それより……カルラの葬儀、ありがとう。花を手向けさせてくれたこと、感謝する」
「相変わらず変な人ねぇ。カルラはこちらからお願いしたことでしょう?
まぁ、あの子はとても、幸せだったと思うわぁ。名も、来世の約束ももらえたのだもの。だから、貴女もそんな顔しなくていいのよぅ?」
顔を伏せたサヤの頬も撫でてから、ローシェンナはエルランドに抱かれたロゼの方に向き直る。
ロゼはずっとエルランドの腕の中でウズウズしていた様子で、ローシェンナに呼ばれると喜んで飛びついていった。
「カーチャ!」
やっぱりローシェンナも、カーチャ分類が……。
「ローシェンナって呼んでちょうだいな。元気そうで良かったわぁ」
「あの……先日はロゼがとんでもない時に……ご迷惑をおかけしました」
「良いのよぅ。子供なんてそんなものでしょぉ? まぁ、飛び火しなくて本当に良かったわぁ。こんなに幼く、子供を来世に見送るなんて、したくないもの……」
首元にグリグリするロゼを優しく抱きしめながら、ローシェンナがそう言う。
その言葉に、カルラに対する気持ちが伺えて、胸がギュッとなった。
カルラは、母親を亡くし、父親に捨てられ、ローシェンナらに拾われたという。共に過ごした時間は短かったけれど、あの子は決して不幸ではなかったと、俺は思うのだ。
こんな風に、愛情を注いでもらっていただろう。そして、たくさんの人に看取られて、来世へと旅立った。
「まぁ、席につきなさいなぁ。要件を聞くわぁ」
ローシェンナに促されて、俺たちは長椅子に座った。
ハインは後方に立ったが、サヤは本日は、一緒に座らせる。
「今日伺ったのはさ、これに関してなんだ。
ロゼが、この干物野菜からよくない匂いを嗅ぎ取ったらしくてね。ローシェンナにも確認してほしくて持ってきた」
「まぁ、一番鼻がきくの、私だものねぇ。
良いわよぅ。ちょっとそれ、貸してくれる?」
瓶を丸ごと渡すと、ローシェンナは蓋を開けて中を確認。すぐに顔を顰めてみせ……。
「当たりだと思うわよぅ。
確かに黴の匂い、本当にちょっとだけど、するわねぇ……」
「まだたべてもへいきだよ!」
「……そうねぇ……これくらいなら、汁物等で煮沸してしまえば食べられるわぁ。
……その子……どう嗅いでも人の匂いなんだけどねぇ……」
「……当たりなんだね」
「ええ。当たり」
俺たちの会話を、固唾を飲んで見守っていたエルランドが、肩を落として大きく息を吐く。
やっぱりロゼの鼻は、ローシェンナばりに高性能であるようだ。
つまり、獣人を嗅ぎ分けている可能性もより濃厚になった……というか、もう確定といったところか。……ロゼ本人は、人であるにもかかわらず……。
「と、なると……保存してある干し野菜は一通り全部確認してみる必要があるな……。
困ったな……とりあえず瓶ごとに確認して、まだ食べられるものは先に片付けてしまうしかないか。
本来なら春まで保つはずだったんだけど……やっぱり、保存容器の質や、保存方法に問題があるのかな……」
「これだけ保つ時点で相当凄いと思うけどねぇ……」
「まぁそうだけどね。……だけど……やっぱり春までいけると思っていたから、ちょっと悔しい……。
そっちの瓶詰めも全部確認してみてくれ。もし保存食が足りなくなるようなら、家畜を多少は融通できると思う」
「分かったわぁ」
「やっぱりパッキンが無いのが痛いですよね……。ゴムの加工方法、私が知ってれば良かったんですけど……」
「パッキン? ゴム……って、護謨のことだよな? あれが何かできるのか?」
「あるものを混ぜ込むと、すごく弾力のある状態に変化するんです。私の国では、それを瓶の口等に挟む形で使って、密閉性を上げてたんですよね。
だけど、何を混ぜ込むのか覚えてなくて……。私のところでも、偶然発見された手法で、確か暖炉の側で溶けてしまったゴムに、たまたま混ざってしまったのがきっかけだったと思うんですけど……」
俺たちがそんな会話をしている間に、ロゼは瓶詰めの中をガサガサと漁っている。
とりあえず子供のやることだからと適当に流していたのだが……。
「ねぇ、これだよ!」
ずいっと、会話をしていた俺の顔の前に、人参が突き出された。
「ん?」
「これたべたら、あとはへいき!」
「……んん?」
「これからうえぇなにおいしてる!」
…………これ、だけ?
「ロゼ……この人参一つだけ?」
「うん。これだけ!」
「…………ローシェンナ」
「ええ。…………ちょっと待ってぇ……」
「…………消えたの?」
「消えてる。本当にその人参一つだけみたい……この短時間で? 嗅ぎ分けたわけ⁉︎」
「それって凄いことなの?」
「…………かなり凄いと思うわぁ。だって臭いの元を正確に辿ったってことでしょう?
私もそりゃ、やろうと思えばできるでしょうけど……もうちょっと吟味しなきゃ無理」
額を抑え、溜息を吐きながら言うローシェンナ。
それはつまり……ローシェンナより鼻がきく人間がいるということに、なってしまうわけで……。
「……やっぱり、会ってみるべきかもしれないわぁ。
私が貴方に相談しようと思ってたのも、そのこと。
その子の母親、身重で状態も良くないみたいなこと、言ってたでしょぉ?
獣人の出産って、ちょっと人と違う部分があるのだけど……その子の母親の村、元々捨場の、隠れ里って言ってたしぃ、獣人本人でも、獣人のこと、あまり知らないのかもしれないって、思ったのよねぇ」
ローシェンナはそう言うと、ちらりとマルを見た。
珍しく黙ったまま、静かにしていたマル……。彼も、ローシェンナと視線を合わせると、ふぅ……と、一つ息を吐く。
「そうですねぇ……北の事情を、レイ様に話す良い機会かもしれませんね」
「まぁ、その話はまた後で良いわぁ。
それよりも、とりあえず急がなきゃいけないと思うから、この前の犬橇、あれをまた貸してもらうわよぅ。
あと、貴方の使者だって分かる証明書か何かを書いてほしいわぁ」
「え? 犬橇は別に、良いんだけど……証明書って? なんの話をしているんだ?」
話の前後が見えてこない……。
「だからぁ、その子の母親。その出産の手伝いに人をやるって言ってるのよぅ。
多分だけど、複産なんじゃなぁい? 悪阻が酷くて食べられなかったんでしょう? 獣人はねぇ、複数人身篭った時は、あまり育てすぎないように、本能的に身体が食べ物を受け付けなかったりするのよねぇ。
腹で育てすぎると産みにくいしぃ、お腹の中の子供もお互い窮屈になっちゃうから」
ローシェンナの言葉に、半ば呆然となる。
…………え? 複数?
「心配しなくてもぉ、獣人は結構頑丈よぉ。出産が命に関わることって、まず無いくらいだから、出産の安全を祈るよりは、双子の心配が先よぉ。
産めば食欲も出てくるの。母乳を出さなきゃいけないから、むしろ物凄い食べるわよぅ。
春になったら、その村に私たちも世話になるのでしょう?
ならぁ、仲良くできるように、恩は先に売っておくべきよねぇ」
サヤは外出が増えたため、ルーシーに必ず同伴するようお願いし、少しでも疲れてそうだったら強制休憩を差し込むように指示しておいた。
サヤもルーシーには押し切られがちだからな……。
ルーシーも耳飾の製作に足繁く長屋に通っているから、丁度良かったし。
そうこうしていたら、ある日エルランドの話を聞く時間を取ってやってほしいと、マルに言われた。
いよいよ……ロゼの鼻の効きが尋常ではない気がする……と、神妙な顔で報告に来たのだという。
「どうしたんだ?」
「お忙しい時に申し訳ございません……。
……いや……思い過ごしの可能性も充分あるのですが……」
「それでも良いから。まずは話してくれ。聞いてみないとなんとも言えないしね」
笑ってそう促すと、少し肩の力を抜いたエルランドが、実は……と、始めたのは、食事時の長屋でのやり取り。
「ロゼが……これを先に食べろとか、あれがもうやばいとか、そういう趣旨のことを言ってくることが、ここ最近多くて……。
聞くと、うえぇとなる匂いがしてるとか、そういった類のことを言うんですよね……。
で、とりあえず聞き流した食品は確かに、数日のうちに痛みが発覚していて……それが今朝、いただいている干し野菜にまで及びまして……」
成る程。
俺たちの方にも影響がある可能性が捨てきれず、こうして報告して来てくれたということか。
「けれど、あれはレイシール様方が作られたものです。いままでだって、問題無く使えてきたんです。
なのに今更……そんなことってあるものでしょうか⁉︎」
「落ち着け。
あれは試験的に作ったと言ったろう? 確かに従来の野菜よりは格段に日持ちしているけれど、それは別に、永続的にということではないんだ。
確かに、年単位で保つとは聞いているが、その地域の気候にもよるだろうし、保存環境次第の部分もあるだろう。
だから、もしかしたらその限界がきているのかもしれない」
越冬の折り返し地点だ。ここまで保っただけでも素晴らしい。
けれど、まだ折り返し地点である……とも言える……。
アギーに行く際、持参しようと思っていただけに、これはかなり、問題だ……。
「ハイン、サヤを呼んできてくれるか。
それからエルランド、ロゼをここに連れてきてほしい。あとくだんの干し野菜も持参してくれ。瓶のまま、丸ごとでね」
エルランドを送り出してから、俺は犬笛で咥えて吹く。
程なくして、アイルがコンコンと扉を叩いた。
「主、どうした」
「ちょっとこれから、そちらの頭目にお会いしたい。
複数人連れて行く。時間を作れるか、聞いてもらえるか?」
「心得た」
◆
「ローシェンナ、急に申し訳ない」
村の北西にあたる集合住宅地。ここの一つにマル、ハイン、サヤ、アイル、エルランド、そしてロゼを伴って訪れると、二階の奥まった一室に通された。
そこで待っていたのはローシェンナ……元、胡桃さんだ。病により肉体的にも衰えてしまっていたが、今はだいぶん、快復している様子。
「いいわよぅ。他ならぬ貴方のお願いだものねぇ。
それに獣人絡みのことで、ちょっとこちらからも話がしたいと思ってたところだしぃ」
そう言ったローシェンナは、義足を器用に操って俺の前に来ると、額に巻かれた包帯に触れる。
いつもはピンと立っている耳が若干下がっているのは、俺を心配してくれているのかな……?
「イェーナから聞いてるけどぉ、大丈夫なのぅ? 結構な所から落ちたそうじゃない?」
「はは。見ての通り、全然大丈夫。それより……カルラの葬儀、ありがとう。花を手向けさせてくれたこと、感謝する」
「相変わらず変な人ねぇ。カルラはこちらからお願いしたことでしょう?
まぁ、あの子はとても、幸せだったと思うわぁ。名も、来世の約束ももらえたのだもの。だから、貴女もそんな顔しなくていいのよぅ?」
顔を伏せたサヤの頬も撫でてから、ローシェンナはエルランドに抱かれたロゼの方に向き直る。
ロゼはずっとエルランドの腕の中でウズウズしていた様子で、ローシェンナに呼ばれると喜んで飛びついていった。
「カーチャ!」
やっぱりローシェンナも、カーチャ分類が……。
「ローシェンナって呼んでちょうだいな。元気そうで良かったわぁ」
「あの……先日はロゼがとんでもない時に……ご迷惑をおかけしました」
「良いのよぅ。子供なんてそんなものでしょぉ? まぁ、飛び火しなくて本当に良かったわぁ。こんなに幼く、子供を来世に見送るなんて、したくないもの……」
首元にグリグリするロゼを優しく抱きしめながら、ローシェンナがそう言う。
その言葉に、カルラに対する気持ちが伺えて、胸がギュッとなった。
カルラは、母親を亡くし、父親に捨てられ、ローシェンナらに拾われたという。共に過ごした時間は短かったけれど、あの子は決して不幸ではなかったと、俺は思うのだ。
こんな風に、愛情を注いでもらっていただろう。そして、たくさんの人に看取られて、来世へと旅立った。
「まぁ、席につきなさいなぁ。要件を聞くわぁ」
ローシェンナに促されて、俺たちは長椅子に座った。
ハインは後方に立ったが、サヤは本日は、一緒に座らせる。
「今日伺ったのはさ、これに関してなんだ。
ロゼが、この干物野菜からよくない匂いを嗅ぎ取ったらしくてね。ローシェンナにも確認してほしくて持ってきた」
「まぁ、一番鼻がきくの、私だものねぇ。
良いわよぅ。ちょっとそれ、貸してくれる?」
瓶を丸ごと渡すと、ローシェンナは蓋を開けて中を確認。すぐに顔を顰めてみせ……。
「当たりだと思うわよぅ。
確かに黴の匂い、本当にちょっとだけど、するわねぇ……」
「まだたべてもへいきだよ!」
「……そうねぇ……これくらいなら、汁物等で煮沸してしまえば食べられるわぁ。
……その子……どう嗅いでも人の匂いなんだけどねぇ……」
「……当たりなんだね」
「ええ。当たり」
俺たちの会話を、固唾を飲んで見守っていたエルランドが、肩を落として大きく息を吐く。
やっぱりロゼの鼻は、ローシェンナばりに高性能であるようだ。
つまり、獣人を嗅ぎ分けている可能性もより濃厚になった……というか、もう確定といったところか。……ロゼ本人は、人であるにもかかわらず……。
「と、なると……保存してある干し野菜は一通り全部確認してみる必要があるな……。
困ったな……とりあえず瓶ごとに確認して、まだ食べられるものは先に片付けてしまうしかないか。
本来なら春まで保つはずだったんだけど……やっぱり、保存容器の質や、保存方法に問題があるのかな……」
「これだけ保つ時点で相当凄いと思うけどねぇ……」
「まぁそうだけどね。……だけど……やっぱり春までいけると思っていたから、ちょっと悔しい……。
そっちの瓶詰めも全部確認してみてくれ。もし保存食が足りなくなるようなら、家畜を多少は融通できると思う」
「分かったわぁ」
「やっぱりパッキンが無いのが痛いですよね……。ゴムの加工方法、私が知ってれば良かったんですけど……」
「パッキン? ゴム……って、護謨のことだよな? あれが何かできるのか?」
「あるものを混ぜ込むと、すごく弾力のある状態に変化するんです。私の国では、それを瓶の口等に挟む形で使って、密閉性を上げてたんですよね。
だけど、何を混ぜ込むのか覚えてなくて……。私のところでも、偶然発見された手法で、確か暖炉の側で溶けてしまったゴムに、たまたま混ざってしまったのがきっかけだったと思うんですけど……」
俺たちがそんな会話をしている間に、ロゼは瓶詰めの中をガサガサと漁っている。
とりあえず子供のやることだからと適当に流していたのだが……。
「ねぇ、これだよ!」
ずいっと、会話をしていた俺の顔の前に、人参が突き出された。
「ん?」
「これたべたら、あとはへいき!」
「……んん?」
「これからうえぇなにおいしてる!」
…………これ、だけ?
「ロゼ……この人参一つだけ?」
「うん。これだけ!」
「…………ローシェンナ」
「ええ。…………ちょっと待ってぇ……」
「…………消えたの?」
「消えてる。本当にその人参一つだけみたい……この短時間で? 嗅ぎ分けたわけ⁉︎」
「それって凄いことなの?」
「…………かなり凄いと思うわぁ。だって臭いの元を正確に辿ったってことでしょう?
私もそりゃ、やろうと思えばできるでしょうけど……もうちょっと吟味しなきゃ無理」
額を抑え、溜息を吐きながら言うローシェンナ。
それはつまり……ローシェンナより鼻がきく人間がいるということに、なってしまうわけで……。
「……やっぱり、会ってみるべきかもしれないわぁ。
私が貴方に相談しようと思ってたのも、そのこと。
その子の母親、身重で状態も良くないみたいなこと、言ってたでしょぉ?
獣人の出産って、ちょっと人と違う部分があるのだけど……その子の母親の村、元々捨場の、隠れ里って言ってたしぃ、獣人本人でも、獣人のこと、あまり知らないのかもしれないって、思ったのよねぇ」
ローシェンナはそう言うと、ちらりとマルを見た。
珍しく黙ったまま、静かにしていたマル……。彼も、ローシェンナと視線を合わせると、ふぅ……と、一つ息を吐く。
「そうですねぇ……北の事情を、レイ様に話す良い機会かもしれませんね」
「まぁ、その話はまた後で良いわぁ。
それよりも、とりあえず急がなきゃいけないと思うから、この前の犬橇、あれをまた貸してもらうわよぅ。
あと、貴方の使者だって分かる証明書か何かを書いてほしいわぁ」
「え? 犬橇は別に、良いんだけど……証明書って? なんの話をしているんだ?」
話の前後が見えてこない……。
「だからぁ、その子の母親。その出産の手伝いに人をやるって言ってるのよぅ。
多分だけど、複産なんじゃなぁい? 悪阻が酷くて食べられなかったんでしょう? 獣人はねぇ、複数人身篭った時は、あまり育てすぎないように、本能的に身体が食べ物を受け付けなかったりするのよねぇ。
腹で育てすぎると産みにくいしぃ、お腹の中の子供もお互い窮屈になっちゃうから」
ローシェンナの言葉に、半ば呆然となる。
…………え? 複数?
「心配しなくてもぉ、獣人は結構頑丈よぉ。出産が命に関わることって、まず無いくらいだから、出産の安全を祈るよりは、双子の心配が先よぉ。
産めば食欲も出てくるの。母乳を出さなきゃいけないから、むしろ物凄い食べるわよぅ。
春になったら、その村に私たちも世話になるのでしょう?
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