異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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領主 4

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 ローシェンナに急かされて、俺はその場で書状をしたためた。
 興味津々に覗き込んでくるロゼにも書くかと聞くと、かく!    と、良い返事が返る。

「なにかくの?」
「ロゼのトーチャとカーチャにね、お伝えしたいことだよ。
 ロゼがお姉ちゃんになれるように、今二人は頑張ってるんだ」
「……ロジェ、ネーチャになる?」
「うん。弟が、妹……どっちだろうな。頑張ってって、応援しようか」
「うん!」

 ロゼにも好きに書かせ、書状と同封することにした。

「エルランドも書くか?」
「そうですね……ここでお世話になっていることや、レイシール様が獣人と懇意の方であったことも記しておかなければ、驚いてしまうでしょうしね」
「あの、複産かもしれない……ということは、母乳もたくさん必要ってことですよね?
 でしたら、毎日足湯をすると良いです。
 母乳は血から作られるので、冬場は冷えやすくて、母乳が出にくいのだって、母に聞いたことがあります。
 それで、足を温めると血流が良くなり体温も上がりますから、母乳の出も良くなるそうなんです。
 ふくらはぎくらいまでを、湯に十分程度浸けるだけなので、桶一杯程度のお湯で済みますから」

 結局身分証明用の書状と、二人からの手紙が用意された。
 サヤの助言と、干し野菜の保存状況も確認してほしいと書き添えて、ローシェンナに託す。

「ノエミのこと、気にかけてくれてありがとう」
「同じ獣人ですもの。当然のことよぉ」

 そう言ってから、村に向かわせる人員を名指しし、すぐに準備を始めるよう指示した。

「とりあえず、今日中に出発させるし、明日の夕刻には着くんじゃなぁい?
 出産を無事乗り切れたら、報告に帰らせるわぁ。
 干し野菜の方も、鼻のきく者に一通り当たらせるわねぇ。
 私ほどじゃないにしても、食べられなくなる前に、カビの匂いを嗅ぎとる程度なら、問題無く出来るでしょうしぃ」
「助かるよ。干し野菜は三の月の半ばくらいにどうしても必要で……まだ保ってくれるなら、心底助かる」
「この保存方法は、私の国でもずっと昔から……それこそ、環境がこちらと変わらないくらい昔から、取り入れられていた手法です。
 本来はちゃんと保つはずで……もしかしたら、作り方の段階で何か、良くなかったのかもしれませんね……」

 そんな風に呟き、何がいけなかったかと思考を潜らせる様子のサヤ。
 祖母と二人だけの分量を作っていた時とは勝手も違うだろうしな……。多少の誤差は仕方がないのではと思う……。
 なんにしても、人参一つで済んだことは僥倖だ。……まぁ、他も確認してみないと分からないが……。

 とりあえず手分けして……なんて話をしていたら、くいくいと上着が引かれた。
 手紙を書き終えたらしいロゼが、黒く汚した指で俺の上着を掴んでおり、ハインが剣呑な顔で汚れた箇所を見下ろしている……。
 お、怒るなよ……子供のすることだろう?

「ねぇ、うえぇになるの、ロジェがさがすよ!」

 そしてまた、とんでもないことを言うぅぅ……。

「え……っと……うーん……どうしようか、なぁ……」
「ロジェ、ネーチャになるんだよね?    ネーチャはおてつだいできなきゃダメって、リリがいってた!」

 リリ……どこの子だ……。
 そしてものすごい期待した良い顔で見上げてくるロゼに、正直どうしたもんかと困ってしまった……。
 いや、手伝ってくれるというその気持ちは嬉しいんだけどね……嬉しいんだけども……。

「良いんじゃなぁい?
 ならこうしましょうか。
 まずは黴の匂いがする瓶を集めるからぁ、ロゼにはそこから元を探してもらいましょう。
 今回みたいに取り出せば済む状態なら、助かるわけだしねぇ」

 今日中に確認を済ますから、一日その子を預かるわぁとローシェンナ。
 夕刻には館に送り届けると言ってくれて、獣人と関わればロゼもご機嫌だろうということで、お願いすることにした。

「では、私もお手伝いします……」

 ロゼの暴走を食い止めようと、エルランドが名乗り出る。
 なんとも悲愴的な表情であったのは、多分御せないって、分かってるからだろうな……。


 ◆


 ローシェンナとの面会を終え、いったん館に戻ることにした。

「干し野菜、全部が駄目になってきているってわけじゃないと良いんだけどな……」
「ノエミさんのところに届けた野菜の方も、状態が気になりますね……」

 しかし、ノエミの出産が難産なのではなく、複産の可能性が高いだなんて、考えてもみなかった。
 どちらにしても、無事に健康な赤子を産んでくれれば良いと思う。
 たくさん命を失ったこの冬だから特に……強く、そう願わずにはいられない。

「さて、じゃあいったん戻るとして……サヤはこれからどうする?」
「ルーシーさんと長屋に行く予定です。
 今ちょっと、色々と試作品を進めてまして、その確認もありますし……」
「……え?    車椅子だけじゃなくて?」
「みなさん本当に意欲的なんですよ。
 誰かが何か新しいことをしていると、自分も新しいのに挑戦したいって思うみたいで。
 それで、図案を見ていただいて、それぞれ手が出せそうだと思うものに挑戦してもらっているんです」

 へぇ……知らなかった。
 長屋の皆は越冬当初から春に向けて、色々な道具の作り溜めをしていたのだが……そうだな……同じものばかり延々と作るのではつまらない。
 意欲的に、たくさんのものに挑戦しようと思うのは、とても良いことのように感じた。

「実は、久しぶりに姫様にお会いできるかもしれませんし……ちょっとお土産をと思って、それもお願いしてあるんです」
「へぇ……何?」
「まだ内緒です。お仕事の役に立つものを贈りたいなと思ってるんですけどね」

 そんな会話をしながら廊下を進んでいたのだが、横合いから飛び出してきた影を、咄嗟に割り込んだサヤが受けた。
 びっくりして足を止めたのだが……。

「サヤ!」
「藍白……じゃ、なかったですね。ウォルテールさん」

 足音がしなかった……だけどサヤは気付いていた様子。
 受け止めた影は、そのままサヤの腰に腕を回した。

「ウォルでいいよ、サヤ。どうしたの?    来てるって聞いて、飛んで来た!」
「お仕事です」

 サヤと、ほぼ変わらない背丈。
 年齢にしては少し大柄な気がするが……。
 ウォルテール……人型の彼を見たのは、初めてだった。
 やはり獣人と言うべきか、骨格のがっしりした、筋肉質な体躯。白っぽい髪は短く刈ってあり、顔は幼いものの、しっかりと男の肉体……。
 澄んだ紺碧色の瞳をキラキラと輝かせて、全身で喜びを表すように、尾が揺れていた。
 耳と尾……。毛皮の長靴を履いていると思っていた足は、髪と同じ体毛に覆われている素足……。

 俺と視線が合うと、鋭く睨まれ……たと認識すると同時に、アイルがウォルテールの襟首を掴み、サヤから乱暴に引き剥がす。

「ウォルテール……」

 身長はさして変わらないアイルだが、威圧感は段違いだった……。
 咄嗟に耳を伏せたウォルテールが、渋々距離を開ける……。
 何か言う前にサヤから剥がされたので、俺も感情のやり場に困り……だけど、モヤモヤとしたイラつきのようなものを無視もできず……サヤの腰を引き寄せた。

「っ、レイ⁉︎」

 余裕のない自分に嫌気がさす……。

「すまない、もう戻る……」
「あっ……それじゃ、またね……」
「サヤっ」
「ウォルテール!」

 サヤを呼び止めようとしたウォルテールに、一瞬怒りすら、爆発しそうだった。
 アイルの鋭い声を背に、そのまま逃げるように、サヤの手を引いて外に出る。

「いやぁ、サヤくんなんだかモテモテですねぇ」
「そ、そういうんじゃないですよ」
「いらないことを言ってないで、さっさと歩きなさい」

 茶化すマルを苦笑しつつあしらうサヤ。諌めるハイン……。
 そんな声を背に聞きながらも、俺は口を開けない。
 やっぱりだ……勘違いじゃなかった……。
 その光景が、胸に刺さって苦しい……。

 サヤが、ウォルテールを、警戒していないのだ。

 明らかに好意を向けられているのに、触れさせた……。
 抱きつくウォルテールを、普通に受け入れた……。
 その衝撃が、思った以上に、ズシンとのしかかってくる。

 いつかは……そんな日が来る気がしてた……。
 俺だけが特別だなんて、そんなことがあるわけないと……。
 だって俺は、なんの取り柄もない人間だ。ただ少し人より恵まれた場所に生を受けた。だけどそれだけだ。
 何ができるわけでもない……武術だって、学問だって、人並みかそれ以下。
 ちょっとのことでこんな風に取り乱す。
 たった十三歳の子供にまで、嫉妬する。
 サヤを繋ぎ止めるものが、俺にあるとは、思えないから……!

「あっ、おかえりなさーい!」

 館に帰り着くと、玄関先で外套を纏ったルーシーに出くわした。
 サヤと出かけるのを待ちきれず、支度を済ませてしまったといった様子だ。

「サヤさん、さっき長屋から使いの人が来て、わからない箇所があるから、どうなっているのか教えて欲しいっておっしゃってましたよっ」
「あっ、そうなんですね……分かりました。今支度をして来ますから……」
「焦らなくて大丈夫です。予定の時間、まだだいぶん早いですから」

 そう言いながら、ルーシーの視線が、俺とサヤの繋がれた手に移動した。そして、そのままによりと笑う。

「まぁ!    仲良しですねっ」
「あっ、ちがっ……い、急いでたので……っ」

 言い訳にすらなっていない、言い訳。
 わたわたと慌てた様子で、サヤが手を離してほしそうに、少し引っ張る。
 その様子がまた妙に胸に刺さった。
 俺との仲は皆が知っているのに……今更、隠す必要なんて、ないはずなのに……。

 駄目だ、なんかすごい、被害妄想まで始まってる……っ。

「……気を付けて、行っておいで……」

 必死で顔を笑顔にして、強張る手を強引に開いた。
 するりと離れるサヤの手が、ものすごく辛くて……だけどそんな馬鹿みたいなこと、口にもできなくて……。
 支度をしてきますと、館の中に駆け込むサヤを見送ってから、拳を握る。
 手の中にあるサヤの感触が、温もりが、薄まっていく……。

「……ちょっと部屋に戻る」

 その場でそう言い捨てて、返事も待たずに足を進めた。
 部屋に逃げ込んで、苦しい胸を、鷲掴みにした。

「…………っ」

 サヤは、俺の恋人だ。
 俺の妻になってくれると、それを承知してくれたんだ……。
 だから、あんな子供、気にしなくて良い。
 些細なことに、心を乱すな……。

 必死で言い聞かすのだけど、痛みが治まらない……。

 なんで、ウォルテールを、受け入れるんだ?

 頭から追い出そうとしているのに、その疑問は焼き付いたように、離れかなった。
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