異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
466 / 1,121

狂気 1

しおりを挟む
アイルに、ウォルテールについて聞こうか迷い、結局止めた。
 彼を知って、それが一体何になるのか、分からなかったからだ。
 サヤが彼を受け入れる理由が分かれば納得できるのかといえば、それは絶対に無理で……納得せざるを得ない理由であったとしたら、きっと知ったことを後悔するだろう。
 かといって、ただこのまま気付かないふりを続けていくこともできそうにない……。
 あんな光景を見せつけられて、笑ってなどいられない……。
 サヤと、ウォルテールとの間に何があったのか……。
 赤縄の中で、どんな風に過ごしていたのか……。
 ウォルテールが俺に向けてくる、あの視線……あれの意味は何なのか……。

 サヤは、ウォルテールを、どう思っているんだろう……。


 ◆


 夜。 再び、ローシェンナらのいる住宅街。
 昼間と同じ人選でここに来た。

 干し野菜の状態はその日のうちに全て確認された。
 ひと瓶、もうどうしようもなく痛みの激しかったものがあり、それは流石に処分となったが、あとは比較的無事。いくつかの悪いものを取り出してしまえばかたがつくのが大半で、俺たちは胸をなでおろした。

「で、見た感じ……原因は明らかかな」
「そうですね。厚みの均一性が無いこと……」

 まぁ、個人差出るよな、どうしても……。

 痛んだ野菜をひとまとめに集めてみた結果、切り方の問題が多そうだと判明した。
 右と左で厚みが違ったり、他より極端に太かったり……指導はきっちりしたつもりだが、やはり全体に確実に伝えれているかというと、そうもいかなかった様子。

「野菜を一枚ずつ確認していくわけにもいきませんもんね……一つ確認して大丈夫そうだったら笊のものを全部瓶に入れる……とか、そんな風になると思いますし……。
 ん……量産体制を取るとしたら、スライサーは必須かもしれません……」
「すらいさー?」
「あ、えっと……カンナをひっくり返したような感じのものなんですけど……その上で野菜の方を動かしで切る道具です。……こんな風になってて……」
「あー……ここの隙間が野菜の厚みになるんだね」

 簡略化してあるとはいえ、描かれた図を見れば、確かに裏返したカンナのようだ。一定の厚みで野菜を切ることができる道具。サヤの世界は本当になんでもあるな……。
 料理人でも、常に均一に野菜を切るなんて難しい話だ。しかし年単位で品質の維持をしようと思えばそれが必要で、怠れば少しの誤差がこんな風にして現れるということか……。

「今年中に処理しなければならない課題だな……春になったら早速それの試作をお願いすることになるかな」
「そうですね。それまでに形を考えておきます。……うーん……台座を木製……刃を金属……それとも全部金属……でもそれだと金額が……刃の設置もややこしそうだし、刃の付け替えができるようにする?」

 ブツブツと課題を一人であげつらいながら、サヤの国の文字が紙の上を不規則に席巻する。どんなものにするかを考えるときは、案を全て文字にして書き出す方が纏まるのだそう。こちらの世界にない言葉が多く使われるため、この時ばかりはサヤの国の文字を使うのだ。

「ロゼも、ご苦労様。ありがとう、とても助かったよ」
「ロゼ、ネーチャみたいにできてた?」
「うん。凄くネーチャだったよ。こんなにたくさん見つけてくれたもんな」
「んふーっ」

 頭を撫でると抱っこがいいと腕を広げてくるから、そのまま抱き上げた。いつものぐりぐりをなんとか耐える。
 これも……獣人由来の所作だったんだなぁ……。
 獣人の子は首元を擦り付けるようにして匂いを移す。それは、気を許した相手にする甘えの動作で、自分の安全領域を確認するという本能的な動きなのだそう。本来は身内にしかあまりしないそうなのだが。……まぁ、両種の子であるロゼからしたら、獣人も、人も身内なのだろうな。
 それにしても……。

 思いの外、ロゼは優秀だった。
 正直すぐに飽きるかなと思っていたのだけれど、ちゃんと最後まで、悪い野菜を見つけ続けた。
 休憩を挟みつつではあるものの、こんな時間まで、本当によくやったと思う。
 瓶の中にひとつとも限らない黴の元を、的確に拾った。ロゼが確認した後の瓶はローシェンナや彼女ほどに鼻が効くという者とで再確認してくれ、まず確実に大丈夫だという。

「頑張ったロゼには報酬を支払わないといけないないな。明日、サヤに何か作ってもらおうか」
「たべるー!」

 キャー!    と、歓声をあげて喜ぶロゼ。
 カルラも、元気だったらこんな風だったのかなと、つい思った……。

「さ。今日はもう遅いし、ロゼは帰ってゆっくり休んで」

 お疲れ気味のエルランドのこともあるし……二人を早めに帰らせた。
 ここからは、ちょっと重い話になるだろうしな。
 元気なロゼに引っ張られるようにして帰るエルランドを見送っていたら。

「大抵の能力ってのは親譲りなのよねぇ。ロゼの母親や、その親族も鼻が効く血筋なのかもしれないわぁ」

 という言葉が、耳に届く。

「……ローシェンナの血筋は……」
「そうね……昔っから、獣化できる者が、多く出るわぁ。
 でも正直言うと、獣化ってさして珍しい能力でもないの。昔獣人は、皆それができたみたいだしぃ。
 とはいえ、今は血も薄まってるし、幼い頃からの訓練や、適性しだい……。人の世に、急に生まれる獣人には、きっとそこまで濃い血の者は現れないでしょうし、それだけの血を持っていたとしても、獣になるっていう感覚が、理解できないでしょうねぇ」

 一度見せてもらったローシェンナの獣化……。這いつくばって、全身に力を入れて、骨や筋肉から異質な音を響かせながら、変化していった。
 あれは相当なことだと思う……骨格も、筋肉も、形を変える感覚なんて、訓練云々でどうにかなるものなのだろうか?
 だけど、獣人である彼らにとって、あれはそう特別なことでもないという。

「まぁ、私みたいにボロを出す奴は滅多にいないし、大抵そんな姿を晒したら、命なんて残らないしねぇ」

 苦笑するローシェンナ。
 それと同時に、マルの眼光も鋭くなったのを見逃さなかった。
 大抵陽気で、だけど結構毒を吐くマル。それでも、今みたいな表情は、滅多にしない……。誰か……もしくは何かを、憎しみ抜いているみたいな顔は…….。

「仕方がないのよねぇ……北は、獣人無しには成り立たない土地柄で、だけど世間は獣人を認めていないもの。
 悪魔の使徒に生かされているなんて、それじゃ、自分たちが畑の作物みたいな気分になるんでしょうよ。
 そんなの認めたらおしまいだものねぇ」

 彼女が獣人であることを世に知られてしまったのは、マルが原因であるらしい。
 マル本人からそう聞いているが、ローシェンナは、そんなマルとの交流を保っている……。むしろ、大切にすら、しているように思う……。彼らの間にも、きっと色々があるのだろう……。

 それにしても……人の世に生まれる獣人には、そこまで濃い血の者は現れない……か。

 ローシェンナの血筋は、何故血が濃いんだろう?
 ノエミらの濃縮は、多分捨場の隠里であったからこそ起こっているのだと思う。
 口減らしとして捨てられたのは、きっと老人や立場の弱い者……そして、社会的に拒まれる存在の獣人……。だから、自ずと血が集まり、残ったのだろう……。
 だが……王家のことを考えても、意図せず血の濃縮など、そうそう起こることではないように、思うのだ。
 永続的にそれがなされる仕組みを作り上げ、組み込まなければ、目に見えないものを維持するのは無理だろう。偶然そうなった……ということも、それはあると思う。まさしく、ノエミらがそれだ。けれど…………。それがそうそう、簡単に起こることだとも思えない……。

「北はね……そういう風にできているんですよ。
 獣を集める構造が、生活の中に組み込まれてしまってますから」

 その疑問をマルにぶつけると、彼は珍しく真面目に、真正面から答えてくれた。
 身の内で燻っている憤りを、ちらりと覗かせながら……。

「ご存知のことと思いますが、北は農地に適した土地柄ではないです。
 なので基本的に牧畜が主な産業。中でも特に軍馬の育成ですかね。……まあ、あまり裕福な家は多くありませんねぇ。軍馬というのは、数十頭飼育しても一頭がものになれば良い方と言われるくらいなので。他の家畜も、越冬時王都に売り捌くためのものを育てますね。後は毛皮やその加工品……狩猟で身を立てる人も多いですかねぇ」
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

処理中です...