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狂気 2
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越冬前は北から南に売られる家畜の列が長々続くのだと、聞いたことがある。
そうして得た金で、残す家畜の飼料や野菜や小麦を買い求めて、越冬に備えるのだよな、確か。
「冬は本当に、大変なんですよあそこ。
家畜は最低限を残して皆売り払います。その最低限すら負担なんですけどね……だけどこれを残しておかないと、翌年仕事になりませんからねぇ。
それで多めの穀物類と野菜を買います。え? 家畜? あれは全部売り物です。自分たちで食べるなんて勿体無いことしませんよ。
僕らが食べるのは、狩猟民の狩ってくる獣の肉です。
森や山で狩った鹿や猪、熊等、肉や角や毛皮。そういったものを金や穀物類に換えにくる。
我々はその肉を食み、角や毛皮は加工する。
彼らはとても優れた猟師でね、最低限の痕跡のみで獣を狩るんです。だから毛皮の状態も最上級。これの加工品が結構な収入になるんですよね。
また、彼らは犬ではなく、幼き頃から育てた狼を使って猟をするんです。……ま、もうお分かりですよね?」
狼は、彼ら自身……ということだな。
「獣人が生まれると、我々は赤子のうちに森へ捨てます。悪魔の使徒にならぬよう、狼の餌にするのだと教えられますけどね。
だけど実際は、その狩猟民に拾われ、育てられ、猟師として生きることになります。
猟師は流民と同じですよ。定住はせず、死ぬまでずっと猟をして暮らします。
もっとも、彼らは自らが獣人であることを隠していますけど。
獣の頭蓋骨と毛皮を使った兜……というか、仮面を皆が被っていましてねぇ、瞳も髪の色も全て、何一つ晒しません。
そして、我々も彼らが人ではないことを知りつつ、人であるふりを受け入れ、見て見ぬふりをする。
そうやって、北の生活は成り立っているんです」
淡々と語られる北の現実。
けれど語りながらマルは、どこか痛みを堪えるような表情をしていた。
怒りは相変わらず……だけどそれと共に、罪悪感……そんなものも見え隠れするのだ。
「それが当たり前ですから、誰も何も言いません。そんなものだという感覚です。
僕だってそうでした。ただ、僕は人よりちょっと、好奇心が強くてね……捨てられた獣が血の一滴も、肉の欠片ひとつすら残さず狼の餌になっているのが不思議でたまらなくて。
捨てられる赤子に興味を引かれていました。だから、赤子の特徴を、記憶していたんです。あまり意識せずにね」
そうして「僕がそれを知ることになったのは……僕の狂気が原因でした」と、そう言ってマルは、自嘲気味に少し笑った。
「ちょっと、懺悔ついでに昔話、聞いてもらえます?
北の仕組みを知ることになったきっかけはね、ある赤子でした」
そう言ったマルに、ローシェンナは哀れむような、慈しむような視線を向ける。
それで、あぁ、二人の過去だと、分かった。
◆
マルが五歳のその年も……村からまた獣が出た。その赤子は、首元から顎にかけて目立つ痣があったという。
色合いと、その痣をなんとなく覚えていたマルは、その二年後……訪れた狩猟民の少女が抱く幼子に興味を引かれた。
「彼らは頭部を獣の頭蓋骨で作った仮面で覆っています。吠狼の仮面みたいにね、鼻から上はほぼ見えません。仮面からは毛皮が背中まで流れていて、髪も瞳も隠されているんです。
だから、目の色も髪の色も殆ど晒されません。
昔っからそうなんです。なんでそんな格好なのかって、興味本位に聞いたことがあるんですけどね。その時は、獣の匂いを纏っておけば、獣に人だと悟られない。という回答をもらいました。
まぁ、だけどそれなら……猟をしない幼子にまで被せておく必要、ないですよねぇ。
その日、見かけた幼子は、頭蓋骨状の仮面で顔を覆っていたのですけど、首の痣……。殆どは衣服で隠れていましたけど、顎に伸びる部分は隠しきれなかったんですよね。覗いてました。
それが目について、おや。と、そう思ったんです。
年の頃も丁度合うし、痣もよく似ている。
こんな偶然ってあるのかな? って、そんな感じにねぇ」
きっかけは、そんな、ちょっとした好奇心。
そこからマルの遊びが始まった。
獣を捨てたことのある家はなんとなく分かる。大人の話を聞いていれば、情報の欠片などいくらでも転がっている。
ささやかな情報をかき集め、つなぎ合わせ、その子供が生きていれば何歳か、髪色は、瞳色は、特徴は……。そんな風にして集めた情報と重なる人物を探す。
越冬時期、その狩猟民は、特によく村に来るようになる。来る度に、探す。
該当者は、なかなか現れなかった。けれどマルは、その遊びを止めはしなかった。
村からの獣を網羅すると、今度は狩猟民らの特徴を収集する。体格、声、ほくろの位置や、骨格、痣や歯並び。
覚えることが苦にならないマルは、ひたすらそんな風に情報収集をしていき、それが日常の一部になる頃。
学舎試験を受けるため、近くの街に連れて行かれた。
その地方を管轄する役人の家に集められた優秀な子ら……まぁ、主に裕福な家庭の子らに混じっていた時、それは突然来た。
「該当者がね、いたんですよ。
その役人の娘さんでした。
僕の村に来た、痣を持つ幼子を抱いていた女の子。
女にしては高めの背丈と、なにより声が、とても似ていた。僕はその娘さんの特徴を頭に叩き込みました。次の機会に、また確認しようと思ってね」
当然試験は難なく受かった。
というか、問題の間違いまで指摘したらしい……。
そうしてマルは、その年の春から、学舎に行くことになった。
「狩猟民も馬鹿ではありません。だから、村出身の獣は、その村にはやって来なかった。
あの幼子が来たのは……偶然、世話をする少女が、たまたま僕の村管轄だったからです。幼子を置いていけなくて、仕方なくだったんですよ」
そう言ってマルは、小さく溜息を吐く。
「学舎に行って、はじめの夏の長期休暇は帰れませんでした。お金に余裕が無かったのでねぇ。
でも冬にはなんとか帰りたかった……だから学舎で情報売買を始めたんですけどね。まぁ思いの外儲かりまして、とりあえず翌年からの資金繰りには困らなくなりました。
学舎の支払いも僕の稼ぎで賄えましたし、両親は僕が長期休暇の度に帰って来ることをとやかく言わなくなった。
帰れば多少家にお金も入れていたので、ちょっとあてにされていたんでしょうねぇ。うちは、下の兄弟も多かったですし。
で、ある年に絶好の機会を得たんです。
狩猟民は、すごく晴れた日にしか来ません。吹雪の最中じゃ僕ら、家の外に出られませんから。
僕の村は、越冬時の雪量が半端ないんです。大人の背丈よりも雪が積もる。だから、越冬の時期は二階や三階の窓が出入り口になるんですけどね。
僕の家が買った獲物を、その少女が僕の家まで運んでくれたんですよ。僕には重すぎたんですよねぇ。
その道中で、言ってみたんです。君、片割れにそっくりだねって。
その少女は、びっくりして僕を見ました。
獣の仮面で遮ってなお、普段視線を合わせてくれない彼らが、初めて僕と視線を合わせてくれたから、瞳の色が見えました。綺麗な菫色……やっぱり役人の娘さんと同じでした」
それから、二人は奇妙な関係を保つこととなった。
その少女は、自分にそっくりなもう一人がいることに興味を持ったらしい。
名を知りたがった。家族構成や、趣味など、なんだって聞きたがった。
マルは同じ役人の家系で、しかも学舎で主席に座るという秀才ぶりだ。
帰郷の途中で通るその街では、その役人家族によくもてなされた。期待、されていたのだろう。
そこで情報収集をして、それを獣の少女と話すネタにしていたそうだ。
「その少女は、自分にそっくりの役人の娘が、自分の片割れだと知っていました。
おぼろげに記憶があったのだそうです。もう一人の自分の記憶が……。
ずっと気のせいだと思っていたけれど、あれは気のせいじゃなかったのだって、僕の言葉で確信を持ったんです。
獣人が人から生まれるのは周知の事実。
ならその役人が、本来の自分の親なのだと知りました。
それでその少女は、自分の片割れを、両親を、見たくてたまらなくなったんです」
本当の、家族。
もしかしたら、自分がいたかもしれない場所。
でも獣の彼女は、人の街には入れない……。
「だから僕がね、一緒に歩くよと、誘いました。
僕はその家によく招かれる。だから、その家の娘さんと一緒にいても、全然おかしくない。
娘さんのふりをして、僕と街を歩き、片割れと同じ地に、立ってみれば良いって。
だけどその前に、娘さんのふりをする練習をしないとね……。
僕は、その子にそう、言ったんです」
表情を歪めて、苦しそうにマルは言う。
それから、マルと彼女との関係は、またひとつ、歪なものになった。
マルはその家の招待を積極的に受け入れるようになり、帰郷の度に手土産を持参した。
娘さんと話をし、たまには一緒に街を歩くこともした。
マルは、その娘さんより随分と年下であったから、憧れの女性……という風な演技までこなし、違和感を払拭していく。
そうやって準備を進めた。
「それと同時に……少女との練習も重ねました。
少女に町娘の格好をさせて、外套を纏い、人の暮らす街を歩かせる練習です。
流石にこれは、僕の村や片割れのいる街ではできませんから、長期休暇、帰郷の道中に。
道具は全部僕が用意して、途中で落ち合って着替えさせて……どこかの街で一日一緒に過ごす。
役人の娘の所作を教え、口癖を教え、なりきれるように練習させました」
浅はかだった……そんな提案、してはいけなかったのだ。
普段のマルなら、そんな馬鹿みたいなこと、きっとしなかった。
だけど触れ合っていくうちに、マルはどんどん獣人の見識を改めていた。情報収集を進めていた。学舎でも学び、調べていた。
その情報収集を楽しんでいたマルは、ありとあらゆる知識が、情報が、欲しかった。
少女から聞き出す獣人の話をもっと貪りたかった。誰がどこの家の者か、突き詰めたかった。集められた獣人が何をしているのか、社会にどのように組み込まれているのか、そもそも獣人は本当に悪魔の使徒なのか、彼らにその自覚はあるのか……ありとあらゆる情報が欲しかった。
だから、多少の危険は致し方ないと思っていた。
人の心の機微など、当時のマルにはどうでも良い瑣末ごとだった…………。
「そうやって僕はね、人一人を殺す準備を、整えていったんです」
人はなかなか、獣人と触れ合う機会を得ることはない。ましてや、話をするなど……。
けれど、マルは狩猟民が何であるかをもう知ってしまっていたし、知っていることを少女に隠しもしなかった。
その上で、獣人の少女を忌避することもなく、普通に接してくる、当たり前のように話を振ってくる。
少女にとってもマルは、特殊な存在だったのだろう。
何より彼は……彼女の欲する情報を、持っている。
自分の片割れ。人であるのに、似ていないのに、似ているもう一人。
はじめは少女にとっても、マルは情報を得るための手段であったのだと思う。……そう、はじめのうちは…………。
そんな彼女にとって、マルが特別な存在になっていくのも、必然だったのだと思う……。
そうして得た金で、残す家畜の飼料や野菜や小麦を買い求めて、越冬に備えるのだよな、確か。
「冬は本当に、大変なんですよあそこ。
家畜は最低限を残して皆売り払います。その最低限すら負担なんですけどね……だけどこれを残しておかないと、翌年仕事になりませんからねぇ。
それで多めの穀物類と野菜を買います。え? 家畜? あれは全部売り物です。自分たちで食べるなんて勿体無いことしませんよ。
僕らが食べるのは、狩猟民の狩ってくる獣の肉です。
森や山で狩った鹿や猪、熊等、肉や角や毛皮。そういったものを金や穀物類に換えにくる。
我々はその肉を食み、角や毛皮は加工する。
彼らはとても優れた猟師でね、最低限の痕跡のみで獣を狩るんです。だから毛皮の状態も最上級。これの加工品が結構な収入になるんですよね。
また、彼らは犬ではなく、幼き頃から育てた狼を使って猟をするんです。……ま、もうお分かりですよね?」
狼は、彼ら自身……ということだな。
「獣人が生まれると、我々は赤子のうちに森へ捨てます。悪魔の使徒にならぬよう、狼の餌にするのだと教えられますけどね。
だけど実際は、その狩猟民に拾われ、育てられ、猟師として生きることになります。
猟師は流民と同じですよ。定住はせず、死ぬまでずっと猟をして暮らします。
もっとも、彼らは自らが獣人であることを隠していますけど。
獣の頭蓋骨と毛皮を使った兜……というか、仮面を皆が被っていましてねぇ、瞳も髪の色も全て、何一つ晒しません。
そして、我々も彼らが人ではないことを知りつつ、人であるふりを受け入れ、見て見ぬふりをする。
そうやって、北の生活は成り立っているんです」
淡々と語られる北の現実。
けれど語りながらマルは、どこか痛みを堪えるような表情をしていた。
怒りは相変わらず……だけどそれと共に、罪悪感……そんなものも見え隠れするのだ。
「それが当たり前ですから、誰も何も言いません。そんなものだという感覚です。
僕だってそうでした。ただ、僕は人よりちょっと、好奇心が強くてね……捨てられた獣が血の一滴も、肉の欠片ひとつすら残さず狼の餌になっているのが不思議でたまらなくて。
捨てられる赤子に興味を引かれていました。だから、赤子の特徴を、記憶していたんです。あまり意識せずにね」
そうして「僕がそれを知ることになったのは……僕の狂気が原因でした」と、そう言ってマルは、自嘲気味に少し笑った。
「ちょっと、懺悔ついでに昔話、聞いてもらえます?
北の仕組みを知ることになったきっかけはね、ある赤子でした」
そう言ったマルに、ローシェンナは哀れむような、慈しむような視線を向ける。
それで、あぁ、二人の過去だと、分かった。
◆
マルが五歳のその年も……村からまた獣が出た。その赤子は、首元から顎にかけて目立つ痣があったという。
色合いと、その痣をなんとなく覚えていたマルは、その二年後……訪れた狩猟民の少女が抱く幼子に興味を引かれた。
「彼らは頭部を獣の頭蓋骨で作った仮面で覆っています。吠狼の仮面みたいにね、鼻から上はほぼ見えません。仮面からは毛皮が背中まで流れていて、髪も瞳も隠されているんです。
だから、目の色も髪の色も殆ど晒されません。
昔っからそうなんです。なんでそんな格好なのかって、興味本位に聞いたことがあるんですけどね。その時は、獣の匂いを纏っておけば、獣に人だと悟られない。という回答をもらいました。
まぁ、だけどそれなら……猟をしない幼子にまで被せておく必要、ないですよねぇ。
その日、見かけた幼子は、頭蓋骨状の仮面で顔を覆っていたのですけど、首の痣……。殆どは衣服で隠れていましたけど、顎に伸びる部分は隠しきれなかったんですよね。覗いてました。
それが目について、おや。と、そう思ったんです。
年の頃も丁度合うし、痣もよく似ている。
こんな偶然ってあるのかな? って、そんな感じにねぇ」
きっかけは、そんな、ちょっとした好奇心。
そこからマルの遊びが始まった。
獣を捨てたことのある家はなんとなく分かる。大人の話を聞いていれば、情報の欠片などいくらでも転がっている。
ささやかな情報をかき集め、つなぎ合わせ、その子供が生きていれば何歳か、髪色は、瞳色は、特徴は……。そんな風にして集めた情報と重なる人物を探す。
越冬時期、その狩猟民は、特によく村に来るようになる。来る度に、探す。
該当者は、なかなか現れなかった。けれどマルは、その遊びを止めはしなかった。
村からの獣を網羅すると、今度は狩猟民らの特徴を収集する。体格、声、ほくろの位置や、骨格、痣や歯並び。
覚えることが苦にならないマルは、ひたすらそんな風に情報収集をしていき、それが日常の一部になる頃。
学舎試験を受けるため、近くの街に連れて行かれた。
その地方を管轄する役人の家に集められた優秀な子ら……まぁ、主に裕福な家庭の子らに混じっていた時、それは突然来た。
「該当者がね、いたんですよ。
その役人の娘さんでした。
僕の村に来た、痣を持つ幼子を抱いていた女の子。
女にしては高めの背丈と、なにより声が、とても似ていた。僕はその娘さんの特徴を頭に叩き込みました。次の機会に、また確認しようと思ってね」
当然試験は難なく受かった。
というか、問題の間違いまで指摘したらしい……。
そうしてマルは、その年の春から、学舎に行くことになった。
「狩猟民も馬鹿ではありません。だから、村出身の獣は、その村にはやって来なかった。
あの幼子が来たのは……偶然、世話をする少女が、たまたま僕の村管轄だったからです。幼子を置いていけなくて、仕方なくだったんですよ」
そう言ってマルは、小さく溜息を吐く。
「学舎に行って、はじめの夏の長期休暇は帰れませんでした。お金に余裕が無かったのでねぇ。
でも冬にはなんとか帰りたかった……だから学舎で情報売買を始めたんですけどね。まぁ思いの外儲かりまして、とりあえず翌年からの資金繰りには困らなくなりました。
学舎の支払いも僕の稼ぎで賄えましたし、両親は僕が長期休暇の度に帰って来ることをとやかく言わなくなった。
帰れば多少家にお金も入れていたので、ちょっとあてにされていたんでしょうねぇ。うちは、下の兄弟も多かったですし。
で、ある年に絶好の機会を得たんです。
狩猟民は、すごく晴れた日にしか来ません。吹雪の最中じゃ僕ら、家の外に出られませんから。
僕の村は、越冬時の雪量が半端ないんです。大人の背丈よりも雪が積もる。だから、越冬の時期は二階や三階の窓が出入り口になるんですけどね。
僕の家が買った獲物を、その少女が僕の家まで運んでくれたんですよ。僕には重すぎたんですよねぇ。
その道中で、言ってみたんです。君、片割れにそっくりだねって。
その少女は、びっくりして僕を見ました。
獣の仮面で遮ってなお、普段視線を合わせてくれない彼らが、初めて僕と視線を合わせてくれたから、瞳の色が見えました。綺麗な菫色……やっぱり役人の娘さんと同じでした」
それから、二人は奇妙な関係を保つこととなった。
その少女は、自分にそっくりなもう一人がいることに興味を持ったらしい。
名を知りたがった。家族構成や、趣味など、なんだって聞きたがった。
マルは同じ役人の家系で、しかも学舎で主席に座るという秀才ぶりだ。
帰郷の途中で通るその街では、その役人家族によくもてなされた。期待、されていたのだろう。
そこで情報収集をして、それを獣の少女と話すネタにしていたそうだ。
「その少女は、自分にそっくりの役人の娘が、自分の片割れだと知っていました。
おぼろげに記憶があったのだそうです。もう一人の自分の記憶が……。
ずっと気のせいだと思っていたけれど、あれは気のせいじゃなかったのだって、僕の言葉で確信を持ったんです。
獣人が人から生まれるのは周知の事実。
ならその役人が、本来の自分の親なのだと知りました。
それでその少女は、自分の片割れを、両親を、見たくてたまらなくなったんです」
本当の、家族。
もしかしたら、自分がいたかもしれない場所。
でも獣の彼女は、人の街には入れない……。
「だから僕がね、一緒に歩くよと、誘いました。
僕はその家によく招かれる。だから、その家の娘さんと一緒にいても、全然おかしくない。
娘さんのふりをして、僕と街を歩き、片割れと同じ地に、立ってみれば良いって。
だけどその前に、娘さんのふりをする練習をしないとね……。
僕は、その子にそう、言ったんです」
表情を歪めて、苦しそうにマルは言う。
それから、マルと彼女との関係は、またひとつ、歪なものになった。
マルはその家の招待を積極的に受け入れるようになり、帰郷の度に手土産を持参した。
娘さんと話をし、たまには一緒に街を歩くこともした。
マルは、その娘さんより随分と年下であったから、憧れの女性……という風な演技までこなし、違和感を払拭していく。
そうやって準備を進めた。
「それと同時に……少女との練習も重ねました。
少女に町娘の格好をさせて、外套を纏い、人の暮らす街を歩かせる練習です。
流石にこれは、僕の村や片割れのいる街ではできませんから、長期休暇、帰郷の道中に。
道具は全部僕が用意して、途中で落ち合って着替えさせて……どこかの街で一日一緒に過ごす。
役人の娘の所作を教え、口癖を教え、なりきれるように練習させました」
浅はかだった……そんな提案、してはいけなかったのだ。
普段のマルなら、そんな馬鹿みたいなこと、きっとしなかった。
だけど触れ合っていくうちに、マルはどんどん獣人の見識を改めていた。情報収集を進めていた。学舎でも学び、調べていた。
その情報収集を楽しんでいたマルは、ありとあらゆる知識が、情報が、欲しかった。
少女から聞き出す獣人の話をもっと貪りたかった。誰がどこの家の者か、突き詰めたかった。集められた獣人が何をしているのか、社会にどのように組み込まれているのか、そもそも獣人は本当に悪魔の使徒なのか、彼らにその自覚はあるのか……ありとあらゆる情報が欲しかった。
だから、多少の危険は致し方ないと思っていた。
人の心の機微など、当時のマルにはどうでも良い瑣末ごとだった…………。
「そうやって僕はね、人一人を殺す準備を、整えていったんです」
人はなかなか、獣人と触れ合う機会を得ることはない。ましてや、話をするなど……。
けれど、マルは狩猟民が何であるかをもう知ってしまっていたし、知っていることを少女に隠しもしなかった。
その上で、獣人の少女を忌避することもなく、普通に接してくる、当たり前のように話を振ってくる。
少女にとってもマルは、特殊な存在だったのだろう。
何より彼は……彼女の欲する情報を、持っている。
自分の片割れ。人であるのに、似ていないのに、似ているもう一人。
はじめは少女にとっても、マルは情報を得るための手段であったのだと思う。……そう、はじめのうちは…………。
そんな彼女にとって、マルが特別な存在になっていくのも、必然だったのだと思う……。
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