異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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狂気 4

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 遠い街だから、気にしていなかった……。たった年に二回のことだから、なおのこと。

「だけどその貴族はその街によく出入りしていたそうです。
 なら、見初めたというのも、お嬢さんではなく、片割れの彼女だったのだろうと気付きました。
 唖然としましたね……。僕はなんてことをしてしまったんだろうって。
 間の悪いことに、その年も僕らは会う予定を立てていて……。
 僕は急いでその街に向かいましたけど、彼女は先に、見つかってしまっていました。
 何も聞かされていない彼女からしたら、寝耳に水の話です。
 適当にあしらおうとしたら、複数に囲まれ、自分の片割れの名で呼ばれ、責められて……あったこともないその半身が窮地に陥っていると知って……。
 だから、あえて獣の耳や尾を晒し、正体を明かしたんです。
 悪魔の罠にまんまとハマった愚かな貴族だと、そう言って笑ってみせて。
 武器を抜いた相手から必死で逃げて、彼女は姿を眩ませました。
 僕を守るためです。僕も騙されていた側にされたんですよ。
 お嬢さんのふりをして、お嬢さんのそばにいた悪魔の使徒。そういうことになって、お嬢さんは晴れて無罪放免。でも、醜聞ですし、復縁とはなりませんでした。
 お嬢さんは、そのまま、噂の届かないずっと遠くの役人の家に、嫁ぎました。
 それでお終い」

 一つ息を吐いて、マルは話を終えた。……ように見えた。
 けれどあえて言葉は挟まない。
 まだ吐き出しきっていない。
 マルのその表情が、そう語っていたから。

「……でもね、僕はそんなの、納得なんてできなかったんです。
 彼女はお嬢さんと全然違った。性格はね。でも……普通に女の子でした。
 可愛い服が好きで、それを身に纏うのが好きで、似合ってると言ったら、そっぽを向くけど、耳がこちらを向くんです。もっと褒めろって、いうように。
 可愛い服は好きだけど、尻尾が袴の中にあるのだけはすっきりしないと思ってて、気に入った古着の一つには、わざわざ尻尾を通す穴を作ってしまった。
 獣って自分で言うくせに、獣と言われることが嫌で、来世なんていらないと思っていて。
 いい年した大人なのに甘えて首を擦り寄せてきて、たまに無理やり膝を枕に使われる。
 時に、無性に狼の姿になって、全力で駆け回りたい衝動に駆られ、兎を追いかけ回して、そのうち飽きてだらしなく、冷たい岩の上にだれて伸びている……。
 たくさんの姿を見ました。そのどこにも、人を貶めて楽しむ姿なんて無かった。
 僕は彼女を探しました。
 でも、狩猟一族からも姿を消していました。
 獣の集団ですからね……疑惑の一つだって、招くわけにはいかなかったんです。
 姿を晒した者は去るという掟があることは、もっとずっと後に知りました。
 僕はね……彼女の父親……お嬢さんの父親である役人に、全てを話そうと思った。
 彼女が貴方がたに会いたがっていたこと。家族を欲していたこと。捨てられたのに、恨み言など一つも無く、ただ憧れだけを抱いていた……。
 だから彼女は、片割れを庇って、泥を被ったんですと。
 狼の餌になったと思っているかもしれないけれど、実は生きていて、普通に女の子でしたって、そう話すつもりでね。
 だけど…………父親は、知ってました。
 獣として生まれた赤子の行き着く先を。
 捨てられた赤子はすぐ回収され、狩猟民に組み込まれること。
 その一族は、来世獣に生まれないために、必死で善行を積む。
 人の役に立って死ねば、許されない獣も、許されるかもしれない……。そう教え込まれて、過酷な環境で狩猟を行い、村におろす役割だったんです。
 それが無ければ、厳しい北の地では、沢山の人間が死ぬ。
 この形で定まっている社会を、覆してはならないのだって」

 つまり、北の地にとって獣人は、社会を支えるための贄であったのだ。

「その時僕の目的は定まりました。
 彼女を人にする。
 獣であることを隠して人になるなんて、そんなまやかしではなく、獣人という存在を、人と認めさせると決めました。
 獣人の情報を集め、貴族側の知識を集めてきた僕には一つの可能性が見えていた。
 獣人が、悪魔の使徒ではないかもしれないという、可能性です。
 それと一緒に、彼女の消息を探しました。
 彼女は優れた狩人でしたし、狼としても一流でした。だから、簡単に死にはしない。絶対に生きている。そう思って。
 彼女を探すために僕は、長期休暇は必ず実家に帰ってました。
 再会までに五年かかった。
 でも、僕が見つけたのじゃなく、彼女が自ら僕に会いに来たんです。
 兇手にまで身をやつし、手を散々汚して、片足を失って……来世も堕ちると決まっていた彼女は当時もう、自暴自棄でね……。
 僕の手で死にたいと思ったんですって。
 僕ならまだ、願えば聞いてくれるかもしれないって。あのどうしようもない過去に縋るしかないくらい、ボロボロになって、会いに来た。
 だから僕はね……それまでに調べてきたとっておきを、彼女に伝えました。
 獣人は悪魔の使徒ではないかもしれないこと。
 あの経典が、でっち上げである可能性がとても高いこと。
 この社会は、貴族と聖職者が作り上げた虚像で、獣人はそのための贄にされたのだって。
 獣人が悪魔の使徒ではない証明ができれば、この世の獣、全てが人になる。貴女も人になる。そうすれば、堕ちない……。
 だから僕は、それを目指すって、伝えました。
 まぁ、そんなこんなでね……そんな狂気の沙汰としか思えないものに邁進する僕を一人にするのはやばいと思ったんでしょうねぇ。
 彼女はなんとか、生きることを選んでくれた。
 そうして、今に至ります……」

 彼女……は、言わずもがな、ローシェンナ……なんだな。

「まぁつまりね。地域によって獣人の担う役割は違うのですが、北の地では越冬のためになくてはならない存在なんです。
 獣になれる彼らは、雪の中でも狩りが可能だ。そのためには獣になれることを忘れてはいけない。だから、血の濃いものを集め、幼いうちから獣になるための訓練をさせています。
 元々、獣人は北の地に多く生息していた狩猟民族であるようでね、獣人の習性や習慣は、北の地に色濃く残されていた。
 特に、その狩猟民の中に、脈々と繋がれ、伝えられてきたんです。
 そして血の濃縮も、ずっとその中で行われてきた。かなり幅広い血を、取り込みながらゆっくりとね」
 そして多分その形を作ったのは……あの地の貴族と、聖職者です」
「だが、マル……その構図では、血の濃縮は起こっていないのじゃないか?
 もしくは……本当にゆっくり、効果があるかなしかの、かなりゆるい濃縮……」

 獣人をひとところに集めたからといって、それだけでは何も起こらない。その血が交わっていくでもなければ…………。
 そう思った時、マルの言わんとすることに気付いた。

「獣人同士が交わって赤子が生まれた場合、人であれば人の世に戻します。
 例えば神殿前に捨てられて、孤児として拾われるんですよねぇ。そのあと養子なり、そのまま神に仕えるなり決まります。
 そしてあまりに血が薄い獣人も、篩にかけられます。
 血の濃縮に貢献できないので、養う意味がありませんから」

 つまりそれが、ハイン……。

「北は信心深い者も多い。聖職者となる貴族出身者もまた、とても多いです。
 北の事情は、まぁ、そんな感じですね」
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