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不安の種 1
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そんなこんなで三日。
とうとうこの日がやって来た。赤縄が、外される日だ。
雪が降りしきる中、早朝より屋敷を出た。
動けるもの総出。俺の配下だけではなく、ジークとアーシュ、そして騎士の面々が一緒だ。
縄の撤去があるためだが、最終日に獣の特徴が顕著な者がいないことは、確認済みだった。
ウルヴズ行商団からも、スヴェンとその補佐が二名、現場に赴いている。
アイルが笛で知らせてくれていた様子で、俺たちが出向くちょうどその時を選び、縄の中に七人ほどの人影。
最後の罹患者一名と、残りは看病や手伝いで残ってくれていた者たちだ。
「……よく…………よく、やってくれた……。大変な任を、見事成し遂げてくれた。
それから…………無事に戻ってくれたことを…………っ」
無精髭を生やし、くたびれた風態ながらやり遂げたという達成感を滲ませていた二人。
その二人を前にすると、考えていた言葉の半分も出てこなかった。
駆け寄って手を握り、肩を抱く。
二人は慌てたり嫌がったりしたが、そこはもう強引に強行した。
「私だけ先に戻りまして、すいませんでした……。
お二人が無事で、良かったです……」
「何言ってンだ。お前のお陰で終息の兆しが掴めたようなもンだろ」
「そうそう。それにこうして無事、皆で赤縄を出られたんだから、それが全て。
サヤさんもお疲れ様!」
喜び合う俺たちの横で、スヴェンらも最後の仲間を迎え、喜びを分かち合っていた。
そうして、やっと落ち着いた頃合いを見て、騎士の面々に声を掛ける。
「これにて荊縛終息だ。赤縄の撤去に入ろう」
その声を合図に、皆が動き出す。
頑張ったユストに声を掛け、肩を叩き、時には抱擁して、作業に向かう騎士たち。
現場を騎士らに任せ、俺たちは頭を下げるスヴェンらに見送られて、先に屋敷へと戻った。
「風呂を用意してある。まず身繕いを。昼までは時間を取ってあるから、それまでゆっくり休んでくれ。
……やっぱり、報告は明日で良くないか?」
「今日中に全部、さっぱり、終わらせましょう! 大丈夫ですから」
「あぁ、俺もそうしたい。気にすンな。最後の方は本当、暇つぶししてるだけみたいなもンだったンだ。さして疲れてねぇ」
そんな風に言う二人を、屋敷の風呂に促してから、俺たちは執務室に戻った。
そして、最後の報告書を受け取ったマルはそれをまとめに入り、サヤは調理場にお祝いの支度をお願いしに。他の面々には本日の業務を進めてもらうことにして、俺とハイン、シザーは父上の元へ報告に行く頃合いを伺うことにしたのだが。
「え? もう良いのか?」
「はい。もうお支度も済まされていらっしゃる様子です。すぐで大丈夫だと言付かりました」
と言う返答をハインが持ち帰り……。一応荊縛の本日終息予定を伝えていたとはいえ、父上もこの日を待ち侘びていたのだと再確認した。
「……今回は、色々と気を揉ませてしまったろうし、早めに謝罪に伺うか」
荊縛罹患者を大量に受け入れたことに対し、思っていた以上に反発が無かった。
当初は伏せたが、館の者らにはどうしても対処のため、配慮をお願いする都合上、このことを伝えなければならなかったわけだが……。
父上に報告した際にあった、ガイウスの反応を考えれば、こんな程度で済むはずなどなかったのに、今日に至るまで大きな混乱は一つも無かった。
当然それは偶然ではなく、父上のお力なのだろう……。俺たちのやることを妨害しないよう、不満が耳に届かないよう、色々手を回してくださっていたのだと思う。
俺を後継として認めると言った父上であるから、そのために俺の行動をこうして肯定してくれているのだと思うが……もし父上がいらっしゃらなかったら、どうなっていただろうなと思う……。
そのことに関しても、お礼を言いたいなと思って足を進めていたのだが……。
視界の端に黒。
ハッとして窓の外を見ると、サヤとアイルだ。そして……っ!
「レイシール様?」
急に足を止めた俺に、ハインがそう呼びかけるのも構わず、俺は向きを変えた。
近場の扉から外へ。すると気付いたサヤが慌てて「なんでもないんです!」と、俺をおしとどめようと手を伸ばすが、反対の手はウォルテールに握られていて、俺はそのことに恐怖すら抱いた。
「ウォルテール、手を離せと言っているのが、聞こえないのか」
アイルの叱責にも、ウォルテールは身を硬くするのみ。その様子に、俺も我慢の限界が来ていた。
「サヤ、こちらへ。ウォルテール……手を離すんだ」
子供に対して大人気ないにもほどがある……自分でそう思うのに、ピリピリとした雰囲気が、俺に危険を訴えてくる……。
必死で心を押し殺し、声を荒げないよう意識した。それが限界だった。
「レイシール様、ウォルテールさんは今ちょっと……その、私が話を聞くって、言ったんです。
そんな、怖い顔するようなことは、なにもありませんから……」
俺の様子に、サヤはそんな風に、必死でウォルテールを擁護しようと庇うものだから、さらに焦燥感が募る。
しかし、それに対し、アイルがまた口を挟んだ。
「サヤ、許して良いものと、そうでないものがある。我々獣は、上の指示が絶対だ。逆らう者は群れに置けない。それが道理。
我々の長は頭目だが、頭目が支持するのは主だ。その番となる身の貴女は、これに従う必要はない」
「従うとか、そういうのじゃ、ないですよ……。誰だって、心が弱くなってしまう時ってあるじゃないですか。
だから、そんな……そんな強く怒っては、可哀想です……」
そう言うサヤを無視して、ハインがツカツカと足を進め、かなり強引に、ウォルテールをサヤから引き剥がした。
「下がれ」
有無を言わさず、瞳をギラつかせ、ウォルテールを睨み据えて……。
一瞬呆気にとられたウォルテールだったが、次の瞬間牙を剥いて怒りを露わにするが、それに対しハインは腰の剣に手を掛け、アイルまで身を割り込ませて攻撃の意思を示した。
「ここをどこだと思っている……。獣だと一目瞭然のお前が、その姿で出入りできる場ではない。さっさと戻れ」
「頭目の指示に従えぬなら、群れを離れてもらう」
群れを離れてもらう……という言葉が、最後通告だということは、俺でも分かった。
シュンとなったヴォルテールが、ちらりとサヤを見てから踵を返す。
「あ、後でちゃんと、話を聞くから!」
咄嗟にそう言ったサヤに、なんとか気持ちをおさめたのか、寂しそうな笑みを浮かべて、あっという間に姿を消した。
「あっ、あの……本当に、そんなに怒るようなことは、何も!」
「充分に犯している。あの姿でここに来ること自体がな」
「サヤ。自覚を持っていただけますか。貴女はいつまでも従者のつもりでいてはいけません。
貴女はああいった手合いを受け入れるべきではない。……無条件に触れられる異性という存在が、貴女にとってどれだけ特別であるかは、ここの皆が承知しているのですよ」
「ウォルテールさんはそういうのじゃ……!」
「同じことです」
ぴしゃりとはねつけたハインに、サヤまで落ち込んだような表情で項垂れる。そして、申し訳ありませんでした……という謝罪の言葉。
けれど、心の底から納得できていないのは、その表情ですぐに分かった。
「…………ハイン、父上には、後ほど伺うと伝えてもらえるか……」
「畏まりました」
「サヤ、一旦戻ろう。事情を、教えてくれ」
ハインの代わりにサヤを伴って、執務室に戻った。アイルもそのまま警護に戻らず、事情説明について来ることになる。
なにやら深刻そうな顔で戻った俺と、落ち込んだサヤと、アイルをを連れて戻ったことに、皆が訝しむ視線を向けて来るけれど、そのまま隣の会議室に向かった。皆への説明は後だ。
「まず俺から、ウォルテールの行き過ぎた行動について謝罪する。
全ては頭目に伝え、判断を仰ぐが、最悪ウォルテールは群れから追放の処置を取る。それで手打ちとしてもらえるか……」
部屋に入るなりそう言ったアイルに、サヤが慌てて口を開き掛け、厳しいアイルの表情に、泣きそうな顔になった。
両手を握りしめて、必死で涙をこらえる姿に、それまで胸の奥で燻っていた怒りというか……苛つきに、罪悪感が加わる……。
「…………アイル、追放は、とりあえず保留にしておいてもらえるか……。
サヤにも何か言い分があるのだろうし、それを聞いてから……それでも遅くはないだろう?」
なんとか気持ちを押し殺してそう言うと、アイルは苦い表情ながら首肯する。
「……分かった。
一応、あの場は他の者にも見張らせていた。あれの姿は人の目には晒されていない。そこは安心してくれ」
ウォルテールは耳や尾に加え、足にも顕著な特徴がある。だから、あの姿でここに出入りすることはきっと禁止されているのだと思う。
館の警護に潜んでいる者らは、人か、特徴の目立たない獣人のみだ。だから、あの姿でこの館に来たこと自体が、きっと禁を破っている。
サヤに視線を向けると……。
「……すい、ませんでした……。
あの時は、ヴォルテールさんの姿はあまり、意識していなくて……。
相談したいことがあるから、少しだけ時間がほしいと言われて、皆に少し離れることを伝えて来るからと言ったのですけど、すぐ済むからって……。
とても深刻そうなお顔でしたから、そのことに気が向いてしまい……そんなやりとりをしているうちにアイルさんがいらっしゃって……」
ぽつぽつと、事情を話し始めた。
「相談したいこと。とは?」
「まだ、聞いていません……でも多分……お姉さんのことだと、思って……」
「……姉?」
これはアイルだ。
何故かそう問い返し、表情を厳しくした。
「ウォルテールがそう言ったのか」
「は、はぃ……いえ、今ではなく、赤縄の中でのことです……。
その…………私が落ち込んでいた時に、ヴォルテールさんが私を偶然見つけてしまって……。
えっと……その……一生懸命、慰めてくださったんですよ? 何も、おかしなことは無かったんです。
その時に、私と歳の近いお姉さんがいらっしゃって、離れ離れだから、会いたい人に会えない辛さは、よく分かるからって……そう言って……。
それがずっと、中にいる間、私のことを気遣ってくださったんです。お手伝いも、沢山してくれたんです。
辛くないか、少し休んだら良いよ、その分は俺がやっとくから……。寂しいなら、一緒にいてあげるよって、一生懸命……。
私が飛び火してしまった時も、看病に来てくれて…………。
ウォルテールさんは、まだ幼いです……。獣人としては子供ではないって言われましたけれど、私にとって十三歳は、まだ子供です。
そんな幼さで、家族と離れて……その寂しさだって、私はよく知ってる…………だから、お姉さんと私を重ねて見てしまうのだと、思うんです。
嫌な感じもしませんでしたし、それで…………」
必死にそう言うサヤに、俺は大きく息を吐いた……。
ほっとけない……よな、それは……。そう思ってしまったのだ。
いきなり身内と引き離されてしまう苦しみや、悲しみを、一番実感しているのは、サヤ自身だ…………。
知りたくなかった……知ってしまったら、納得しないわけにはいかないのだ、俺も……。
とうとうこの日がやって来た。赤縄が、外される日だ。
雪が降りしきる中、早朝より屋敷を出た。
動けるもの総出。俺の配下だけではなく、ジークとアーシュ、そして騎士の面々が一緒だ。
縄の撤去があるためだが、最終日に獣の特徴が顕著な者がいないことは、確認済みだった。
ウルヴズ行商団からも、スヴェンとその補佐が二名、現場に赴いている。
アイルが笛で知らせてくれていた様子で、俺たちが出向くちょうどその時を選び、縄の中に七人ほどの人影。
最後の罹患者一名と、残りは看病や手伝いで残ってくれていた者たちだ。
「……よく…………よく、やってくれた……。大変な任を、見事成し遂げてくれた。
それから…………無事に戻ってくれたことを…………っ」
無精髭を生やし、くたびれた風態ながらやり遂げたという達成感を滲ませていた二人。
その二人を前にすると、考えていた言葉の半分も出てこなかった。
駆け寄って手を握り、肩を抱く。
二人は慌てたり嫌がったりしたが、そこはもう強引に強行した。
「私だけ先に戻りまして、すいませんでした……。
お二人が無事で、良かったです……」
「何言ってンだ。お前のお陰で終息の兆しが掴めたようなもンだろ」
「そうそう。それにこうして無事、皆で赤縄を出られたんだから、それが全て。
サヤさんもお疲れ様!」
喜び合う俺たちの横で、スヴェンらも最後の仲間を迎え、喜びを分かち合っていた。
そうして、やっと落ち着いた頃合いを見て、騎士の面々に声を掛ける。
「これにて荊縛終息だ。赤縄の撤去に入ろう」
その声を合図に、皆が動き出す。
頑張ったユストに声を掛け、肩を叩き、時には抱擁して、作業に向かう騎士たち。
現場を騎士らに任せ、俺たちは頭を下げるスヴェンらに見送られて、先に屋敷へと戻った。
「風呂を用意してある。まず身繕いを。昼までは時間を取ってあるから、それまでゆっくり休んでくれ。
……やっぱり、報告は明日で良くないか?」
「今日中に全部、さっぱり、終わらせましょう! 大丈夫ですから」
「あぁ、俺もそうしたい。気にすンな。最後の方は本当、暇つぶししてるだけみたいなもンだったンだ。さして疲れてねぇ」
そんな風に言う二人を、屋敷の風呂に促してから、俺たちは執務室に戻った。
そして、最後の報告書を受け取ったマルはそれをまとめに入り、サヤは調理場にお祝いの支度をお願いしに。他の面々には本日の業務を進めてもらうことにして、俺とハイン、シザーは父上の元へ報告に行く頃合いを伺うことにしたのだが。
「え? もう良いのか?」
「はい。もうお支度も済まされていらっしゃる様子です。すぐで大丈夫だと言付かりました」
と言う返答をハインが持ち帰り……。一応荊縛の本日終息予定を伝えていたとはいえ、父上もこの日を待ち侘びていたのだと再確認した。
「……今回は、色々と気を揉ませてしまったろうし、早めに謝罪に伺うか」
荊縛罹患者を大量に受け入れたことに対し、思っていた以上に反発が無かった。
当初は伏せたが、館の者らにはどうしても対処のため、配慮をお願いする都合上、このことを伝えなければならなかったわけだが……。
父上に報告した際にあった、ガイウスの反応を考えれば、こんな程度で済むはずなどなかったのに、今日に至るまで大きな混乱は一つも無かった。
当然それは偶然ではなく、父上のお力なのだろう……。俺たちのやることを妨害しないよう、不満が耳に届かないよう、色々手を回してくださっていたのだと思う。
俺を後継として認めると言った父上であるから、そのために俺の行動をこうして肯定してくれているのだと思うが……もし父上がいらっしゃらなかったら、どうなっていただろうなと思う……。
そのことに関しても、お礼を言いたいなと思って足を進めていたのだが……。
視界の端に黒。
ハッとして窓の外を見ると、サヤとアイルだ。そして……っ!
「レイシール様?」
急に足を止めた俺に、ハインがそう呼びかけるのも構わず、俺は向きを変えた。
近場の扉から外へ。すると気付いたサヤが慌てて「なんでもないんです!」と、俺をおしとどめようと手を伸ばすが、反対の手はウォルテールに握られていて、俺はそのことに恐怖すら抱いた。
「ウォルテール、手を離せと言っているのが、聞こえないのか」
アイルの叱責にも、ウォルテールは身を硬くするのみ。その様子に、俺も我慢の限界が来ていた。
「サヤ、こちらへ。ウォルテール……手を離すんだ」
子供に対して大人気ないにもほどがある……自分でそう思うのに、ピリピリとした雰囲気が、俺に危険を訴えてくる……。
必死で心を押し殺し、声を荒げないよう意識した。それが限界だった。
「レイシール様、ウォルテールさんは今ちょっと……その、私が話を聞くって、言ったんです。
そんな、怖い顔するようなことは、なにもありませんから……」
俺の様子に、サヤはそんな風に、必死でウォルテールを擁護しようと庇うものだから、さらに焦燥感が募る。
しかし、それに対し、アイルがまた口を挟んだ。
「サヤ、許して良いものと、そうでないものがある。我々獣は、上の指示が絶対だ。逆らう者は群れに置けない。それが道理。
我々の長は頭目だが、頭目が支持するのは主だ。その番となる身の貴女は、これに従う必要はない」
「従うとか、そういうのじゃ、ないですよ……。誰だって、心が弱くなってしまう時ってあるじゃないですか。
だから、そんな……そんな強く怒っては、可哀想です……」
そう言うサヤを無視して、ハインがツカツカと足を進め、かなり強引に、ウォルテールをサヤから引き剥がした。
「下がれ」
有無を言わさず、瞳をギラつかせ、ウォルテールを睨み据えて……。
一瞬呆気にとられたウォルテールだったが、次の瞬間牙を剥いて怒りを露わにするが、それに対しハインは腰の剣に手を掛け、アイルまで身を割り込ませて攻撃の意思を示した。
「ここをどこだと思っている……。獣だと一目瞭然のお前が、その姿で出入りできる場ではない。さっさと戻れ」
「頭目の指示に従えぬなら、群れを離れてもらう」
群れを離れてもらう……という言葉が、最後通告だということは、俺でも分かった。
シュンとなったヴォルテールが、ちらりとサヤを見てから踵を返す。
「あ、後でちゃんと、話を聞くから!」
咄嗟にそう言ったサヤに、なんとか気持ちをおさめたのか、寂しそうな笑みを浮かべて、あっという間に姿を消した。
「あっ、あの……本当に、そんなに怒るようなことは、何も!」
「充分に犯している。あの姿でここに来ること自体がな」
「サヤ。自覚を持っていただけますか。貴女はいつまでも従者のつもりでいてはいけません。
貴女はああいった手合いを受け入れるべきではない。……無条件に触れられる異性という存在が、貴女にとってどれだけ特別であるかは、ここの皆が承知しているのですよ」
「ウォルテールさんはそういうのじゃ……!」
「同じことです」
ぴしゃりとはねつけたハインに、サヤまで落ち込んだような表情で項垂れる。そして、申し訳ありませんでした……という謝罪の言葉。
けれど、心の底から納得できていないのは、その表情ですぐに分かった。
「…………ハイン、父上には、後ほど伺うと伝えてもらえるか……」
「畏まりました」
「サヤ、一旦戻ろう。事情を、教えてくれ」
ハインの代わりにサヤを伴って、執務室に戻った。アイルもそのまま警護に戻らず、事情説明について来ることになる。
なにやら深刻そうな顔で戻った俺と、落ち込んだサヤと、アイルをを連れて戻ったことに、皆が訝しむ視線を向けて来るけれど、そのまま隣の会議室に向かった。皆への説明は後だ。
「まず俺から、ウォルテールの行き過ぎた行動について謝罪する。
全ては頭目に伝え、判断を仰ぐが、最悪ウォルテールは群れから追放の処置を取る。それで手打ちとしてもらえるか……」
部屋に入るなりそう言ったアイルに、サヤが慌てて口を開き掛け、厳しいアイルの表情に、泣きそうな顔になった。
両手を握りしめて、必死で涙をこらえる姿に、それまで胸の奥で燻っていた怒りというか……苛つきに、罪悪感が加わる……。
「…………アイル、追放は、とりあえず保留にしておいてもらえるか……。
サヤにも何か言い分があるのだろうし、それを聞いてから……それでも遅くはないだろう?」
なんとか気持ちを押し殺してそう言うと、アイルは苦い表情ながら首肯する。
「……分かった。
一応、あの場は他の者にも見張らせていた。あれの姿は人の目には晒されていない。そこは安心してくれ」
ウォルテールは耳や尾に加え、足にも顕著な特徴がある。だから、あの姿でここに出入りすることはきっと禁止されているのだと思う。
館の警護に潜んでいる者らは、人か、特徴の目立たない獣人のみだ。だから、あの姿でこの館に来たこと自体が、きっと禁を破っている。
サヤに視線を向けると……。
「……すい、ませんでした……。
あの時は、ヴォルテールさんの姿はあまり、意識していなくて……。
相談したいことがあるから、少しだけ時間がほしいと言われて、皆に少し離れることを伝えて来るからと言ったのですけど、すぐ済むからって……。
とても深刻そうなお顔でしたから、そのことに気が向いてしまい……そんなやりとりをしているうちにアイルさんがいらっしゃって……」
ぽつぽつと、事情を話し始めた。
「相談したいこと。とは?」
「まだ、聞いていません……でも多分……お姉さんのことだと、思って……」
「……姉?」
これはアイルだ。
何故かそう問い返し、表情を厳しくした。
「ウォルテールがそう言ったのか」
「は、はぃ……いえ、今ではなく、赤縄の中でのことです……。
その…………私が落ち込んでいた時に、ヴォルテールさんが私を偶然見つけてしまって……。
えっと……その……一生懸命、慰めてくださったんですよ? 何も、おかしなことは無かったんです。
その時に、私と歳の近いお姉さんがいらっしゃって、離れ離れだから、会いたい人に会えない辛さは、よく分かるからって……そう言って……。
それがずっと、中にいる間、私のことを気遣ってくださったんです。お手伝いも、沢山してくれたんです。
辛くないか、少し休んだら良いよ、その分は俺がやっとくから……。寂しいなら、一緒にいてあげるよって、一生懸命……。
私が飛び火してしまった時も、看病に来てくれて…………。
ウォルテールさんは、まだ幼いです……。獣人としては子供ではないって言われましたけれど、私にとって十三歳は、まだ子供です。
そんな幼さで、家族と離れて……その寂しさだって、私はよく知ってる…………だから、お姉さんと私を重ねて見てしまうのだと、思うんです。
嫌な感じもしませんでしたし、それで…………」
必死にそう言うサヤに、俺は大きく息を吐いた……。
ほっとけない……よな、それは……。そう思ってしまったのだ。
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