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社交界 9

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 ディート殿とそんなやりとりをしている間も、女性二人は盛り上がっていた様子。
 まぁ……多少の誤解を、挟みつつ……だが。

「こ、子供じゃないですっ。私、十七に、なりましたから!」
「十七?    おのこにしては小柄なのですね。
 体格だって華奢……なのに、その体系的な不利も、無手で武器を相手にする不利も、まったく気負ってらっしゃらない……。
 それだけ修練を積まれたという自負がおありなのね。
 ディート殿を前に怯まず、迷わず、踏み込むその気概にも、感服致しました!    貴方は素晴らしい勇者。
 ねぇ、どのような修練を積まれましたの?    恐怖を克服する秘訣は?    是非お茶をご一緒したいわ。お話を聞かせてくださらない?」

 うーん……グイグイくる人だな……。凄くサヤを褒めてくれているのは分かる。熱心なのも分かるのだけど……物腰と口調がとても女性的なだけに、違和感が凄い。
 でも、アギー公爵家のご令嬢となれば、教養面だって当然……俺なんかよりも煩く躾けられているだろうし、女性なら尚更だろうし、そんな環境でもこうして女性ながら武術の修練を積まれているわけで……。この方、凄い人なんだなというのは、よく分かった。分かったけど……。

「あ、あの……お言葉はとても、嬉しいのですが……私には、職務がありまして」
「職務?」
「従者をしております。なので、私の一存では……」
「⁉︎」

 また、睨まれた……。
 なんだろう。この方、明らかに俺を不快に思ってる……。

 正直、俺の人生で、女性と接した経験は然程無い。だから、お会いしたことがあるとしても、すれ違ったことがある程度であろうに……何故こうも、敵意を剥き出しで睨まれているのか……。
 本当に理由が分からず困惑していると……。

「従者……貴方が主人なのね……レイシール殿……」

 ……ん?    俺を知ってる?

「はい……サヤは、私の従者でありますが……」

 婚約者でもあるんです…………とは、口にできないよな。

「そう……また、貴方…………。本当、なんて…………………………」

 目障りな方……と、口が動いた気がした。
 ……いや、多分当たってるんだろう……サヤがびっくりした顔で瞳を見開いているから。

「ん?    オリヴィエラ殿はレイ殿と面識があったか」
「いいえ、ございませんわ。お見かけしたことがあるだけ……私の贔屓の店が、メバックにございますの。その関係で」

 ツンと澄まし顔でオリヴィエラ様。
 メバックで貴族相手の商いをしている店って実はあんまり無いんだよな……と、そう思ったら、まあ分かった気がした。
 俺を見かけたことがあるっていう場所……。

「そうでしたか」

 だからって何故睨まれているのかは分からないのだけど……。

「あ……そういえば、オリヴィエラ様のお召し物……バート商会の意匠ですよね」

 場の雰囲気が悪くなるのを気にしたのか、サヤがとっさにそう口にした途端……。

「やっぱりお分かりになります⁉︎」

 パッと表情を輝かせたオリヴィエラ様が、サヤを振り返ってまた手を握る……。
 変わり身が凄い……。

「あっえ……は、はい……私も、あのお店の……」
「ですわよね⁉︎    お召し物全てが最新のものでらっしゃるもの!    貴方は店主殿にはお目にかかったことがあって?」

 店主……あー…………。

「ギルさんですか。はい。いつもお世話になっております」

 サヤがそう口にすると、オリヴィエラ様笑顔がより一層輝いた……。
 ギルさん……と、サヤが略称で呼んだことにも反応した様子だな。唇が小さく、ギルさん……と、呟く。

 ギル……そういえば昔から、クリスタ様が妹たちの衣装を注文していたよな……。
 仮姿として利用している『アギーのクリスタ様』である場合、妹たちは沢山いる。その中に、ギルを贔屓にしている方がいらっしゃってもおかしくない……。そして当然ながら、ギルがモテないはずがない…………。

 俺への敵意……ギル絡みか…………。

 納得できたけど凄い釈然としないものがある。だって俺、同性なのに……。しかもサヤも男装しているから同性認識のはずだ。なのに……解せない……。なんで俺だけ……。

「けれど、細袴は違うのですね……」

 なにげなく、サヤが告げたそのひと言。それで、オリヴィエラ様はうっと、何故か身を引いた……。

「やはり……お分かりになりますの……」
「あ、はい。……いえあの……オリヴィエラ様のお身体には些か窮屈そうで……男性用……ですよね?」

 それまで全く意識していなかったのだが。
 剣の鍛錬のためか、オリヴィエラ様はサヤと同じく男装に近い格好をなさっていた。
 短衣に腰帯、そして細袴という、ありふれた服装だ。上着はたぶん、鍛錬中は脱いでいらっしゃるのだろうな。サヤみたいに。
 窮屈そう……と、サヤは表現していたが、別段そんな様子は無い。
 けれど、当のオリヴィエラ様には通じているようで。

「お恥ずかしいですわ……これは弟のものを借り受けておりますの。
 袴では裾捌きがやはり、煩わしく感じてしまうのです。女の身で武術……しかも弟の衣装を借りてまで……。私……はしたないですわよね……」

 と、頬に指を添えて恥じらうのだが……。
 俺に対する様子とほんと、違うよなぁ……と、感心してしまった。サヤのこと、随分と気に入ったんだな、この人……。
 まるで外野の俺たちのことなど眼中に無いぞといった雰囲気だし。

「いえ、はしたないなどとは思いません」

 そりゃそうだね。
 サヤは当然のこととしてそう言葉を口にしたのだろうけれど、オリヴィエラ様にとっては予想外の返事であったようだ。
 びっくりした顔で、サヤを見て固まった。そしてみるみる、頬を染める……。

「私の国は、女性でも武術を嗜む者がそれなりにおりますし、女性の装いでは動きにくいのが道理。
 細袴が気になったのは……私も、オリヴィエラ様と同じ悩みを抱えた身であったからです。
 ギルさんは、女性用の細袴も作ってくださいますよ。
 注文なさってみては如何でしょう。きっと、もっと動きやすくなるはずです。
 私のこの細袴も……従来のものより幅広です。これは私が脚を多用するため、このように誂えてくださいました」

 そう言ってサヤが、自身の細袴をちょんと摘んでみせる。
 これ、ほぼサヤ専用の細袴なのだ。

 通常男性用の細袴は、極力幅の余りが無い、細身のものが好まれる。長靴の中に裾をしまうので、邪魔にならないためなのだけど……サヤの細袴は違う。
 サヤの細袴は太腿部分が大抵少しゆったりとしていて、長靴の中にしまう部分だけが細くなっている。
 これは、女性特有である身体の曲線を考慮し、動きやすくした上で、それを目立たないようにと配慮してある形なのだが、サヤが無手で脚をよく使うからという理由もある。この脚の攻撃……かなり侮れないのだよな……俺の顔にだって届くくらい、跳ね上がってくるのだが、従来の細身の袴だと、そんな風にすれば破れてしまいかねない。
 当然、サヤ以外男装する女性なんてそうそういない……まぁ、姫様くらいか……。
 なので、この細袴だけは、ほぼサヤ専用にしか作られていないのだ。サヤ的には、せっかく提案した意匠だし、自分用にしか作られていないのが、申し訳ないと思っているのかもしれないな。

 サヤの提案に、オリヴィエラ様は何か凄く、物言いたげな表情になった。

「……す、素敵ですわ。配慮されているのに美しい……いつもあの店の意匠には感服させられるのです。
 あんなに軽やかに身を操れていたのも、その細袴があってこそですのね……」
「はい。ギルさん、機能美と優美の兼ね合いが大切っておっしゃってました。
 そこを徹底する姿勢が、素敵ですよね。私も、いつも感心させられます……」
「…………貴方……店主殿と親しいのかしら?」
「はい、お仕事の関係上……あっ、レイシール様の親しいご友人ですし、納品の時にお茶していかれたりされるんですよっ」

 たぶん、カメリアとしての仕事の関係だな。
 けれどそのサヤの発言をどう受け取ったのか、オリヴィエラ様がまた、ギッと俺を睨みつけてくるので困った……。
 いやあの……そんな顔だけ向けられても……俺はどうすればいいの……。
 話しかけようにも、俺とは口をききたくないのだと、態度が示している。取りつく島もないオリヴィエラ様の状況に、正直ディート殿に「無理そうです……」と、言いたくなったのだが、そんなお手上げ状態の俺に、たぶん俺たちの会話はちゃんと耳が拾っていたであろうサヤは、気を使った様子。

「あ、あの……オリヴィエラ様?」

 困った顔で、俺とオリヴィエラ様を見比べて……でもどう言葉を切り出せば良いか、思いつかないで口篭る。
 すると、その様子にオリヴィエラ様は、少し大人気なかったと反省したのか……気を取り直したように表情を緩めて……。

「サヤさん……と、お呼びしてもよろしいかしら?」
「えっ、はい。どうぞ。あっ!    いえ、呼び捨てで構いません!」
「ではサヤ、貴方にはリヴィと呼んでほしくてよ。どうかそうなさって」

 上品に微笑んで、オリヴィエラ様。
 サヤはとても驚いた様子で、瞳を大きく見開いた。

「…………え、でも…………」
「私が良いのだから、良いの。ねぇサヤ、私のお願い、きいていただけるかしら?」

 困った様子で、俺に視線を向けてくるサヤ。
 男爵家の従者という立場では、高貴な方を略称で呼ぶってそうそうできることではない。
 でも、そう言われているのを退けるのも不敬かもしれない……と考えているみたいだ。
 本人が良いと言ってるのだし、様をつけたらどう?    と、息を吐くような小声で伝えると。

「…………は、はぃ。…………リヴィ様……」
「あぁ、ありがとうサヤ!
 私、時間のある午前はここでよく鍛錬しているの。良かったら、またいらっしゃって。
 サヤならば、私がいなくとも、ここを好きに利用して構わないわ。家の者にもそう伝えておきますから、遠慮なくお越しになって」
「えっ……そんな…………」
「ねぇレイシール殿、従者にも休憩の時間くらい、あるのでしょう?」

 …………無いとは言わせないって顔に書いてありますよ……。

「ええ、ございます。
 でもサヤ……また俺の休憩に付き合ってくれる?    気分転換に、庭の散策をしたいから」

 不安そうな顔をするから、大丈夫。別に気分を害したりはしてないよと示す。
 そして、サヤ一人を好きに歩かせるわけにもいかないので、俺が付き添う適当な理由をでっち上げておいた。
 するとホッとした顔のサヤが、はいっ。と、はにかみながら返事をしてくれて、可愛いなぁ……と、オリヴィエラ様の態度で若干傷ついた心を癒していたのだけど……。

「あら、鍛錬なさらない方には寒いのではなくて?」
「……そうですね。では次は、俺も何か鍛錬することにしますよ」
「おっ。やっとその気になってくれたか!
 ではそれには俺が付き合おう!    レイ殿は、素質なら充分あると、常々思っていたのでな!」
「それ確実に買いかぶりですよ」

 すまんな……と、片目を瞑って申し訳なさげに合図を入れてくるディート殿に、大丈夫ですよと笑っておく。

 まぁ……ギルのことは……うん……どうしようもないのだけどね。
 女性の身で、周りからきっと、色々言われているだろうに、それでも剣を握る頑なな方だ。
 心に硬い外殻があるのは、仕方がないのかもしれないと、思うことにした。
 サヤのためでもあると、ディート殿も暗に言っていたわけで……社交界の間くらいは……うん。
 それに、サヤが俺の妻となるなら、社交界での人間関係構築は必須だしな。今から進めておくのも悪くない。
 サヤのため。うん。それなら、頑張ろうと思える。

「サヤ、今日はそろそろ、お暇しようか」
「はい。……あまりお相手できず、申し訳ありません……」
「いや、構わん。充分濃密な鍛錬になったぞ。またお願いしたい。無手と戦える機会は希少なのでな」
「おり……リヴィ様も、ありがとうございました。また伺います」
「ええ、お待ちしておりますわ」

 サヤが挨拶を交わす間に、上着を拾っておく。
 ひと段落ついたところで、それを肩に掛けた。

「寒くはなかった?」
「大丈夫です。涼しくて心地よいくらいでしたから」
「凄かった。もう目が追えなかった……」
「今日は気合を入れてました!    ディート様との鍛錬、久しぶりでワクワクしていたので!」

 だけど明日、足や腕の痣が酷いかもしれません……。と、サヤが俺を伺うように、申し訳なさげに上目遣いで見上げてくる。
 俺が怪我怪我と煩いから気にしたのだろう。
 無論、怪我には気をつけてほしいのだけど……サヤがやりたいことを、邪魔したいわけじゃ、ないんだよ?

「うん。ちょっと心配だけど……サヤが楽しかったのなら、大目にみるよ」

 そう言うと、嬉しそうにふにゃりと笑う。
 あぁ、可愛いなぁと、たまらない笑顔に抱きしめたくなった。

 ちょっと不安な気もするけれど、まあ、頑張ろう。うん。

 あと一つ気になったのが、あのオリヴィエラ様…………。
 細袴を注文したらって、せっかくサヤが勧めてたのに……はぐらかしたのは、なんでだろうな?


 ◆


「……どう、されました?」

 部屋に戻ると、なにやら様子がおかしい。
 古参の方々が、出た時以上に疲れていらっしゃる……よう、だけど?

「あ、レイ様おかえりなさい。
 いえね、色々探りを入れてくる方が多くて、その対処をしていただけですよぅ」
「……探り?」
「アギーの社交界、初参加ですからねぇ。しかも賓客扱いでしょう?
 こちらに興味を持っている方は多いんですよ」

 ニコニコと笑顔のマル。いつも通りである……。
 なにもおかしなことはないよなぁ?    と、首をひねりつつ、古参の方々が気になって仕方がなかったのだが……マルは見事にそちらを空気として扱っている。

「今までは、ジェスル関係の社交界にしか参加していなかったのでしょう?」
「うん……確か、そう」
「だから余計に警戒含めてって感じなんです。
 なので、レイ様が後継となられたことや、ジェスルとの縁が断たれたこと。クリスタ様と学舎で縁があったことを、をそれとなく伝えておかなくちゃいけないでしょう?
 だからって、お茶のお誘い全て受けたら舐められますからね」

 ……あ、そこか。
 マルが上位の方々のお誘いとかもスパスパ切って捨ててたからだろう。
 まぁ……心臓には悪い光景だったろうなぁ……。古参の方々にはちょっと同情してしまう。
 だけど、学舎ではこの手のことは特に、徹底的に習うのだ。マルの対応は別段間違ってない。

「何家くらいに絞った?」
「二家です。僕と領主様で対応できますから大丈夫ですよ。
 あと、ごれいじょうのご推薦は全部断っといたので」
「うん、ありがとう。助かる。
 土嚢関係について聞いてきた人はいた?」
「ええ、それはまた別口でまとめます。戴冠式までは口にできないとだけ匂わせておきましたよぅ」

 流石だ。

「ありがとう。何かあったら振ってくれて大丈夫だから」
「ええ。心得ました」

 それでこの話は終了。マルに任せておけば問題無い。
 彼は貴族社会の人間関係や勢力図も全部網羅しているので、間違いなんて起きるわけもないのだよな。
 俺も姫様の影として使われていたから、この辺のことはまぁ慣れている。

「そちらはいかがでしたか?」
「あぁ……ちょっと厄介だけど……まぁ、良い縁を持ったと思うことにする……」
「え、なんです?    面白いことあったんですか?」

 わくわくとしつつ寄ってくるマルに苦笑しつつ、適当な話をしているのを、古参の方々は恐ろしいものを見る目で見て、慄いているのだった……。

 いや、ここ慣れないと、後が辛いぞ?
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