異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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社交界 10

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 マルが戴冠式まで口外できないと言ったことで、何も明言しないまま、それでも何かあるのだという含みを感じた貴族方は、俺の扱いをより慎重にせざるを得なくなった。
 まぁね……急な後継者変更があり、初めてアギーの社交界へ呼ばれた上に、賓客扱い。
 病床に伏しているとなっていた領主が社交界に顔を出し、かと思えば他家との交流……血による関係性の強化を全部拒否。
 その上、姫様の戴冠まで伏せなければならない事柄に関わっていると匂わせている……。
 はてさて敵が味方か……どこから手をつけて良いやら……と、いった心境だろう。

 正直俺自身、客観的に受け止めようと努力しているけれど、こうして考えるともう逃げ出したい……。

 そんな中、比較的気軽に俺と関わろうとしてくるのは、学舎で縁のあった方々と……夏の氾濫対策における支持と支援金でやり取りしたことのある家だ。
 まあ、元々が学舎繋がりだし、マルが厳選し、資料を送り、その伝手で広がった縁であるから、正直安全を保証されているも同然なわけで、更には、先見の明を持つ方が多いという結果になる。
 そんなわけで、家のやり取りはマルと父上に任されていたが、学舎からの縁で繋がった交流に関しては、俺に振られることで落ち着いていた。
 とはいっても、これも春の発表を待たなければならないので、氾濫対策には成功したので、春から交易路計画に移行します。くらいを伝えるだけなのだが。

「じゃあ、次は春になったらか。良い話を期待している」
「はい。ありがとうございます。ではまた、戴冠式で」

 部屋を出て行く元学友を見送って、一息つく。
 皆、一様に俺の容姿の変貌に驚き、俺が後継となったことを喜んでくれ、ハイン以外の従者がいることにまた驚き、サヤに関心を示す。
 ハインがサヤを受け入れているという驚愕の事実と、彼女の珍しい黒髪。そして、サヤの強さに反比例した麗しさゆえだろう。
 サヤがディート殿とやりあえる猛者であるという話は、何故かあっという間に広まっていた……。
 口止めしていたわけではないからな……まぁ、仕方ないと思う。
 とはいえ、その噂を信じることができるかどうかは、また別問題である様子。
 サヤを見た人は不思議そうに首を傾げるのが大半だ。
 サヤが無手の使い手であるという部分が、より疑わしさを増してしまうのだろう。
 武器を持ったディート殿に素手で挑むってどう考えても無理そうなんだろうな……俺も自分の目で見てなければそう思うことだろう。

 サヤは一見、麗しいだけの少年だ。
 見る人が見れば、常に間合いを測って動いていることなどに気付けるだろうけれど、それが読めるのは一定以上の実力者だろう。
 そんな一定以上の実力者たちにしても、武器を構えるディート殿を前に、拳を握ったサヤにはおいおいとなったわけで……。
 見ていない人たちに理解せよという方が、無理な話であるということだ。

 そんなサヤが、実は女性であるだなんて……きっと誰にも分からないのだろうなぁ……。

「どうかしましたか?」

 じっとサヤに見入っていたら、茶器の片付けをしていたサヤが、俺を見ていた。
 どうもしないけれど……。

「サヤに触れたいなと思って見てた」

 そう言うと、途端に頬を染める。

「にっ、日中です」
「うん。分かってるから我慢して、見るだけにしてた」

 ちょっと意地悪くそう言う。
 我慢してます。という素振りを見せると、サヤは罪悪感にかられるのか……少し困った顔をするということに、この前気付いた。
 それ以上言い返せず、じっと見る俺に、ただ耐える。

 こんなに強いサヤが、実はとても愛らしいなんて、誰も知らない……。
 見つめるだけで頬を赤らめるし、少し触れるだけで恥じらうし、口づけした後のとろけてしまいそうな表情は危険な程艶めいている。
 あかん。と、言いながら、サヤが俺の口づけを拒むことは無く、最終的には受け入れ、その艶やかな表情を俺だけに見せるのだと思うと、独占欲が刺激されてしまう。
 俺と将来を共に歩むと言ってくれたのだ、この女神が。
 それを考えると、えもいわれぬ幸福を感じる。

 そんなサヤを……。

 皆の前に晒すなんて、嫌だなぁと、今更……思っている。

「もうっ!    そんなにじっくり見ないでください!」
「見足りないのに」
「いつも見てるじゃないですか!」
「まだ満足するまでサヤを堪能してないんだ。本当は触れたいの、我慢してるし……なかなか満たされないんだよ」

 困り顔を作ってそういうと、いよいよどうしようみたいな顔になるから内心で笑ってしまう。そんな反応が楽しくってつい、演技を続ける誘惑が優ってしまった。
 そうして、じっと見ている俺に困り果てて、最後にサヤは譲歩する……。

「……ちょっとだけなら、良いですよ?」
「どこまでがちょっと?」
「…………ギュって、するだけなら……」

 恥ずかしそうに頬を染めて、両手を広げる。
 まるで、俺を丸ごと受け入れようとしているみたいだよ、それ。
 その愛らしい存在を腕の中に抱き込んで、本人に分からないよう、髪に掠めるような口づけをした。
 心労も吹き飛んでしまう。幸せだなと思う気持ちが、より一層膨らんで、頑張ろうって思えるのだ……。

「だいぶん、戻ってきた気がする」

 サヤの抱き心地。

 背中を撫でてそう言うと、「頑張って食べてます」という返答。
 これなら、唇だってもう、ふくふくかな。と、そう思ってしまうと、むくむくと誘惑が膨れ上がってきた……。

「サヤ、好きだよ」
「えっ……」
「愛してる」
「あ、あのっ⁉︎」
「サヤは俺の宝物だよ。唯一無二。女神だ……」
「や、やめっ、なんで急に褒め殺すん⁉︎」
「真実と本心を口にしてるだけだよ。サヤは俺の…………」
「も、もうええから!」

 慌てたサヤが、両手で俺の口を塞ぐ。
 その手を取って、指先や、掌、手首と口づけをすると、より一層慌てふためく。
 両腕を俺に取られてしまって、口づけされて、もういっぱいいっぱいになったサヤがはくはくと、混乱した頭で何かを言おうと必死になるから、最後にその唇を塞いで、もう何も考えなくて良いように仕向けた。
 唇を軽く啄むと、ピクリと体が跳ねて、そのまま深く唇を重ねると……。

「んぅ……!」

 まだ何か言おうとするから、その言葉ごと、舌で絡め取った。
 思えば……多分俺は、サヤが俺に両腕を広げた姿で既に、ぐらりときてしまっていたんだろう。
 舌で唇をなぞり、歯列をなぞり……そうしていくとだんだんサヤの呼吸が荒くなって、身体の力が抜けていく。膝が崩れる寸前に、腰に腕を回して抱き寄せた。
 上顎の裏を舌先でゆっくり撫でていくと、小さく震えて熱い吐息が零れ、それにまた劣情を刺激され、より一層深く繋がりを求め、彼女の舌を絡めて吸い上げると、身体が反射でびくりと跳ねる。

 こんなのじゃ足りない……。

 普段なら自分で抑制する部分。
 なのに、そんな思考は働かなかった。
 自分の右手がサヤの頬を撫で、首筋を撫で、それに反応が返る度に余計煽られて、もう頭は沸騰してしまっていた。
 補整着に阻まれて、豊かな膨らみに触れられないことを少し残念に思い、けれどこの愛しい存在が腕の中にあるだけで、俺は満足できると思う。この人が俺のものになるなら……。

 ガタン!

 と、大きな音を立て、椅子が倒れた瞬間に、冷水を浴びた心地で我に返ると、サヤがどこか怯えを滲ませた瞳に熱を浮かせて、掠れた呼吸を繰り返していて……。
 サヤに覆いかぶさるようにして、彼女を机に押し付けている自分に愕然とした。
 反応してしまっている俺自身の身体にも。
 だけどサヤの瞳の色が、滲み零れそうになっている水滴が、まだどこか熱に翻弄されている俺の思考を、かろうじて繫ぎ止めてくれた。

「…………っ、ごめんっ。悪ふざけが、過ぎた」

 気力を総動員してサヤから両手をもぎ離し、部屋の隅に退避して……。

「部屋に、帰って良い。少し、休んで……」

 なんとかそう言って、俺自身も自分にあてがわれた寝室へと逃げ込んだ。

 やばい、なんてもんじゃ、ない……。
 理性が飛ぶって、ああいう……?    全然歯止めが……っ、今だって、全く、衝動がおさまらない⁉︎
 今すぐにでもサヤを追いかけて、組み敷いてしまいたい。もう一度口づけを、彼女の甘い声を聞きたい!
 だけど……それがどれほど甘美な誘惑でも、駄目だ。違う。今はまだ、その時じゃない。三年耐えなきゃ、サヤとの婚姻自体が、無かったことになりかねないんだぞ!
 たかだかこの程度の誘惑に負けて、彼女を失うのか⁉︎    と、自分に言い聞かせて、必死で欲情を押し殺した。
 それを考えれば、我慢くらいできる。できなければ彼女を失う。
 これはそう、運動が足りてないだけ。ちょっと怠け過ぎていたんだ。うん。鍛錬して疲れれば、こんなものはすぐに発散できる。
 サヤのちょっとした仕草が可愛くて愛しくて仕方がないのはいつものこと。気持ちが乱されるのは、俺の個人的な問題。
 今までだって触れてきた、口づけで充分耐えられた。なのに今それができない道理なんて無い。
 大丈夫、できる。俺は、耐えられる。あぁ、だけど……触れないように、近付き過ぎないようにしないと……いや、違う。あまり押し殺すと、逆に我慢が……振り切れてしまわないように……。

 思考回路すら混乱して、安全圏の線引きができない自分に愕然とした。
 慌てて、とにかく一旦寝よう!    と、意識を切り離すことにする。
 サヤの表情を思い出せ。怖がっていた。涙まで滲ませていた。あんな表情、望んでやしないだろう?
 そうやって必死に欲情の頭を押さえつけて、俺はとにかく、あの衝動を無かったことにした。
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