異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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変化 3

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 鍛錬の時間を、サヤは敷布の上で過ごした。
 鍛錬どころではないと言ったのだけど、そのためにここに来たのだから、目的を優先するよう、サヤに言われたのだ。

 時折、隣に座ったクオンティーヌ様と何か話をしていたようではあったけれど、それを気にしていられるまでの余裕は無い。

 突き出された細身の剣を、腰をひねりつつ流すように弾く。
 その反動を更に利用して、二歩の距離を横に移動し間合いを稼いだけれど、それはすぐに侵略された。
 体を捌くと同時に踏み込み、上段から斜めに振り下ろされた相手の剣をかわし、手首をうまく回して軌道修正された剣が返しで胴を払いに来たのは、また後方に飛んでかわす。
 なるべく受けず剣を振らせ、相手の体力の消耗を促しつつ、自分の体力は温存するべく、無茶な動きはしない。
 とにかく防御。ひたすら防御。体捌きでかわせない時のみ、短剣を軌道修正に利用する。そのためには、相手の観察。先を読むこと。
 読むとは言っても、本当に読んでいたのでは間に合わないから、動きからその先に取れる行動を予測し、その中から次の手を絞り込むということを、瞬間で行うのだ。
 力を込めた場所、足を踏み出した場所、視線の動く先……攻撃への予備動作を、見極める。
 ディート殿の場合は体力が無尽蔵かと疑いたくなるほど動きに変化は起こらない。けれど……今日の相手はリヴィ様だった。
 踏み込みが浅くなってきた。剣の重みに振り回され、一手の感覚が開きつつある……。分かる。俺、ちゃんと成長してたみたいだな。

「それまで!」

 という、ディート殿の声が上がるまで、ひたすら逃げて、守ったわけだけど、その声と共にへたり込むリヴィ様。

「レイ殿…………貴方、疲れないの?」
「疲れてますよ、勿論」
「嘘。全然、動きが乱れない、ではないの」

 息を整えながら言われたその言葉に、俺は。

「そうなるべく動いてたので」

 と、返すと、リヴィ様は「思えばできるなら苦労しないわ」と、溜息。

 サヤの、個より広を見るという視点は接近戦にも当然有効だ。
 相手の足捌きや視線の動き、周りの障害物など、なんとなしに見えているので、判断速度が昔より格段に早くなったと自分でも認識している。
 前よりも自然にできるようになってきたと思う、視野の切り替え。これのおかげでその分余裕ができ、精神的にも楽で、体力も消耗しない。
 守りに徹する以上、相手の体力を削ぐよりも先にへばっていては話にならないからな。
 ……まぁ、ディート殿には全然まだ、及ばないのだけど。

「剣を握れないって、大嘘だわ……剣の動きだって、まるで先読みされているみたいで……」
「握れませんよ。でも当然習いましたからね。他の武器より動きは読みやすいんです。
 学舎では、左手で武器を振るうことは許されませんでしたし……右手だと二、三度振ればもう握ってられませんから、逃げるの優先でひたすら体捌きばかりやっていたというのもあって、慣れてるんです」
「女性でも、まれに学舎に行く方がいらっしゃるでしょう?
 その方々は、武術の講義はどうなさっているの?」
「女性方は教養の講義でしたよ。刺繍とか舞踊とか……色々あってあれはあれで大変そうでしたね……」

 女性は全学年で集まり教養の講義を受けていた。とはいえ、俺のいた学年には在籍期間中ずっと女生徒はいなかったので、詳しくは知らない……。

 そんな風に話をしながら敷布まで移動して、俺はサヤの隣端にくたりと身を投げた。
 動きを止めると、途端に疲労が押し寄せてくる……。リヴィ様は女性であるけれど、そこいらの一般兵なんかより断然上手いし剣も重い。消耗を見せないようにしていただけで、本当、もう限界ギリギリだったのだ。ディート殿はその辺まで分かって俺たちを追い込んでいそうだからまた……流石としか言いようがないよな。

「どうだ。良い気分転換になったろう?」

 俺たちの組み打ちの間中素振りをしていたディート殿も、こちらにやって来てそんな風に言うから……。

「はい……ちょっと頭がスッキリしました」

 悶々と胸の奥で燻っていた焦燥感は、多少マシになったように思う。サヤの顔色も、だいぶん良くなっていたし。
 身を起こすと、サヤが手拭いを差し出してくれた。

「さて。そろそろ時間か……。今日はここまでだな。
 レイ殿、神殿へは、この後すぐに向かうよりは、夕刻前辺りが良いと思う。
 今街中は帰還の貴族が馬車で列をなしておるだろうが、その頃には落ち着いているだろう」

 そう言ってくれたディート殿が見ていたのはサヤ。
 つまり……俺たちを辱めようとする輩が、ある程度減る頃合いだという意味だろう。
 心遣いが有難い。ではその時間に落ち合いますかと言うと、部屋まで迎えに行くと言ってくださった。

「じゃあ、サヤは部屋で留守番……」
「行きます」

 ……ですよね。

 分かってる。そんな顔しないで、言ってみただけだから。
 多分そうだろうなって思ったけど、一応念のため希望を聞いてみただけだよ。……ホントだってば。

 だいぶん調子を取り戻したらしいサヤに、俺は仕方がないなと溜息を吐いた。
 まぁ……どうせ外套を纏うし、ある程度サヤであることは隠せるだろうから良しとしよう。
 街中に出れば、邸宅の中よりは貴族と鉢合わせする可能性も低いし……あ、ついでにジェイドたちに、メバックへの荷物を託すの、忘れないようにしないと。
 近衛の正装の件、少しでも早く連絡した方が良いだろうし。

 そんな風に考えつつ、帰り支度を整えていたら、結局最後まで鍛錬を見学していたクオンティーヌ様が「なんで神殿?」と、聞いてきた。
 ん……まぁ……昔はいざ知らず、今の貴族の神殿離れは、若者ほど進んでいると言うしな。

「あぁまぁ……はい。ちょっとした用がありまして」
「連れ立って神殿に行く用って何よ」
「えぇと……セイバーンの事業の関係で……個人経営の孤児院をつくりたいので、その許可を得たくて」

 どうせ言うまで根掘り葉掘り聞かれるのだろうなと思ったので、正直に伝えたのだけど、するとその答えに、リヴィ様まで不思議そうな顔で問うてきた。

「……孤児院……ですの?」
「?    神殿を設けたいってこと?」
「いや……神殿抜きで孤児院だけ。交易路計画の資材管理を行う拠点村ですから、神殿までは必要無いので」

 神殿なんて作ったらやばいことになる。
 拠点村は獣人が隠れ住む村なのだし。

 そこの部分を適当に誤魔化して、そう口にしたのだけど、何故かクオンティーヌ様が「じゃ、私も行く」と言い出して慌てた。

「え、えぇ⁉︎」
「何よ……怪しいわね、私が行ったら駄目だって言うの?」
「い、いや、駄目じゃないです。けど……なんでまた?」
「取材の一環。クリス姉様が交易路計画についても取材しておけって言ってたし」

 あ、言ってましたね、確かに。

「アギーの責任者にクリス姉様の名を入れてあるのでしょ。聞いてるわ。
 それなら、アギーの者も同行した方が良いじゃないの。クリス姉様は外出できないんだし。名代なら私でも事足りるわ。
 ……それとも、アギーに見られたらまずいことなの?」
「滅相もございません」

 ディート殿にもちらりと視線をやったのだけど、彼は別段、どっちでも良い様子。
 変に勘ぐられても困るし……受け入れておこう。ここは別に、見られて困るものじゃない。

「では夕刻に……よろしくお願いします」
「ふん。感謝しなさいよね。……ねぇ、行くとき先に私を迎えに来て」

 ディート殿を顎で使うクオンティーヌ様……。
 まぁ、ディート殿は気にしてないみたいだし、良いんだろう。うん……。
 リヴィ様もソワソワしていたので、行きたいのかなぁ?    と、思い聞いてみたら殊の外喜ばれた。……何も楽しいことは無いと思うのだけど……まぁ良いか。

 借りていた敷布はディート殿に託し、有難うございましたと伝言をお願いした。
 聞けば近衛の小隊長殿であるらしい。セイバーンにも来ていた方だったのだけど、その時はあまり接点が無かった。気さくで優しい方だったな。

 それではとお三方に別れを告げて、来た道を引き返す。
 部屋に戻る道のりが、少々心配だったのだけど、帰らないわけにはいかない。そう思っていたら……。

「サヤを真ん中にして、極力目立たぬように急ぎますか」

 とオブシズより提案があり、俺も頷く。
 サヤ本人は大丈夫だと言うが、あんなに辛そうな姿を何度も見たくはない。
 夕刻また出かけなければならないのだし、体調だって心配だ。
 シザーまで心配そうにオロオロするものだから、サヤも最後には折れ、武官二人とハインに囲まれて帰ることとなったのだけど……。

「レイ殿!    私も、同行してよろしくて?    お部屋までご一緒致しますわ」

 先程別れたばかりのリヴィ様が引き返してきて、そう言った。
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