異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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門出 8

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 ギルを見送った途端、クオンティーヌ様は長椅子に身を投げ出して文句を口にしだした。もう腹に据えかねたのだろう。

「全く呆れるわ!    姉様ったらなんでそうなっちゃうのよ。なんのためにここまで来てるの⁉︎」
「分かってるわ……分かってるけれど……」
「あの店主、男装にだって手を出すのよ?    七年以上も前から手掛けてるって言ってたのよ?    今更姉様がどんな服装しようが気にしないわよ!
 現に、姉様が女近衛の隊長職を賜るって伝えても、顔色ひとつ変えなかったじゃない」
「分かっているわ!
 だけど仕方がないじゃない……私だって、こんな風になる自分が嫌でたまりませんわ!」

 姉妹喧嘩に発展してしまった会話に、俺とサヤは顔を見合わせるしかない。
 お二人の背後に立つ従者方も、思うところはあるだろうけれど、敢えて口を挟まぬ方針である様子。ただ黙って瞳を閉じ、何も見ていない、聞いていないといった素振りだ。

「ギルバート殿が、私を貶めるような発言をなさる方ではないことくらい、承知しておりましてよ。
 彼の方は本当にお優しいもの……。どなたにだってそうですわ。幼児でも、老婆でも、とても誠実に、紳士的ですわ。
 でもそれと、私が美しくないことは別の問題……。どれだけ優しい方と分かっていたって、私が恥ずかしいの。こんな自分の姿を彼の方に並べようなんて、思ってなくてよ。
 遠くから見ていれたなら、それで充分なの……」

 顔を手で覆って、くぐもった声を絞り出す。
 その様子を見かねたサヤが、そっとリヴィ様に手を伸ばし、背中を摩る。

「……リヴィ様は、お美しいです」
「サヤ……ありがとう。でも慰めは不要ですわ。私、自分のことはよく分かっていますの。
 私ね、バート商会をクリス姉様にご紹介頂くまで、長らく社交界から離れておりました」

 不意の告白。
 俺も社交界には縁が無かったけれど、リヴィ様もそうであったらしい。
 だけど俺と違い、アギー家のご家族は仲が良さそうだった。多くの妻と子を持つアギー公爵様は明るく、夜会で挨拶に回っておられた奥方様方も、皆様が特別、お互いに不満を持っている様子でもなかった。
 だから、リヴィ様が社交界から遠去かっていたのはきっと、俺とは違う理由だ。

「私ね、礼装がとてつもなく似合わなかったの。どんな美しい意匠だって、私には小さくて……。
 ただ大きく作らせても駄目なの。違うのよ。私、女性の装いが似合わなかったの。
 だってこんな身体なんですもの。男性の方みたいに背が高くて、肩が広くて……幼き頃は、皆と変わらぬ、ごく普通の子供でしたのに……急にこんな……」

 その様子に溜息を吐くクオンティーヌ様。
 俺と視線が合うと、口元をひん曲げて「……十の辺りから、急にだったそうなの……」と、言葉を添えてくれた。
 その頃なら、クオンティーヌ様はまだ幼児だものな、実際には記憶していないか。

「だから姉様、他家との縁を結ぶ機会も少なくて……。
 同じ年代の中では出遅れちゃった感じになったのよね。
 それでも公爵家だから、ある程度の話はあったのよ。でも十の頃って、大抵の男性が成長する前でしょう?」

 縁を繋げようとした家の方と並んでも、リヴィ様の方が大抵大きく、それが原因とは言われないまでも、縁を続けていこうという者は少なくて、最終的にライアルドしか残らなかったということだった。

 男の成長は女性より遅いと言われるものな……。俺だって十六まで背が伸びず、女扱いされまくってたし……。

「女性の服装もね、どうしても小柄で華奢な方に似合う意匠が多い時代だった。私はただそれだけのことだったって分析しているのだけど……姉様はその間に、打ちのめされちゃったってわけ」
「……そう、ですか……」

 引きこもっている間にも、彼女は更に、成長した。
 そうして七年ほど前……アギー公爵様に伴われ、王都に出向いた際に、バート商会との縁を持ったという。

「……クリス姉様の計らいでね……。
 あの商会、店主の家系大柄でしょ?    姉様もあそこなら引け目を感じにくかったみたいで……。
 礼装に関しても、あそこはあれこれと配慮してくれたわ。姉様に映える形を模索してくれたって聞いてる。
 でもそのうち、あの店主に見惚れて、余計卑屈になっちゃったわ……」

 ギルだものな……。あれだけ凛々しく美しいと自分が見劣りしてしまう気になるのは頷ける。俺だってそうだったし……。
 そう考えたのに、真相はもう少し複雑だった……。

「あの店主、噂では大抵絶世の美少女を引き連れているって話だったのよ」
「…………いやあの、それ俺です……男です……」

 確かに女性との縁は多いギルだったけれど、引き連れていたという方向で話されるならば、それは俺だ……。ギルは美女、とっかえひっかえだったから……。

「貴方がややこしくしたの⁉︎」
「不可抗力ですよ!    俺だって散々奇姫とか言われて揶揄われて……そもそもグラヴィスハイド様がそれを言い出したんですからね⁉︎」

 なにやら色々と複雑に絡み合った人間関係の結果、リヴィ様にしわ寄せが行ってしまったらしい……。

「…………兄が、悪かったわね…………」
「……いや、リヴィ様が一番なんかこう、申し訳ないです、本当……」

 うん、もう今更なんだけど……。なんかもう、本当に申し訳ない感じだ……。
 だけどこんな風では……ギルがどれだけ近くなろうと、リヴィ様は踏み込まない。これでは、なんの意味もない……どうしたものか……。

「…………あっ、ギルさんが戻られたみたいです」

 思い悩んでいたら、サヤのそんな声が響いた。
 びっくりして顔を上げたリヴィ様と、なにを言い出したのか分からず訝しげに首を傾げたクオンティーヌ様。
 ふた呼吸ほど間を空けて、コンコンと扉が叩かれたものだから、リヴィ様は慌てて居住まいを正した。

「遅くなって申し訳ありません。とりあえず試作と下絵が揃うものをお持ちしました」

 キラキラと笑顔の眩しいギルの再登場。
 そしてその背後から使用人が、大きな布を持ち込み、それを部屋の隅に広げ、布の上に試作の衣装と、下絵を並べて行く。

「まぁ……!」

 リヴィ様が感嘆の言葉を零し、口元を手で隠したのは分かっていたろうけれど、あえてギルは触れなかった。きっとまた縮こまってしまうと思ったのだろう。

「今年の夏からのものです。従者服が主ですから、あまり姫様方とは縁が無かったかもしれませんが……」
「あら、でもこれ知ってるわ。今年話題をさらってた……?    アギーの従者にも愛用者がいたわ」
「ええ、夏の初めに発表したにも関わらず、依頼が殺到しました。
 夏場の体調管理に適した従者服とご好評をいただき、今年も予約はほぼ埋まっております」
「嘘……これを、サヤ……貴女が?」
「あ、元々は私の体調管理が目的で……。男装ですから、重ね着が暑くて倒れてしまいかねなくて」

 そう言い頬を赤らめるサヤ。
 リヴィ様だけでなく、クオンティーヌ様も興味があった様子で、その並べられた衣服の方に足を運ぶ。
 そうしてサヤの発案したものを端から吟味し、懐から紙束を取り出した。

「ねぇ、筆」
「はっ」

 それまで彫像のように微動だにしなかった従者の方が、手荷物から墨壺と筆を取り出す。クオンティーヌ様は紙束に何かを一生懸命記しだした。

「へぇ、快適だって聞いてたけれど、中の短衣がどんな風になってるのかは教えてもらえなかったのよね。
 上着の仕掛けは見せてくれたんだけど、中は絶対に駄目って言われて……そっか。こんな風なの。
 …………え⁉︎    でも貴女女性でしょう⁉︎    これ着たの⁉︎」
「はい。着てました」
「せ、背中ががら空きじゃない!」

 クオンティーヌ様の悲鳴に近い叫びに、リヴィ様も瞳を見開く。
 それに対しサヤは、困ったように苦笑した。

「下着や補整着は身につけておりますから、丸見えではないんです。でも見せられたものではなかったのは確かですね」
「貴女よく……そうまでして男装しなきゃいけなかった?」
「はい。あの時は、そうしなければ、従者を続けさせてもらえなかったと言いますか……メバックに残れって言われてて……。
 もうヤケクソで、なにがなんでも従者を続けようって思って」

 そう言い、俺をひと睨み。
 あの時は本当にごめん……。そう言うしかない……。
 俺たちの視線のやりとりを見たギルも、苦笑しつつ言葉を挟む。

「……今年は、この服装はさせませんよ。もう男装をする必要はありませんから。
 女従者の衣服を考えていくと、先日方針を定めたところです。
 あの時レイの周りは色々と、問題が多くてね。サヤは性別を偽らざるをえなかったんです。その方が安全でした。
 まぁ、メバックに残ればもっと安全だったんですが……本人がそれを望みませんでしたから……」
「私は天涯孤独の身ですから。食べていくには働かなくてはいけません。でも働き方は、自分で選びたかったんです」
「こんな奴なんですよ。まぁ武術の腕はありますし、レイの事情も知って、その上で手伝いたいって押し切られたんでね。
 俺にできることは、衣服をどうにかして夏場に過ごせるものにするということでした。
 それでできたのがこの従者服で、まぁ……他にも需要があったというわけです」
「……付き合った店主も店主だわ……」
「でもお陰様で、土嚢壁も無事完成できました。この従者服が無かったら、今はきっと無いんです」

 誇らしげにそう言うサヤに、クオンティーヌ様は不思議そうな顔。
 服と壁にどんな関係があるのだろう……と、そんな風に思っているのだろう。
 リヴィ様も、食い入るようにサヤを見て……どうしても気になったのだろう。ひとつだけ、サヤに問いを投げかけた。

「サヤは……恥ずかしく、なかったの?」
「初めはやっぱり恥ずかしかったです……」

 でしたね。
 馬車から降りてこないわ、外套外さないわ……目一杯恥ずかしがってた。

「でも……踏み越えてみて、良かったって、思ってます」

 そう言って美しく微笑むものだから、その麗しさに抱きしめてしまいたくなったのは、致し方ないことだと思っていただきたい。
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