異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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門出 9

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 一晩を過ごし、翌日から女近衛の正装案を見て頂くことになった。
 既に案が定められ、木綿地とはいえ試作が完成していることに唖然とした二人。俺が早馬を飛ばして先に知らせを送り、案はサヤがアギー邸宅にて考えたものを形にしたと聞いて、更に呆然としていた。
 まぁ、うん……正直本当ありえない。早馬より早い吠狼の急使と、ギルの英断あっての奇跡的快挙だ。

「中衣に上着を重ねるって……聞いた時は何それって思ったけど……案外良いわね……」

 クオンティーヌ様が唸り、紙にまた何かを書き殴っていく。従者の方が墨壺を持って追いかけている形だ。
 本日もサヤが試作を着て見せる役なのだが、サヤの寸法なのだから当然そうなる。

「これは女近衛隊員の正装ですが、隊長の場合袖の折り返し、上着の縁取り、中衣の縁取りが加わります。
 こちらはまだ図案しかございませんが、ご覧になられますか」
「あ、あの……」
「あ、申し訳ない……」

 硬いリヴィ様相手だと、どうしてもギルは礼儀正しく振る舞おうとしてしまう様子。つい釣られてしまうのだろうな。
 頭を掻いたギルが少し居心地悪そうに咳払いをして、言葉を崩すよう、意識しつつ口を開く。

「この正装には、腰帯ではなくベルトを採用するつもりです。今貴族間でも徐々に浸透していると思うのですが……こちらではベルトというサヤの国の言葉は馴染みが悪く、最近は勝手に皮帯と呼ばれてますね」
「それなら私も耳にしたわ。皮帯、確かに一部ではとても好評。一部だけね。それで、正装なのになんで皮帯?」
「中衣がありますから。腰帯だと嵩張りますし、剣帯を巻くと更に分厚くなるんですよ。
 女性の場合、腰回りが男性と違いますから、細袴を縛らずとも落ちる心配は無い」
「成る程。理に適ってるのね」
「あと、剣帯を装着しやすいよう、革紐部分に通すだけで済む構造を検討してるんですが、これも皮帯であればこそできる仕様です。
 ただ、サヤは無手ですから、武器を所持しません。それで女性の剣帯使用感ばかりは確認できず……」
「姉様、試着して」
「もう!    なんでクオンが仕切ってるの!」
「姉様が喋らないからよ」

 まだ耳飾のお客様は到着しないため、ただ今のクオンティーヌ様は女近衛の正装取材を行なっている。
 言葉の棘は少々鋭いが、これは大いに助かっていた。彼女も結構な審美眼をお持ちだし、なにより流行に強いうえ、発信者でもある。
 ギルを前に緊張しっぱなしのリヴィ様に変わって、意匠の検討に一役買ってくれていた。

「そ、それに試着と言っても……私の大きさは……」
「皮帯には男女差などありませんから大丈夫ですよ。
 金具を取り付ける際、皮帯の長さを調節するだけなんでね。
 実は傭兵の間ではもう結構人気の品でして……ワド」

 声を掛けると、ワドは一礼し部屋を退室。すぐに大き目の盆を持って戻ってきたので、きっと用意されていたのだと思う。

「この小振りな鞄は?」
「ベルトポーチという名らしいのですが、これも馴染みが悪く……。サヤ、もうちょっと別の言い方、早く考えてくれ」
「ええっ、そんなこと言われても……。私の国では……あとはウエストバッグで呼ばれてましたけど……ウエストバック……腰鞄……でしょうか?
 あ、これも皮帯に通して使うんです。小物を持ち歩きたい時に便利ですよ。
 夏場など、お茶を入れた小瓶を忍ばせておいたりしてました。
 二つくらいは通せますし、これ以外の形も作れます。例えばこれは縦長ですけど、横長のものとか」

 そんな説明を挟みつつ、手は動かされ、皮帯に命名腰鞄が通される。
 傭兵の間でこれが人気というのは本当で、明けの明星でも、ヘルガーなど若手はもう結構使っているのだ。
 腰帯一つで、小物入れや帯剣が一度に装着できるし、鞄の着け場所も自在に選べる。
 野宿等が多い彼らは、着脱が楽な装備がいたくお気に召したらしい。
 貴族との関わりが多い明けの明星が早くに取り入れたのも、貴族からの縁なのだと思う。

「どうぞ小部屋を利用してください」

 と、ギルに促され、リヴィ様はオロオロと落ち着かない様子で視線を彷徨わせる。
 それを見かねたサヤが、お手伝いしますとリヴィ様の手を取って、小部屋へと誘った。
 扉の奥に姿が消えてから、クオンティーヌ様は溜息を一つ落とし、小声で呟くように謝罪した。

「……ごめんなさいね。どうにも駄目みたいだわ……」
「いや、俺の前で口を開いてくれるだけで、充分ですよ。
 それこそ七年という付き合いの中で、声を聞いたことすらありませんでしたからね」
「……我が姉ながら……本当にもう……」

 私が店主と打ち解けてどうするのよ……と、小声でクオンティーヌ様。
 男性に辛口の彼女をもってしても、ギルには非の打ち所がないのだ。唯一女癖に関しては一言物申したいそうなのだけど、定まった一人がいない以上、文句を言うことでもない。運命の出会いを探していてくれて、むしろ良かったとすら言える……。定めた女性がいれば、どうしようもなかったものな。
 だけど正直本当に、どうしたものか……。

「あのように怯えずとも……俺は別に、女性が武術を嗜むことに関してはどうとも思っていないんですけどね。
 そうじゃなきゃ、サヤと関わりません。
 ただ……やはり女性ですから、身の危険に関しての心配はしてしまいます……こればかりは、申し訳ないのですが……」

 困ったようにギルが眉を下げる。
 その様子に、クオンティーヌ様は「姉様の心配もしてくれるの?」と、聞き返す。

「そりゃしますよ……。と、いうか……オリヴィエラ様は本当に、お優しい方ですから……。
 なんで武術に手を出したのかって不思議なくらいで……。というか、本当、なんでなんです?」
「……さあね」

 何か知ってそうなのに、誤魔化すクオンティーヌ様。
 次の言葉を口にする前に小部屋の扉が開いたから、会話はここまでとなった。
 腰帯を皮帯に付け替えたリヴィ様は、従者にご自身の剣を手渡され、それを剣帯に結わえ直す。
 これも、紐を緩めて結び直すだけで済む、手軽な構造だ。
 そうして剣の下げ位置を調節したリヴィ様は、サヤに向かって口を開いた。こちらの方が緊張しないのだろう。

「……確かに、装着は楽ですわ。女性用の腰帯は、幅も広く長さもありますから、どうしても帯剣には不向きですもの。
 ですがこの皮帯は少々細すぎて、心許ないですわね……もう少し、その…………」

 けれど、それに返事を返したのはギル。

「成る程。確かに少々細すぎるかもしれないな……女性の腰だと……七糎……八糎くらいか?
 だがそうすると中衣との兼ね合いと剣帯の位置が問題だな……」
「ギルさん、ベルトにはコルセット型といって、バックル部分を編み上げたり、バックルを増やしたりしたものもあるんです」
「言葉じゃ分からん、図にしてくれ」

 頭をつき合わせてあれだこれだと検討する二人に挟まれ、リヴィ様は真っ赤になって固まっている。
 けれども瞳は真剣な表情のギルに釘付けだ。格好いい……と見惚れているのが分かってしまうくらいに。可愛らしいひとだなぁ。
 ギルに促され、執務机に足を向けたサヤは、引き出しから硝子筆と墨皿を取り出し、紙の上に走らせ始めた。すると、クオンティーヌ様もつられてそちらに足を向ける。

「図にするのは腰の部分だけで良いですよね。
 コルセット型はこんな風……幅はかなり多種あります。革鎧も同然といったものから、ギルさんがおっしゃる八糎くらいのものまで。
 正装であれば着脱時間もそう気にならないでしょうから、こんなのは如何でしょう」
「中衣に隠れる方が良いな。どうせ正装で腰鞄は使わんだろうし。剣帯だけ下げられるなら、それで良い。日常使いと正装は、やはり分ける必要がありそうだ」
「ですね。じゃあ……」

 集中する二人はクオンティーヌ様を意に介していない。
 そしてクオンティーヌ様も、そんな二人を邪魔するのはしのびないと思ったのだろう。つかつかと俺の方にやって来て……何故か、上着の襟元を掴まれた。
 ぐいと引き寄せられて、無理やり腰を屈めさせられる。

「何、あの筆……」
「あ、その……硝子筆ですね」
「ずっと墨が出てる!」
「そうなんですよ。凄く便利で……あ、拠点村で売り出そうとしている品の一つなので、なんなら……」
「欲しい!」

 ……じゃ、明日は拠点村と土嚢壁を見に行きます?    と、聞くと、こくこくと興奮した顔で頷く。
 その様子に、今度はリヴィ様が苦笑気味だ。
 書き物をする彼女には、硝子筆が相当魅力的に見えたのだろうな。
 ギルの所で引き出しに入れてあるのは、練習がてら作られている量産型の無色なものだけど、それなら……。

「お好きな色を決めておいてください。
 軸の部分は好きな色にできますよ。香水瓶などで売られている色なら、まぁだいたいはいけます」

 俺のは青い軸ですし、姫様には赤と白を贈答品として献上しましたよと言うと、更に興奮した様子。

「リヴィ様も如何ですか?」
「え……でも……」
「明日は多分試作作りで潰れます。だから時間はあると思いますよ。
 片道四時間ほどですが……足を伸ばせば、土嚢壁にも立ち寄れます。けど、その場合は……泊まりになりますかね」

 土嚢壁の取材も必要だって言ってたし、どうせ一泊くらいはしてもらわなければならないだろうと考えていた。

「ただし、たいした歓待はできませんよ。まだ建設途中の村ですし」
「分かってるわ!    でも俄然興味が湧いてきた!    硝子筆以外も作っているの⁉︎    あの干物野菜も⁉︎」
「お、落ち着いてください……。首、締めないで……干し野菜はあの村ではしてません。特別環境には配慮が必要で……ちょっ」

 ぐいぐいくるクオンティーヌ様に窓辺まで追いやられてしまった。
 もうこれ以上は下がれない……。

「く、クオンティーヌ様、あの……」
「クオンで良いわよ、レイ!」

 ………………あ、そうですか。ありがとうございます……。
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