異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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対の飾り 18

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「まだ私、小さな頃ではあったのだけど……年も変わらぬ、子供同士ですものね。きっととても大変だったわ。
 その時にくそっ、くそって、凄く悔しそうで……。
 剣の鍛錬が全然足りてなかったって……学舎に行けば、もっと稽古できると思ってたのにって」

 結局、吠える番犬を探しに来た大人に発見され、大怒られしたそうだ。
 礼も言えぬままに引き剥がされて、翌年以降、避暑に出向いても、再びまみえることは叶わなかった……。

「どこかの家の子息だと思っていたの。あそこらへんは貴族の屋敷が多かったから……。学舎に行っているなら、二子よりは下のお子なのだろうって、漠然と。
 髪が短かったって気付くのに、二年かかったわ。貴族の方じゃないのだって、それでようやっと……。
 更に年が巡って、馬車に乗っている時、通りを歩く姿を遠目に見かけたのだけど……」

 そこでリヴィ様は、ちらりと俺に視線を寄越した。そして、どこか意地の悪い笑顔……。

「まるで妖精のように愛らしくて、麗しい美少女と手を繋いで、仲睦まじくしていらっしゃって……」

 あああぁぁぁ、やっぱりか!
 避暑地ってあそこか、確かに何度か行った!

「あの!それは……っ」
「そうね。貴方だわ。でもその時は男の子おのこだなんて思いもよらなくて。だって本当に、とても美しくって、まるで天使のようでしたのよ?」

 くすくすと笑うリヴィ様だったけど、俺は頭を抱えたい心境だった。
 いや、あの頃はまだ、こう……自分っていうものがふわふわしてる時期で……。しかも初めての場所で、迷子になってはいけないからって、それで……!

「手を引かれて歩く貴方を見た時には私……もう随分と育ってしまっていたものだから、彼の方の隣に並ぶなんて、そんなの到底無理だと思いましたの……。
 貴方はこの世のものとは思えないくらいに麗しくて、水晶のように澄んでいて、本当に、お伽話の姫君そのもので……。
 彼の方は、ご自分にふさわしい姫を見つけてしまった。大きく育ってしまった私には、もう姫だなんて言ってはくださらないわって……。
 それでも、どこかで諦めきれなくて……少しでも接点が欲しくて、剣を握りましたの。
 七年前の再会は、本当に偶然。
 私はすぐに気付いたけれど、彼の方はやはり……覚えてらっしゃらない様子だったわ。
 仕方がないわよね。私、随分と変わってしまいましたから。
 それでも…………」

 そこでリヴィ様は、瞳を伏せ、ほんのりと頬を染めた。

「それでも彼の方、私をまるで姫のように扱ってくださったの。
 彼の方にとっては、他の女性と同じ扱いをしただけなのでしょう。でも女性扱いそれがどれほど、嬉しかったか……。
 ですから私にとって、蓮は特別な花。貴方にはそれを、お伝えしておこうかと思って」
「ギルには、言わないんですか」
「ええ。今は」

 何か事情がおありのようだもの……。と、リヴィ様。俺の瞳を覗き込むようにして、そう言った。
 それは、俺の内をも見透かすような瞳で……。少し緊張したけれど、その視線を真正面から受け止めた。
 暫く二人して、無言の探り合い……。
 でもそのうちリヴィ様は、ふっと、表情を和らげた。
 今はまだ、保留にしておいてあげるとでも、言うように。

 そうしてまた、何事もなかったかのように、話題をギルのことに戻す。

「彼の方が……これだけのことをしてくださったことが、ただの善意だなんて、私、思わなくてよ。
 私に敢えて嘘をつくくらいには、意識していただけているのだって、前向きに考えることにします」
「嘘……ですか?」
「ええ。だって彼の方が、女性とのお付き合いを遊びでなさるわけがないもの。
 私の片恋は、お聞きの通り随分と年季が入っておりますから、それくらいのことは、存じ上げておりますわ」

 その言葉が、どれほど俺を、嬉しくさせたことだろう……。
 ギルはリヴィ様の負担にならぬよう……その気持ちで敢えて、女性と浮名を流している自分を、女癖の悪い男だと思わせるように発言した。
 だけどリヴィ様は、それをちゃんと分かってた。そんなギルの嘘を、お見通しだったのだ。

「私、他の女性方と同じように、いっときの関係だけ……だなんて、嫌です。
 ですから、今はまだ、このままで。
 お互いに、時間が必要ですもの。
 だから、仮の形だとしても、彼の方との逢瀬を楽しむことにいたします。
 私が姫で、彼の方が騎士…………懐かしいわ。あの時の続きが、また訪れるなんて、夢のよう」

 そう言ったリヴィ様は、本当に嬉しそうに、微笑んだ。
 それはそれは、幸せそうに。
 美しい所作で、朱に染まった頬に手を当て微笑むその姿は、本当に姫のように麗しい。
 距離なんて、気にならない。お互いが繋がれたことが、嬉しいのだと……。

 例え仮のものでも、恋人同士を演じるだけだとしても、想いは本物。
 それをリヴィ様は、今からゆっくり、ギルに伝えていくのだろう。
 ギルが、リヴィ様の負担とならぬよう行動したように、リヴィ様も、ギルの負担にならぬよう、悟らせないで愛し合うのだ。
 これは、歪な形なのだろうと思う。
 だけどそれは、二人がお互いを想うがゆえだ。決して、歪なんかじゃないよな。
 その想い愛が、いつか本当に繋がれば良いと思う。

「内緒にしてね?」
「はい……内緒です」

 二人でクスクスと笑って、俺たちは唇の前に指を立てた。
 昼食用のサンドイッチが入っているのだと思われる、大きな籠を持って戻ったギルが、どうした?    と、聞いてきたけれど、なんでもないよと、笑って伝えた。


 ◆


 それではまた、王都で。
 リヴィ様はそう言って、馬車の窓から手を振った。
 リヴィ様の衣装は無事に全て完成し、荷物の中だ。あとは王都で、耳飾を渡すのみ。

「何話してたんだ?」

 馬車が見えなくなるまで手を振って、皆で部屋に戻る時、ギルがそう聞いてきた。

「何が?」
「…………何がってなんだよ……」
「いや、普通に社交辞令的な常套文句を交わしていただけだし……何か気になることでもあった?」

 顔を作るのは得意だ。
 なんでもないことを問うみたいにそう言って首を傾げると、ギルはどことなく不機嫌そうに、眉をピクリと跳ねさせる。

「なんか笑ってただろ」
「いやだって、どうせすぐ王都で会うし」
「…………誤魔化してねぇか?」
「だから、何を?」

 心底不思議そうに、そう問いかけると、ちょっとしたイラつきを滲ませ、口を尖らせる。
 俺とのあんな些細なことが気になるくらいなら、ギルが根をあげるのも時間の問題かな?
 内心ではそんな風に思いつつも、にっこりと笑うと、嫌そうに顔を背けるギル。

「そんなことよりさ、明日の昼だぞ、俺たちの出発も。もう準備大丈夫なのか?」
「針子は精一杯やってるっつーの。
 こっちの準備はワドが進めてるから問題無い」
「そっか。なら、あと一時間したら俺たちも、一旦拠点村に戻るよ。明日は午前中のうちに、ここに戻ると思う」
「おぅ。……ま、いいけどよ……」
「だから何が?」
「なんでもねぇよ!」

 そう言うとギルは、少し肩を怒らせて先に行ってしまった。
 その後ろ姿に、俺はほくそ笑む。

 もう少し、俺たちの周りが落ち着いて、ギルがいつか、決意を固めることができた時には、教えてやろうと思う。
 アギー公爵家では、貴族の地位を辞して野に下ることが、さして特別ではない……と、いうことを。
 それくらいの決意をした後であれば、これはきっと、ギルの背中を押すことができる、手向けの言葉になるだろうから。
 ギルには、幸せになってほしい。
 そうじゃなきゃ、俺が領主になる意味、無いじゃないか。

 皆で幸せになるんだ。
 そのために俺たちは、今、こうしているんだから。
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