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逢瀬 4

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 あまり遅くなるのは良くない。
 昼間から酔っ払いは多かったけれど、夜ともなると、箍の外れた連中が増えるだろう。
 少しサヤが疲れた様子を見せたこともあり、俺たちは日が暮れる前にバート商会に戻った。
 夜市の時を思えば、随分と長い時間を共に過ごしたと思っていたのだけど、迎えてくれたギル的には、少々ご不満な帰還であるらしい。

「もっとゆっくりしてくりゃ良かったのに……まだだいぶん時間、残ってるぞ?」

 祭りはこれからだろ。といった顔。

「後はここでゆっくりするよ」

 文句を言うギルにそう言い、着替えるために一旦部屋に戻る。
 サヤにも身繕いがあるだろうから、後でまた部屋においでと伝えた。
 もうここが限界だって。昼間はまだあれだけど、夜間ともなれば目のやり場に困る連中だって増えるんだから……サヤの目と耳には毒でしかない。
 それにその……俺だって色々、忍耐を問われかねないではないか。

「どうだった?」

 部屋に戻る俺に付いてきたギルは、そんな俺の心情など知るよしもない。
 だから軽い感じに、俺にそんなことを問うてきて、どう答えたものやらと少し言い澱んだのだけど……。

「あっ、西の通りの精肉店!    あそこ、今はイェルクが兄弟で装飾品店やってた!」
「イェルク……って、ヨルグの弟のか?」
「そう!    ヨルグと兄弟で暖簾分けしたって!    今日はヨルグはお休みで、イェルクだけだったんだけど」
「マジか⁉︎」

 ヨルグ兄弟は、学舎で一緒だったのだ。イェルクの方は途中で退学してしまったのだけど、ヨルグはギルと同学年で、ギルが卒業した年に、同じく卒業だった。
 学舎は留年せずに卒業するだけで結構凄い。上の学年に行くほど進学が難しくなるため、途中でひっかかる者がとても多いのだ。
 そんな中で、留年せずに最後まで進学できた、数少ない人物だったし、ギルとつるんでいた俺は、必然的に関わることも多く、よく話もしたし、王都出身者だったから、長期休みなどは共に遊ぶことも多かった。
 イェルクの方も、途中までシザーと同学年だったから、俺もよく知っていたのだ。

「本店は一番上の兄が継いだって。それで二人で資金を貯めて、暖簾分けしたんだって。ただまぁ、立地が良い分、家賃が大変みたいだな」
「まぁなぁ……二人で共同経営するにしても……。
 ……あぁ、それでサヤが見慣れない首飾りを身に付けていたと……」

 うっ…………。

「お前にしちゃ気が利いてると思ったんだが……。
 ははぁん、イェルクの入れ知恵ってわけか」

 ニヤニヤと笑うギルから視線を逸らす。
 図星すぎて言葉が返せない……。

 帰り道にたまたま覗いてみたら、なんだか見知った顔が店番しており、つい記憶の名前を呼んでみたら「……誰?」と、訝しげに首を傾げられてしまった。
 しかしサヤが「学舎のご友人ですか?」と、俺に聞いたことで、あちらも記憶が刺激された様子。

「えっ、嘘っ⁉︎    まさかレイ様⁉︎    あれっ、灰髪じゃなかった?    って、何その身長、伸びすぎ⁉︎」

 と、なったのだ。

 それで、婚約者との逢瀬の帰りであることがバレてしまい、道中で贈り物の一つもしてないってどういうことだと言われ、ついでに見ていって、お願いします!    と、懇願された結果……そういうことになった……。

「お前が選んだにしちゃ洒落てたな」
「うん、まぁ……あそこに落ち着くまでにひと騒動あったけど……」

 祭りの最中であるし、店内に客は無く、俺たちだけだったため、サヤが陽除け外套を外したのがまずかった……。
 黒髪に驚かれ、耳飾に驚かれ、物凄い勢いで食いつかれた。
 異国の者で、耳飾もそちらの装飾品なのだと教え、もしどうしても気になるなら、セイバーンの拠点村で仕入れられると伝え、とりあえず納得してもらった。
 その折に、艶やかな黒髪には絶対にこれ!    間違いなく似合うから!    と、勧められた首飾りをそのまま購入。
 小粒の黒い宝石や硝子珠を、刺繍の飾り紐のように連ねた逸品で、確かに美しかったのだ。

「小粒でもあれだけ集めりゃ手間だったろうし、結構したんじゃないか?」
「金額より……確かに良く似合ってたから……。
 それに小粒、あまり人気が無いそうだよ。上位貴族相手だとどうしても見栄えが劣るしな」
「はん。んなのは見せ方次第だと思うがなぁ」
「王都の貴族はどうしても上流意識強いしなぁ。仕方ない部分もあると思うんだけど」

 ヨルグの実家は装飾品店なのだが、実家であまり使い道のない、研磨後の欠片を利用した小粒の宝石を安く譲ってもらい、それを加工していると言っていた。
 元々使い道が少なく、最終的には捨て値同然で売るか、破棄するしかないその小粒の宝石を上手く利用できないものかと模索し、あの店を立ち上げたらしい。
 とはいえ、商人や富裕層の客はそれなりに掴めたものの、あてにしていた貴族との縁が思いの外育たない。
 そのため目標の売り上げを得るに至らず、苦戦しているという感じだと思う。

「まあ元気そうで良かったよ」
「そりゃ、あっちがお前に思ってることだと思うぞ」

 そう言われ、苦笑する。
 それは帰りがけに、イェルク本人に言われたことだったから。

「明日は兄貴と交代してるから、良かったらまた覗いてよ!」

 と、笑顔で見送ってくれたのが、嬉しかった。

 そんな風に話をしている間に、俺の身支度はハインにより着々と進められた。
 ハインもヨルグたちのことは覚えていると思うのだけど、頓着しない様子で特に何も言わない。
 後でシザーにも教えてやろう。

「ところで他の皆は?」
「交代で休憩」
「そうか、良かった」

 俺たちだけ祭りを堪能してくるっていうのも気がひける。放り出されたから伝えてなかったけれど、皆も楽しんでくれていたなら良かった。

「ハインとギルは?」
「興味がありません」
「俺はどうせどこかでルーシーに付き合わされる……」

 ハインはそうだろうなと思っていたのだけど、ギルはギルで大変だな……。
 この一家は見栄えが良すぎて、一人歩きは害がありすぎる。メバックみたいな田舎ならともかく、王都では二人とも異性に集られるから、一緒にいる方が安心、安全なのだろう。

 それから暫くは部屋で寛いだ。
 髪を三つ編みにしたかったのだけど、サヤがなかなか来ない。ハインでも三つ編程度ならできるのだけど、サヤにしてもらってください。と、素気無くあしらわれてしまったため、下ろしたままの状態だ。
 サヤ遅いな……と、思っていたら、どうやらルーシーに遊ばれていたらしい。

「レイ様!    見てくださいなっ!」

 満面の笑顔のルーシーに引っ張って来られたサヤは、それはそれは美しく飾られていた。もう、目一杯。

「恥ずかしいって、言ったのに……!」
「えええぇぇ、だって今日は特別ですよ?    レイ様のお誕生日ですし、贈り物はサヤさんなんですし?」

 贈り物はサヤ。
 という、問題発言。

「ルーシー言い方!」

 言葉の選び方が、間違ってる!
 それじゃあ良からぬ連想しかねないだろう⁉︎
 ていうか、そう思ってしまってる時点で俺がもう良からぬ連想してるってことなんだけど!

 見てられなくて両手で顔を覆った。
 だ、だって、その服装にその言葉は、駄目だろう⁉︎
 だってそれは……!

「凄く綺麗な首飾りだったので、いっそのこと白と黒で纏めようと思って!」

 えへんと胸を張るルーシー。
 悪気が無いのは分かっていた。だってルーシーは、サヤの世界の婚姻を知らない……。
 だから、サヤをそんな風に着飾らせたのは、ルーシーの思い付きなのだろう。
 でも俺は、前にサヤの国の婚姻について聞いていた。全身を白で統一して装飾するのだと、憧れに頬を染めて語るサヤを見ていたから……その姿が花嫁姿に見えて仕方がないというだけの話で……。

「あれ、レイ様どうされました?」

 ……今更⁉︎

 顔を手で覆い、俯いている俺にやっと気付いた様子のルーシー。
 俺は大きく溜息を吐いた。

 見ての通り困ってる。
 全身を白と黒で統一されたサヤに、困っている……。察して、お願い……。
 ルーシーには言うだけ無駄かもしれないけど……。
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