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病と政 2

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 それぞれの大臣のもと、まずはやるべきことの報告会となった。

 病についての発表がなされ、これよりその話題は国中に広がるだろう。
 当然、混乱が各地で起こることになる。それを最小限に抑え込むため、我々は今まで以上、日常業務を確実にこなしていかなければならない。
 新任の者、引き続き役職の継続となった者、それぞれが己のすべきことをきちんと理解し、実行するようにと述べられ、皆、真剣な表情で頷いていた。
 とはいえ、この国は代替わりに慣れている。
 王家の白い方々は、優秀であるものの短命である方が多かったため、代替わりが短期間に繰り返されてきている。引き継ぎに関しては正直言って特にすることもないほど、的確に処理された。

 次に新たに設けられた役職やその役割、新たに加わる職務やら、陛下の代での公的事業やら、諸々のことが話し合われることとなったのだが、問題はここで発生した。

 無論その中には俺の交易路計画があり、表の理由となる流通の促進。裏の理由となる国防力の強化等が発表された。
 一応俺は、防衛大臣であるハロルド様の傘下に組み込まれたが、これは交易路計画に関してのみ。地方行政官という役職は、当代の試験的な役職であるため、直属は本来王家である。と、発表された時は正直、周りの視線が痛かった……。こんなガキに本気でそこの立ち位置やらせんのかよ⁉︎    という、視線が。

「総務を務めるのは王家。地方行政は国の地盤を固める重要な職務。ならば王家直属は当然のこと。何も問題はあるまい」
「問題に決まっております!    成人前、言わば子供ですぞ⁉︎    重要というならば、何故成人前を駆り出します⁉︎」
「交易路は確かに有用でしょうが、他の役割をこなせるのですか。というか、地方行政を担うというのは、一体どういう職務なのです⁉︎」

 子供にできる役職なんですかそれ⁉︎    と、食ってかかったのは法務大臣傘下の官と、外務大臣傘下の官。
 まぁ、王家とアギーのゴリ押しで作った職務だとおっしゃっていたものなぁ。と、とりあえず黙って状況を見守る。

「そもそも交易路とて、責任者がこの者であったというだけだとお聞きしておりますが⁉︎」

 あ、そんな根っこの方から突きにくるのか……。
 もう任命式だって済ませたのだから、覆らないのは分かりきっているだろうにそうするのは、下手な権力を俺に与えるなという牽制込みなのだろう。
 また、成人前の俺に対し圧力を掛けているというのもあるのだろうな。
 いきなり王家主催の、国を運営する会議に駆り出されている現状に、俺が内心では慄いていると考えているのだろう。
 こうしておけば勝手に萎縮して、動くこともままならなくなる。そんな風に思われている。

 確かに、全く何の経験も無いまま、急にこんな場に駆り出されたならば俺だって、挙動不審になったろうけれどね。

 顔には出さぬけれど、そこまで舐められるのは、些か不服だった。
 これでも領主代行を三年務めた。
 規模は段違いであるけれど、こういったやりとりはどこに行っても似たり寄ったりだ。
 建前の発言や牽制が飛び交うことは承知していたし、当然根回しだってされているだろう。
 そう。今こうして声高に叫んでいる方々。彼らだって、その役割をこなしているにすぎない。それくらいのことを見る目は、備わった。

 それに、替え玉経験も豊富に積んでいるから、こういった場にいるのって別に不慣れでもなんでもないのだよな……。
 むしろ、自分として立てているので、すごぶる気が楽だ。姫様のふりをしておくより、断然、心臓に悪くない。

 だから別段気持ちを揺さぶられることもなく、早く次の段階に移って欲しいなぁと考えながら、状況を見守る。

 そして多分陛下も同じようなことを考えていて、些か退屈そうに、唾を飛ばして熱弁を振るう方々の言葉を耳に通している様子。
 欠伸を噛み殺しつつ、頬杖をつきそうになっていたのだけれど、さり気なくルオード様に阻止されて姿勢を正している。
 流石ルオード様。陛下の威厳を損なわぬよう、きめ細やかな対応だなぁと、感心するしかない。

 とはいえ、元来陛下はそんなに気が長くない。前口上と分かっているから尚のこと、聞くのが面倒なのだろう。
 一通りを耳に通していたら……彼の方の忍耐は使い切られてしまったのだと思う。長々と続いた口上の返事を、長々と答える気概は見せず、一言で済ませてしまった。

「それはもう、一端を見せたと思うが。任命式の折に」

 一言で済まされてしまった方々は、言われたことの意味が理解できないと眉を寄せる。さもありなん。それではあまりにも説明不足すぎますよ、陛下。
 陛下は、若干不満そうに口元をひん曲げたものの、仕方なしに、もう少し説明を付け加える気になったようだ。
 他の奴に任せたい……だけど地方行政官の直属の上役は私って言っちゃったしなぁ……みたいに、めんどくささが瞳に出ている。

「任命式の折、其方らも署名に使用したろう、硝子の筆を。それの開発者は其奴ぞ?」

 え、あれこいつが作ったの?    という視線が、一気に俺に集まった。
 皆さん使われましたもんね、あの筆。

「他にも、大災厄前の文明研究を続け、色々と再現にも成功しておる。
 三年目にしてなんとか、その形までたどり着いたのだがな」
「…………さ、三年目?」

 三年前って……こいつ今よりもっと子供だよね……といった顔を俺に向けて来る方々。
 あの時王家に召し抱えられていたなら、俺は子供扱いどころか、幼児扱いされたかもしないな。頭一つ分は背が低かったし。

「学舎の卒業を待たずに退学した身だが、卒業資格は得ていた。
 召し抱えるための準備も進んでいたが、領内の問題で急遽帰還せざるを得なくなり、その話は一度取り消された。
 そのため此奴は自領にて、独自に研究を続けておったのよ。その成果の一つが硝子の筆。そうして、土嚢による氾濫抑止へと繋がった。まぁ基本が市井の生活研究に偏っていたのでな、小道具物が多いが」

 嘘ばっかりだ……。

 そう思うものの、演出は大事だよね。と、気持ちを切り替える。

「此奴は十八年座学で主席の座を独占しておったマルクスも文官として召抱えておるし、此奴一人の実力とは言わぬが、ただ座しているだけというわけでもない。
 学舎に在学歴のある者ならば、此奴のことはそれなりに知っておろうよ。案外名は知られておるのでな。なんなら確認してみるが良いわ。
 ……まぁ、女にしか見えぬ男だったという枕詞が必ず付くだろうが……」
「陛下」

 脱線した陛下をやんわりと嗜めるルオード様。
 そうして、言葉をそのまま引き継ぐことにした様子だ。

「私も学舎には在籍しておりましたゆえ、ある程度述べられます。
 そこなレイシールは、主席こそ取ったことはございませんが、彼の在学期間は途中からマルクスが同学年となり、そこからの主席は常に牛耳られておりましたからね。致し方ないかと。
 彼は六歳より入学、一度の留年もなく卒業資格を得ており、その間の座学最高は二位。最下でも七位と、常に高成績を維持しておりました。
 人当たりは至極良好。貴族にも、平民にも交友が広く、上学年、下学年にも友人を多く持っております。
 この役職への任命は、アギー家クリスタ様の推薦ですが、その人間性、社交性、調停力、忍耐力を買われてのことと、伺っております。
 更に此度、セイバーンを長年煩わせていた氾濫の抑止に成功。数十年なし得なかったことを、三年で果たしたのは、はたして偶然などと言えましょうか?
 そしてその堤を、交易路にすることで半永久的な氾濫抑止に繋げようとする手腕……。
 子供と言いますが、子供であることが勿体無いほどですよ。
 あと一年が、どうしても待てなかったと、クリスタ様も仰っておりました。
 またこの土嚢ですが、昨年の雨季の期間、近衛より一団を派遣し、その性能の検証も行っております。
 此度、交易路を国内に広げるという形で防衛力強化に使用する形を取ったのは、当然、それだけの価値を認めたからです」

 公爵家の方々には、アギーのクリスタ様が陛下本人であることは理解されているだろう。
 アギー公爵様は面白そうに、ハロルド様は若干心配そうに、エルピディオ様は何やらギラついた視線で、ベイエル公爵様は、硝子のような冷静そのものの瞳で、俺を見る。

 そこで机を叩く音。

「ヴァーリンでは、独自に土嚢壁の検証を行った。
 強度はかなりのものである。有用性は支持する」

 リカルド様だ。
 文官家系であるヴァーリンだから、当然分析だって行っているわけで、資料は提出済みだと述べられた。
 また、独自に赤騎士団では訓練の一環として取り入れる算段を行なっているとのこと。

「で、ですが……その財源!    膨大な資金をいかにして調達すると⁉︎    国庫への負担が計り知れぬことになります、なのに実績の無い成人前の戯言を……」
「それはこちらから述べさせて頂こう」

 そう口を挟んだのは財務大臣であるアギー公爵様。視線を財務官長殿に向けると、一礼してビセンテ殿が立ち上がった。

「交易路計画ですが、当初は独自に支援金を募っており、規模もセイバーン領内よりアギーまでの交易路のみ。と、報告されておりました。
 その時点での、国の負担は無い。と、報告を受けております。
 ですが、此度国の公的事業にすると通達がありましたため、そこから資金調達が必要となりました。
 それを踏まえてお聞きください」

 淡々と書類を読み上げるようにビセンテ殿。
 その落ち着いた口調に、いきり立っていた官僚の方々もまずは聞こうと気持ちを沈めた様子だ。
 それを確認し、間を取っていたビセンテ殿は、再度口を開いた。

「交易路計画の資金ですが、一旦は国庫より負担となりますが、地方行政官職務による、開発品の売買による利益を財源とすることが、提案されております。
 国や各領地からの負担は、最終的には総額の二割に満たない予定。こちらも時間はかかりますが、税収により増税無しに回収が可能と報告を受けております。
 その根拠として、まず一つが先程述べられました硝子筆。こちらの秘匿権を国に譲渡、管理下に置き、制作方法を一般に無償開示。職人の育成を行い、国全体に販売先を確保いたしまして、その売り上げより上がる税収を国庫の回復に当てる予定でございます。
 実用性に関しては、既に問い合わせも多く、在庫不足であることから、大いに見込めるかと。
 次に、洗濯板なるものも同じく、秘匿権を国に譲渡、管理下に置き、一般に公開致します。
 これによる利益の見込みは…………」

 売り上げの見込みや目標金額等が細かく述べられるが、それに関しては質問した官僚の頭を素通りしている様子だ。
 まさか秘匿権二つを財源として持ち出してくるとは思っていなかったらしい。唖然としてしまい言葉が出てこない。
 しかし、その述べられた金額に対し、納得いかないと机を叩いたのはベイエル公爵様ご本人。

「秘匿権二つを利用するにしては、随分と少額なことだ」
「述べさせていただいたのは、今年一年の売り上げ予測……そこから上がる税収見込みの金額でございます。
 また、硝子筆、洗濯板ともに国内への広く拡散させることを目的としており、販売金額に上限を設けております」
「拡散?    上限?」
「利用者を増やし、将来的な税収増を目的としますため、まずは流通優先。ということです。
 通常ならば秘匿権取得の商品は高額なのですが、民の利用を目的としておりますため、販売金額をかなり少額に設定しております。見込みの金額が少ないと言うのはそのためでしょう」

 交易路資金を稼ぐためであるのに、安価である。ということに、皆が理解不能と眉を寄せる。
 そろそろ、俺が口を挟む方が良いだろうな。

 机を叩く。すると視線がまた、一気にこちらへと集中した。

「そちらに関しましては、私より説明させていただきます」

 と、いうわけで、地方行政を担う俺の職務についての説明から始めた。
 我々地方行政官の任務は国内の安定化と、市民の生活向上。つまり国民の王家への信頼度を高めることであるということからだ。

「王家の病が発表され、国内は揺らぎを見せることとなるでしょう。
 ですが、王家の病は、言ってみれば今更のこと。何が変わるというわけでもない。今まであったものの見方が変わっただけの話です」

 その言葉に、場はまたザワリと揺れた。
 不敬だ!    とか、口を慎め!    といった叱責も上がるが、それは陛下が手を挙げることで押さえてしまう。
 不敬でもなんでもないわ。事実を述べたまでだ。といった視線が周りを睥睨したため、それ以上の言葉は封じられた。
 そんな中、冷静な方々は、俺の言葉をそのままの意味で受け止めてくださった様子。
 そう、王家はなんら変わらない。今までも、この病と闘ってこられた。これからも、闘って行かれる。それだけのこと。

「しかし、民はその見た目という分かりやすい形に国の信頼度を依存していました。それゆえ、白に拘りを持っていた。
 ですから、王家の白に変わる象徴が、必要と考えました。
 それを担うのが、秘匿権の無償開示です。
 民の生活に根差した道具を多く出すことで、国内の安定に力を注ぐクリスティーナ陛下のお考えを、国民に広く伝える。それにより国民の信頼度を確保することを目的としておりますので、あまり高額な品は適しません。民が手を伸ばせない品では役に立ちませんから」

 俺の保有する秘匿権は、俺個人の利益には使わない。これはサヤが、俺たちに授けてくれた金の卵。
 この世界のために与えてくれた、祝福なのだ。
 そして彼女は、皆が笑い、幸せになることを喜ぶ娘。皆が豊かになることを、喜ぶ娘だ。

「それゆえの少額設定となります。その代わり、流通の幅を広げて販路を拡大。生活に定着させることで、来年以降の安定した税収増を目指します。
 とはいえ、まず無償開示するこのふたつの秘匿権ですが、交易路計画の資金調達は見込んでおりません。
 これは元より先行投資。
 民に王家の意向を示すための、試金石として使用します」

 俺の宣言に、場がザワリと揺れた。
 つまり、まず無償開示する秘匿権は、ただ単に、無償開示するだけであると宣言したからだ。
 唖然とする一同を前に、俺は少々間を取るため、口を閉ざす。
 言葉に力を持たせるには、考える時間を挟むことも必要だ。
 個から広を見る視点に切り替え、全体の雰囲気を余さず拾う。
 言葉の力を、効果的に伝えていくことに、神経を集中させる。
 周りの疑問が育ってきたのを確認してから、俺は再度口を開いた。

 まずは、聞いてください。
 これにはきちんと理由があるのだから。
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