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流民と孤児 13

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「ご報告があります。孤児らの持っていた小刀、あれは職員の紛失したものであったようです」

 気性の荒い子供らに不安を覚え、身の守りにと隠し持っていた小刀。それを子供らが気付き、掏り取っていたのだと判明しましたと言い、その小刀を机に並べる。
 昨日回収した武器のうちの半数がそれで、残りの半分は子供らが当初から隠し持っていたものと、襲撃の時に奪われたものだそう。つまり、襲撃があったその日にも、武器の持ち込みがあったということで、そういえば奪われたって言ってた職員がいたなと思い出す。

「職員に確認しましたところ、一般職員のうちから、護身用として携帯していた者が数名名乗り出ました。
 職員室までの持ち込みは可。でも子供と接する場合は所持しない。としていたはずですが、それはきちんと守られていなかったということです。
 また、一部は掏られたことに気付いていたのに、報告しなかったようですねぇ……契約違反である、刃物の携帯が発覚することを、恐れてのことでしょう。
 なので、今回のことは痛み分けってことで処理します。
 こちらも、職員の持ち物をきちんと検査していなかった落ち度はありますから」

 怪我を負ったうちの三人が、刃物を子供と接する場合にも所持し、携帯していた者たちであるという。

「あの子たちからしたら、殺られる前に殺れ!    くらいの感覚だったんですかねぇ。
 刃物の持ち込みをしていた職員を優先して襲撃している様子なので、無差別ではなく、意図はあったのでしょうし。
 そんなわけですからレイ様、子供らの方にはそのことを報告しておいてくださいな。もう刃物の持ち込みは行わせないって」
「……朝からそれを調べてたの?」
「だっておかしいでしょう?    騎士らは武器を日常所持しないように配慮していて、吠狼の面々が貴方の指示を蔑ろにするわけがないんですよ。
 ならその外に要因があるじゃないですか。
 子供たちだって、仮施設の敷地から出ていないんですよ。母持ちの三人以外はね」

 にっこりと笑ってマル。

「外部からの嫌がらせ等ではなかったみたいなので、そこは良かったです。
 まぁ、今までに無い試みをするってこういうこともあるんだなぁって、良い経験になったと思っておきましょう」

 テキパキと片付けを済ませて、これが報告書です。と、書類を渡された。そうして「それじゃ、僕は仕事に戻りますね」と、ジェイドを促し、さっさとこの場を後にした。

「あ……ありがとうマル!」

 俺はただ起こったことに囚われ、原因の究明とかに全く頭が向いていなくて、そこを補うために彼が動いてくれていたことにも、気付いていなくて……。自分の未熟さを痛感するしかない。そうして、敷地内に足を踏み入れてみれば……。

「ジーク……⁉︎」

 一番重症であるはずのジークがおり、また驚かされることとなった。
 太腿の傷は決して浅くなかったから、やはり歩くのは困難なのだろう。杖をついていたけれど、俺の顔を見るなりにこやかに「おはようございます」と……って、そうじゃないだろ⁉︎

「養生するようにって、負傷した騎士にも通達したろう⁉︎    届いてなかった⁉︎」
「届いてました。ですがこのくらいならば活動に支障はありません」
「あるから杖使ってるんだろう⁉︎」

 杖使ってて日常通りなんて言わせないからな⁉︎
 戻って休みなさいと言ったのに、ジークはそれはできないと首を横に振る。

「我々が負傷を理由にここを離れることは、子供らを不安にさせると思います。
 警備が厳重になってしまったのは仕方がないとしても、初顔ばかりなのは良くない。自分たちのしたことは理解しているでしょうから、余計に追い詰めてしまうと判断しました。
 まぁ、足を怪我してしまった私は警備としては役に立たぬので、今日は非番とさせていただいたのですが」

 それってみんな出てきてるったことじゃん!

 他の皆も、怪我の度合いは医官に確認してもらい、業務に出て良いとの判断を得ているという。そ、それなら文句は無いのだけど……、でもジークは許可出てないだろ、絶対。
 それなのに彼は、杖を使ってでもここに来た……。非番であると言ったのに、わざわざ?    ならそれは責任者の立場としして、俺に他の負傷騎士は仕事をするって報告しに来たってこと……?    それとも……。

「……他に、何か伝えることがあって、出て来たの?」
「流石レイシール様。話が早くて助かります。
 今回のことで、彼ら孤児は、自己防衛に関してとても敏感なのだなと再認識致しました。女児らの警戒心も、とても強いですし……。
 それでですね、希望者に護身のための武術を教えてはどうかと提案しに参りました」

 その提案に、半ば唖然とする……。

「…………武器を持って暴れた子供たちに、武器の扱いを教えるの……?」

 それは、周囲の反発が凄いんじゃないか?
 そう思ったのだけど、ジークは真剣な顔で「それゆえにです」と、俺に言う。

「彼らは我々より立場で劣り、体格で劣り、力で劣る。武器でも持たなければ、不安を拭えないのだと思うのです。
 今まで、そういった場で張り詰めて生活してきたのですから、ここが安全だと言われたところで、そう易々と気持ちの切り替えなどできないのでしょう」

 そう指摘され、それはその通りだろうと、俺も思った。
 そうか……ただ安全だって言ったところで、それを証明してやれないのだものな。
 実際、武器を所持した職員がおり、今回、それを知った子供らが不安を暴走させた。
 職員としては護身のつもりで、孤児らを刺激する気は無かったのだとしても、そんなことは子供らには判断できなかった。
 今回のことで、子供らは今まで以上に警戒を強めるかもしれない。
 ただ職員に武器を持ち込ませない。と、するだけでは、子供らの不安は拭えない可能性が高いな……。

 そうか……。今まで、自分の力で自分を守るしか無かった。だからあの子らは、あんな風に張り詰めていたのか……。

「それにね、武器の扱いというのは……習えば習うほど、己の未熟さが見えてきます……。
 今彼らは、武器を持つことで身の守りを固めているつもりで、実は自らを危険に晒している。
 武器を向けられた人間は、全力で抗いますからね……鼠だって猫を噛むのです。でも彼らにはそれが、見えていない。
 だから、正しいことを、正しく教えてやるのが、あの子たちのためなのではと、思いまして……。
 武器を持つということがどういったことか、それが身に着けば、無闇にそれを振るうことはしなくなると思うのです。
 そして、本当に必要な時には、身を守ることができるようになる。
 それで……もし許して頂けるなら、私がそれを、担えないものかと思いまして……。
 あの子らは、同じく孤児だった者からの方が、素直に話を聞けると思うので」

 昨日、怪我を負わせた者たちに謝って回る時も、ジークが元孤児だと聞いた子供たちが、傷付いたみたいな顔をしていたのを思い出す。
 それは、知らずに仲間を傷付けてしまったという気持ちが、少なからず芽生えたからだろう。
 ジークが一番怪我を負っていたのも、彼らの前に一番立ち憚ったからだし、それは、あの子供達の事を、ジークが一生懸命、考えてくれているということだ。
 ジーク自身も、孤児の彼らを仲間だと、そう意識してくれていると、いうことだ……。

「…………うん。ジークの言う通りだと思う。
 俺が何かするより、ジークの方がきっと信頼してもらえる。
 分かった。武術を教えることに関しては、俺の権限で許可する。例え反発があっても、俺の指示だとしてくれたら良い」

 そう言うと、ジークは嬉しそうに笑った。
 俺が反対するとは、思ってなかったって顔だ。

「……駄目だと言われるとは、思ってなかったの?」
「貴方があの子たちより、保身を優先するはずがありませんから」

 さらりと言われたその言葉。
 それがまた、俺の気持ちを救ってくれた。
 ジークは、俺のことを信頼して、提案してくれたってことだから……。

「子供用の木盾と木剣を手配しましょうか。在庫があれば、メバックからすぐに取り寄せれると思います。
 拠点村で発注するならば、三日程でしょうか」

 サヤからのそんな提案。
 それに対し、ジークから「サヤさんにも、ご協力いただきたいことがあるのですが」と、話が振られた。

「……私にですか?」
「はい。あの子たちに武器の扱いを教える上で、慢心しないよう、一つ釘を刺しておきたく思うのです。
 これも、世界は広いのだと教える、良い例だと思うので」

 あぁ……そうか。
 そうだな、何も武器を扱うことが、強さを得られたことにはならない……。何をどう磨くかということなのだものな。
 ジークの提案を、俺もサヤも喜んで了承した。
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