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閑話 夫婦 9

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 鹿の解体を終えてから朝食となり、それが済んでから荷物の整理。
 昨日はとりあえず集会所に持ち込んだのだけど、まずはエルランドが注文を受けていた品を分け、次に吠狼らへの荷物。

「獣化用の中衣、改良型の試作だって言ってた。
 それからこっちは注文のあった消耗品類と、木炭。乾燥剤の竹炭。使っていた竹炭はそのまま薪に混ぜてしまえば良いって」

 マルから預かっていたものをまずは渡し、次は個人的な荷物……。

「ロゼにね、村の職人から古着をいくつか預かってるんだ。
 越冬の時世話になった親子が、そろそろ大きさが合わないからどうぞって」

 キャッキャと跳ねて喜ぶロゼ。ノエミがどうしようといった様子で焦っていたけれど、貰っておいたら良いんだよと伝えた。
 子供の衣類はあっという間に大きさが合わなくなるのだ。村や街にいれば譲ったりは当たり前。もしくは古着屋に売られるのだけど、ここではそれも難しいだろうから。

「それからこれはサヤから」
「どうぶつ!」
「縫いぐるみって言うのだってさ」

 サヤの部屋にはこれがいくつもあるのだ。というか、日に日に増えている。
 バート商会には布の端材が多く出るから、サヤは気に入った布があるとそれを貰っている。
 異なる色合いの布を寄せ集めて縫い合わせ、それに綿を入れて作っているので、二つと同じものはない
 はじめ見た時はなんだろうって思っていたのだけど、特に用途は無く、強いて言うなら飾りであったり、子供の遊び道具であったりするらしい。

 今回持って来たものは三つ。熊と、兎と、犬。顔と尾の形が違うだけで、簡略化された身体はだいたい同じ。
 首には飾り紐が蝶結びにされており、なんだかすましているみたいに見えるから面白い。
 目の部分には釦が縫い付けられており、鼻と口は糸で刺繍がされている。器用なものだ……。
 だけど腕や足の付け根にも釦が付けてあるのはなんでなんだろう……。

「みっつともくれるの⁉︎」
「ロゼちゃんは三人兄弟になったからね。三つ必要かなと思ったの。
 これはね、手と足が動くようにできてます」
「うごくの⁉︎」
  
 俺の心の声はロゼが代弁してくれた……。

 直立の形だった縫いぐるみは、手足が動くように作られていたらしい。あの釦は稼働用の軸か!    知らなかった……。サヤの部屋にあったやつは戸棚の上に座っていたり、寝台の上に転がっていたりして、動いているのを見ていなかったから分からなかったのだ。
 足を曲げると、ちゃんと座る。これにはホセも感心の溜息。

「こんな凄いものを……貰ってよろしいんですか……」
「端切れで作った小物ですから、別段凄くもないんですよ。釦も余りものですし……。
 私の部屋にはもう沢山あるので、ロゼちゃんが貰ってくれたら、嬉しいな」
「ありがとう!」
「あ、ありがとうございます……」

 蚊の鳴くような声。
 ノエミだ。いいえと微笑むサヤと視線が合うと、慌てて顔を伏せる。
 彼女はとても臆病だそうで、昨日、ロゼの粗相で張り上げた声は、年に一回聞くかどうかという大音量であったらしい。
 そんなノエミに、俺は次の荷物を取り出した。

「あとね、サヤの国では、出産には祝いの品を送る習わしがあるのだって。
 それで、どうせだから試作をいくつか作ったんだ」
「産着と布おむつです。
 ただ……布おむつは形がうろ覚えだったので、ちゃんと使える保証はないのですけど……良かったら」

 綿の布地で作られた産着は紐を括るだけで着込める、サヤの国では定番の形であるらしい。
 赤ん坊にまで着せる服があるのかと感心してしまったのだけど、サヤには寧ろ赤子の服が無いことに驚愕された。
 赤ん坊はおくるみの中にいるのだし、服はいらないというのが、俺たちの共通認識だったんだけど……。

「私の国では、赤ん坊にはこの産着とおむつを使います。
 聞けば、こちらの赤ちゃんは大きな布で包んでおくだけなのですよね?
 それだと、半時間おきとかにおくるみを変えなきゃいけなくて大変ではないかと思いまして」
「大変……というか」
「赤子とはそういうものです……よね」

 だから、おくるみは沢山ある。裕福な家庭になると、綿入りの薄い布団を用いたりするが、基本的には大きな綿の布地だ。
 包まない時も、籠とかに敷き詰めて赤子をその上に寝かせる。
 赤子のうちは、これを一日に何枚も洗う。それが当たり前。

「私の国でも昔はおくるみを使っていたのですけど、それだと赤子の股関節の可動域が狭く、筋肉の発達を妨げてしまったり、痛めてしまったりすることが分かってきてから、あまり使わなくなりました。
 寝転がった赤ちゃんは、手足を無意味に動かしているようですが、それで筋肉を発達させています。少しずつでも動くことが大切なんです。
 赤ちゃんはお腹の中で羊水にくるまっていましたから、水面にプカプカ浮いていたような状態で体の筋肉がまだ発達していませんから」

 サヤの説明に、ホセやノエミもぽかんとしている。
 赤子に筋肉云々って、寝ているだけなのに?    という心境なのだろう。
 彼らの反応に、サヤはもどかしそうにしていたけれど、これは理解してもらわねば困ると思った様子。

「私の母は、助産師という……出産を手助けする医師のような職務だったんです。産後の成長に関することも、仕事の一環でした。
 それで、寝転がったままの子供でも、筋肉を少しずつ動かして、身体を鍛えているのだよって教わったんです。
 私たち大人だって、体を縛って動けなくされると、筋肉が衰えますよね。病気や怪我で寝たきり生活が続くと、立つこともできなくなります。
 赤ちゃんは、その寝たきり状態から始まっているんです。少しでも動きやすくしてあげて、身体を使っていくことを必要としています。
 それと、おくるみよりも、布おむつを使う方が、洗い物の量も少なくなるかと思います。
 その……初めて見る道具を、大切な赤ちゃんに使うのは、不安かもしれませんけれど……良ければ試していただけませんか?    母子共に、おくるみより、布おむつを使う方が健康にも、生活にも良いはずなので……」

 そう懇願されたノエミは、慌てて身を引いた。抱いていたサナリを庇うみたいに抱きしめて。
 大切な赤子を実験台にされると思ったのかもしれない。
 けれど、そこでずっとレイルを抱いたまま話を聞くだけだったローシェンナが「試してみたら?」と、ノエミに声をかけた。
 同じ獣人であり、出産の時に手を貸してくれたという認識があるからか、ローシェンナは、ノエミが今一番気を許している吠狼であるのだそう。

「乳の出が悪い時、脚を湯に漬けると良いって助言をくれたのは、そこのサヤだからねぇ。
 その娘の国は、フェルドナレンよりも豊かだから、色々と進んだ文化を持っているみたい。
 赤子のための道具まであるのねぇ」
「は、はい!    と、いうか……近隣からも、赤子が大好きな国だと言われていました。
 子は国の宝という認識で……幼子は、神様からの預かり物。大切に育てなければならないって、考えで……」
「子は神様からの預かり物?」
「はい。幼子は、早くに亡くなることが多いでしょう?まだ体も弱く、天の国に帰ることが多い幼子は、七歳を越えるまでが大変だからという考えから来ているのですが……。
 七歳までは、神様の子供なんです。だから、丁寧に大切に、大人全員で慈しむという社会でした」
「そのオムツ?    は、どうやって、どこに使うもの?」
「お見せします。えっと……サナリちゃん……に、この産着とオムツを着せても良いですか?レイルくんに尻尾がなければ、レイルくんでも大丈夫なのですけど……」

 レイルは尾があるらしい。なので結局サナリが試すことになった。
 おくるみは大きな四角い布だ。布の角に頭を向けて布の中心に足が向くように寝かせ、頭の対角線にある布を折り返してから横の余った布をぐるぐると巻きつけてある。
 おくるみを外したサヤは、丁度排泄を済ませたばかりであった様子のサナリに少々びっくりしたよう。
 慌ててノエミがサナリのお尻を濡れた布で拭うのを暫く待った。
 そうして、新たなおくるみに移されたサナリは布おむつのカバーに中敷を置いたものに腰を乗せ、それで股を包んでから、腹の上で紐を結んだ。

「これで終わりです」
「…………早いな」

 思ったほど手間じゃなかった……。

「こちらにはゴム紐が無いので、足の隙間から漏れてしまう可能性もあるのですけど、折り返しを作って、隙間漏れを抑制できないか試しています。
 中敷は、この折り返しの内側に入れるようにしていただけると、横漏れ防止になると……おもってるんですけど、まだ試作なので……。
 でも、大きなおくるみを何枚も洗うよりは、このカバーと中敷……上手くすれば中敷きだけを洗えば良いので、まだ楽だと思うんです。
 産着も着せますね」

 産着は前身頃を斜めに重ね合わせるような形だ。腰で紐を二箇所括るだけ。
 裾が長いものと短いものがあり、長いものは、小さな釦を二箇所止めれば、下半分が細袴のようになる構造……凝ってるな。

「これだけです。おくるみも使ってもらって良いのですが、手足が多少動かせるように、ゆるく巻く方が良いです。
 中敷は筒状の布を折り曲げているだけなので、成長によって幅を広げて折ったり、二枚重ねにしたり……洗うときは開いて、干すときは物干しに通して干せば、乾くのも早いです」

 とりあえず、広げたおくるみの上に寝かせた状態となった。
 服を着た赤子はなんだか新鮮だけど妙に可愛い……。足を動かしたりするから余計に。

「これがうんどう?」
「そうなの。ちょっとずつだけど、動いて元気になるの。
 あとね、布おもちゃも作りました。鈴の入った縫いぐるみなの」

 小さな縫いぐるみの頭に輪になった布が付いている……また謎の構造だな。
 だけどそれを振ると、チリチリとくぐもった鈴音がする。
 するとサナリとおくるみのレイルが、音に気づいたように瞳がこちらを見た。

「もう四ヶ月くらいなら……笑いかけてあげたら、笑うようになってるよね。
 音がするものも好きなの。だからこれを振りながら動かすと、目が追いかけてくると思う。
 だからロゼちゃんは、たまにこれを振ってあげたり、手に握らせてあげたりして、遊んであげてね」

 そう言いながら、サヤが布おもちゃを動かすと、それに合わせて首が釣られて動く。ちょんと鼻の頭に触れると、きゃっと、可愛い声を上げた。

「かわいいねぇ!   サナリかわいい!」

 大喜びするロゼにおもちゃを渡すと、サヤがやったみたいにして一生懸命遊びだした。
 すると、手足をパタパタと必死で動かすサナリ。その愛くるしさときたら!
 たーとか、ぶーとか、言葉にならない音をそれまでの比ではなく口にするから、きっと興奮しているのだろう。

 その可愛すぎる光景に、赤子を囲む大人は釘付けだった。
 サナリは一生懸命に手をにぎにぎし、足を上げたり、空を蹴ったり、不思議な言葉を喋って涎を垂らす。そして微笑むのだ。
 その様子に微笑んだサヤは、しっかり遊んであげたら、疲れてしっかり眠るので、お母さんも少しゆっくりできるのだと教えてくれた。微々たるものですけどね……と、苦笑していたけれど。

「孤児院にも赤子が来るかもしれませんし、人数が多いと洗い物も大変だから。
 これが実用化できればなと思って、作っていたのですけど……使い勝手をまた、教えていただけますか?
 改良を重ねていこうと思うので」

 そう言い微笑んだサヤ。ノエミは、やはり戸惑いは大きかったようだけれど、ホセやローシェンナに視線をやり、頷く二人を見てから、こくりと頷いた。

「ありがとうございます。あと、しっぽのある赤ちゃん用のものも、考えていこうと思います。
 レイルちゃんは、もうちょっとまっててね」

 そうだよな。サヤの世界に獣人はいないから、しっぽのある幼子なんて、いないのだよな。

 おくるみの中で必死に足を動かしているレイル。鈴の音に大興奮している様子だ。
 ……おくるみの中ってどうなっているのか……レイルはどこからが人型なのかな。
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