異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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オゼロ 5

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 雨季も半ばとなったが、川の水位は河川敷を超えることなく、順調に堤は機能しているよう。
 新人文官のヘイスベルトも日常業務に慣れてきて、本日から見習い期間終了だ。

「ここは本当に、不思議な道具が沢山ありますよね」
「うん。仕事効率を上げるためにね、開発していってる。
 ご覧の通りの人手不足だから……結構助かってるんだよ」
「ですね。この穴あけ機と用紙綴りは秀逸です。あとこのちっちゃい……」
「書類挟み?」
「そうこれ!    これ絶対良いですよね。必要なものだけ纏めておけて、外せて、また使えるって……考えついた人は天才です!」

 初めは戸惑うことの多かったヘイスベルトだけど、サヤの開発した事務用品をいたく気に入った様子。
 これは売り出さないんですか?    絶対に売れますよと推しが強い。
 そりゃねぇ、良いんだけど……とりあえず、来年の無償開示品の選定には含まれないので後回しだ。書類仕事は、庶民にはあまり馴染まない。もう少し一般的なのが優先かな。

「まずは国民の生活向上品が優先だから。
 まぁ、検証期間に入ったら、貴族と大店中心に売り込んでみるよ。とにかく今は、こっちが先」
「これも凄いですよね……洗濯挟み……どうしてこういう発想が出てくるんでしょう」
「ははは……」

 そりゃ、当たり前に使っていたものが無いと、不便を感じるからだろうな……。

 来年の無償開示候補として、髪留めと洗濯挟みが候補となっている。
 どちらも構造としては難しくないし、売れ行きも好調なので、問題は無いだろうと思っているのだが……。

「本当は干し野菜を早く出したいんだけどなぁ……」

 執務机に戻り、ついそう、呟いてしまった……。
 越冬中の食料として、これを早く世に広めたい。これが定着すれば、世界はきっと、大きく変わる。冬の過ごし方や、冬場の食糧が不足しがちな土地を救う手立てになる。
 そう思っているのだけど、その冬場の食糧となることを目標にする以上、命に関わる。確実に半年から、一年を保たせることのできる食品が、必要だ。
 だからこれは、焦ってはいけない。絶対の保障を得られるまで慎重に……。
 そう思っているのだけど、やはり気持ちとしては、早くと願ってしまう……。

 いかん。頭を切り替えよう。とりあえずは目の前の書類を終わらせて……。
 そんな風に、視線を手元に落とした時だ。

「緊急連絡だ」

 たまたまマルへと報告に来ていたアイル。そしてハインが、耳を押さえた。

「どうした⁉︎」
「面会希望の商団が来たらしい。招待状等は不所持。
 メバックの街で品を拝見し、製造元がここだということで立ち入り許可を求めている」
「……入れたら良いんじゃないのか?」
「例の宝石商だ」

 例の……?
 一瞬考えたが、カタリーナの件だとすぐにピンと来た。
 マルも思い至ったようで、視線を上げる。

「……今カタリーナは……」
「孤児院に勤務中」
「ジーナは⁉︎」
「……確認させる。少し時間をもらう」

 そう言ったアイルが執務室を出て行く。
 急に慌ただしくなった俺たちに、ヘイスベルトは混乱気味。とりあえず作業を続けておいてと言い渡し、俺は席を立った。

「ハイン、サヤは」
「ルーシーの所でしょう」
「申し訳ないが、カタリーナの方に向かってと伝えて欲しい。万が一の場合があるから。敷地内を通る裏道で、館まで誘導できたら良いんだが……」
「事情は伝えるのですか?」
「…………不安にさせたくないな……極力秘する方向で……」

 カタリーナの精神状態が心配だった。
 せっかく今、落ち着いているのだ……。できれば知らせないまま、商人を帰したい。
 ハインが俺から離れ、サヤに知らせに向かい、そんな風に考えながら歩く俺の横に、マルが並んだ。

「僕も行きます。ここに来るという情報は入っていませんでした。あちらに勘付かれた可能性があります」
「たまたまってことは……?」
「可能性が皆無とは言いませんが……この雨季に、わざわざここに出向くと思いますか?」
「……そうだな。何かしらの手掛かりを得て来ている可能性を想定する方が良いか」

 最悪を考えて動くしかない。
 だが、確信を持って来ているとは限らないから、まずは接触してみて考えよう。
 そう結論を出した時、いつの間にやら合流していたアイルから。

「長屋の同室親子と共に。内職仕事の傍ら、子同士で遊んでいるらしい」
「よしっ、とりあえず、その商人を長屋には近付かせるな⁉︎    俺が接触して時間を確保しておくから、その間にジーナをこちらで保護して、館まで連れて来て欲しい」
「心得た」

 まだ、知られてないなら、良いのだけど……。
 不安に胸をかき乱されつつ、とにかくまずは、接触してみてからと、俺は足を進めた。


 ◆


「お目にかかれて光栄です。
 ヤロヴィ宝石商、支店店主をしておりますブリッジスと申します」

 例の商人は、何やら随分と不遜そうな男だった。
 礼儀に則り正しく振る舞っていても、その瞳が、彼の内面を俺に示してくれているというか……。

 お目にかかれて光栄です……ね。

 部屋に入ってすぐ、視点は広に切り替えていた。だから、この男の視線の動き、動作はすべて、俺の視界の中。
 顔を伏せる時、まず俺の髪を見て、成人前であるということを確認したブリッジス。次に視線が動いたのは俺の服装だった。そして最後にマルへと動き、少々眉間にシワが寄る。

 髪。はじめにそこを意識するということは、貴族慣れしており、貴族の成人前がどういった生活をしてきているかを概ね把握しているということだろう。

 一般的に、貴族の成人前というのは、一人前とはみなされない。
 特別な責任を担うということはまず無いし、それもあって世間慣れしていないことが多い。つまり、貴族社会の常識も、一般社会の常識も不足しがちなうえ、身分で守られ、何をしても大抵許される。
 そしてそれを、皆が当たり前のことだと認識しているのだ。
 ブリッジスが意識したのも当然その部分だと思う。

 そして俺の服装を見て、贅沢に慣れている都会気取りの放蕩息子……と認識した。
 まぁね。俺の服装はこの田舎にそぐわない。王都の流行最先端を常に爆走しているものな。まさか試作品や、アリスさんの趣味の結晶を渡されるまま着ているとは、誰も思うまい。
 最後のマルは……多分彼が清潔とは言い難い感じだったからだろうなぁ……。

 そんな一通りを確認したブリッジスは、顔を伏せる最後に口元を笑みの形に歪めていた。

 自分の持つ伝手が俺より上位であるということも自覚し、それを当然のように、自分の力の一部だと考えている……。だから、俺を他愛ない貴族の成人前と、侮る結論に至った。それゆえの嘲笑だろう。
 これは、セーデン子爵家との関係が、思いの外濃密なものであることを匂わせた。

 良い具合だ。侮ってくれた方が、こちらもやり易いから。

「私が、ブンカケンの事業責任者、レイシール・ハツェン・セイバーンだ。
 メバックでの出展品を見たと聞いたが、其方らの扱う品と、我々の手掛ける品とでは随分趣が違うと思う。
 申し訳ないが、この田舎にヤロヴィに相応しい品など無いよ」

 なにせ、ヤロヴィの取引先は主に貴族。金貨より下の貨幣など使い道が無いような店だ。
 なのでさっさとお帰りください。その意味を込めて言ったのだけど……。

「いえ、我々が高く評価致しましたのは、品の価格ではございません。金属を折り曲げるということを、装飾品としてしまった発想力。そして品の質です。
 聞けばこれは、ブンカケンの秘匿権所持品とのこと。秘匿権所持品であるのに、あの価格。
 品質も悪く無い品であるのに、些か評価が低すぎると感じました。
 こちらで調べさせていただいたところ、ブンカケンという店は昨年発足したばかりの新事業であるとのこと。
 そして貴方様が主であるとお聞きし、不躾かとも思いましたが、正しき価格で取引すべき良品でございましたので、老婆心ながらお邪魔させていただこうと決心致しましたしだいで……」

 成る程。そういう理由を作ってきたか。
 つまりこのブリッジス、俺との取引を希望して、ここに来たと言っているのだ。
 俺を過小評価した理由の一つに、メバックで販売している装飾品も含まれていたということ。
 俺が秘匿権まで取った品をあんな捨て値で商売をしている愚か者だと思った。
 だから、我々と手を組めばもっと儲けさせてあげますよ。と、そう言外に述べているというわけだ。

「ふーん、正しき価格……」

 ちょっと悪戯心が湧いてしまった。
 この男の商売に対する姿勢というものを、見てみたいと思ったのだ。
 貴族との柵を商売に絡めること自体は、別段珍しくもない、普通のことだと思う。
 俺やギルだって、お互いの立場を利用している。けれど、俺は商売のために女性の人生を弄ぶように扱う感覚。そして、子の存在を、まるで商品の売買を行うように軽く考えている感覚には、到底共感できない。
 そこに本人の意思があるならばまだしも、立場の弱い女性や幼子を、当たり前のように駒扱い。そんな男が、俺に儲けさせてやると言うのだ。

 時間稼ぎにもなるわけだし、乗ってやろう。
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