異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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オゼロ 6

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「私は、あれが適切な値段だと思うのだけど……」
「いえ!    失礼ながら……秘匿権を取るまでした品を屋台で販売されている。まずここから、誤った選択でございます」
「そうだろうか?    あのような小物だもの。大きな店舗は必要ないと思うのだが」

 そう言うと、ブリッジスは柔和な笑みを顔に貼り付けた。
 想定通り。という顔だな。無論、そう思わせるために言葉を選んだ。
 けれど、これは演技ではなく、本心。俺は本当に、あれで良いと思っている。

 俺の言葉に、ブリッジスは懐から一つの品を取り出した。わざわざ小さな絹布に包まれていたのは、屋台で売っていたものであろう、髪留めだ。

「ひとつ、買わせていただいたこの品。銅貨七枚という金額でございました。
 見ればどの品も、銅貨五枚からせいぜい銀貨一枚ほど。けれどその金額から、秘匿権品には相応しくございません。
 この品、我々にお任せくだされば三倍。銀貨一枚半から三枚以上の値でも販売可能でございます。
 秘匿権の申請費用は、決して安価ではございません。この金額で販売したのでは、二年掛けても申請費用すら回収不可能。利益を見込むと、全く割に合いませぬ。
 もし宜しければ、この装飾品を全て我々に卸して頂けませんか。そうしていただければ、一年で秘匿権の申請費用の回収、次の一年で黒字……利益を上げてみせます!」

 まるで自分の手腕でならばと言わんばかりだな……。
 三倍で買い取ると言えば、二つ返事で是と言うと思ったのか?
 なんにしても、この男は俺が商売には明るくない……という結論で話をしてきたことが分かった。
 そして、職人や取引相手の利益より、己の利益を最優先とし、その実態を隠す気満々……つまり、できるだけ搾取してやろう。という姿勢で商売を行なっているのだということも。
 自分ならば三倍で買う。それは何を根拠にした金額で、仕入れた品をどんな風に売買していくつもりか。
 そういった説明一斉を省いたのは、俺がその説明を求めていないと思ったのか、もしくは言っても意味がない。俺には理解できないという判断なのか?
 初対面の相手にこれならば、普段も推して知るべしだな……。

 ギルなら、こんな風にはしない……。
 そもそも、この品が、何故この金額になっているかを聞くことから始めるし、間違っていればそこをきちんと指摘するだろう。
 そして、職人の生活を考えて金額を提案する。何故その値段になっているかを説明するし、何が適正価格か、内訳だって示し、お互いが納得できる契約を結ぼうとする。

 こんな商売を当然の顔して示してくる男は、信用できないな……。
 そう思ったら、つい……言葉が口を突いて出ていた。

「因みに、その銅貨七枚の品。原価は如何程だと思う?」
「…………は?」
「メバックの商業広場で購入したのだろう?    その髪留めは場所代等、諸々の費用を含んでその値段なのだが、原価は幾らだと思う?」
「……………………銅貨四……いや、五枚でしょうか……」
「そうだね。それが職人に支払われた金額だ。つまり場所代や売り子の給料、秘匿権申請費用など諸費用を含めた我々の利益は銅貨二枚。
 因みにこれ、一日にどれほど売れていると思う?」
「…………十本程でしょうか……」
「惜しいね」

 にっこり笑ってみせたら、だいたい当たりと思ったのだろう。ブリッジスも笑った。
 なのでそのまま、説明を続ける。

「商業広場での売り上げは一日平均二十五本。他の場所でも売り出しているし、日の平均だと五十本程売れている計算になる。
 ただし、これは現在職人の生産できる量の限界値なので、生産力が上がればもう少し見込めるかな。
 先程、我々の利益は銅貨二枚だと言ったが、この品ひとつにつき秘匿権申請費用は八半銅貨ほどを含ませている。八百本売って金貨一枚分の費用を回収できるのだが、実はこの品、もう三千本以上売れていてね。秘匿権の申請費用だけならば回収の目処は既に立っている。
 秘匿権を持つ品は、よく高値で売られるが……先程貴方は銀貨二枚以上で販売と言っていたな。ならば申請費用の二分五厘ほどを含ませている感じか?    それとも場所代として別途費用がかかるのかな。分からないから申請費用二分五厘として計算を続けることにしよう。
 そうすると、その銅貨七枚と言った品は、銀貨二枚銅貨五枚程の値段になる。
 しかし、あの商業広場で売れる品の殆どは銅貨品。装飾品を求めて商業広場に来る客の平均的な購買額は銅貨五枚程。
 銀貨二枚半もするような品を買う客は、日に一人いれば良い方となる。
 …………とはいえ、それでも回収に一年もかからないな。長く見積もっても四ヶ月くらいか?」

 淡々と説明を始めた俺に、あんぐりと口を開けるブリッジス。
 こちらには薄汚れたなりをしているが、マルクスという商業広場の生き字引がいる。
 この男は商業広場で取引をする者らの平均購買額や街の住人の収入金額、なんだって計算し尽くしてる。俺たちはそれに則って製品の金額や売り方を決めているので、秘匿権申請費用回収に一年なんて日数はかけない。さっさと費用を回収し、交易路資金を調達していかねばならないからな。

「それに商業広場の屋台契約は年間で交わしている。よって場所代も通常よりは随分と浮いていてね。申請費用の回収が終わってしまえば、ほぼ銅貨二枚丸々が我々の利益になるんだ。そうすると商業広場屋台の髪留めひとつで我々が上げている純利益は日に銀貨五枚。月にすれば金貨十五枚以上。あの品ひとつでそれならば、正直言って充分な売り上げなのだよね。
 それに、単価の低い品であるから、わざわざ場所代が跳ね上がる店舗内に置く必要も感じていない。屋台で充分だ」

 職人に支払う銅貨五枚という値も、材料費を差し引いたら利益はだいたい銅貨三枚。作業時間を考えても、一日五本も作れば充分な収入になるし、慣れた職人なら、あまり凝らない意匠のものであれば日に二十本は作れる。
 勿論、これだけを作っているわけではないし、単調な作業になってしまうので、最近は必要最低限の収入確保をこれで行い、後は職人の新技術練習品みたいな感じに落ち着きつつある。
 何より、技を注ぎ込んだ品、それが売れた時の、職人の顔……。売れ残った時の、何をどうすれば良かったかという試行錯誤。
 明日はもっと良いものをと考え、喜んでもらうためにと丁寧に、時間を掛けて指を動かす。
 俺がしたいのはそういうことなのだ。貴族を相手にする金儲けじゃないんだよ。

「お分りいただけたろうか。我々は我々の考えと価値観のもとで商売を行なっているし、考えなしに適当な値段を設定しているわけでもない。
 はじめに告げた通り、ヤロヴィに相応しい品など、ここには無い。其方らとの取引を考えることも、今の話で必要無いと判断させてもらった。
 今の話がここにきた要件であるならば、これで結論は出たと思う。今のうちなら本日中にメバックへと戻ることも可能であるから、お引き取り願おう」

 利益を誤魔化し、俺たちを謀って不当な取引をしようと考えたことも、無論、理解しているよ……と、言葉に含めた。
 それはブリッジスにも正しく伝わったことだろう。表情の引きつり具合で分かる。
 しかしそこで彼は、本来の目的を思い出した様子……。

「……お見それいたしました。残念ですが、ご縁が無かったと諦めましょう……。
 ですが我々がここへ伺いました目的は、商談だけではないのです」
「ほう……では何用か」
「ある母娘を探しております」

 そう言ったブリッジスは、娶った妻の話を始めた。
 子爵家に女中として上がっていた女性を妻としたこと。
 その女、実家が自分たちに重ねた借金のかたとして、教養のある娘であるから貴族相手の商売にも適するだろうと、半ば強引に勧められ、娶ったのだそう。
 はじめこそ大人しかったものの気づけば身に覚えのない子を宿すようなとんだあばずれで、あまつさえ店の金に手をつけたという。
 そうして、それに気が付き叱責すると、娘を連れて逃亡した。
 誰の子かも定かではない娘を、それでも受け入れ育ててきた自分に対する、酷い裏切りを働いたうえ、家宝まで持ち出されてしまったのだと。

「それは災難だな」

 けれど、先ほどのような商談を持ちかけてくる男の言うことと、マルの調べ上げたこと。どちらが信用できるかなんて、考えるまでもない。
 それでも一応、体裁は整えてやるべきかと思い、その言い分を拾うことにした。

「その妻の名は」
「カタリーナ。娘をジーナと申します」
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