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旧友 6

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 グライン宝石店は新規に立ち上げた新しい店。
 引き抜いた職人にも若手が多く、秘匿権も特に所持していないという。

「今から秘匿権を引き当てる職人が出たとしても……一生かけてひとつ、恵まれてふたつ……。
 それを考えたら、ここに所属する方がよっぽど沢山の秘匿権を得られますものね」

 と言い、加入を決めてくれた。
 まずは店のみ。職人には後で個別に提案するというが、こちらとしてはそれで充分。

「最終的には無償開示になるけれど、検証期間中は比較的実入りも良い。とはいえ、本来の秘匿権ほど金額を高く設定しないようにしている。
 ここは新たな発想の出発点となることが多い。だから、周知の徹底が第一。利益は第二なんだ。
 でも、安くすることにも大きな意味があるんだよ。正直、高く売るよりも目標の利益を得られる速度は速いくらいだ。
 我々はこれを、薄利多売……と言っているのだけどね」
「ハクリタバイ……?」
「薄い利益で多くを売る。という意味なんだけど……でも考えてみてくれ。
 金貨十枚の品を十人に売るのと、銀貨五枚の品を二百人に売ること。得られる金額は同じだけれど、銀貨五枚を出せる家庭の方が金貨十枚を出せる家庭より何十倍も多い。それだけ間口が広ければ、当然買い手も見つけやすいし、なにより宣伝効果が大きい。
 人目につく機会が格段に多くなるから、周知も広がる。すると結果的に、客も増えるんだ」

 ヨルグとの商談は楽しかった。
 彼は利益率を誤魔化したり、適当なことを口にしたりはしなかったから。
 イェルクに売ってもらった首飾りで理解していたけれど、決して暴利な値段設定ではなく、根拠の見える価格を示してくれる。質問すれば、きちんと返答を返してくれた。
 それどころか、こちらの心配までしてくれるのだ。

「秘匿権費用の回収……こんなに小額で宜しいのですか?」
「全然構わない。この品が一般化すれば、あっという間に回収できる。王都の一等地にある店だもの。宣伝効果も高いだろうし、それも加味して。
 メバックの商業広場に出している品の回収率を考えれば、年内どころか、契約がひとつふたつ程度取れれば回収できるんじゃないかな。制服ともなれば、数がいるもの」
「契約が入れば、毎年同じものの発注がくるのですものね……確かに……」
「でも少し高めの価格設定の品を置くのも良いと思うよ。例えば女中と女中長……女中頭……役職で身に付けるものを変えるのは貴族の習慣にも沿うし」
「成る程。なら金貨一枚の宝飾品は賞与の品として提案するのもありですわね」

 結局、まず耳飾は受注生産。店頭に置く品としては髪留め各種とスカーフ留めという、大きな取引となった。拠点村に数日滞在してもらい、その間でこちらの職人に試作をお願いし、持って帰って、あとは自店で生産。品質に関しては必ず守るとヨルグが請け負ってくれた。
 現在ここには結構な職人がいるし、ある程度の数もあっという間に用意できるだろう。
 その話の折に、サヤがぽつりと、「宝石店……よりは宝飾店の方が、良いのかもしれません……」と、言葉を発した。

「他の宝石を扱う店と差別化できますし、宝飾店と言えば、グライン……と言われるようになれば、地位も盤石になるのではないでしょうか。
 職業婦人のための宝飾品店グライン……という感じで」
「周知が広がるかな?」
「バート商会と提携するなら、ただ店の名を変えるのとは訳が違います。
 はじめのうちは本店のジョルダーナの名が強く作用すると思いますけど……いつまでもそれではジョルダーナに埋もれてしまいますし、それはヨルグさんも望まないことなのでしょう?
 グラインの名を覚えていただくには、他の宝石店との差別化は、必須ではないかと」

 大粒に小粒で戦いを挑むのではなく、違う舞台を用意するのだ。その考え方には、先ほど感銘を受けたばかりのヨルグ。

「戻りましたら、直ぐに弟と検討してみますわ」

 と言い、前向きな姿勢を見せてくれた。


 ◆


 商談もまとまり、サヤとルーシーは退室。それぞれの役割を果たしに行った。

「そういえば、マルはどうしたんだ?    今なんか忙しいのか?」

 夕刻も差し迫り、今日はギルもこちらに宿泊と決まったのだが、ふと思い立ったようにそう口にしたことで、それまでの楽しかった時間で、つい忘れていたことを思い出す……。

「あぁ、今ちょっと…………引き篭もってて……」
「引き篭もっただぁ⁉︎    またあの野郎……っ」
「いや、今回に関しては、別に趣味でとかじゃなく……!」

 あ、ていうか……今ここに、王都の大店の二人がいるんだよな。じゃあ……ヤロヴィのこと、聞いてみても良いんじゃなかろうか。
 特に、ヨルグは同じ宝石商だし、ヤロヴィの本店についての情報を持っているかもしれない。

「あの、実は今、ちょっと困った案件を抱えてるんだけど……ヤロヴィって、二人は知ってる?」
「それは勿論。老舗中の老舗ですもの。本店はオゼロですけれど、支店のひとつが王都にもございますわね」
「立ち位置としては俺たちと同じだもんな。貴族相手の商売を手広くやってる」
「じゃあ…………ブリッジスって名前は?」

 それでヨルグの表情が変わった。

「存じ上げておりますけれど……まさか、その男との取引をお考えですの?」
「いや、それを断ったとこだった。そうしたら、屋台広場で髪留めの買い占めっていう嫌がらせが始まってさ……」

 それで簡単に、状況の説明をすることとなった。
 無論、レイモンドについては伏せておいたけれど、カタリーナについては、夫の暴力に耐えかねて、神殿へ避難した彼の妻として伝えた。
 ギルもここに直行したため、カタリーナのことはまだワドより聞いていなかったという。

「ふっざけんなよ……なんだその仕打ちは⁉︎
 しかも自分の所業を棚に上げて……っ、やることも最悪だが商売人としても最悪だな⁉︎」

 大激怒のギル。まぁ、ギルはそうなるよな……。
 そうしてヨルグはというと、とても深刻そうな顔で、業界では知られた話なのだけれど……と、ブリッジスの噂を教えてくれた。

「ブリッジスというのは、宝石の買い付け人に恐れられている男なのですわ。
 宝石の買い付けは、原石を見極めることから始まります。当然、外れを引いてしまう場合もあって当然……。それを買い付け人の言う値で買うかどうかも宝石商の目と腕しだい。お互いの目と腕で取り引をするのです。
 ですが……かの者は、そういう品を受け入れません。買い付け人に騙されたと言い、仕事をできなくしてやると脅すので、彼に関しては返品を許すしかないそうで。
 ヤロヴィは貴族の後ろ盾も多く持つ店ですし、大きな取引口ですもの。買い付け人は、涙を飲むしかないのですわ……」

 ヤロヴィに睨まれては商売ができない。それで買い付け人は、その所業を受け入れるしかないのだという。

「そんな所業、本店や他の支店店主は黙認しているのか?」
「本店店主は病で長く臥せっているそうです。もう長らくお見かけしませんわ。
 元々ヤロヴィを仕切っていた女将も、先だって亡くなったと伺いましたし……。
 ですから、現在実権を握っているのは、実質的にブリッジスなのでしょう」
「……他の宝石商は、それに何も言えない……?」
「ヤロヴィは宝石商にとって親のようなものなのです……。柵も多く、口を挟める者が少ないのが現状かと。
 それに……ブリッジスの支店以外は、いたってまともな経営をされてますから……」

 そもそも王都の他店が、地方の支店に文句をつけるわけにもいかないのだろう。王都とプローホル、両方に支店を持つ店だって限られる。どちらの土地代も法外で、相当な大店でないと無理だし、そもそも支店を持つ店というのが、極端に少ない。
 つまり俺は、かなり厄介な奴に喧嘩を売られてしまったということなのだろうな……。

 ヨルグの言葉に、腕を組んで不機嫌そうに話を聞いていたギルが……。

「その髪留め、転売目的か」
「多分ね……。王都で売るかどうかは分からないけど……」
「屋台の品を貴族相手にどう売るつもりなんだ?」
「秘匿権を得ている品は高価であることが相場だしな……それに見合った値段で売るんじゃない?」
「でも仕様からして庶民向けの品だろ?」
「……あの、もしかして……ですけれど……」

 そこでヨルグも、最悪の想定として、思いついたことを口にした。
 鍍金の品を金と偽ったり、硝子玉を宝石と偽る……そんなことを考えているのでは?    と。
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