異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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後始末 3

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「こんな足腰で良いんですかな」
「従来の畑とは違うんだよ。
 試験だからね。例えば……寝台ほどの小さな畑ごとに、育て方を変えるんだ。
 それをした結果がどうなるか……というのを、観察し、記録し、収穫量にどう影響するかを調べる形になる。
 体力のいる仕事は若手や小作人に任せて良いんだ。コダンと相談しつつ、どんな農法が最も麦を収穫できるかを研究してほしい。
 で、さっきの収穫量が増やせるって話なんだけどね。麦は踏みつけると株が増えるらしい」
「…………ほう」
「そうすると収穫量が増えるのだって。俄かには信じ難いが……試してみたいだろう?
 コダンは土に混ぜ物をする研究に没頭しているから、エーミルトには苗をどう育てるかを考えてほしいんだよ」

 そう言うと。ふむぅ……と、唸ったエーミルトは立ち上がり、カミルに畝が低いと指示。もう少し土を盛るように言った。
 手本として少し作ってみせて、また木箱に戻ってくる。

「もっと増える……ですか。どれほどのもんなんでしょうな……」
「一粒を十粒にするくらいのことは、案外早く達成できる目標だと思っている。
 一粒を二十粒くらいにできれば、凄いんだけどなぁ……」

 現在のフェルドナレンの平均は、マルの計算だと四粒前後だそうだ。セイバーン村周辺は八粒前後。
 十粒となれば、一般的な収穫量では二倍半。夢のような話だが、セイバーンならばほんの少し増えたくらいのものとなる。
 麦を踏む……という手法が取り入れ可能ならば、これは達成できそうな気がするのだ。
 それに……目標くらい、高くても良いと思う。

「なんとも夢がありますなぁ」
「根気がいる作業だよ。
 だけど、一度に何通りも試せるし、上手くいけば各地に伝える。そうすれば、失敗を恐れず挑戦できるのじゃないかって思うんだ」
「ワシは字なんぞ書けんけども」
「大丈夫。カミルが幼年院で覚えてくるさ。
 それに合わせて、ここの畑もたまに見てもらえると、助かるかなぁ」
「湯屋の管理は?」
「あれは肉体労働で、エーミルトには少々堪えるだろう?
 カミルも幼年院が始まったら、日中はいないし……人手も増えたから、また他に探すよ。
 因みに研究員だから、収穫量は収入に直結しない。月ごとに給料を支払う」

 セイバーン村の若者や、継ぐ畑を持たない小作人なども雇う予定。
 だから、エーミルトが耕さなくても良い。彼らを使って、色々試してくれたら良いのだ。

「まぁ、考えておいてよ。また来月に、答えを聞かせて」

 今はそこで話を終えておいた。
 ユミルやカミルとも相談しなきゃいけないだろうし。
 それに本日ここに伺ったのは……。

「カタリーナ」

 声を掛けたら、端の方で畑を見守っていたカタリーナが振り返った。
 その腰にはジーナがずっとしがみついている。
 この前の怖い体験から、ジーナは怯えたままなのだ……。

「少し、時間をもらえるかな? 今後の話がしたい」

 そう伝えると、カタリーナは居住まいを正し「畏まりました」と、綺麗に一礼した。


 ◆


「ブリッジスとの離縁、形は整ったよ。
 あとは書類を送るだけだし、書類に不備が無いことは確認済み。ここから覆されることはもう無い。貴女とジーナは、自由の身だ」

 そう伝えると、ペコリと頭を下げるカタリーナ。しかし、その表情は硬い……。
 ブリッジスがもう関わらないとしても、レイモンドの脅威が無くなったわけではないからだ。

「ヤロヴィは広げていた事業を大幅に縮小することになるだろう。
 貴女方への賠償金も、然程ではないが得られそうだと報告が入っている。その辺は後でまた、書類で渡そう。
 ……とはいえ、ブリッジスが貴女を手元に置く権利を失ったというだけで、あの手の輩は色々手段を講じてくる可能性がある。
 今回のように、相当手荒な手段が取られる可能性が捨てられない」
「多大なご迷惑をお掛けいたしましたこと、誠に申し訳なく、なんとお詫びを申し上げて良いか……」

 机に額がつきそうなくらいに頭を下げたカタリーナを、サヤがそっと押し留めた。
 戸惑うカタリーナに、微笑んで首を横に振る。
 カタリーナが謝ることじゃない。彼女は、政治的な色々に利用されただけなのだから。
 アレクセイ殿が俺たちに彼女を託したのに、意図があったかどうかは分からない……。
 神殿の何者かから情報が漏れたせいで、こんなことになったのだとしても、そこにカタリーナが謝る理由は無い。関わる方を選んだのは俺なのだ。

「貴女も、俺たちも被害者。貴女が謝ることはないよ。
 それで相談なのだけどね。
 もうブリッジスらが貴女を捕まえに来ることはない。ヤロヴィは使用人に至るまで、無断でセイバーン領内には立ち入れないから。
 そうなると、貴女は神殿の庇護下に身を置く必要が無くなったことになる。けれど、貴女がセイバーンを出ることは得策ではない。
 それで、貴女が良ければだけど、このまま拠点村に勤めてもらえないかと思い、相談に来たんだ。
 貴女は教養があるし、ジーナに字を教えたあの方法も、とても良い。工夫が凝らされていると思う。その指導力を、我々は欲している。
 これからこの村は、村の子供達が当たり前に文字を書けて、計算ができるという形を作り上げたく思っていて、そのための指導者が欲しいんだ」
「お待ちくださいませ。
 ブリッジスの手出しがなくなったと致しましても、私共は色々と、柵を抱えております。
 それで、これ以上のご迷惑をお掛けすることとなっては……」
「迷惑だなんて思っていない。
 何より俺は……。ジーナがもう一度、元気に笑って駆け回る姿を、見たいんだ」

 怯えて、母親にしがみついたままのジーナ……。こんな状態の子を抱えて、放浪なんてさせたくない。
 ジーナに、ここを怖い村だと思ってほしくない。なにより……せっかくできた友達を、また、引き離すようなことは、したくないのだ。

「……このまま、孤児院の管理者を続けてもらっても良いけれど、ブリッジスとの縁が切れたから、もう、引き篭っておく必要はないと思うんだ。
 貴女が懸念する柵だって、一応は切れていることになるから、今までのようなちょっかいは出せない。
 またあのような悪どい手段でこられたとしても……、もう、この村に、手出しなどさせない」

 村の警備体制は見直すし、これからも人手を増やす。今までより守りは硬くなる。

「それでね、貴女の立場の補強と、我々の利益。その利害関係の一致を図りたくて、貴女を研究員に誘いたいんだ」
「……研究員? でございますか?」
「そう。一般庶民の教育を行うといっても、まだ手探りの状態だ。貴族向けの学舎や、大店商家向けの学院と同じことをやるには資金が足りないし、そもそも一庶民にそんな料金は払えない。需要にも沿わない。
 だから、どのような教育が必要で、どう教えることが効率良く、望ましいか。それを模索しつつ、子供たちを教育していかなきゃならないんだ。
 その、子供の教育に関する研究を行ってもらう。
 で、研究員となってもらった場合、この襟飾を身に付けてもらう。地方行政官としての身分証明。
 王家の肝煎り事業の研究員だから、身の保証にはもってこいだろう?」

 陛下直属の俺。その配下だ。立場上は貴族に匹敵するから、表立った手出しは一切できない。
 子爵家当主のレイモンドであっても、俺の配下に手出ししたならば、それ相応の対応を取られることになる。
 ただ黙って泣き寝入りなんて、させない。

「焦って考えることはない。九の月にまた、返事を聞くから。それまではこのまま、ここの仕事を続けてもらったら良い。
 それじゃ、しっかりジーナと相談して」

 そう言い席を立った。
 良い返事が聞けたら嬉しいけれど……そこはまぁ、カタリーナ次第で良いのだ。
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