異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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オゼロ官邸 9

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 ジェイドをバート商会へ走らせた時、ついでに持って来てもらったものがある。
 手荷物に紛れ込ませて来たものだ。
 話の進み方次第では、切り札として使える。
 そのつもりで懐の隠しに忍ばせていたそれを取り出し、絹布に包まれたまま、エルピディオ様の前の小机に置いた。
 ほんの小さな切れ端ではあるけれど、本来出回っている形状ではないものだから、一目瞭然だろう。

 机に置かれた絹布は、嵩もなく、薄い。
 差し出されたそれを、エルピディオ様は不思議そうに眺めてから開き、そこで当然、表情が変わった。
 俺の背後でも、オブシズが僅かに動く気配があった。お前何してるんだ⁉︎ といったところか。

「……こ、これは…………⁉︎」

 俺が絹布に包み、持ってきたものは黒く炭化した、節のある、薄い板。

「竹炭。我々が秘匿権を取ったものです。とはいえ、燃料としてではなく、除湿材として申請しました。
 ですから、オゼロの秘匿権には抵触しておりません。勿論、作り方も異なります。
 これは今、研究を続けている品を、少しでも長く保つために必要なものなのですが、燃料としても使用可能。実際に燃えます」

 敢えて竹炭を見せることを選んだ。
 俺たちが、ここに到達しているのだということが、否が応でも理解できるだろうから。

「それ、家庭にあるような鉄鍋で、比較的簡単に作れてしまうんですよ」

 そう伝えると、極限まで見開かれた瞳が、こちらを向いた。
 悪魔を見るかのよう。
 俺に向く、畏怖に染まった瞳……。
 小刻みに揺れているのは、現実を受け入れきらず、迷いが渦巻いているからだろう。
 俺はその瞳を敢えて無言で見返した。エルピディオ様のお気持ちが落ち着くのを、いつまででも、待ちますよ。それを態度で示す。

 エルピディオ様は、浅く震えた呼吸を何度も繰り返し、けれど最後には、自分を律し、瞳に力を宿した。
 きっと、可能性は考えていたのだと思う。
 ダウィート殿との交渉の席で、それなりに匂わせていたしな。
 そして、わざわざオゼロに、この新たな炭を見せた。その真意を確認せねばと、口を開いた。

「……何故、これを私に見せた」
「近いうちに、無償開示へと踏み切りたく考えております、とある保存食があります。これはそれに使うためのもの。
 あの保存食が世に出たら、オゼロでも当然、この竹炭を目にすることになるでしょう。
 ギリギリまで隠し、品を世に出し、結果を押し通したところで……そのうちどうせ、問題になります」

 素材が竹とはいえ、形状が炭であることは一目瞭然なのだ。問題にならない方がおかしい。
 サヤは俺が何か考えている。ということを察しているようだ。特に口を挟まず、やるに任せてくれている。
 その信頼が嬉しい。期待に応えたい。思えば、結構な修羅場を皆で越えてきたよなと思う。今回も、きっと大丈夫だ。

「まず説明をしましょう。何故竹を炭にしたのか。
 竹はものの腐食を遅らせる性質があるというのを、ご存知ですか?
 調べてみますとね、隣国のジェンティーローニでは、竹の若木……その皮を食物の包みに利用したり、竹を加工した製品を開発することに力を入れつつあるようです。
 特に調理関係品。食品等の鮮度の保ちが良いのだとか。
 その性質は、炭になっても残るものであるようです。我々はそれに着目しました。
 この竹の性質を利用すれば、越冬の期間中保つ品を、作れるのではないかと」

 サヤは抗菌作用と言っていたけれど、それの仕組みは俺にもいまいち分かっていない。
 目に見えない菌というものは、見えないだけに、理解が及ばないのだよな……。
 けれど実際、ジェンティローニで竹細工が多く作られるようになっているのは確かで、サヤもその効能については有用だと述べていた。

「また、竹は木よりも着火し易く、燃え尽きるのも早いのだとか。木材よりも、中に油が多いのだそうです」
「……竹に油だと?」
「燃えやすいものというのは、動物にしろ植物にしろそうであるそうですよ。
 ところで、石にも燃えるものがあるのはご存知ですよね。それも炭にできるのだと言ったら……エルピディオ様は世迷言だと、笑いますか?」

 そう言って笑い掛けると、エルピディオ様は、今度こそ瞠目し、言葉を失った。
 竹炭を見せられた後だ。炭にできると言われてしまえば、できると信じるしかない。
 エルピディオ様の瞳を覗き込むと、俺をどうすべきかという葛藤が渦巻いていた。

 こいつは危険だ。
 やはり、私の懸念は正しかった。
 秩序を掻き乱す。国がまた荒れてしまう。今あるものが、また幾つも失われる。
 これは悪魔の所業だ。
 消すべきか。
 ……消えるのか?
 もう秘匿権の無償開示は始まり、この男は動いている。
 こうして口にするからには、口にできる段階まで、進んでいるのでは……?

 もう……取り返しがつかないのでは?

「竹炭は、鉄鍋で作れると言いましたね。燃えやすい性質であるから、簡単な設備で作れたのだと、我々は考えています。
 そして木炭は、それに続く。これも本来は、然程の手間をかけず作れるものであるようです。
 実際セイバーンで何度か試してみたのですが、まぁ、五回に二回は成功していますかね。まだ失敗も多いのですけれど。なにせ手探りで進めていますからね」

 言って笑いかけてみたけれど、エルピディオ様には笑えないことであったようだ。ただただ俺に瞠目している。
 思い切り秘匿権を侵していると発言したのだが、そのことを追求する精神的なゆとりも無い様子。
 エルピディオ様だけでなく、ダウィート殿も、他の方々も、気絶しやしないか心配なほどに血の気の引いてしまった、青い顔をしている。

 そりゃね。五度に二度は木炭が作れているだなんて言われれば……ね。
 だけど……逆に考えられるということも、忘れてはならないのだ。

「我々がオゼロの木炭に匹敵するものを作り出そうとしても、一年や二年では無理でしょう。
 最低五年……もっと長く掛かるかもしれない。木炭の形状をしたものは作れていますが……木炭としての質では、まだまだオゼロのものに劣るでしょう。
 長年、オゼロは木炭を造り続けてきたのです。その経験値の蓄積は、やはり大きいですよ。
 作り方が分かったからといって、簡単に真似できるものではありません」

 俺の言葉に返るものは無い。
 まだ衝撃から抜けられないようだ。

 きっと立ち直っても、すぐに今以上の衝撃を、また与えてしまうことになるだろうしな……。

 そう思ったから、もう待たずに、要求を伝えることにした。
 どうせだから一回の衝撃で済ませてしまおう。

「そこでエルピディオ様……ご相談させていただきたいという件なのですが。
 木炭……これを有償開示品に加えませんか?」

 エルピディオ様、周りの配下の方々、とくにダウィート殿が、これには流石に、非常に強い警戒を示した。
 無論この反応は分かっていたから、俺は隙を作らぬよう、即座に言葉を続けた。

「オゼロが長く独占してきた、収益の多くを占めているこれを、有償であれども開示するということは、国民から高く評価を得られることだと考えます。
 金の卵を提供する決断をしたオゼロを、皆が称賛し、注目しますよ。
 木炭に対し、石鹸はというと、売り上げとしては木炭に遠く及びませんし、木炭を開示するという話題性の方が大きく取られる。
 きっとこれを開示しないことを、とやかくいう声は上がりません。
 心配であるならば、そういった非難の声が上がりにくいよう、我々も話題を提供することに協力致します。
 とまぁ、これだけではオゼロは損ばかりに聞こえるでしょうから、将来的に木炭に匹敵することになるであろう、別の秘匿権を提供しようと思うのですが」
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