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二度目の祝い 5
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「……うん」
その返事に、思考が爆発しそうになった。
「でも、触れ、触れられるん、は、怖い……」
付け足されたその言葉で冷静さを取り戻さなかったら、食らいついてしまっていたかもしれない。
「……じゃあ、他には触れないようにする。…………唇だけに、触れるから」
そう言ったらサヤは、腕と背もたれに埋めてしまっていた顔を、やっと解放してくれた。
「ど、どうすれば、良い?
う、上を向いといたら、できる?」
恥ずかしさと恐怖を振り切れず、視線を逸らしたままそう問われて、たかだか口づけひとつのことなのに、まるで初夜に、怯えつつも身を委ねようとしてくれているかのようで……。
「そのままでいい」
まだ背もたれにしがみついたままのサヤに向かい、身を乗り出した。
その瞬間から、恐怖と緊張で肩が強張り、キュッと唇が引き結ばれる。顔がまた半ばまで、腕の奥に引っ込んでしまった。
触れないよう、肘掛けと背もたれに両腕を掛けて身を支えて「もう少しだけ、顔をこっちに向けて」と囁くと、暫く戸惑った後、ギュッと瞳を閉じたまま、サヤは意を決したように、頭を上げ、こちらを向いた。
引き結ばれ、白く血の気の引いた唇。
固く、固く、絶対に開くまいと閉ざされた瞳。
大きな恐怖に苛まれながら、それでもサヤは勇気を振り絞ってこちらを向いてくれたのだと、そう思えば、涙が溢れそうなくらい嬉しくて、愛おしかった。
「もし怖かったら……駄目だと思ったらいつでも、突き飛ばして良いから」
耳元でそう囁くと、微かに頷く。
あまり時間を掛けると不安が育ってしまいそうだと思ったから、その頷きの直後に、サヤの白くなった唇に、自らのそれを重ねた。
啄むだけの口づけ。
記憶にあるサヤの唇よりも薄く硬いのは、それだけ力んでいるのだろう。
すぐに身を離すと、サヤの唇がするりと解れて「え……」と、戸惑いの声。
そこにもう一度、丁寧に唇を合わせた。
できるだけ優しく、触れるだけのそれを、ゆっくりと何度か繰り返す。
突き飛ばされる衝撃も、唇がまた強く引き結ばれることもなく、触れるたびに温かく、柔らかい皮膚が合わさって、離れる。
逃げない……、怯えて、いない。
サヤの瞳は閉じたままだったけれど、それでも必死に求めてくれているのだと分かった。
唇で甘く噛み、舌先でちろりと舐めたら、ほんの少しだけサヤの唇も開き、桃色の舌先が覗いて、そこに自分の舌を触れ合わせる。
本当に、ただ触れ合わせるだけの、稚拙な口づけ。
それでもずっと、求めて、叶わなかったものだった。
「嬉しい」
唇を触れさせたままそう囁くと、ポロリとサヤの瞳から滴が溢れる。
「嬉しい、サヤ。有難う」
あぁ。まだ耐えられる。
前のようには触れられなくても、こうしてサヤも、求めてくれていると分かったから。
望んでくれていると実感できたから、俺はまだ大丈夫だ……。
俺は、孤独じゃない。
きっとまたいつか、触れ合える日が必ず来る。
求め合っているのだから。
今ならそう、信じることができた。
◆
「遅かったな」
「私用です。それと私も食事を済ませて参りましたので。……よっぽど気に入ったのですか?」
「え⁉︎ あ、うん! まぁ……子供たちが頑張った品だし……?」
「えぇ、そう。そうです! 良い出来栄えですよね!」
昼を大きくまわり、更に一時間以上も経過して、ハインが部屋に戻ってきた時俺たちは、またもや半面を身に付け、何食わぬ顔で机を挟み、席に着いていた。
唇を重ね、舌先を触れ合わせ絡ませて、今までの時間を取り戻すみたいに、何度も口付けを交わしてからふと我に返ってみると、なんだか無性に恥ずかしくなってしまい、お互いに顔を直視できなかったのだ。
半面、買っておいて良かった……。口元以外は隠してくれるから、俺の現在カッカしてどうしようもない頬も、面の下。ハインには見えない。
「サヤも、ちゃんと召し上がられましたか?」
「はい。沢山いただきました」
「それはようございました」
ハインと言葉を交わすサヤを見つめつつ、俺はそっと、息を吐いた。
思えば俺、ちょっとどうかしていたよな……と。
なんというかこう、変に追い詰められていたというか、焦っていたというか……。
自分で気付かないうちに、サヤに触れられないことがどんどん苦しくなっていたのだと思う。
触れ合えることを当たり前にしていたのに、それが叶わなくなったことが、思ってた以上に、俺にとっては重たいことだったのだと、今更実感していた。
そこに、婚姻の準備やら、誕生の祝いやら絡み、時間が迫ってきているという切迫感の中、触れられないということを、無意味に意識していたのだろう。
なんのことはない、サヤより俺の方が参りかけていたのだ。
結局、またサヤに、助けられちゃったなぁ……。
俺の方が、支えにならなきゃいけないのに……。
「それでサヤ、貴女は贈り物はいらないとおっしゃいましたが、これは前々からの約束でもありましたから、受け取ってもらえますね?」
思考の間に滑り込んできたハインの言葉。
前々からの約束ってなんだろうな? と、訝しく思っていたら、今日は休みを出していたはずのセルマとメイフェイアが、蓋付きの大皿を抱えて入室してきた。
いつも通りの女従者の出で立ちをしたメイフェイアに対し、セルマは祭りを楽しむ娘らしく着飾っていて、祭りというものの存在意義の違いが如実に現れて面白いなと思う。
ハインといい……獣人って、祭りに興味が無いのかな……? でも特性としては楽観的なんだよな? それって別に、祭りを楽しめないわけじゃないと思うんだけど……。
そんな益体もないことを考えていたのだが、大皿の上の蓋が取り払われると……。
「あっ!」
サヤから上がった、歓喜の声。
皿の上にあったのは、立派な肉の塊。
サヤが、故郷で食べたローストビーフと同じ味だと言って涙を流した、あの鹿の蒸し焼きだった。
そういえばそうだったと思い出す。誕生日の祝いにまた作ってもらおうと、そんな話をしていたっけ。
「たまたま運良く、良い肉が手に入ったものですから」
ハインはそう言ったけれど、きっと前々から至る所にお願いし、なんとか手に入れたのだと思う。
感激するサヤを微笑ましく見ていたのだけど、またコンコンと、開いたままの扉が叩かれた。
「楽しんでるか?」
「あぁ、ギル……と、ルーシーどうしたの⁉︎」
何やら大きな布包みを抱えたギルと、何故か瞳を真っ赤にしたルーシー。
「なんでもありまぜんっ」
鼻声でそう言い、握ってヨレヨレになってしまっている手拭いで目元を拭う。
全然なんでもなくないが……そのルーシーが、俺を見て、サヤを見て、またうるっと瞳を潤ませたものだから、ぐわっと顔面が再熱した。
これ絶対、見てたろう……、俺たちのやり取りを! どこからだよ⁉︎
「ルーシーさんどうしたんですか⁉︎」
「いや、旅の楽師が歌っていた悲恋が切なすぎただけだから、気にするな」
慌ててルーシーに駆け寄ったサヤに、ギルが苦笑しつつ言い訳。ルーシーはそのままサヤの首に抱きついて「切なかっだんでずぅ!」と、本泣きに入った。
そうしたら、どうしたの? なんでお姉ちゃん泣いてるの? と、孤児院の幼子らが、年上の子らに連れられ、ぞろぞろとやってきて……。
「お前たちこそどうしたんだ?」
そっちは気にしなくて良いからと、ここに来た理由を聞いてみたところ……。
「あのね、ぼくらのお祝いにも、いろいろしてくれるでしょ」
「いままでそんなこと、なかったの」
「きょうもおまつり、いかせてくれた」
「おこずかいもくれたし」
「それにきょうは、サヤのおいわい」
「だからね、ことほぎを言いたかったの」
「サヤは、あたしたちの母様だからね」
「かあさまなんていうのはじめて!」
少し恥ずかしそうにもじもじしつつ、口々にそう言って、中から男女一組が進み出てきた。
一人は手に、秋桜の花を一輪持っており、もう一人は重ねた手の中に、何かを隠している。
「「わたしたちからです。せーの」」
「「「「「サヤかあさま、十八さい、おめでとうございます」」」」」
皆で声を揃え、そう言い差し出されたのは、屋台で買ったのだろう、髪留め。
皆で小遣いから、少しずつ出したのだろうか。年長者が頑張っていたのも、これのため?
髪留めは確かに安価だけれど、この子らに渡した小遣いを思えば、買いたいもののひとつ、ふたつくらいは、我慢したはずだ。
「あのねっ、お仕事の時、使ってもらえたら嬉しいなって、選んだのよ」
「おしごとじゃなくてもいいよ」
「かあさまっていうのはずかしいね」
「サヤは母様より姉様くらいだもん」
「でも姉様より母様って呼ぶべきだってトゥーレとスティーンが言うから……」
「あっ、それ言っちゃダメって言ってたやつだろ!」
そんなふうに言ってる間に、サヤは顔を伏せ、お面を外して、素早く涙を拭ってから子供たちを呼んだ。
ありがとうと、一人ずつに言葉を添え、頭を撫でたり抱きしめたり……。子供たちはくすぐったそうにしていて、だけど嬉しいのだろう。いつの間にやらサッと列を作って、順番を待っていた。
「大きな子たちはどうしたの?」
「お仕事してるよ」
「やくわりぶんたんなの」
「かあさまってよべっていってたくせに、はずかしいっていってこないんだよ」
筒抜けだな……。
わきゃわきゃしてる子供達に一通り感謝を伝えたら、サヤはもらった髪留めを横髪に刺し、秋桜を受け取った。
それを見て女の子らは更にキャッキャとはしゃぎ、男の子らはもじもじ度合いが増す。分かりやすい。
「ありがとうな……。
じゃあまたお前たちも、祭りを楽しんでおいで。
日が暮れるまでにちゃんと戻ってくるんだぞ」
「「「はーい!」」」
そろいの生地を使った制服の一団が、ぞろぞろと部屋を出て行く。
何して遊ぶー? お芋食べに行こうよ! と、そんな会話が聞こえてくるのを微笑ましく見送ってからギルが……。
「じゃあ俺たちからのはここに置いとくな」
そう言って包みから取り出されたのは、大きめの花瓶。
それが、ハインの手でいつの間にやら片付けられていた机の上に、ドンと置かれた。
「この一年も、お前にとって幸多からんことを。なんか困ったことがあったら、ちゃんと言えよ」
「あっ、私もです! サヤさん、この一年も仲良くしてくださいね!」
涙を拭って笑顔を取り戻したルーシーがそう言っている間に、ハインが花瓶へ水差しの水を注いだ。そこにギルとルーシーが其々、四分咲きほどの蕾の秋桜を入れる。
「それじゃまた後でな」
「あら、早かったわねギル」
「おう」
入れ替わりでヨルグがヘイスベルトと来て、サヤに寿ぎの言葉と、またもや秋桜をそれぞれ一本。
ハインたち従者組も花を用意してくれていたらしく、更に三本追加され、クロード家族も訪れてくれた。
「我が家は中央広場に納めてまいりましたが、寿ぎだけは直接言いたいと、娘が」
「中央広場?」
「あちらも結構なことになっておりますよ」
くすくす笑うセレイナとシルヴィが、サヤの両手を取り、窓辺に誘った。
俺もそれについて行ったのだが……窓から広場を見下ろすと、料理を振る舞うための机ひとつひとつに、いつの間にやら、それぞれ大きな花瓶が置かれていた。
そこにやはり同じく、大量の秋桜が活けられていたのだ。
白色、黄色、桃色、橙色……色とりどり。まるで鞠のように沢山の花が、これでもかと活けてある。
そしてその花瓶への花は、今もまだ増えていた……。料理を食べに来た者、子供の手を引いた母親など、広場に集った人々が花瓶に一輪ずつ、持参した秋桜を添えていくのだ……。
こんな話、聞いていなかった……。
両手で口元を覆ったサヤも、その光景に瞳を見開き、ただただ唖然とするばかり……。
「あっ、サヤさーん!」
「ほんとだっ! サヤちゃんおめでとうねーっ!」
そのうち、通りにいた見知った顔に発見されてしまい、おめでとうの大合唱をいただいて、顔を手で覆ったサヤはひとしきり涙をこぼしてから、手を振り返す。
「姉様おめでとう」
「おめでとうございます」
セレイナ母娘にも言祝ぎの言葉をもらった。
「では、また夕食時になったら参りますので、ゆっくりなさってください」
お茶を入れ、切り分けた鹿の蒸し焼きを皿に盛り付けたハインが、それだけ言って、皆を部屋の外に促して、また俺たちは二人きり。
嬉し涙の止まらないサヤの隣で、触れられないけれど、幸せな気持ちで、皆の優しさに感謝した。
それからも入れ替わり立ち替わり、色々な人が花を届けてくれ、たまに細やかな祝いの品が届けられる。
サプライズか……悪くない。
「俺たち幸せ者だよな」
「うん……」
触れられないけど、二人でいる心地よさの中、長椅子に座って。
俺たちはたまに言葉を交わしながら、外の喧騒に耳を傾け、和やかな時間を過ごした。
その返事に、思考が爆発しそうになった。
「でも、触れ、触れられるん、は、怖い……」
付け足されたその言葉で冷静さを取り戻さなかったら、食らいついてしまっていたかもしれない。
「……じゃあ、他には触れないようにする。…………唇だけに、触れるから」
そう言ったらサヤは、腕と背もたれに埋めてしまっていた顔を、やっと解放してくれた。
「ど、どうすれば、良い?
う、上を向いといたら、できる?」
恥ずかしさと恐怖を振り切れず、視線を逸らしたままそう問われて、たかだか口づけひとつのことなのに、まるで初夜に、怯えつつも身を委ねようとしてくれているかのようで……。
「そのままでいい」
まだ背もたれにしがみついたままのサヤに向かい、身を乗り出した。
その瞬間から、恐怖と緊張で肩が強張り、キュッと唇が引き結ばれる。顔がまた半ばまで、腕の奥に引っ込んでしまった。
触れないよう、肘掛けと背もたれに両腕を掛けて身を支えて「もう少しだけ、顔をこっちに向けて」と囁くと、暫く戸惑った後、ギュッと瞳を閉じたまま、サヤは意を決したように、頭を上げ、こちらを向いた。
引き結ばれ、白く血の気の引いた唇。
固く、固く、絶対に開くまいと閉ざされた瞳。
大きな恐怖に苛まれながら、それでもサヤは勇気を振り絞ってこちらを向いてくれたのだと、そう思えば、涙が溢れそうなくらい嬉しくて、愛おしかった。
「もし怖かったら……駄目だと思ったらいつでも、突き飛ばして良いから」
耳元でそう囁くと、微かに頷く。
あまり時間を掛けると不安が育ってしまいそうだと思ったから、その頷きの直後に、サヤの白くなった唇に、自らのそれを重ねた。
啄むだけの口づけ。
記憶にあるサヤの唇よりも薄く硬いのは、それだけ力んでいるのだろう。
すぐに身を離すと、サヤの唇がするりと解れて「え……」と、戸惑いの声。
そこにもう一度、丁寧に唇を合わせた。
できるだけ優しく、触れるだけのそれを、ゆっくりと何度か繰り返す。
突き飛ばされる衝撃も、唇がまた強く引き結ばれることもなく、触れるたびに温かく、柔らかい皮膚が合わさって、離れる。
逃げない……、怯えて、いない。
サヤの瞳は閉じたままだったけれど、それでも必死に求めてくれているのだと分かった。
唇で甘く噛み、舌先でちろりと舐めたら、ほんの少しだけサヤの唇も開き、桃色の舌先が覗いて、そこに自分の舌を触れ合わせる。
本当に、ただ触れ合わせるだけの、稚拙な口づけ。
それでもずっと、求めて、叶わなかったものだった。
「嬉しい」
唇を触れさせたままそう囁くと、ポロリとサヤの瞳から滴が溢れる。
「嬉しい、サヤ。有難う」
あぁ。まだ耐えられる。
前のようには触れられなくても、こうしてサヤも、求めてくれていると分かったから。
望んでくれていると実感できたから、俺はまだ大丈夫だ……。
俺は、孤独じゃない。
きっとまたいつか、触れ合える日が必ず来る。
求め合っているのだから。
今ならそう、信じることができた。
◆
「遅かったな」
「私用です。それと私も食事を済ませて参りましたので。……よっぽど気に入ったのですか?」
「え⁉︎ あ、うん! まぁ……子供たちが頑張った品だし……?」
「えぇ、そう。そうです! 良い出来栄えですよね!」
昼を大きくまわり、更に一時間以上も経過して、ハインが部屋に戻ってきた時俺たちは、またもや半面を身に付け、何食わぬ顔で机を挟み、席に着いていた。
唇を重ね、舌先を触れ合わせ絡ませて、今までの時間を取り戻すみたいに、何度も口付けを交わしてからふと我に返ってみると、なんだか無性に恥ずかしくなってしまい、お互いに顔を直視できなかったのだ。
半面、買っておいて良かった……。口元以外は隠してくれるから、俺の現在カッカしてどうしようもない頬も、面の下。ハインには見えない。
「サヤも、ちゃんと召し上がられましたか?」
「はい。沢山いただきました」
「それはようございました」
ハインと言葉を交わすサヤを見つめつつ、俺はそっと、息を吐いた。
思えば俺、ちょっとどうかしていたよな……と。
なんというかこう、変に追い詰められていたというか、焦っていたというか……。
自分で気付かないうちに、サヤに触れられないことがどんどん苦しくなっていたのだと思う。
触れ合えることを当たり前にしていたのに、それが叶わなくなったことが、思ってた以上に、俺にとっては重たいことだったのだと、今更実感していた。
そこに、婚姻の準備やら、誕生の祝いやら絡み、時間が迫ってきているという切迫感の中、触れられないということを、無意味に意識していたのだろう。
なんのことはない、サヤより俺の方が参りかけていたのだ。
結局、またサヤに、助けられちゃったなぁ……。
俺の方が、支えにならなきゃいけないのに……。
「それでサヤ、貴女は贈り物はいらないとおっしゃいましたが、これは前々からの約束でもありましたから、受け取ってもらえますね?」
思考の間に滑り込んできたハインの言葉。
前々からの約束ってなんだろうな? と、訝しく思っていたら、今日は休みを出していたはずのセルマとメイフェイアが、蓋付きの大皿を抱えて入室してきた。
いつも通りの女従者の出で立ちをしたメイフェイアに対し、セルマは祭りを楽しむ娘らしく着飾っていて、祭りというものの存在意義の違いが如実に現れて面白いなと思う。
ハインといい……獣人って、祭りに興味が無いのかな……? でも特性としては楽観的なんだよな? それって別に、祭りを楽しめないわけじゃないと思うんだけど……。
そんな益体もないことを考えていたのだが、大皿の上の蓋が取り払われると……。
「あっ!」
サヤから上がった、歓喜の声。
皿の上にあったのは、立派な肉の塊。
サヤが、故郷で食べたローストビーフと同じ味だと言って涙を流した、あの鹿の蒸し焼きだった。
そういえばそうだったと思い出す。誕生日の祝いにまた作ってもらおうと、そんな話をしていたっけ。
「たまたま運良く、良い肉が手に入ったものですから」
ハインはそう言ったけれど、きっと前々から至る所にお願いし、なんとか手に入れたのだと思う。
感激するサヤを微笑ましく見ていたのだけど、またコンコンと、開いたままの扉が叩かれた。
「楽しんでるか?」
「あぁ、ギル……と、ルーシーどうしたの⁉︎」
何やら大きな布包みを抱えたギルと、何故か瞳を真っ赤にしたルーシー。
「なんでもありまぜんっ」
鼻声でそう言い、握ってヨレヨレになってしまっている手拭いで目元を拭う。
全然なんでもなくないが……そのルーシーが、俺を見て、サヤを見て、またうるっと瞳を潤ませたものだから、ぐわっと顔面が再熱した。
これ絶対、見てたろう……、俺たちのやり取りを! どこからだよ⁉︎
「ルーシーさんどうしたんですか⁉︎」
「いや、旅の楽師が歌っていた悲恋が切なすぎただけだから、気にするな」
慌ててルーシーに駆け寄ったサヤに、ギルが苦笑しつつ言い訳。ルーシーはそのままサヤの首に抱きついて「切なかっだんでずぅ!」と、本泣きに入った。
そうしたら、どうしたの? なんでお姉ちゃん泣いてるの? と、孤児院の幼子らが、年上の子らに連れられ、ぞろぞろとやってきて……。
「お前たちこそどうしたんだ?」
そっちは気にしなくて良いからと、ここに来た理由を聞いてみたところ……。
「あのね、ぼくらのお祝いにも、いろいろしてくれるでしょ」
「いままでそんなこと、なかったの」
「きょうもおまつり、いかせてくれた」
「おこずかいもくれたし」
「それにきょうは、サヤのおいわい」
「だからね、ことほぎを言いたかったの」
「サヤは、あたしたちの母様だからね」
「かあさまなんていうのはじめて!」
少し恥ずかしそうにもじもじしつつ、口々にそう言って、中から男女一組が進み出てきた。
一人は手に、秋桜の花を一輪持っており、もう一人は重ねた手の中に、何かを隠している。
「「わたしたちからです。せーの」」
「「「「「サヤかあさま、十八さい、おめでとうございます」」」」」
皆で声を揃え、そう言い差し出されたのは、屋台で買ったのだろう、髪留め。
皆で小遣いから、少しずつ出したのだろうか。年長者が頑張っていたのも、これのため?
髪留めは確かに安価だけれど、この子らに渡した小遣いを思えば、買いたいもののひとつ、ふたつくらいは、我慢したはずだ。
「あのねっ、お仕事の時、使ってもらえたら嬉しいなって、選んだのよ」
「おしごとじゃなくてもいいよ」
「かあさまっていうのはずかしいね」
「サヤは母様より姉様くらいだもん」
「でも姉様より母様って呼ぶべきだってトゥーレとスティーンが言うから……」
「あっ、それ言っちゃダメって言ってたやつだろ!」
そんなふうに言ってる間に、サヤは顔を伏せ、お面を外して、素早く涙を拭ってから子供たちを呼んだ。
ありがとうと、一人ずつに言葉を添え、頭を撫でたり抱きしめたり……。子供たちはくすぐったそうにしていて、だけど嬉しいのだろう。いつの間にやらサッと列を作って、順番を待っていた。
「大きな子たちはどうしたの?」
「お仕事してるよ」
「やくわりぶんたんなの」
「かあさまってよべっていってたくせに、はずかしいっていってこないんだよ」
筒抜けだな……。
わきゃわきゃしてる子供達に一通り感謝を伝えたら、サヤはもらった髪留めを横髪に刺し、秋桜を受け取った。
それを見て女の子らは更にキャッキャとはしゃぎ、男の子らはもじもじ度合いが増す。分かりやすい。
「ありがとうな……。
じゃあまたお前たちも、祭りを楽しんでおいで。
日が暮れるまでにちゃんと戻ってくるんだぞ」
「「「はーい!」」」
そろいの生地を使った制服の一団が、ぞろぞろと部屋を出て行く。
何して遊ぶー? お芋食べに行こうよ! と、そんな会話が聞こえてくるのを微笑ましく見送ってからギルが……。
「じゃあ俺たちからのはここに置いとくな」
そう言って包みから取り出されたのは、大きめの花瓶。
それが、ハインの手でいつの間にやら片付けられていた机の上に、ドンと置かれた。
「この一年も、お前にとって幸多からんことを。なんか困ったことがあったら、ちゃんと言えよ」
「あっ、私もです! サヤさん、この一年も仲良くしてくださいね!」
涙を拭って笑顔を取り戻したルーシーがそう言っている間に、ハインが花瓶へ水差しの水を注いだ。そこにギルとルーシーが其々、四分咲きほどの蕾の秋桜を入れる。
「それじゃまた後でな」
「あら、早かったわねギル」
「おう」
入れ替わりでヨルグがヘイスベルトと来て、サヤに寿ぎの言葉と、またもや秋桜をそれぞれ一本。
ハインたち従者組も花を用意してくれていたらしく、更に三本追加され、クロード家族も訪れてくれた。
「我が家は中央広場に納めてまいりましたが、寿ぎだけは直接言いたいと、娘が」
「中央広場?」
「あちらも結構なことになっておりますよ」
くすくす笑うセレイナとシルヴィが、サヤの両手を取り、窓辺に誘った。
俺もそれについて行ったのだが……窓から広場を見下ろすと、料理を振る舞うための机ひとつひとつに、いつの間にやら、それぞれ大きな花瓶が置かれていた。
そこにやはり同じく、大量の秋桜が活けられていたのだ。
白色、黄色、桃色、橙色……色とりどり。まるで鞠のように沢山の花が、これでもかと活けてある。
そしてその花瓶への花は、今もまだ増えていた……。料理を食べに来た者、子供の手を引いた母親など、広場に集った人々が花瓶に一輪ずつ、持参した秋桜を添えていくのだ……。
こんな話、聞いていなかった……。
両手で口元を覆ったサヤも、その光景に瞳を見開き、ただただ唖然とするばかり……。
「あっ、サヤさーん!」
「ほんとだっ! サヤちゃんおめでとうねーっ!」
そのうち、通りにいた見知った顔に発見されてしまい、おめでとうの大合唱をいただいて、顔を手で覆ったサヤはひとしきり涙をこぼしてから、手を振り返す。
「姉様おめでとう」
「おめでとうございます」
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「では、また夕食時になったら参りますので、ゆっくりなさってください」
お茶を入れ、切り分けた鹿の蒸し焼きを皿に盛り付けたハインが、それだけ言って、皆を部屋の外に促して、また俺たちは二人きり。
嬉し涙の止まらないサヤの隣で、触れられないけれど、幸せな気持ちで、皆の優しさに感謝した。
それからも入れ替わり立ち替わり、色々な人が花を届けてくれ、たまに細やかな祝いの品が届けられる。
サプライズか……悪くない。
「俺たち幸せ者だよな」
「うん……」
触れられないけど、二人でいる心地よさの中、長椅子に座って。
俺たちはたまに言葉を交わしながら、外の喧騒に耳を傾け、和やかな時間を過ごした。
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