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九の月の終わり 1

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「そろそろ冬の社交界の準備、しなきゃいけないと思うんですよ!」

 サヤの誕生日から数日後、ルーシーにそう言われ、あ、忘れてた……と、現実に気付く。

「忘れてた⁉︎」
「いやだって……去年は陛下絡みだったから必死だったんだけど、それまでは社交界とはほぼ縁の無い生活してたから……」

 え、待って。ついこの前社交界期間を済ませたと思ったのにもう次の社交界準備……。
 分かってたつもりだけど、分かってなかった貴族社会。そうか、もう準備始めなきゃならないのか……。

「やっぱり。
 言って良かったです」
「ホントだ。ありがとうルーシー。
 ギルにも、今年も宜しくって伝えておいてもらえるかな」
「もう伝えましたし、叔父様から忘れているだろうから、言っておけって言われたんです」
「はは……。ていうかもう毎年ずっとお願いすると思うから、丸投げしておきたいんだけど……」

 ついそう本音を言うと、丸投げは良いんですけど! と、腕を組んでルーシー。

「今年の色と題材を決めること。そこは丸投げしないでください!
 社交の場は宣伝の場。ブンカケンの秘匿権品周知のための重要な催しなんですからね!」

 そう言ってから、キョロキョロと周りを見渡して、サヤがいないことを確認してから……。

「せっかく良い情報収集ネタなんですから」
「あっ」

 そうか。衣装案を纏めるの、サヤの国の婚儀について聞き出すのにも、丁度良いネタなのか。

「分かった。
 サヤにも時間を作るように言っておくよ」
「そうしてください!
 私も、叔父様とヨルグさんとの時間調整をしますから、決まったら早めに教えてくださいね!」

 思いがけない名前が出て、ちょっと驚きが表に出てしまった。

「……ヨルグ……?」
「……これも忘れてるんですか? ヨルグさん、装飾師仲間になったんですから、勿論一緒にお仕事しますよ。
 それに、装飾品に関しては、あの方の方が私よりも適任なんですから」

 呆れた調子でルーシーが言う。
 そう……そうだったな。つい、そっちじゃなく……。
 ヨルグが、どうもルーシーに気があるっぽい方が気になっていたから、ルーシーの口から彼の名が出たことに驚いてしまったのだ。

「ごめんごめん。
 と、いうか……そっちの都合を先に決めてくれて良いよ。こっちはそれに合わせて時間作れば良いから。
 王都に行く予定とかもあるだろうし」
「畏まりました。では、定まり次第、お知らせしますね!」
「うん。宜しく」

 弾むような足取りで執務室を出ていくルーシーの後ろ姿を見送りつつ、ルーシーが、全くヨルグを意識していない様子であることに、気を揉んで良いやら、安堵して良いやら……。
 ギルはどう思ってるんだろうなぁと考え、これも隙を見て伺ってみようと心の中で考えていた。


 ◆


「今年の題材……ですか」
「まず盛り込むべきなのが耳飾とコイルピンです。去年に引き続き、これの宣伝を行って、今年は是非ともコイルピンの販売数を増やしたいところですよね!」
「……だけどまず、そのコイルピンって名前をどうにかすべきだと思うけどな……」

 今年の冬の社交界のおける、装いの題材を決めるため、俺、サヤ、ルーシーとギルに加え、ヨルグ、ロビンが集まった。
 執務室の長椅子に陣取っての作戦会議。
 他の文官らはそれぞれ己の仕事に精を出しているが、こちらの話には耳を傾けている様子。

「馴染まねぇんだよ。サヤの国の言葉は。無駄に長いし、意味不明だし……」
「コイルピンって、どういう意味の言葉なんですか?」
「えっと、コイルは金属をグルグルと巻いたもののことで、ピンは止め針のことですね」
「……グルグル巻いた金属の止め針……」
「どう考えても馴染まねぇな……どう略すべきか……」

 話し合いの前に名付け会議になってしまった。
 いっそのことグルグルでどうだとか、そもそも針じゃねぇよなこれ。とか、意見を出し合った結果。

「巻止め飾り……」
「巻飾りはどうですか?」
「それかなぁ」
「付飾り」
「なんかいまいちなんだよなぁ……」

 もうその辺にしとくかといった雰囲気になってきた時……。

「添え飾りなんてどうかしら。
 主役を引き立たせるための飾りなのだもの」
「それだ!」

 と、いうわけで。
 コイルピンは添飾そえかざりと命名された。

「はぁ、秀逸だわ……。これ本当に素敵……」
「でしょう⁉︎ 初めてこの添飾を見た時、どうして今まで無かったんだろうって私も思いました!」
「真珠を水滴に見立てたっていう発想も、とても良かったと思うの。今年の題材にも、是非ともこれを活かしたいわね」

 去年の水の乙女を題材とした装いを、もう一度全て身に付けさせられたサヤを、ヨルグが感嘆の溜息で見つめているのが居心地悪い……。
 いや、ヨルグがサヤをそういった目で見ていないのは分かるのだが、男の熱い視線に変わりはないわけで……。
 サヤもそこはかとなく居心地悪げである。

「宣伝を兼ねるから、題材を定めて統一感を出すのね。
 凄い……周知に努めるのは、貴族ではごく当然のことなのだろうけれど……。
 サヤさんはブンカケンの秘匿権品を貴族社会に周知するための、伝道師役を担っているわけなのねぇ。
 それにしても、ひとつの品ではなく、全身を駆使するというのは、聞いたことがなかったわ……」
「広めるべき品がひとつじゃねぇからな。
 チンタラやってると、後ろがつっかえる。それで結局、耳飾、添飾、更に……」
「檜扇。貴族社会に、絶対に受け入れられますよこれ」

 今年の冬に、サヤが身に付けるべきブンカケン所有の秘匿権品は、この三つだ。
 それというのも、サヤの考案した扇子……あれの試作が早くも完成したためだった。

「本当に畳めるんだな……こりゃ、凄い……」
「とりあえず檜扇の方だけですけどね」
「こんな簡単な作りで良いのかっていう凄さだわ……」
「本当にな……」

 誰もが唖然と感嘆の息を吐く。
 サヤ考案の檜扇は、本当に秀逸だった。

 同じ形に、薄く剥いだ木の板。これを十四枚。根元の部分に要の軸を入れ、上部を太めの糸で綴っていった簡単な構造。
 それで扇は、当然のように閉じる品となった。

「私のところでは、お雛様は皆この檜扇を手に持っているんですよ」
「オヒナサマ?」
「女の子が、無事大きく育つよう願って、毎年三月三日にする行事なんですけど、桃の節句とも言いまして、夫婦を模した人形を飾ります。
 その人形が、女の子が育つまでに降りかかる災厄を、引き受けてくれると言われていまして、お内裏様とお雛様……そのお雛様の方が、この檜扇を持っているんです」
「サヤさんもそのヒナニンギョウ、持っていたんですか?」
「はい。私も持ってました。日本に生まれた女の子は、大抵持っているかと」

 これくらいの小さな人形なんですけどね。と、手で大きさを表すサヤ。
 必ず女の子に人形を買い与えるという文化がまた斬新というか……特殊だな。
 それにもその人形が持つ扇って相当小さいのではないだろうか……。

「小さいですね。小指ほどもない大きさです。
 流石に人形の持つものですから、厚紙で作られていましたけど、ちゃんと開いたり閉じたりできましたし、綺麗な絵も描かれ、五色の飾り紐も垂れていたんです。
 幼い頃の私……その檜扇がどうしても欲しくて、おばあちゃんの扇子を勝手に持ち出してました。
 そうしたらおばあちゃんが、お雛様の持っているのは檜扇で、扇子とは全く違うものだよって、教えてくれたんです。
 それで凄いんですよ。厚紙を買ってきて、私用の檜扇を作ってくれたんです!」

 光景が目に浮かぶようだった。
 小さく幼いサヤと、サヤの祖母の微笑ましい思い出。
 サヤが詳細に扇を描くことができたのは、祖母とのその思い出があったからか。

「おばあちゃんは、着物でいることが多い人だったので、夏場などは、帯に扇子を挟んでいて……。
 それがとても粋で、格好良いんです。
 レイシール様も、帯に小刀を挟んでいますし、扇子もそうして持ち歩けば、邪魔にならないと思って」
「着物って、サヤさんの国の民族的な衣装でしたよね? あの下図の衣装ですか⁉︎」

 あ、食いついた。
 さり気なくも確信をつく、ルーシーの一手。

「……下図?」
「ほらぁ、いつか描いてくださったじゃないですか!
 全身を覆う、曲線の優美な……ウェディングドレスって言ってた……」
「あ。あれは違いますよ」

 は⁉︎

 サヤの返事に唖然と、俺たちの動きが止まった。
 え……違う?

「私の国の民族衣装は、一般的にはあまり、着られなくなりましたから。
 前、ギルさんには話しましたっけ……見たいって言っていた浴衣、あれが着物です。
 あちらにも白無垢という、婚礼用の正装があるのですけど、私が描いたドレスは洋装。今はその洋装が一般的です。
 祖母は、元々芸妓さんだったので……えっと、芸妓は私の国の踊り手のことで。
 芸妓さんはその民族衣装を着て舞を披露する職務なので、着物の生活が板についていたんです」

 成る程。
 まさか勘違いであの図の服を作ってしまうところだったのかと焦ったけれど、あれはあれで婚礼用の礼装として正解らしい。
 だがルーシーは、そのシロムクという新たな婚礼衣装に興味が湧いたよう。

「シロムクって、どんなのなんですか?」
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