異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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九の月の終わり 2

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「うーん……言葉では表現しにくいですね……私も着物はともかく、白無垢はちゃんと見たことがないので……。
 和装は独特で難しいんです。衣服って基本的に立体構成ですけど、和服は平面構成だから、形状が全く異なりますし」
「? りったいこうせい? へいめん……??」
「えっと……例えばこの短衣、身体に沿わせるために型紙から布を切り出しますよね。その後も肩を摘んだり、胸の下を摘んだりして、形を立体的にするでしょう?
 だけど着物は、身体に沿わせるために縫って凹凸を作ったりしません。着方を工夫して、身体に沿わせる衣服なんです」
「え……どういうことだ? 身体に沿わないものを着る?」
「はい。図を描きましょうか?」

 サヤの説明が理解不能で、結局図を描いてもらうことに。
 描いてもらったものは、正直どういう形状なのか全く想像できない不可思議なものだった。
 上下の繋がる一枚着と、帯という構成をしてはいるが……。

「ざっくり説明しますと、一反の長い反物から切り出された四枚の布を貼り合わせて作られているのが着物です。
 この一反というのは……だいたい幅三十八センチ長さ十三メートル弱のものなんですけど、これを全て使い切り、一枚の着物を仕立てます。
 分解しますと、袖二枚、見頃二枚、前身頃の合わせになるおくみ二枚と襟。これは反物を縦半分に切っています。
 着物は、基本的に余り布が出ない構造をしていまして、解くと丸々一反に戻ります」

 解体図まで描いてくれた。
 浴衣というものを作るとき、一枚の布を広げ、切り出していくことからするので覚えていたとのこと。
 それは本当に長い一枚の布を、全く余らせず、使い切って作る衣服だった。

「……どうなってるんだこれ……。
 ここが、ここに来て、この小さいのは……あ、襟? なんつぅ長い襟……」
「ええっ? これ衣服として着れるんですか? 明らかに長すぎませんか?」
「女物はこんな長さですよ。これを腰のところで縛って、折り畳んで、上に帯を結びます。おはしょりって言うんですけどね。
 前合わせを重ね、身体に巻くようにして身に纏って、余りはこの重ねている部分に集めてしまったり、脇に折り込んだりします。
 多少背が高くても、低くても、太っても細くても、このおはしょりの部分で調節できるという構造です」
「…………それでこんな風になるか?」
「なりますよ。ただ、上手く着て、上手く動かないと着崩れしてきてしまいます」

 ギルとルーシーは唖然とその図を見下ろしている。衣服を作る人間には、相当おかしな構造なのだろう。
 そしてお互い顔を見合わせ、これは再現、不可能だ……と、思ったのだろう。

「お前の国が異国なんだって再確認した……」
「全く、微塵も、私たちの衣服に通じるものが無いです……異文化過ぎます」
「ですよね。まぁご覧の通りで、身に付けるのも大変で……廃れてしまったんですね。
 時代の途中で異国から入ってきた洋装は、こちらの衣服と近く、立体構成です。私の描く意匠は、この洋装の方を主体にしています」

 成る程。サヤが普段描いていたのは、その洋装という普段着のものだったようだ。

「話が脱線してしまったので戻しましょうか。
 扇子は、この帯の部分にこう……挿して持ち歩けました。
 もちろん飛び出るんですけど、それがまた粋なんです。
 手紙などもこの胸元に挿し入れていたりしたんですよ」
「袋を持ったりしないのかよ……」
「身体に密着させている方が安全ですから。
 あと、小さなものは袖の中に入れたりもしていました。基本的に、両手を空けておけるようにするんです。
 だからか、袋もあまり使わなくて……風呂敷を使ってました」

 あぁ! 四角い布をなんでああまで複雑に扱えるのか不思議だったけれど、成る程!

「確かに風呂敷も平面だ。結んで立体にするもんな!」

 サヤの国は、生活の基本から複雑なのか。平面を立体になるように使う……不思議な文化だ。
 これも効率化を考えた結果、たどり着いた結論なのだろうか。
 ひたすら感心していたのだけど、そこでヨルグが「是非使うべきですわ」と、口を挟む。

「その両手を空けるという発想は、貴族社会に通じるものがありますわ。
 サヤさんの言う通り、この檜扇も、帯に挟んで持ち歩く装飾的小物として宣伝すべきです。
 と、なると……この外側に見える部分には、なにかしら装飾を施した方が良いわね」
「冬の社交界なら、暑さを凌ぐ必要は無いですから、透かし彫りを入れるのはどうですか?日本にもそんな装飾がされたものがありましたよ。
 あと、白檀や紫檀などの香木を使って作り、香りを楽しむという使い方もありました」
「香木……香木は良いな。社交界は、そちらで行くか」

 話し合いの結果、今年は木を題材とすることに決まった。
 香木の香りを活かし、ギルが絶対一番似合うと主張する深い緑を使う。

「地味なのに!」
「馬鹿野郎、社交界は逆にそれが活きるんだよ。周り中がけばけばしいんだからなあ!」

 またもや始まってしまった舌戦……。
 だけどそこに、ヨルグからの助け舟が。

「ルーシー、装飾品は金を主体にしましょう。
 そうすれば荘厳な雰囲気で、色の落ち着きが逆に活きるのじゃない?」
「……金……」
「衣装の刺繍も金糸を使えないかしら」
「良いですね! では緑と金と……赤はキツいから赤みの強い紫を少し……」
「良いわね。サヤさんはお若いもの。華やかさも必要よね。
 ならばその紫は装飾品にも用いましょう。木の実を模すのなんてどうかしら?」
「良いと思います! 装飾品は派手めに、存在感出していきましょう!
 でもサヤさんは、派手すぎるのっておまりお好みではないので、衣装の刺繍は金糸の縁に少量銀糸を使って、少し色合いを落として……」

 ここまで進むと俺のすることはほぼ無くなる……。

「サヤがひき立つならばなんだって良いよ」

 俺に衣服に関する拘りは特に無い。用意されるものを着るだけなので、後はサヤがどんな装いになるのかを楽しみ、話を聞くに徹して会議は終わった。


 ◆


 更に数日後……。

「帰還致しました」

 アーシュ、ジェイド、アイル、マルが、アギー領、プローホルより戻った。
 会合で許可をいただいていた、下町の捜索に派遣されていたのだ。
 いくつかの任務を与えていたので、アギーより戻るのにひと月近く掛かったことになる。

「皆、本当にご苦労だった」

 それぞれ休息を取ってくれと伝えて、まずは資料の確認。夕食後までに質問を纏めておくからと伝えた。
 皆が一礼して去り、資料確認を始めて暫くしてから……。

 カタン……。

 と、露台で音。

「どうしていつも窓から来るんだ……」
「目立たねぇからだろ」

 いや、目立つと思うんだよ……。窓から侵入する人影って。

「見咎められるようなヘマを、俺らがすると思ってンのか?」
「……思ってませんけどね」

 ジェイドとアイルが再来。
 アイルは一人だとちゃんと扉から来るのだけど、ジェイドが一緒だとやはり窓になるらしい。

「休息を優先してもらって良いんだぞ?」
「早い方が良いって俺が判断したンだよ。文句あンのか」
「無いです……」

 資料に書き込めない任務の報告を優先してくれたよう。
 俺は資料を机に置き、二人に話の先を促した。

「聞くよ。
 それでつまり……何か見つけたんだな」
「俺らが出張って、隠しておけるわけがねぇからな」

 猛禽類を思わせる、どこか獰猛な笑み。
 笑うジェイドの後ろから、いつも冷めた表情のアイルが一歩進み出てきて、懐から何かを取り出した。

「どうやらあの男、三つ目の顔も持っていたようだ」

 小さくたたまれた紙面と、もうひとつは……。

「その紙の方は身分証明書。二つ目の顔、宝石の仲買人。
 その顔でヤロヴィに出入りしていたようだ。アギーでもどのような商売に関わっていたか、今調べを取っている。
 それで、三つ目の顔がその印章。
 ……それはアギーには知らせていない」

 印章。
 複雑に彫り込まれた印面部分は、青墨で汚れ、形がはっきりと浮き出ている。
 …………青墨……。

「王都大神殿所属の宣教師だろう」
「と、旦那マルは言ってたぜ」

 あっさりと告げられたが、相当な問題発言だった。

「…………神殿……」

 その可能性が、一番高いとは、思っていた……。思っていたが、こうして証拠が出てくると……。

「もうこれで、はっきりしたな……」

 ジェスルと神殿は結び付いている……。

 明確にそれを、認識した瞬間だった。
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