異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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軍用馬 1

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頭を抱え、長椅子に座るオブシズ。
 その横で瞳をキラキラさせて、草紙を読んでいるルーシー。
 そしてそれを、ニコニコして見守っているヘイスベルト。

「はぁ……かっこいい!」
「でしょう?」
「これ、続きはまだあるんですか⁉︎」
「あるみたいですよぅ。今年いっぱい続く話らしいので。でもまだ発行されてませんからね。続きがもらえるとしたら、冬の社交界じゃないですか?」

 書類をしたためつつ答えたマルに、あああぁぁぁと、絶望した呻き声。

 アギーから帰還したマルのお土産に、淑女草紙があった。
 正確には、アギー公爵様から渡されたものであるそう。
 春からふた月に一度発行されている淑女草紙、それを一部ずつ一纏め。
 人気すぎて余りが出ないため、公爵様が個人で購入している中から一部を譲ってくださったそうだ。
 アギー公爵様…………数部購入してるって……ことだよな。娘から。

「そんなに売れてるんだ、淑女草紙」
「みたいですねぇ。というか、反響が凄すぎて外出もままならない状態らしいんですよね。クオン様はもう、いっぱしのの女流作家ですよ。
 最近、熱狂的な方々が役者を雇って観劇にするとかいう話もあるっておっしゃってましてねぇ」
「お願いだからやめてくれ……」

 オブシズには不憫な話だが……草紙は相当な人気を博しているようだ。発行部数の桁が変わってきているという。
 元々が若い女性の性的な教育を考え発行されていたため、男性にはあまり広まっていなかったそうなのだが、そちらからも読みたいという声が多く、女性の身内からこっそり見せてもらっている者までいるそう。例えばほら、ヘイスベルトとか。

「有り難いです! こちらに来て唯一の不満が、淑女草紙を姉から借りられなくなったことだったので」
「ヘイスベルトが見ても楽しいものなの?」

 そう聞くと、後頭部を掻き、少々恥ずかしそうに……。

「と、いうかですね……男性目線でもなんというかこう……考えさせられる内容なんですよ。
 とくに二子より下は、養子になったり勤めに出たりするわけで、嫡子や後継と同じ目線では色々問題が多いわけですし」

 項垂れるオブシズをチラチラと気にしながら、ヘイスベルトが教えてくれる。
 確かにな……。
 全ての貴族が学舎に入れる学力と財力を有しているわけではない。
 セイバーンはたまたま豊かであったけれど、男爵家は基本的に地方の小さな領地を治めている場合が多く、学舎に来る者も当然少なかった。
 それに、兄弟の数がものを言う。
 複数の妻を娶る場合が多い貴族は、子も当然多い。
 思えばディート殿だって男爵家の出身で、あれだけの能力を有しておりながら、学舎への在学歴は無かった。
 末弟であるという話だったし、上の兄らには学舎へ行った者がいるかもしれないが、彼までは余裕がなかったのかもしれない。

「学舎出の貴族が、養子縁組や婿入りで有利なのはその辺りの関係でしょうからねぇ。
 あそこはほら、上下関係を事前に学ぶことができるうえ、性技教育すらも必須科目にありますし」
「マル!」

 サヤがいるのにその手の話を口にしないでくれ!
 帰ってきた途端これだ。今はオブシズも打ちひしがれてるから、彼の口を気にしておいてくれる人がいない。危険だ。

「お待たせしましたヘイスベルト様。大変面白かったです!」
「でしょう! 本当かっこいいんですよこの主人公。
 それに姫様も……瞳が見えないにもかかわらず凛とした佇まい……ずっと主人公を信じ続けている姿が健気ですよね」
「お似合いの二人ですよね……ほんと幸せになって欲しいです……」
「あ、最新号もまだそこまで行ってないんですね」
「はい。でも多くは語りません。楽しみが減ってしまいますものね?」

 そう言い草紙を差し出すルーシーから、ニコニコ笑って受け取っているヘイスベルト。
 二人の語らいに、更にオブシズが重い雰囲気になったけれど、二人は気にしていない。
 オブシズに遠慮する気は無いようだ……。
 そして当然、マルも遠慮しない。

「なんでもわざわざ切り抜きを紙に貼り付けて冊子にしている熱狂的な信者もいるそうですよ。
 草紙で結末まで書いた後に、肉付けして冊子として発売しようって話もあるそうです。
 後日談を小話で加えて欲しいとか、いやいや、ここを掘り下げて欲しいとか、要望も凄いそうで、クオン様は茶会にも引っ張りだこなんですって。
 でも出向く度にそんな感じで要望を出され、各々が自分好みの展開を希望されるのにうんざりしているそうですよ。
 でまぁ、そろそろクオン様の我慢も限界であるそうで、どうやって憂さ晴らしをさせようかって、アギー様も悩んでらっしゃいました」

 ……なんか含みのある言い方だなと思った。

「それから、アギーからの派遣官、近く到着するようですよ」

 嫌な予感しかしないのはなんででしょう……。

「……念のため聞くけど、クオン様は付いて来ないよね……」
「クオン様は付いて来ないです。従者見習いの方二名と、文官二名、武官二名とお聞きしておりますよ」
「官職者二名ずつ⁉︎」
「人数はとやかく言っていなかったから良いのだろう? とのことですけど」
「………………」

 官の人数は確かに言及していなかった。従者を見習いとはいえ連れて来るとも聞いていなかった……。
 今後、アギー公爵様には隙を見せないようにしよう……。

「それでですね。公爵領の領事館ですけど、やはりクロード様同様、屋敷を用意した方が良いでしょうね。
 ある程度の地位の方がいらっしゃるでしょうし、宿舎暮らしは慣れていない場合もあるので」
「まぁそうだな」
「それに、四六時中張り付かれても疲れますしねぇ」
「……ははは」

 笑って誤魔化しておいた。
 そうか、屋敷か……。だけど色々な建設予定が立て込んでいるし、直ぐには用意できないしな……。
 あぁ、また村の拡張を考えなきゃ駄目かもしれない……。

「借家手配だな。暫くそちらで我慢してもらおう……」

 クロードの時同様、当面は借家暮らしをしてもらうことにした。
 エヴェラルド様も近くお越しになるのだろうし、そちらも借家を用意すべきかな……うーん……どうなんだろ?

「お一人で来られるかどうかによりますよねぇ」
「クロードと同様、家族がいることもあるしな」
「仕官する方全員が身ひとつで来てくださると良いんですけどねぇ」

 そんなマルの呟きに、苦笑で答えたヘイスベルト。

「上位貴族の方が配下無しなんて、身の安全を考えるとそうそうできることじゃないですよ……」
「それはそうですねぇ」

 つまり、クロードが例外なのだ。

 クロードは公爵家の者。しかも、公爵二家の血を引く、最も血の地位の高い身だ。
 本来は従者や武官を連れていて当然の立場なのだが、男爵家に仕官してしまったために自らの部下を持とうと思うと、貴族外からとなる。
 なので自領から誰か連れて来るかと思いきや、彼は部下を持たないことを選んだ。

 ヴァーリンは、かつて血族の内に問題を抱えていた。
 配下となる者が長老の監視であるような状態であったため、部下を連れ歩かずとも良い場合は、極力省いていたのだそう。
 その結果、大抵のことは一人でできるようになったという話だった。
 それに加えて、クロードは自ら身を守ることのできる剣の腕をも有しているので、そこいらの雑魚は足元にも及ばない。
 だから、このセイバーンには五人の使用人を連れて来ていたが、彼らは屋敷で、妻のセレイナと娘のシルビアを護ることに徹している。

 ヘイスベルトの場合はそもそも、財力の問題で使用人を連れて来ていない。
 彼の領地もさして潤っていないそうで、使用人を使うほどの収入も仕事も無く、アギーに文官として仕官していたという。

「ヘイスベルトも借家の方が良い?」
「いえいえ、私は宿舎が有難いです。家賃がもったいないですし、食生活の管理なんてできませんから」

 ここの賄いは特別美味ですしとヘイスベルト。
 貴族と庶民の賄いが同じ品であることにも、抵抗無いそうだ。

「なんにしても、賑やかになりそうですよねぇ」
「賑やか……で、済めば良いな……」
「オゼロからもいらっしゃるの、近々じゃないですか?」
「…………うん。お願いだからお互い、穏便に、穏やかにしていてほしい……」

 切実に。

 公爵家は、お互いの勢力をかけて、常々からしのぎを削っている。
 そのうちの三家がセイバーンに高官を遣すような状況になってしまっているわけで……近いうちに残りの一家からも何かありそうで怖い。

「思ってたのとだいぶん変わってきちゃったなぁ……」

 ついそんな風に愚痴ってしまったのも、致し方ないのだと、思っていただきたい……。

「まぁ、なんにしても……やることをやるしかないよな。
 この調子なら午後から時間が確保できるだろう。例の流民に会いに行くことにするから、皆もそのつもりで」
「はっ」
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