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軍用馬 2
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アギーに四人を向かわせた理由の一つは、野盗の隠れ家を捜索することだったけれど、もうひとつ、とても重大な任務を任せていた。
マルとアーシュは、どちらも北の出身だ。つまり……北の事情に精通している。
なので、北特有の、ある職業に就いていた者たちを探し出すことにも、適しているだろうと送り出した。
「ゆっくりできたかな?」
拠点村に到着後、一日ほどを挟んだことになる。
保護した一団が寝泊りした仮小屋に赴きそう声を掛けると、中で最も体格の良い男が、他の皆を押し留めるように目配せし、俺に向き直った。
人数は幼い子供も合わせて十九人と聞いていた。
そしてこの体格の良い男性が代表者であるよう。
前に流民を保護した時と同様、ここに来たばかりの彼らにまずさせたのは、食事と身繕い。そして休息を取ることだった。
落ち着けと言われたところで難しいとは思うが、それでも、邪魔の入らない環境でゆっくりすること自体が、流民となってからはできていないだろうと思ったからだ。
今回は、年齢や性別ではなく、家族や仲間を一纏めで保護した。この職業は、絆を尊ぶのだとアーシュが教えてくれたから、保護するならば一団全員と元から決めていたのだ。
お互いの連携を密にし、四六時中交代で共に、一つの目的に向かって邁進する。
生き物を扱うのであれば当然のことなのかもしれないが、実際相当神経を消耗する職務であるらしい。助けあわねば、到底目的に到達できない。
だから、流民となった場合も、皆がまとまっていることが多いと、そう言っていた……。
「衣服や食料は足りたかい? 病気や怪我の者がいるならば、医師の診察も受けられる。
遠慮する必要は無いから、正直に言ってくれ」
ユストにも同行してもらったので、彼らがこちらを警戒して名乗り出なかったとしても、彼が気付いてくれると思う。
保護した者らの中には、女性や子供もいたから、本来ならばナジェスタの方を呼んでいたのだけど……今回彼女を連れて来なかったのは、女性の医師は信用してもらえないかもしれないからだった。
閉鎖的な環境で生きてきた彼らは、異質なものを特に警戒し、嫌うらしいので。
「…………何が目的だ」
そしてやっぱり、保護されたことも、俺たちを信用しての選択ではなかったようだ。
「目的、聞かなかったかな?」
「……聞いたが、ならば女子供も保護した理由はなんだ」
「君たちが絆を尊ぶのだと部下に聞いたからだよ。
ここには、北の出身者が幾人もいる。君らの保護に向かわせた二人もそうだったろう?」
「…………」
「ところで、君らにはマルみたいな訛りが無いね。彼はどこか間延びした喋り方をするんだ。
他の知人もそんな風だったし、君らもあんな風に喋るのだと思ってたのだけど」
警戒が解けないようなので、とりあえず本題から離れることにした。
焦ることでも、強制することでもないからな。
彼らと共通の話題でもあればなと思い、マルの口調を出してみたのだけど、返事は返らない……。
見兼ねたらしいユストが、相の手を入れてくれた。
「でもレイ様、アーシュは間延びしませんよ」
「アーシュは立場的に、言葉遣いを矯正されたろうから」
貴族は北の出身者でも、間延びした喋り方はしないものだ。
貴族社会に関わる意識の強い者ほど、口調は間延びしていない。
「まあ北の全部が揃いの口調ではないと思うけどね」
だが、彼らに関しては……貴族との関わりがあったのだろう。
俺を見た時の反応……。女子供を奥に集めて守っている様子……。
ま。昨日今日で信用してもらえるなんて思ってない。
まずは話を聞いてもらい、それに人生を賭ける価値があるかどうか、時間をかけて判断してもらうべきなのだ。
そう思いつつ、懐を探る。ここにひとつ、サヤから貰ってきたものを入れておいた。
「まぁ、いきなりここで軍用馬を作れと言われても、信用ならないと思う。
そもそも優秀な軍用馬は意図して生まれるものではないと聞くしね。
それに俺は、特別な軍用馬が欲しいわけじゃないんだ。軍用馬である必要はあるけれど、抜きん出る必要はない」
俺の口から出た軍用馬という言葉に、一層警戒を強くした男たちだったけれど……。
「じゃーん」
「…………?」
「???」
懐から取り出した、掌に乗るほどの小さな熊の縫いぐるみ。
それに男ら全員が、不可解なものを見る視線を向けた。
「幼い女の子がいると聞いた。
今日は挨拶に来ただけだから、もう戻るんだけど、これをその子に渡しておいてもらえる?
これは今、うちで作っている縫いぐるみというものなのだけど、うちの女の子たちは皆これが好きなんだよ。きっと貴方たちの子にも気に入ってもらえると思う。
こうやると手足も動く。次の時は、兎の縫いぐるみを持ってこよう」
どう反応して良いやらと困った様子の男らに、手渡すことは叶わず……仕方がないので窓辺に座らせておくことにした。
子供は三人いると聞いてきたのだが、一番幼いのが女の子で、他二人は男の子であるとのこと。
上の男の子は、女の子と見紛うほどに可愛らしい子だったそうだが、今は見当たらない。後方の大人たちの背に庇われているのだろう。
「明日も同じくらいの時間に来る。
そのときは、兎の縫いぐるみと、馬場の施設図面を持ってくる。
要望があれば加えるつもりだから、何が必要か一応考えておいてもらえるかな」
そう聞いてみたが、返事は無かった。
まぁ、初日なんてこんなものだろう。
「ではね。また明日」
手を振って仮小屋を出て、入り口の警備に宜しくと伝えておく。
脱走等するとは思わないが、村人らに危害を加えられても困る。行動には注意しておいて、損は無いだろう。
◆
武官のなり手が少ないのは、セイバーンだけのことではない。
騎士は試験を受け、合格すればなれる。それはどこの領地でもそうであり、そこに血筋は問われない。ただ……試験を受ける資格を得るまでの道のりが、貴族以外にはとにかく険しいのだ。
「俺の場合ですか?」
「うん」
子供らへの剣術指南を行なっていたジークを訪ね、聞いてみたことがある。
騎士を目指すにあたって、何が一番の障害だったか。
「それはやっぱり馬……馬の確保ですね。
駄馬であってもそこそこな値段しますし、乗用馬以上となると……。
試験待ちの連中の大半は、馬が原因だったと思いますよ」
騎士試験を受けるためには、それを受ける資格を有している必要がある。その資格の一つに、馬を所持していることが挙げられる。
荷車用の駄馬は駄目で、最低乗用馬以上、軍用馬を所持していれば試験で有利なうえに、軍用馬所持の加点まで付く。
「伝手の無い俺たちには、軍用馬を得られる機会がまずありませんからね。
常用馬で我慢して、騎士になってから軍用馬を誂える道しか無いのですが……常用馬ですら金貨二十枚以上でしょう? そもそも常用馬は試験に不利。
適当な馬を買っても試験に落ちるかもしれないわけで、そうしたら今度は馬の維持をしつつ試験費用を貯め直さなきゃならないわ、もう少し荒事に向いた馬を探し直すにも金が掛かるわで……。
で、合格したとしても、常用馬で散財した後に軍用馬に手が出せるわけもなく……」
苦笑しつつそう答えたジークに、騎士を目指したいと言っていたトゥーレの視線は釘付けだ。
「装備一式揃えるのでも金貨十枚くらい掛かるんだよな」
「ですね。俺の場合、近所に騎士を引退したばかりの人がいて、装備の大半は譲ってもらえたので、そこは安く済んだんですが……」
馬は譲ってもらえなかったのかと思ったら、もう老馬だったのだとジークは言った。
「その人も上の不況を買っての引退で、伝手は失っていましてね。
とりあえず馬を得るための資金調達と、運が良ければ伝手を得られるかもしれないってことで、衛兵をやりつつ……」
試験を受けられる日を待ち、訓練を続け、日々を送っていたのだそう。
「あれが無駄な時間だったとは思いません。あそこでユストやアーシュとも知り合いましたから。
でも、アーシュの馬はさすがに、羨ましかったですね……。北の出身ということで、かなり馬格の良い馬でしたから、尚更」
アーシュは領地を出てくる際に、結構な軍用馬を得て来ていたのだそう。
まぁそうするよな。初めから、セイバーンに仕官しようと思っていたのだから。
「……そうか、ありがとう。
後もう一つ質問したいことがあるのだけど、今現場で、困っていることは?」
「…………やっぱり馬ですね」
「…………」
父上救出に貢献した彼らには、馬格としては並のものであったけれど、若い軍用馬が褒章として与えられた。
にも関わらず、馬に困っている⁉︎
「あっいや! いただいた馬に不満があるわけではないですよ⁉︎
そうではなく、馬の世話にとにかく時間を取られますから」
「あぁ……ここ、厩番もいないしな」
「運動量確保と餌やり、厩の掃除に馬の世話……。その辺り諸々、慣れてないのも手伝って……」
「……ごめん、早めに厩番は確保しないとな」
「そうしていただけると本当に有難いです」
その日はそんな感じで会話を切り上げた。そうしてあれからも、色々考えていたのだ。
武官の確保ができない。それはすなわち、騎士になれる者が少ないということで、騎士へのなり手が少ないわけではない……ということを。
「試験待ちしている人数はそれなりにいるんだよな……」
そして、騎士に足る実力を有している者らもそれなりにいる。
実際、父上奪還に協力してくれた者たちは、騎士でこそなかったものの、剣の腕や読み書き計算、馬術……全てにおいて水準以上の実力を有していた。
問題は、騎士試験に必要な金と、馬を確保するための伝手なのだ。
「騎士になれば、馬を入手しやすいんですか?」
「馬は軍事力に直結するからな。軍用馬の売買は全て貴族の管理下で行われる。
だから軍用馬の一般販売なんてものは無くて、特別な伝手を持たない以上は、常用馬を買うしかないんだよ」
王都から帰還する馬車での雑談。
武官確保をどうするかという話をしていた際のことだ。
「騎士確保は、北以外どの領地でも困難ですよ」
サヤにそう説明してくれたクロードに、サヤは疑問を投げかけた。
「北では騎士になりやすいんですか? 馬が確保しやすいから?」
馬の生産は主に北の産業だ。
それを覚えていたからサヤは、そう聞いたのだろうけれど……クロードは、半分は正解ですが、半分は違いますよと答えた。
「北は貧しい領地が多く、貴族といえども騎士試験を受ける者が多いのです。
騎士になれば一定以上の収入が約束されますからね。
貴族であれば軍用馬を得ることもできますし、求められる教養も備えていて当然。さほど難しいものでもありません。
ですから北は、騎士階級に貴族出身者が極端に多いのです」
元から成績を嵩増しされているようなものだからな。
「北から他領に仕官する者も多いのです。その場合も、軍用馬を餞別として、手頃にあつらえることができると聞きます。
北の騎士枠にだって限界がありますからね。競争相手が減るのは大歓迎なのですよ。
望んで他領に行く者ばかりではありませんから」
きっとアーシュもそれを利用した口だろう。
彼ほど優秀ならば、自領に残ることも可能であったろうけれど、敢えて出てきた……。
「従者のお給料で月金貨二枚……。騎士を目指すならば……」
「金貨三十枚で装備一式と常用馬は確保できる。質を問わないならばね」
「……それでも三年以上かかりますよね。
生活していくことを考えると、全て貯蓄に回すことは難しいですし……」
「従者はまだ給料も良い方だし、貴族に仕えているならば軍用馬の確保も容易だ。
十五で見習いになったとして、二十には確実に騎士になれるかな」
だから、貴族に仕える者が身内がいると、有利なのだ。
そしてその分……甘えも出るし、必ずしも騎士に必要な能力を有しておらずとも、騎士になれたりするのが困る。
「身内に安定した職を……と、騎士にしようとする場合もあるんだ」
「軍用馬を有しているだけで相当有利ですからね」
「志が無くとも騎士になれてしまう。それで騎士の質が低下する。志があっても資金不足で騎士になれない者が出る。枠が埋まるから」
だが長年、俺たちはこの形で領地の運営を行なってきている。
上位貴族にこの状況はあまり影響しないのだ。
上位貴族の騎士は、基本的に貴族出身者が多く、実力を有している者が採用されるのだから。
そして下位貴族は資金繰りに困窮している場合が多く、余計な金を使ってまで状況整備を進める余力は無い。
「それで……あの拠点村の運営方法を、騎士志願者らにも応用できないかって、ふと思ったんだ」
俺がそう言うと、村ですか? と、首を傾げるサヤ。
クロードも、村の運営がどのように騎士試験に関わるのだろうかと不思議そうな顔をする。
そんな二人に、俺が告げたのは……。
「騎士になるために必要な条件から、馬を取り除こうと思う」
マルとアーシュは、どちらも北の出身だ。つまり……北の事情に精通している。
なので、北特有の、ある職業に就いていた者たちを探し出すことにも、適しているだろうと送り出した。
「ゆっくりできたかな?」
拠点村に到着後、一日ほどを挟んだことになる。
保護した一団が寝泊りした仮小屋に赴きそう声を掛けると、中で最も体格の良い男が、他の皆を押し留めるように目配せし、俺に向き直った。
人数は幼い子供も合わせて十九人と聞いていた。
そしてこの体格の良い男性が代表者であるよう。
前に流民を保護した時と同様、ここに来たばかりの彼らにまずさせたのは、食事と身繕い。そして休息を取ることだった。
落ち着けと言われたところで難しいとは思うが、それでも、邪魔の入らない環境でゆっくりすること自体が、流民となってからはできていないだろうと思ったからだ。
今回は、年齢や性別ではなく、家族や仲間を一纏めで保護した。この職業は、絆を尊ぶのだとアーシュが教えてくれたから、保護するならば一団全員と元から決めていたのだ。
お互いの連携を密にし、四六時中交代で共に、一つの目的に向かって邁進する。
生き物を扱うのであれば当然のことなのかもしれないが、実際相当神経を消耗する職務であるらしい。助けあわねば、到底目的に到達できない。
だから、流民となった場合も、皆がまとまっていることが多いと、そう言っていた……。
「衣服や食料は足りたかい? 病気や怪我の者がいるならば、医師の診察も受けられる。
遠慮する必要は無いから、正直に言ってくれ」
ユストにも同行してもらったので、彼らがこちらを警戒して名乗り出なかったとしても、彼が気付いてくれると思う。
保護した者らの中には、女性や子供もいたから、本来ならばナジェスタの方を呼んでいたのだけど……今回彼女を連れて来なかったのは、女性の医師は信用してもらえないかもしれないからだった。
閉鎖的な環境で生きてきた彼らは、異質なものを特に警戒し、嫌うらしいので。
「…………何が目的だ」
そしてやっぱり、保護されたことも、俺たちを信用しての選択ではなかったようだ。
「目的、聞かなかったかな?」
「……聞いたが、ならば女子供も保護した理由はなんだ」
「君たちが絆を尊ぶのだと部下に聞いたからだよ。
ここには、北の出身者が幾人もいる。君らの保護に向かわせた二人もそうだったろう?」
「…………」
「ところで、君らにはマルみたいな訛りが無いね。彼はどこか間延びした喋り方をするんだ。
他の知人もそんな風だったし、君らもあんな風に喋るのだと思ってたのだけど」
警戒が解けないようなので、とりあえず本題から離れることにした。
焦ることでも、強制することでもないからな。
彼らと共通の話題でもあればなと思い、マルの口調を出してみたのだけど、返事は返らない……。
見兼ねたらしいユストが、相の手を入れてくれた。
「でもレイ様、アーシュは間延びしませんよ」
「アーシュは立場的に、言葉遣いを矯正されたろうから」
貴族は北の出身者でも、間延びした喋り方はしないものだ。
貴族社会に関わる意識の強い者ほど、口調は間延びしていない。
「まあ北の全部が揃いの口調ではないと思うけどね」
だが、彼らに関しては……貴族との関わりがあったのだろう。
俺を見た時の反応……。女子供を奥に集めて守っている様子……。
ま。昨日今日で信用してもらえるなんて思ってない。
まずは話を聞いてもらい、それに人生を賭ける価値があるかどうか、時間をかけて判断してもらうべきなのだ。
そう思いつつ、懐を探る。ここにひとつ、サヤから貰ってきたものを入れておいた。
「まぁ、いきなりここで軍用馬を作れと言われても、信用ならないと思う。
そもそも優秀な軍用馬は意図して生まれるものではないと聞くしね。
それに俺は、特別な軍用馬が欲しいわけじゃないんだ。軍用馬である必要はあるけれど、抜きん出る必要はない」
俺の口から出た軍用馬という言葉に、一層警戒を強くした男たちだったけれど……。
「じゃーん」
「…………?」
「???」
懐から取り出した、掌に乗るほどの小さな熊の縫いぐるみ。
それに男ら全員が、不可解なものを見る視線を向けた。
「幼い女の子がいると聞いた。
今日は挨拶に来ただけだから、もう戻るんだけど、これをその子に渡しておいてもらえる?
これは今、うちで作っている縫いぐるみというものなのだけど、うちの女の子たちは皆これが好きなんだよ。きっと貴方たちの子にも気に入ってもらえると思う。
こうやると手足も動く。次の時は、兎の縫いぐるみを持ってこよう」
どう反応して良いやらと困った様子の男らに、手渡すことは叶わず……仕方がないので窓辺に座らせておくことにした。
子供は三人いると聞いてきたのだが、一番幼いのが女の子で、他二人は男の子であるとのこと。
上の男の子は、女の子と見紛うほどに可愛らしい子だったそうだが、今は見当たらない。後方の大人たちの背に庇われているのだろう。
「明日も同じくらいの時間に来る。
そのときは、兎の縫いぐるみと、馬場の施設図面を持ってくる。
要望があれば加えるつもりだから、何が必要か一応考えておいてもらえるかな」
そう聞いてみたが、返事は無かった。
まぁ、初日なんてこんなものだろう。
「ではね。また明日」
手を振って仮小屋を出て、入り口の警備に宜しくと伝えておく。
脱走等するとは思わないが、村人らに危害を加えられても困る。行動には注意しておいて、損は無いだろう。
◆
武官のなり手が少ないのは、セイバーンだけのことではない。
騎士は試験を受け、合格すればなれる。それはどこの領地でもそうであり、そこに血筋は問われない。ただ……試験を受ける資格を得るまでの道のりが、貴族以外にはとにかく険しいのだ。
「俺の場合ですか?」
「うん」
子供らへの剣術指南を行なっていたジークを訪ね、聞いてみたことがある。
騎士を目指すにあたって、何が一番の障害だったか。
「それはやっぱり馬……馬の確保ですね。
駄馬であってもそこそこな値段しますし、乗用馬以上となると……。
試験待ちの連中の大半は、馬が原因だったと思いますよ」
騎士試験を受けるためには、それを受ける資格を有している必要がある。その資格の一つに、馬を所持していることが挙げられる。
荷車用の駄馬は駄目で、最低乗用馬以上、軍用馬を所持していれば試験で有利なうえに、軍用馬所持の加点まで付く。
「伝手の無い俺たちには、軍用馬を得られる機会がまずありませんからね。
常用馬で我慢して、騎士になってから軍用馬を誂える道しか無いのですが……常用馬ですら金貨二十枚以上でしょう? そもそも常用馬は試験に不利。
適当な馬を買っても試験に落ちるかもしれないわけで、そうしたら今度は馬の維持をしつつ試験費用を貯め直さなきゃならないわ、もう少し荒事に向いた馬を探し直すにも金が掛かるわで……。
で、合格したとしても、常用馬で散財した後に軍用馬に手が出せるわけもなく……」
苦笑しつつそう答えたジークに、騎士を目指したいと言っていたトゥーレの視線は釘付けだ。
「装備一式揃えるのでも金貨十枚くらい掛かるんだよな」
「ですね。俺の場合、近所に騎士を引退したばかりの人がいて、装備の大半は譲ってもらえたので、そこは安く済んだんですが……」
馬は譲ってもらえなかったのかと思ったら、もう老馬だったのだとジークは言った。
「その人も上の不況を買っての引退で、伝手は失っていましてね。
とりあえず馬を得るための資金調達と、運が良ければ伝手を得られるかもしれないってことで、衛兵をやりつつ……」
試験を受けられる日を待ち、訓練を続け、日々を送っていたのだそう。
「あれが無駄な時間だったとは思いません。あそこでユストやアーシュとも知り合いましたから。
でも、アーシュの馬はさすがに、羨ましかったですね……。北の出身ということで、かなり馬格の良い馬でしたから、尚更」
アーシュは領地を出てくる際に、結構な軍用馬を得て来ていたのだそう。
まぁそうするよな。初めから、セイバーンに仕官しようと思っていたのだから。
「……そうか、ありがとう。
後もう一つ質問したいことがあるのだけど、今現場で、困っていることは?」
「…………やっぱり馬ですね」
「…………」
父上救出に貢献した彼らには、馬格としては並のものであったけれど、若い軍用馬が褒章として与えられた。
にも関わらず、馬に困っている⁉︎
「あっいや! いただいた馬に不満があるわけではないですよ⁉︎
そうではなく、馬の世話にとにかく時間を取られますから」
「あぁ……ここ、厩番もいないしな」
「運動量確保と餌やり、厩の掃除に馬の世話……。その辺り諸々、慣れてないのも手伝って……」
「……ごめん、早めに厩番は確保しないとな」
「そうしていただけると本当に有難いです」
その日はそんな感じで会話を切り上げた。そうしてあれからも、色々考えていたのだ。
武官の確保ができない。それはすなわち、騎士になれる者が少ないということで、騎士へのなり手が少ないわけではない……ということを。
「試験待ちしている人数はそれなりにいるんだよな……」
そして、騎士に足る実力を有している者らもそれなりにいる。
実際、父上奪還に協力してくれた者たちは、騎士でこそなかったものの、剣の腕や読み書き計算、馬術……全てにおいて水準以上の実力を有していた。
問題は、騎士試験に必要な金と、馬を確保するための伝手なのだ。
「騎士になれば、馬を入手しやすいんですか?」
「馬は軍事力に直結するからな。軍用馬の売買は全て貴族の管理下で行われる。
だから軍用馬の一般販売なんてものは無くて、特別な伝手を持たない以上は、常用馬を買うしかないんだよ」
王都から帰還する馬車での雑談。
武官確保をどうするかという話をしていた際のことだ。
「騎士確保は、北以外どの領地でも困難ですよ」
サヤにそう説明してくれたクロードに、サヤは疑問を投げかけた。
「北では騎士になりやすいんですか? 馬が確保しやすいから?」
馬の生産は主に北の産業だ。
それを覚えていたからサヤは、そう聞いたのだろうけれど……クロードは、半分は正解ですが、半分は違いますよと答えた。
「北は貧しい領地が多く、貴族といえども騎士試験を受ける者が多いのです。
騎士になれば一定以上の収入が約束されますからね。
貴族であれば軍用馬を得ることもできますし、求められる教養も備えていて当然。さほど難しいものでもありません。
ですから北は、騎士階級に貴族出身者が極端に多いのです」
元から成績を嵩増しされているようなものだからな。
「北から他領に仕官する者も多いのです。その場合も、軍用馬を餞別として、手頃にあつらえることができると聞きます。
北の騎士枠にだって限界がありますからね。競争相手が減るのは大歓迎なのですよ。
望んで他領に行く者ばかりではありませんから」
きっとアーシュもそれを利用した口だろう。
彼ほど優秀ならば、自領に残ることも可能であったろうけれど、敢えて出てきた……。
「従者のお給料で月金貨二枚……。騎士を目指すならば……」
「金貨三十枚で装備一式と常用馬は確保できる。質を問わないならばね」
「……それでも三年以上かかりますよね。
生活していくことを考えると、全て貯蓄に回すことは難しいですし……」
「従者はまだ給料も良い方だし、貴族に仕えているならば軍用馬の確保も容易だ。
十五で見習いになったとして、二十には確実に騎士になれるかな」
だから、貴族に仕える者が身内がいると、有利なのだ。
そしてその分……甘えも出るし、必ずしも騎士に必要な能力を有しておらずとも、騎士になれたりするのが困る。
「身内に安定した職を……と、騎士にしようとする場合もあるんだ」
「軍用馬を有しているだけで相当有利ですからね」
「志が無くとも騎士になれてしまう。それで騎士の質が低下する。志があっても資金不足で騎士になれない者が出る。枠が埋まるから」
だが長年、俺たちはこの形で領地の運営を行なってきている。
上位貴族にこの状況はあまり影響しないのだ。
上位貴族の騎士は、基本的に貴族出身者が多く、実力を有している者が採用されるのだから。
そして下位貴族は資金繰りに困窮している場合が多く、余計な金を使ってまで状況整備を進める余力は無い。
「それで……あの拠点村の運営方法を、騎士志願者らにも応用できないかって、ふと思ったんだ」
俺がそう言うと、村ですか? と、首を傾げるサヤ。
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