異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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産みの苦しみ 3

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忙しくしている間に、どんどん時は過ぎ、もう十二の月が終わりを迎えた。
 そうして、どこにも属さない特別な十日間。祝詞日の、初日。
 今年は、西の街道の開通を、同時に祝うものとなった。
 そしてそんな日にも仕事に追われる俺たち。

「干し野菜があるから、本当助かってるよなぁ……。
 この時期にこんなこと、本当はできやしないんだけど」

 今年も行う祝詞の祝い。
 芽花野菜の木や、豚の丸焼きも用意されるのだが、村人も増えたので、準備は彼らに任せておける。
 干し野菜のおかげで、越冬の食料確保が随分と助けられており、こうして越冬前に、家畜を振る舞うこともできるのだ。

 干し野菜は、確かに痛むものもあるにはあるのだけど、八割以上がきちんと保てる。
 既に拠点村やセイバーン村では、この干し野菜を一部流通させており、試験的にだけど、越冬保存食に取り入れてもらっていた。

「メバックに持ち込むにはまだ規模的に無理なんだよなぁ……。もう少ししっかり保てるようになれば……。
 だけどほんと、何が駄目なんだ……あと少しが進まない。
 ……あと少しが進まないのは、干し野菜も耐火煉瓦も、畑だって同じなんだけどさぁ……」

 今年の越冬、例年に無い状況だ。
 まず、バート商会が越冬を拠点村で過ごす。ルーシーに、腕利きの針子や熟練使用人も引き連れてだ。
 屋敷のひとつを仮のバート商会店舗として貸し付けるかたちになっている。
 メバックの支店はワドが引き受けてくれていて、申し訳ない限りなのだが、ワドはギルが楽しそうにしていることをむしろ、感謝してくれた。

「そろそろ諦めはついたか?」

 そしてヨルグもいる。
 宝飾品関係は彼が一手に引き受けてくれており、衣装よりこちらの方が進み具合が速いとのこと。
 なんの宝飾品関係っかってそりゃ……社交界のである。

「余計なことくっちゃべってねぇでいいから、早く着ろ」

 現実逃避も許されないのかよ……。

「……これ本気で俺が着るの…………」
「着るんだろうが?」
「だってこれ女用なんだろ⁉︎」
「こんなにでかくなってまで、女装しなきゃならんことには同情してやる」
「他の役所でも良いじゃないかあああぁぁぁ」

 こんなことになるなら言わなきゃよかった。女装は絶対にしたくないって言ったのに!
 結局用意されていたのは姫の衣装だと、今日知らされた。
 決意が固まらず小部屋に立て篭もっている俺に、壁越しの呆れた声が楔を打ち込んでくる。

「往生際が悪いわねぇ……。貴方がなんでもするって言ったんでしょ」
「なんでもの範疇が酷すぎると思う!」
アギー公爵おとう様まで引っ張り出すんだもの。それくらいの話題性がないとって思ったのよ」

 そう言うわりに声が震えてるのは笑ってるんだろう⁉︎ 分かってるんだからな⁉︎
 壁越しで見えないのに、ニマニマしてる顔が眼前にあるみたいに想像できてるんだぞ!

 そんなことを心の中だけで吐き散らしていたのだけれど、観念しなさいよと言葉が続く。

「自分を生贄にする覚悟をしたのは、貴方だけじゃないのよ。早く諦めなさい。
 そもそも、これは貴方が私に依頼してきたことなのよ。私だって作品の元ネタを晒すなんて、したくなかったんだから」

 ううううぅぅ、その元ネタにまさか俺が含まれるなんて思わないじゃないかあああぁぁぁ。

「ほら姫、いつまでも我儘言ってんじゃねぇよ。覚悟決めて着替えろ」
「姫って言うな! 笑ってんの分かってんだからな⁉︎」

 そんな押し問答を続けている最中、コンコンと扉が叩かれた。
 そうして聞こえた、愛しい人の声。

「お仕度進みましたか?」
「おぉ! 似合ってるじゃねぇか!」
「そ、そうでしょうか……コスプレは作る側だったからやっぱり、お、落ち着きませんけど……」

 サヤ。
 どうやら自分の支度は終えて、こちらに来たらしい。
 サヤは作中に出てくる巫女の役を演じるという。姫に次いで男性に人気の人物。その衣装を纏っているはずだ。
 この巫女、神殿に引き篭もっているのだが、実際は変装して街に繰り出すおてんば娘で、その時は男装しているという設定……。もう明らか陛下じゃん。

「いやいやいやぁ、やっぱお前化粧映えするなぁ……。美しい。実に良い。こりゃ蜂が寄り付くの必須、要注意だな。オブシズに気合入れてもらわねぇとな」
「……男装の方では駄目だったのでしょうか……」
「駄目に決まってるでしょ。貴女の男装なんて今更なんだから」

 サヤの巫女姿……見たい。見たいが……出たら男としての矜持を崩壊させられる……。

「ほらサヤ、こっち来い。もう俺が触れても平気なんだろう?」
「え……あっ、あの……!」
「阿呆が巣篭もりしてる間に抱擁くらいさせろって」
「させるわけないだろうが⁉︎」

 ギルのとんでもない発言に慌てて小部屋の扉を開いたら、ガシっと扉を掴む手が生えた。
 ヒッとその手に硬直してしまった隙に、今度は別の方向から伸びた手が、俺の腕を容赦なく掴む。

「往生際が悪いですよ……まだ何も仕度できてないではないですか!」
「ハイン⁉︎」

 謀られた⁉︎
 扉を抑えてたオブシズが、行ってこいと俺を見捨てた。
 サヤと並んでニヤニヤ笑ってるギルの顔をひと睨みする隙も与えてもらえず、そのまま小部屋に押し入られて、肌着までひっぺがされ、逃げようとする俺の背中に衝撃。

「お前は鬼か⁉︎」
「なんとでもお好きなように言ってください」
「俺の上に座るな!」
「こうでもしなければ逃げるでしょう⁉︎」
「…………どういう状況になってんだろうな……」

 おかしそうに笑うギルの声に覚えてろよ⁉︎ と絶叫するまでは気力があったのだが……。
 結局俺はそのままハインに良いようにされ、現在は長椅子に座って燃え尽き、顔をルーシーに思うがまま塗りたくられている……。

「……ほんと……不憫なくらい似合ってるわね…………」

 女性用という衣装を、無理やり着せられてる俺に放たれた、容赦なさすぎるクララの一言……。

「…………毒だ。毒すぎる……。こんなにでかく育ってなんで女に見えるんだ……」

 一緒に笑っていたギルは、今更になって俺を直視できずに視線を逸らしっぱなしだ。
 なんか余計に傷付けられたぞ、その態度!

「お前の目が節穴になったってことだよ!」
「こっち見るな! 変な気分になっちまう!」
「やらせておいてなんだその態度は⁉︎」

 因みに、先程扉をこじ開けやがったオブシズも似たような状況だ。
 気が変になりそうだと俺を見ようとしない。そんなに気持ち悪いならこんな格好俺にさせるなよ!
 さっきアーシュがチラッと部屋を覗いたのだが、驚愕したようによろめいて、幻覚が見えると言ってさっさと退散していった。もう死にたい……。

「大変よくお似合いのようで、良かったですね」
「何がだ⁉︎」

 ハインだけは相変わらず無頓着である。
 主が女装してようがなんだろうが気にならないらしい。こいつの心臓は鋼製なのだろうか……。

「まぁ似合うだろうと思ってましたけど、ここまでっていうのは予想外でしたね。
 お化粧もバッチリです! なんで性別が男性なんでしょうって不思議なくらいですよ!」
「レイ様流石だわぁ。身長あるし肩幅だってしっかりしてるのに……着痩せするのねぇ」
「ぜんぜん嬉しくない!」

 嬉々として俺の顔面を塗りたくっていたルーシーだけ、完成した俺に満足そう。
 この娘は本当に、大物になると思う……。
 その横でヨルグはとても不憫そうに俺を見ている……。もうやけっぱちだ。

「……で、ここまでやって。感想としてはどうなの……」
「そうね……、良いと思う。これ以上の話題性はないわよ。絶対にアギーの歴史に刻まれるわ」
「あああぁぁぁぁぁ……」

 最悪の歴史が刻まれる……セイバーン領主の女装……汚点すぎる……。
 だけど、アギーの社交界をも乗っ取る勢いで行われるこの作戦だ……これくらい身を削らないといけなかったのだろう……。そう思うしかない。

 先日、アギーから社交界への招待状が届いた。
 例年より遅い招待状……きっとアギーにもご迷惑をおかけしたろうと思う。我々の意を汲み、その準備のため書面を全て書き直したのだろうから……。

 アギー傘下の家々に、招待がを贈られること自体は、毎年のこと。
 だが、今年はそれに、ある特別な言葉が添えられている。

 今年度の社交界、夜会の題材を仮装とする。
 お好みの仮装衣装持参を歓迎する。尚、希望者のみ。

 希望者のみなんだから、やる気がなければしなくて良いということだ。
 ただし、しなかったら心証が悪くなるのは必至だよね…………。

「お父様もやるってルンルンなんだって。楽しみね」
「…………ルンルン……」
「お父様ってこういう意表をつかれること、大好きだから。流石レイシール殿って喜んでたみたいよ」
「…………」

 アギーの血はどうなってるんだよ……。
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