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産みの苦しみ 10
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「え……いない?」
夕刻。湯屋を開く時間帯となって発覚した大問題。
「何、何人⁉︎」
子供らが、数名行方知れずであるとの知らせを、執務室で受けた。
「九歳、四歳、三歳、各一名ずつです」
小さな二人は、外の遊び場は許されていない年齢だ。では中と外でそれぞれ行方不明者が出たということなのかと慌てたが、夕方近くまで、小さな二人は幼年院の前庭で遊んでいたという目撃談があった。
情報を集めた結果、不浄場で用を足していた時、上の子らの話をたまたま聞き取り、そちらに興味を持ってしまった幼子らが、そのまま大きな子らを追ってしまったのではないかという。
「帰りの準備の最中で、先に家に帰った子らもいたため、てっきりその子らも戻ったものだと……。
油断いたしました。申し訳ございません!」
「今それはいい。それよりも、子らを見つけるのが先だ!」
前庭の警備についていた新人騎士が、平謝りするのをそう叱咤して、懐の笛を取り出した。
雪原で迷子になってしまったのだとしたら、一刻を争う。幼子は直ぐに凍えてしまうだろう。
だから、吠狼にも応援要請を出そうとしたのだけれど、それは横手から伸びた手に塞がれてしまった。
「アイル⁉︎」
いつの間にやらアイルがいて、その手が俺の笛を握り込んでいる。
「もう出している」
俺が指示を飛ばすまでもなく、吠狼らも捜索に出てくれているようだ。
「多分、直ぐ見つかる。囲いの外に出た匂いは然程多くないだろうから」
冷静な声でそう言われ、その言葉通り、直ぐに発見の知らせを受けることとなった。
子供らは、村の北の雑木林に迷い込んでいたのだ。
そのまま西の村門に誘導する。
そう笛の報告を受けて、俺たちは急いで村門に走った。
西側の村門に来てみると、詰め所の中には、丸まった狼の身体と尾に包まれるようにして眠る幼子二人と、温かい飲み物をもらって人心地ついた子。それから、騎士らの中に一人だけ混じる、忍装束の男に迎えられることとなった。
親には知らせをやったということで、迎えに来るのをここで待っているそう。
本日警備に就いていたジークが報告してくれた内容によると……。
「どうやら、兎を追っていった小さき子に、翻弄されたようです」
つまり、今狼の腹に縋って眠っている、幼子ら。この子らが外に向かう途中で兎を見つけ、それを追いかけていってしまい、それにたまたま気付いた九歳の子がいたという状況だったよう。
「えと……ちゃんと見たわけじゃなかったから、見間違いかなって思って……確認してからと思って……。
それで、友達にだけ言伝てて追いかけてみたら、小さな子の手形があって……見失ったらいけないと思って……」
しどろもどろな子供の話を要約すると、彼は雪原に散らばる、小さな手足の痕跡を発見してしまったようだ。
九歳の子は、大人に知らせるべきかと一瞬考え、この跡を見失わぬように追いかけるという方を選んだのだという。
直ぐに追いつけるつもりでいたのだそう。
けれど、子供らは思いの外遠くまで行ってしまっていた。兎に夢中で、距離など念頭に無かったのだ。
「それで、その子の友人が我々に知らせてくれたのです。
友が雪原に向かい、戻って来ないと……」
そうこうしてる間に情報が錯綜してしまい、子供三名が行方不明という報告が、我々の元に入ったということだ。
そして、なんで狼の腹で眠っているのかというと、彼らを発見してくれたのが、その狼……ウォルテールだったから。
雪に染まってしまったような毛色で、それは直ぐに分かった。
レイルのお守りで子供慣れしてしまったのか、子供を抱え込む姿が妙に板についている。幼子らも、すっかりウォルテールに気を許してしまった様子だ。
「ありがとうウォルテール」
眠っている幼子らを起こさぬよう、小声でそう言うと、スンスンと鼻を鳴らす。手を差し出すと、鼻先を擦り付けてきた。
なんてことなかったよ。と、言っているのかな。流石に狼の表情は読めない……。
俺に慣れた様子の狼は、腹で丸まって眠る幼子を起こさぬよう、気を付けてくれている。それは傍目にも明らかであったみたいで、騎士らの緊張も緩んだ。
ジークらのように、ここで長く過ごしている者には狼を見かけたことがある者もいたけれど、大半は知らなかったろうしな。
そんな狼の様子に注目しているのは、大人だけではなかった。
興味津々見入っている九歳という子に、にこりと笑い掛けてみると、こちらもにこりと返してくれる。
「狼、怖くなかった?」
「はじめはちょっと。でも……服を着てたから、あれ? って、思って……そうしたら直ぐ、そっちの大人の人が来てくれたから」
かなり大きな狼だ。幼子は怖がってギャンギャン泣いてしまったそうなのだが、狼は遠吠えだけしてそこでじっと、座ったままだった。
子供らを背に庇った九歳の子は、どうして良いやら迷っていたのだけれど、直ぐに駆けつけた吠狼に発見され、狼が仲間だと知らされたという。
結局帰り道、幼子二人は狼の背に乗せてもらい、大いにはしゃいでいたそうだ。
「君がいてくれなかったら、子供たちはこの狼からも逃げ回って散り散りになっていたかも知れない。
そうしたら、もっと大変だった。ありがとうな」
そう言うと、恥ずかしそうに微笑む。
そうこうしてる間に、子供らの親が大慌てで駆けつけてきて、大きな狼に驚いたものの、彼が見つけてくれたんだよと伝えると、どう反応して良いやら困っていた。
「説明が前後してしまったのだけど……今年から狼を冬の警備に加えることになったんだ。
彼らは狼だけど、私の私兵であることに変わりはない。ちゃんと慣らされているから、心配しなくて良いからね。
野生の狼との未分け方としては、皆がこんなふうに大きいことと、服を着ていることかな」
狼の皆が背嚢ともなっている中衣を身に付けているから、それで見分けてくれと伝えた。
「彼らがここにいてくれるから、野生の狼もやって来ない。狼は縄張り意識が強いからね。
それにこうして、雪の中で迷った子らを見つけてくれた。私の心強い友なんだ」
彼らが姿を見せることは滅多に無いと思うけれど、見かけても怖がらないであげてとお願いして、子らは親と共に家路についた。
結局、明日の朝に報告しようと思っていた、吠狼に狼らが加わる話を、本日中に村の警備に通すこととなり、ちょっとワタワタしたけれど。
大事にならなくて、本当に良かった。
◆
「何事もなく済んで、良かったです」
「本当だよ。でも油断してたな……。今までが村の中だけで越冬していたから、迷子って言ってもたかが知れてたから……」
夜、サヤの髪を梳きながらの雑談。
話題は当然、迷子の子らと、狼らのことになった。
「ウォルテールさん、本当に立派になってましたね」
「サヤは直ぐに分かったの?」
「それはもう。だって、あの毛色と瞳ですし……初めて視線が合った時、尻尾を揺らしてくれました。それで直ぐ」
「そっか……。もっと、ウォルテールと話さなくて、良かったの?」
そう聞くと、少しの沈黙。
サヤは本日、ウォルテールと特別に言葉を交わすことをしていない。ずっと狼の一人として接するだけだった。
「……良いのだと思います。
彼を特別扱いしてしまったら、きっとまた、不和が起きてしまうと思うので……」
「もう大丈夫だと思うけど……」
「ウォルテールさんに、それが必要だと思う時はそうしますけれど、今は大丈夫そうでした。
そしてそれは、ウォルテールさん以外にも同じでなければならないと、思います」
彼は群れに加わった新参者だから。
彼だけを特別にしてはいけないのだと、サヤは思ったのだろう。
そしてそれ以上の追求を避けるように、話題を変えた。
「村の外に子が向かうこと、もう少し考えなければいけませんね。
かといって、あまり硬く縛りつけるのも可愛そうですし……」
村門を警備していた若手騎士も、子供らが外に向かうことを警戒していなかった。
幼い子らは外の遊び場は駄目だと通達していたのだけど、大きな子らの後ろについていっていたから、一団の中に含まれていると勘違いしていたという。
「あと、狼も……。
ウォルテールは毛が白いから、中衣が目立ったけど、茶や灰色の毛の狼だと、中衣も目立たない……野生の狼と間違えそうだよな……」
狼が四つん這いでこちらに向かってきている場合、胴体はほぼ見えないのだよな……。
横手からならともかく、前から見たのでは大混乱に陥りかねない。
ウォルテールもそれが分かっていたから、子供らから離れた場所でお座りしてみせたのだろう。
相手が狩人だったりしたら、射掛けられそうだし……。狼らにとっても、危険だよな。
鏡越しのサヤは、その話にうーんと、悩ましげに眉を寄せた。
「一回全員をお披露目した方が良いかもしれないです……でも私たちに狼の顔の区別って、あまりつきませんよね……。そう考えると然程の意味は無いかも。
でも、野生の狼と間違えてしまうと命の危機ですし……。
あっ、もし良かったら、首輪がわりに、派手な色のスカーフ……首巻きでも巻きますか?
彼らに首輪をさせるのは嫌ですけど……直ぐに取り外せる飾りなら」
人と組んで行動するにしても、今回みたいに単独で走ることは多いだろう。
狩人に狙われないとも限らないから、目立つ飾りを身に付けるというのは、良いなと思った。
「じゃあ、それの意匠をサヤにお願いして良いかな?
狼だけじゃなく、組んで警備につく吠狼にも身に付けてもらえば良いと思うんだ。身分証明の代わりになるようなのが良いな。
まぁでも……忍んで行動する彼らの邪魔にならないものが良い。
……自分で言ってて相当矛盾してるな……」
「大丈夫、なんとかなりますよ。
畏まりました。ヨルグさんにも相談して、考えてみます」
「本当?」
「はい。任せてください」
派手で目立って忍ぶのに邪魔にならないって相当だぞと思ったのだけど、なんとかするらしい……。
じゃあとりあえず、それは任せるとして……。
「そろそろ、仕事の話は終わりにしようか」
そう言いつつ、サラサラになったサヤの髪に指を入れて……それを下に引き下ろすと、なんの引っ掛かりもなくスルスルと通る。
最後に摘んで持ち上げて、離す。流れ落ちた黒は、ふわんと揺れて、また真っ直ぐ。サヤの背に戻った。
あぁ、美しいな。
「……綺麗になった」
行灯の小さな灯りにも煌く、絹のような髪……。
もう一度ひと房掬い上げて口づけすると、くすぐったそうに首を縮める。髪の先まで神経が通っているみたいな反応。
これも、あと半年ほどで…………。
たまらなくなって、サヤを抱きしめた。
鏡越しに、俺の表情を見ていたのだろうサヤは、そんな俺を静かに受け入れ、肩に回した腕を、そっとさすってくれて……。
「……本当に、切ってしまうの?」
夕刻。湯屋を開く時間帯となって発覚した大問題。
「何、何人⁉︎」
子供らが、数名行方知れずであるとの知らせを、執務室で受けた。
「九歳、四歳、三歳、各一名ずつです」
小さな二人は、外の遊び場は許されていない年齢だ。では中と外でそれぞれ行方不明者が出たということなのかと慌てたが、夕方近くまで、小さな二人は幼年院の前庭で遊んでいたという目撃談があった。
情報を集めた結果、不浄場で用を足していた時、上の子らの話をたまたま聞き取り、そちらに興味を持ってしまった幼子らが、そのまま大きな子らを追ってしまったのではないかという。
「帰りの準備の最中で、先に家に帰った子らもいたため、てっきりその子らも戻ったものだと……。
油断いたしました。申し訳ございません!」
「今それはいい。それよりも、子らを見つけるのが先だ!」
前庭の警備についていた新人騎士が、平謝りするのをそう叱咤して、懐の笛を取り出した。
雪原で迷子になってしまったのだとしたら、一刻を争う。幼子は直ぐに凍えてしまうだろう。
だから、吠狼にも応援要請を出そうとしたのだけれど、それは横手から伸びた手に塞がれてしまった。
「アイル⁉︎」
いつの間にやらアイルがいて、その手が俺の笛を握り込んでいる。
「もう出している」
俺が指示を飛ばすまでもなく、吠狼らも捜索に出てくれているようだ。
「多分、直ぐ見つかる。囲いの外に出た匂いは然程多くないだろうから」
冷静な声でそう言われ、その言葉通り、直ぐに発見の知らせを受けることとなった。
子供らは、村の北の雑木林に迷い込んでいたのだ。
そのまま西の村門に誘導する。
そう笛の報告を受けて、俺たちは急いで村門に走った。
西側の村門に来てみると、詰め所の中には、丸まった狼の身体と尾に包まれるようにして眠る幼子二人と、温かい飲み物をもらって人心地ついた子。それから、騎士らの中に一人だけ混じる、忍装束の男に迎えられることとなった。
親には知らせをやったということで、迎えに来るのをここで待っているそう。
本日警備に就いていたジークが報告してくれた内容によると……。
「どうやら、兎を追っていった小さき子に、翻弄されたようです」
つまり、今狼の腹に縋って眠っている、幼子ら。この子らが外に向かう途中で兎を見つけ、それを追いかけていってしまい、それにたまたま気付いた九歳の子がいたという状況だったよう。
「えと……ちゃんと見たわけじゃなかったから、見間違いかなって思って……確認してからと思って……。
それで、友達にだけ言伝てて追いかけてみたら、小さな子の手形があって……見失ったらいけないと思って……」
しどろもどろな子供の話を要約すると、彼は雪原に散らばる、小さな手足の痕跡を発見してしまったようだ。
九歳の子は、大人に知らせるべきかと一瞬考え、この跡を見失わぬように追いかけるという方を選んだのだという。
直ぐに追いつけるつもりでいたのだそう。
けれど、子供らは思いの外遠くまで行ってしまっていた。兎に夢中で、距離など念頭に無かったのだ。
「それで、その子の友人が我々に知らせてくれたのです。
友が雪原に向かい、戻って来ないと……」
そうこうしてる間に情報が錯綜してしまい、子供三名が行方不明という報告が、我々の元に入ったということだ。
そして、なんで狼の腹で眠っているのかというと、彼らを発見してくれたのが、その狼……ウォルテールだったから。
雪に染まってしまったような毛色で、それは直ぐに分かった。
レイルのお守りで子供慣れしてしまったのか、子供を抱え込む姿が妙に板についている。幼子らも、すっかりウォルテールに気を許してしまった様子だ。
「ありがとうウォルテール」
眠っている幼子らを起こさぬよう、小声でそう言うと、スンスンと鼻を鳴らす。手を差し出すと、鼻先を擦り付けてきた。
なんてことなかったよ。と、言っているのかな。流石に狼の表情は読めない……。
俺に慣れた様子の狼は、腹で丸まって眠る幼子を起こさぬよう、気を付けてくれている。それは傍目にも明らかであったみたいで、騎士らの緊張も緩んだ。
ジークらのように、ここで長く過ごしている者には狼を見かけたことがある者もいたけれど、大半は知らなかったろうしな。
そんな狼の様子に注目しているのは、大人だけではなかった。
興味津々見入っている九歳という子に、にこりと笑い掛けてみると、こちらもにこりと返してくれる。
「狼、怖くなかった?」
「はじめはちょっと。でも……服を着てたから、あれ? って、思って……そうしたら直ぐ、そっちの大人の人が来てくれたから」
かなり大きな狼だ。幼子は怖がってギャンギャン泣いてしまったそうなのだが、狼は遠吠えだけしてそこでじっと、座ったままだった。
子供らを背に庇った九歳の子は、どうして良いやら迷っていたのだけれど、直ぐに駆けつけた吠狼に発見され、狼が仲間だと知らされたという。
結局帰り道、幼子二人は狼の背に乗せてもらい、大いにはしゃいでいたそうだ。
「君がいてくれなかったら、子供たちはこの狼からも逃げ回って散り散りになっていたかも知れない。
そうしたら、もっと大変だった。ありがとうな」
そう言うと、恥ずかしそうに微笑む。
そうこうしてる間に、子供らの親が大慌てで駆けつけてきて、大きな狼に驚いたものの、彼が見つけてくれたんだよと伝えると、どう反応して良いやら困っていた。
「説明が前後してしまったのだけど……今年から狼を冬の警備に加えることになったんだ。
彼らは狼だけど、私の私兵であることに変わりはない。ちゃんと慣らされているから、心配しなくて良いからね。
野生の狼との未分け方としては、皆がこんなふうに大きいことと、服を着ていることかな」
狼の皆が背嚢ともなっている中衣を身に付けているから、それで見分けてくれと伝えた。
「彼らがここにいてくれるから、野生の狼もやって来ない。狼は縄張り意識が強いからね。
それにこうして、雪の中で迷った子らを見つけてくれた。私の心強い友なんだ」
彼らが姿を見せることは滅多に無いと思うけれど、見かけても怖がらないであげてとお願いして、子らは親と共に家路についた。
結局、明日の朝に報告しようと思っていた、吠狼に狼らが加わる話を、本日中に村の警備に通すこととなり、ちょっとワタワタしたけれど。
大事にならなくて、本当に良かった。
◆
「何事もなく済んで、良かったです」
「本当だよ。でも油断してたな……。今までが村の中だけで越冬していたから、迷子って言ってもたかが知れてたから……」
夜、サヤの髪を梳きながらの雑談。
話題は当然、迷子の子らと、狼らのことになった。
「ウォルテールさん、本当に立派になってましたね」
「サヤは直ぐに分かったの?」
「それはもう。だって、あの毛色と瞳ですし……初めて視線が合った時、尻尾を揺らしてくれました。それで直ぐ」
「そっか……。もっと、ウォルテールと話さなくて、良かったの?」
そう聞くと、少しの沈黙。
サヤは本日、ウォルテールと特別に言葉を交わすことをしていない。ずっと狼の一人として接するだけだった。
「……良いのだと思います。
彼を特別扱いしてしまったら、きっとまた、不和が起きてしまうと思うので……」
「もう大丈夫だと思うけど……」
「ウォルテールさんに、それが必要だと思う時はそうしますけれど、今は大丈夫そうでした。
そしてそれは、ウォルテールさん以外にも同じでなければならないと、思います」
彼は群れに加わった新参者だから。
彼だけを特別にしてはいけないのだと、サヤは思ったのだろう。
そしてそれ以上の追求を避けるように、話題を変えた。
「村の外に子が向かうこと、もう少し考えなければいけませんね。
かといって、あまり硬く縛りつけるのも可愛そうですし……」
村門を警備していた若手騎士も、子供らが外に向かうことを警戒していなかった。
幼い子らは外の遊び場は駄目だと通達していたのだけど、大きな子らの後ろについていっていたから、一団の中に含まれていると勘違いしていたという。
「あと、狼も……。
ウォルテールは毛が白いから、中衣が目立ったけど、茶や灰色の毛の狼だと、中衣も目立たない……野生の狼と間違えそうだよな……」
狼が四つん這いでこちらに向かってきている場合、胴体はほぼ見えないのだよな……。
横手からならともかく、前から見たのでは大混乱に陥りかねない。
ウォルテールもそれが分かっていたから、子供らから離れた場所でお座りしてみせたのだろう。
相手が狩人だったりしたら、射掛けられそうだし……。狼らにとっても、危険だよな。
鏡越しのサヤは、その話にうーんと、悩ましげに眉を寄せた。
「一回全員をお披露目した方が良いかもしれないです……でも私たちに狼の顔の区別って、あまりつきませんよね……。そう考えると然程の意味は無いかも。
でも、野生の狼と間違えてしまうと命の危機ですし……。
あっ、もし良かったら、首輪がわりに、派手な色のスカーフ……首巻きでも巻きますか?
彼らに首輪をさせるのは嫌ですけど……直ぐに取り外せる飾りなら」
人と組んで行動するにしても、今回みたいに単独で走ることは多いだろう。
狩人に狙われないとも限らないから、目立つ飾りを身に付けるというのは、良いなと思った。
「じゃあ、それの意匠をサヤにお願いして良いかな?
狼だけじゃなく、組んで警備につく吠狼にも身に付けてもらえば良いと思うんだ。身分証明の代わりになるようなのが良いな。
まぁでも……忍んで行動する彼らの邪魔にならないものが良い。
……自分で言ってて相当矛盾してるな……」
「大丈夫、なんとかなりますよ。
畏まりました。ヨルグさんにも相談して、考えてみます」
「本当?」
「はい。任せてください」
派手で目立って忍ぶのに邪魔にならないって相当だぞと思ったのだけど、なんとかするらしい……。
じゃあとりあえず、それは任せるとして……。
「そろそろ、仕事の話は終わりにしようか」
そう言いつつ、サラサラになったサヤの髪に指を入れて……それを下に引き下ろすと、なんの引っ掛かりもなくスルスルと通る。
最後に摘んで持ち上げて、離す。流れ落ちた黒は、ふわんと揺れて、また真っ直ぐ。サヤの背に戻った。
あぁ、美しいな。
「……綺麗になった」
行灯の小さな灯りにも煌く、絹のような髪……。
もう一度ひと房掬い上げて口づけすると、くすぐったそうに首を縮める。髪の先まで神経が通っているみたいな反応。
これも、あと半年ほどで…………。
たまらなくなって、サヤを抱きしめた。
鏡越しに、俺の表情を見ていたのだろうサヤは、そんな俺を静かに受け入れ、肩に回した腕を、そっとさすってくれて……。
「……本当に、切ってしまうの?」
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