異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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アギー再び 13

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翌日。
 夜会の準備を進める段になって、アギー公爵様より呼び出しが掛かった。

「会場側に控えておった方が良かろう?
 部屋から向かう時、誰にも会わぬというわけにはいかぬからな」

 という、伝言付き。
 まぁ、有り難いですけども……。

 衣装一式と化粧品等を携え、指定された応接室に向かうと、そこは女中らのひしめく戦場と化している……。
 部屋の中に幾つも小部屋が用意され、着付けが進められているよう。
 その惨状に動きを止めた俺たちに、控えていた女中がサッと足早に駆けつけ。

「セイバーン男爵様でいらっしゃいますね」
「はい、そうですが……」

「では左手前の小部屋を、セイバーン様にご用意致しております。
 お二人まで同時にお支度を進められるよう、中は仕切ってふた部屋整えてございますが、女中の手は如何されますか?」
「……どうしよう。まずサヤの準備を進める? 女性のサヤが一番支度に時間がかかるよな?」

 つい昨年の社交界準備を想像し、控えるサヤに問うたのだけど、「本日の準備はレイシール様が一番時間を必要としていますよ」とのこと。

「私は今回男装ですから、手順にも慣れておりますし、然程の手間はございません。
 なので、レイシール様とオブシズさんのお支度を先に進めるべきかと」
「そうですね。では、女中の手は必要ございません。こちらで進められます」

 ハインの言葉で、女中はサッと一歩を退く。

「畏まりました。何かございましたら、待機の女中にお申し付けくださいませ」

 そうして、割り当てられた区画へと案内された。

「ではレイシール様のお支度をまずは全力で進めましょう。
 オブシズ、着付けはご自身で進められますね?」
「あぁ、大丈夫」
「サヤは荷解き、メイフェイアはレイシール様のお仕度を。セルマ、サヤの補佐と、オブシズの補佐、どちらにも対応できるようにしておいてください」

 早口で指示を飛ばすハイン。手伝いを退けたのに、決して時間に余裕があるわけではなさそうだ。

「アギーの使用人の手を借りなくて良かったのか?」
「仕方がありません。被害を最小限に抑え込むためです」

 …………なんの被害だ、なんの……。

 とは、思ったものの。
 準備が始まればそんなことも言ってられない。
 まずは衣装の着付け。
 上背も肩幅もある俺が、女性の衣服を身につけるのだから……普通に考えたら似合うわけがない……。
 それを、色々と違和感が出ないよう、あの手この手で誤魔化していき、衣服自体も、その違和感を減らすように整えられた意匠となっている。

 今更だけど、なんでこんなに体系を誤魔化す方法を模索してあるんだ? サヤの国は……。

「私の国では、男性が女性を演じるということが、多々ありますから」
「なんでわざわざ……」
「逆もまた然りなんですよ。
 うーん……なんて言えば良いんでしょう……異性である方がよりそれらしくなれるんです。理想の形を表現しやすいというか……。
 男性が思う素敵な男性と、女性が思う素敵な男性は大きくかけ離れているのですよね。そして、異性の思う像の方が、らしさを強く意識させる仕草であることが、往々にしてあるんです」
「そうなの?」
「例えば、私は袖まくりしたハインさんはかっこいいなって思いますけど、レイシール様は別に、ハインさんが腕まくりしていてもかっこいいなんて思わないでしょう?」
「…………⁉︎」

 サヤは、腕まくりしたハインが、かっこいいって思うの⁉︎

 にわかに危険を感じてしまった。え、だってここのところ、しょっちゅうしてますけど⁉︎
 まさかそれでサヤがハインとどうこう……は無いか。まずハインが全くその気が無いし……でも……でもそれはあんまり、嬉しくない……っ。

「女性目線で見てかっこいいと思う男性の仕草って、男性からしたらなんてことはない仕草なんですよ」
「あー……それはそうかもなぁ。男目線の、女性の仕草……」

 仕切りの向こうからオブシズのあいづち。

「だから、レイシール様が姫を演じる際も、レイシール様の思う女性らしい仕草を意識すると、良いかもしれませんね」

 女性らしい仕草……なぁ……。
 それって俺が、サヤを女性と意識する仕草って解釈で、良いのだろうか……?

 そんな話をしている間にも、準備は着々と進んでいった。

「支度終わった。これで良いのか?」
「はい。あと髪は……少し待ってくださいね。ここが終わったら向かいます。少しだけ化粧もしましょう」
「…………化粧はいらないと思うんだけど……」

 性懲りもなく悪足掻きするオブシズを、セルマが駄目です!と、一喝。化粧先にしておきますと、用意された簡易の鏡台まで、オブシズを引っ張っていく。
 ほぼ三人がかりで着付けを進めていた俺も、今はもう衣服は纏い終わり、髪を整える段階に入っていた。
 肩にかかる程に伸びた髪を纏め、薄い網で抑えた上で金髪のカツラをかぶせられるが、その髪は既に複雑怪奇に結い上げられている。
 そのうちの一部は簪を引き抜くだけではらりと外れる仕様になっており、これを作中で引き抜き、髪が乱れる場面を演出する手筈になっていた。

「セルマさん、思っているよりかなり濃い目にしてください。離れて見るので、薄い化粧は埋没します」
「はい!」

 そうしてカツラの装着が終わったら、ジャラジャラと装飾品を身につけていく。

「オブシズさんの髪に行ってきます」

 サヤと入れ違いでセルマが帰ってきて、今度はオブシズの使っていた場所を整理し始め、サヤの準備が始まるようだ。
 まぁその前に、どうせ俺も化粧されるんだろう…………。

 そうやってバタバタと動き、気付けば二時間ほどが過ぎていた。

「ほう! これはまた……」
「…………まぁ」
「ねー……下手な美女より美女になる男って、なにそれよねー……」

 感心顔のアギー公爵様に、驚きを隠せない配下の方々……。胡乱な瞳を向けてくるクオン様……。
 その居心地悪い視線に、自然と仏頂面になってしまう俺……。

「懐かしいわ……。あの頃の……天使様の面影だわ」

 そう呟いたのはリヴィ様で、こちらも伸びてきた髪を後頭部で馬の尻尾状に括り、かつてのサヤのよう。麗しい騎士に仕上がっていた。
 上背があるし、普段から近衛としての立ち振る舞いが板についてきており、凛々しいながらもどこか柔らかい、独特のたたずまい。
「天使さまぁ?」と、怪訝そうに聞き返したクオン様に、ハッと我に返って。

「なんでもないわ。避暑地で見かけた可愛い娘に、面影が似ていたってだけの話よ」

 と、そう言ってチラリと俺に、悪戯っぽい笑みを向ける。
 …………俺がまだギルに手を引かれて歩いていた頃を、この人は見かけたことがあるのだ……。
 そしてそんな俺を見てしみじみ呟いたのはディート殿。

「……似合うだろうとは思っていたが…………なんというか……不憫な……」

 それはもう前に言われました……。

「…………ディート殿も出るんですか……」
「っ、その顔でその声はやめてくれっ! 違和感が尋常じゃないぞ⁉︎」

 普段通りに喋ったら拒否された……。

 ディート殿も即席騎士服に身を包んでいる。
 上着の前を閉めて、腰帯を上に括っている簡単な扮装だ。

「クリスタ様の護衛を仰せつかっているからな!」

 と、胸を張るディート殿だが、面白がってるのは表情で丸分かりですからね。

 陛下の仮姿であるクリスタ様は、陛下の影を務めるアギー公爵様の娘のうちのひとりということになっているのだが……。
 本人が影って……配下からすれば、悪夢である。
 振り回される夫のルオード様や、近衛の方々の心労は如何程のものかと心配になるが、少なくともディート殿は、特に気にしていない様子。相変わらずの豪胆ぶりだ。
 そんな彼を見ていたサヤが「ディート様」と、声を掛けた。

「あの、まだ髪留めに余裕がありますから、髪を纏めませんか?
 横髪を、オブシズさんみたいにして欲しいんです」

 オブシズは細い髪留めを何本も使い、横髪を抑えている。前髪は長く垂らしたままなのだけど、その髪留めがキラキラとして結構良い雰囲気だ。
 あえて目立たせるために、均等に並べて刺し、たまに交差させて重ねて、横髪を飾り縫いしてあるかのように纏めてある。

「この髪飾り、女性用であったろう?」
「性別関係なく使えますよ。花や小鳥が装飾されたものはお嫌でしょうけれど、飾り彫りや小さな宝石程度ならば、ほら、この通りで格好いいでしょう?」
「どれどれ。ほう……舞台映えも良さそうな……サヤよ。私の髪にも使ってくれるかね」

 元々装飾過多なアギー公爵様も、興味を持ったようだ。
 大貴族たるアギーの力を見せつけるため、常に全身を高価な品々で固めているのだと思っていたけれど、ぶっちゃけ装飾品が好きなだけかもしれない……。
 サヤに、格子状になるようにピンを付けてもらい、鏡を見てご満悦。
 ……この方が使ってくれるならば、もう勝利しかないな。当初の目的であった、髪留めの汚名返上は約束されたも同然だ。

 結局、主要人物の皆に使われることとなり、髪留めは一本も残らず使い切られてしまった。

「皆さんがお揃いですから、民族的な装飾に見えますよね」

 サヤも満足そう。
 そんなサヤは、前髪を編み込むようにして横に流し、そこから長い三つ編みという状態。商人の息子設定なので、少し遊び人風。こちらは頭の上部からずらっと耳の後ろまで、頭を覆うように髪留めを差し込み、複雑に飾っている。いつも思うけどほんと器用だ……。


「会場、参加者様方が入場を始めましてございます」
「おお、もうそんな時間か」

 窓の外を見れば……気付かぬうちに、夜の帷が下りている。
 仕度を済ませた面々を見回して……まだいらっしゃっていない二名の方が気になった。

「へぃ……、クリスタ様のお仕度は、まだなのでしょうか?」

 体調が、思わしくないのだろうか……。
 つい気になって、そう伺ってみたのだが……。

「仕度は済んでおるよ。出番までは部屋で寛いでおくらしい。
 グラヴィスはギリギリまで顔を出さぬ。いつものことだ」

 さらりとそう、応えが返った。
 ……グラヴィスハイド様……。その名が出て、サヤとの話を思い出す。

 この夜会で、やらなければならないことが、もうひとつ増えた。

 ひとつは、髪留めの汚名返上。貴族の方々が抱いたであろう、髪留めに対する負の印象を、覆すこと。
 もうひとつは、陛下ご懐妊の可能性を伏せるため、クリスタ様が陛下であることを知っている上位貴族らに、陛下の健在を見せること。
 そして最後のひとつ……グラヴィスハイド様の異能についてを、あの方に伝えることだ……。
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