異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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夜会 2-5

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「はーい、楽しんでいただけたかしら?
 淑女草紙の付録企画をお送りしました。ここからは普段通りの夜会ですわ!」

 柱の影からひょこりと顔を覗かせたクオン様がそう宣言する。
 そこでようやっと、俺は肩の力を抜いた。

 ああぁぁ、終わったあああああぁぁぁぁぁ……。

 もうやらない。もう絶対やらないぞ女装なんてっ。
 ほんと絶対、金輪際っ。

 床に腕を突いて盛大な溜息。オブシズも肩の力を抜き、パッパと前髪を手で撫で付けておろしたのだが、近くのご婦人方が「待って!」「隠さないでくださいましっ!」と、悲鳴を上げ、その声に固まってしまった。

「レイシール様っ」
「お疲れ様サヤ。とても凛々しかったよ」

 ひとつきりの台詞だったけれど、サヤはこういうのは苦手なんですととても萎縮していたから、本当に頑張ったと思う。
 走り寄ってきたサヤを抱きとめて、軽く頬に口づけしてしまったのは、気持ちがどうにも高揚してしまっていたからだ。
 それに周りがまぁ! と、固まって、サヤも赤く染まってしまった。…………ご、ごめん。つい……。

 そこでパンパン!と打ち鳴らされた、高い拍手の音。

「さて。では雛形役の種明かしと参ります。
 紹介するまでもありませんけれど、悪役、伯爵の雛形はお父様、アギー公爵でしたわっ。
 巫女、この雛形はお二人でしたの。我が姉クリスタと、セイバーン男爵様の婚約者であられるサヤ。
 そして主人公は、同じくセイバーンのオブシズ。子爵家の方ですが、家名は捨ててらっしゃるから詮索は無しでお願いするわね。
 で、姫。大変申し訳ないのだけど……セイバーン男爵様、男性ですわっ」

 野太い悲鳴が上がった。
 詐欺だ! とか、フザケンナ⁉︎ といった怒声も含まれているが、知るかと言いたい。

「いやぁ、良かったぞレイ殿! どこからどう見ても見事な姫であったわ!」
「それは良かったです……」

 大喜びのアギー公爵様に、力の入らない返事を返す。
 あれだけ大量の台詞をきちんと全て誦じ、更に演技までするって……それを嬉々としてするって、貴方は本当に偉大な人だと思います……。
 そのアギー公爵様と握手を交わし、舞台上に促されてそちらに足を向ける。衣装を踏んでつんのめったところをサヤが支えてくれて、舞台前でもう一度、一列に並んで、会場に向かって一礼。

「ではこれより夜会の開催とする!
 今年は特に挨拶などもうよいな。皆楽しんでくれ!」
「淑女草紙読者のお嬢様方、後ほど談話室にて主役らとの茶会を行いますわ。人数制限がありますけれど、興味のある方はいらっしゃってね」

 聞いていないよ⁉︎

 慌ててクオン様を見たけれど、彼女は何食わぬ顔。
 けれどチラッと俺に視線を寄越し、商品売り込む好機でしょ! と、睨まれてしまって、あえなく撃沈した……。はい……その通りですとも……。
 挨拶が終わり、周りがざわつく中で、舞台袖まで引っ張っていかれ……。

「当然でしょ! 劇見せただけで何の意味があるのよ。
 ほらっ、お父様たちの髪留め回収してくるから、貴方も髪留めだけ外しておくのよ。
 サヤ、そっちの控え室で髪を整えられるから、オブシズとレイシール様の準備はお願いするわね」

 茶会は一時間後にするから、それまで休憩してなさいな。と、少し気を使ってくれた様子。
 ブンカケンのために、ここまで色々、心を砕いてくれているのだと思えば、文句を言う筋合いもないなと考え直すことにした。
 うん……もう今日は、今更だから……うん。もう数時間女装が続いても……仕方がない。
 控え室は広く、俺たちが気兼ねなく休憩できるようにと考えたのか、女中らもいなかった。

「お茶と、軽食が用意してあります。いただきますか?」
「俺はいらない……それよりちょっと、仮眠を取らせてくれ。正直昨日、ちゃんと寝れてないから……」

 緊張の糸が切れたのだろうオブシズがそう言って、長椅子に向かう。
 その彼を少しだけ待ってと押し留めて、頭から髪留めを手早く外してしまう。
 するとオブシズは、早速長椅子に転がって、寝息を立てだした。

「……元傭兵でも、演技をするのは緊張するんだな」

 昨日ちゃんと寝れてないって……。
 今までよく、誰にも気づかれないよう、誤魔化していたなと思う。

「レイシール様はいかがされますか?」
「食べ物は特にいらない。飲み物だけ貰うよ。だけどサヤ、その前に……」

 ん。と、腕を広げた。
 それを見てこてんと首を傾げるサヤ。

「頑張って、もう少し頑張るだろう? だから、頑張ったねと、もう少し頑張ろうのために、触りたい」
「…………レ、レイシール様……」
「オブシズはもう寝てるから」
「え、でも……」

 恥ずかしがる彼女を強引に引き寄せて、抱きしめた。
 オブシズがまだ寝てなかったとしても、こうしたろうと思う。
 だってサヤを抱きしめておく時が、俺にとって一番の癒しなのだ。

「も、もうひと頑張り、しましょうね」
「うん……ねぇ」

 口づけもしたいと耳元で囁いたら、それは駄目と却下された。
 暫く食い下がったのだけど、恥ずかしくて茶会に参加できなくなると半泣きで言われたのであえなく断念。
 けれど、本当に全部終わって部屋に戻ったら……と、約束を取り付けることには成功。

 そのご褒美のために、今一度、気力を奮い起こした。


 ◆


 茶会は半時間ごとで交代。人数制限を設け、三回行われた。

 男装のサヤと、女装の俺。チグハグなその状況にもいたく興味を惹かれたよう。
 しかも俺がつい……サヤに口づけしてしまったものだから、見た目だけなら、女性からの積極的な誘惑だ。
 物凄くドキドキしてしまいましたわっ。なんて、嬉しそうに頬を染めて報告されると、居た堪れなさしかない……。
 そして、巻き添えをくらってそれに付き合わされるオブシズ……。物語としては、彼と俺がとなっているのだから、本当たちが悪いというか……無いです! そういったことはっ! と、声を大にして主張しておいた。いやこれ物語だからね、クオン様の空想だから!

 半時間という限られた時間でなかったら、質問攻めで心が死んでた自信があるね。
 ただそのかわり、三回も同じ質問に答えなければならないという、別の苦行もあったわけだけども……。

 入れ替わりのための十分休憩を挟んだため、実質茶会は二時間に及んだ。
 そしてお帰りの際には、お嬢様方に心ばかりの手土産を渡した。
 劇中で、実際に使われていた髪留めだ。
 型抜きした厚紙に切れ目を入れただけの簡素な台紙。それに細い髪留めが一本のみという、貴族にとっては本当に細やかな手土産であったのだけど、それでもお嬢様方は泣かんばかりに喜んで、俺たちから手渡されるそれらを、大事そうに両手に包み込み、今日の事は絶対に、一生忘れませんわと言葉を添えてくださった。
 いや……俺としては早々に忘れてほしいのだけども……。

「終わった……」

 俺たちが身に纏っていた装飾品。檜扇や耳飾などの注文もいただけた。勿論、髪留めの注文も。
 近く拠点村に出向くとさえ言ってくださった方もいた。
 取り敢えず、当初の目的はこれ以上ない形で達成できたろうという、手応えもあった。
 お嬢様方は、皆がとても満足そうだったから。

「夜会終了まであと二時間くらいかな……」
「そうですね」
「今から着替えるかどうか、微妙なところだよなぁ……」

 着替えているうちに、夜会が終わる可能性が高いし、お嬢様方だけとの交流で済ませるわけにもいかない。
 先程途中で寸劇に入ってしまったから、ご挨拶できていない方々も多くいる。
 だがしかし……女装で行くのもな…………。

 と、コンコンと扉が叩かれて、ヘイスベルトがやって来た。

「お疲れ様でした。
 お嬢様方への周知はとても良い形で結べたようですね」
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