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新たな一手 3

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 その言葉に、ヴァイデンフェラー殿が何をだ? と、聞き返す。
 すると、目配せするまでもなくサヤが立ち上がり、一時の離席を希望し、また直ぐに戻ってきた。

「こちらを」
「ありがとう。えーと……」

 サヤから渡されたファイル。そこに挟まれた書類をめくる。ファイルに金属の金具を使うようになり、中の紙を取り外すのが、格段に楽になった。
 思う場所で開き、金具を緩めてそこの十数枚を取り外す。そのファイルを、ヴァイデンフェラー殿らは、あらまぁ! という顔で見ていたが……。

「交易路がある程度整備されたならば……と、考えていたのです。
 こちら、地方から中央に迅速な連絡を行えるようにする、速報案なのですが」
「速報案?」
「等間隔に関所を設けるんです。関所……というか、休憩所ですね。
 これは、流通の効率化を図ると共に、王家の迅速な情報伝達を目的としたもので、関所ごとに早馬と、警備隊を配置、馬の乗り捨てをせず、ここで乗り換えて進むという方式なんです。
 またこの早馬、緊急速報を王都に届ける以外の時は、交易路の警備や道の補修箇所点検等に利用します。
 その定期的な見回りが、犯罪抑止に繋がりますし、路の信頼性も上げるでしょうし……維持管理も楽にすると思うんですよ」

 情報収集にも役立つ。
 この休憩所で補給を行う行商人から、道中の情報を得られるからだ。
 道の補修が必要そうな箇所なども聞き出しておけば、効率は更に上がるだろう。

「ついでに各領地の収益も見込めるようにと考えております。
 食糧・飼葉・水……そういった消耗品を提供したりすれば、必ず売れるでしょう? ついでに、特産品を置いて周知に努めたりね。
 交易路の維持費を通行税だけに頼るのでは、些か心許ない。立地により収入の偏りも出るでしょうから。
 なので、休憩所の収益も、各領地の収益とすべきと、進言する予定です」

 そう言い書類を手渡すと、それをまず受け取ったのは奥方殿。黙々とそれに目を通す。
 書類の確認は奥方様に丸投げなのか、ヴァイデンフェラー殿は見向きもせずに思案顔だ。

「まぁ……通るならば理想的な話だが……しかしそのような都合の良い……。
 交易路を持たない領地や、陛下の賛成を得られるものか?」

 それにクッと笑ったのはディート殿。

「親父殿は、レイ殿を誰だと思っている? 陛下直属の長だぞ」
「それはそうだが……だからといってだな」
「交易路計画も、秘匿権無償開示も通した男だぞ」
「む……」

 いや、その言い方……。まるで俺が、我儘し放題な男みたいになってるよ……。
 けれど、当然提案するからには、この形が最良だと伝えるし、それを理解してもらうつもりだ。

「通しますよ。なにせ、国としても損にはならない。
 この休憩所を、非常事の備蓄庫がわりにする案を、提出する予定ですから」

 万が一国境が脅かされた場合、王都から軍が向かう。
 荷物は最低限にし、迅速に進み、道中の休憩所で、使用したもの、必要なものを補給するのだ。
 ついでに情報も得ることができるし、後方支援品を取りまとめる拠点としても使えるだろうし、常に警備が置いてあるため攻められにくい。

「国は備蓄を管理する費用がまるまる浮きますし、備蓄品が常に回されていれば、傷んで捨てることもない。
 また、各地に点在しているため、一つを失ったとしても痛手が少ない。国全体を考えれば、相当量の備蓄を常に確保、維持できます。
 交易路を持たない領地にも、牧草生産等の、利益を得られる手段を提供するつもりです。
 正直、この形が最も無駄が無いと思うのですよね。
 非常時の備蓄提供を、領地の義務として落とすか、料金を後で国が支払う形にするか……そこは交渉してみないと分かりませんが……。
 一応前もって陛下には進言してありますし、感触も悪くないので、王家の了承はまず取れます。
 そうですね……状況的に、そろそろこちらを実行に移す時期かもしれない。
 とりあえず、まずは検証が必要なので、ヴァイデンフェラーにご協力いただけるなら……こちらも物資面での協力が、できると思いますよ。
 どうでしょう。考えていただけるなら、この案を春の会合で提出します」

 これにより、王都からヴァイデンフェラーまで、何度も早馬を走らせる試験を行うことになるだろう。
 万が一の何かが起こっても、道中の領地に迅速な応援を要請できるし、この試み自体が抑止力にもなり得る。

 そしてもうひとつ、伏せられた目論見があった。
 俺は将来的にこの速報役を、獣人らが担うような形にできればと思っているのだ。
 彼らは、馬の早駆けに速度は劣る。しかし、馬には遠く及ばぬほどの体力と持久力を有している。
 馬で三日の行程を、彼らは二日で駆ける。夜間であっても速度を維持できる。その上で、鼻が効く。自ら思考できる。人と獣を行き来できるからこその利点も多い。

 ヴァイデンフェラーとセイバーンは、獣人を内包する、数少ない領地だ。
 まだ、本来の目的を口にすることはできないけれど……繋がることの意味と価値を、将来に残したい……。

 俺の言葉に、ヴァイデンフェラーの三名はお互い視線を交わし、今度は揃って書類を覗き込む。

「成る程。普段は行商人らの休憩拠点とするのか。道中の村や街で消耗品を買うにしても、日持ちを考えれば……」
「元から大量に仕入れるだろうと分かっている相手ですから、取引も大きくできるし、雑費も削減できますわね」
「ここに到達できれば必ず替えの馬があるのか……。ならば王都からヴァイデンフェラーは……二十二……いや、道も舗装路だな…………半月程に短縮できるやも?」
「それは凄いな!」

 親子三人で頭を突き合わせて資料を覗き込み、ほう……と、感嘆の溜息。

「相変わらず、レイ殿の頭は何処かに飛躍しているな」
「ディート! ご領主様に向かってなんですか。セイバーン男爵様とお呼びなさい。
 長を賜ってらっしゃる以上、貴方より上役なのよ?」
「あっ、良いんです。俺が望んでいることなので。
 まぁ……やってみないと、形になるかどうかは……分からないのですけどね」

 陛下や、上位貴族の方々の言動。
 ディート殿の様子。
 ヴァイデンフェラー殿の勘。

 ……ヴァイデンフェラーは、位置的にはそぐわないけれど……。

 因果は巡る糸車……。
 この場合、何かしらの影響が出ていると、考えるべきだろう。
 記憶の中の情報を整理して、陛下がマルを利用している節があることを鑑みると……ある程度、状況が絞れてきた気がしていた。

 だからこそ。
 この速報案は、通ると思うのだ。
 もし、他国の脅威を陛下らが懸念しているのだとしたら……これは、必要なものとなるだろう。
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