異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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開戦 5

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 疲れていて良いはずなのに、なんだろう。
 ものすごく身体が軽くて、気力も満ちているような気がする。

 右手の籠手を装着してくれたシザーに礼を言い、腕を振って緩みがないかを確かめた。
 服装は狩猟民のそれではなく、貴族の装い。若干寒いが、演出のためなので仕方がない。代わりに長衣の下に、肌着を数枚重ねている。
 いつもは上着の下に着込むホルスターも、本日は上着の上に装着した。右胸側にのみ、小刀をびっしりと差し込んで、毛皮の外套を纏った上に更に、斑になった白い布を纏う。
 だいぶん長くなってきた髪は、サヤが馬の尻尾になるよう纏めてくれ、俺も頭上に頭蓋の仮面を押し上げて被った。
 下半身も細袴を重ね穿きし、長靴には更に、毛皮の脛当てを巻く。問題の左手は、指先だけ出せるように改良された手袋を嵌めていた。相変わらずサヤの国は、なんでも前例があるな……。

「……チグハグでなんだか分からない格好だな……」
「でもまぁ……かなり人目は引きますよね…………」

 俺の武装を手伝ってくれていたユストの言葉。
 彼は村に残り、運び込まれた怪我人を手当てするために待機する。
 避難により空き家となった民家を借り受けていて、そこが急場の治療院。本日の出陣はその民家の前からだ。
 ここのすぐ向かいが、山脈前の林へと続く道となっている。

「では、行くか」

 一通り準備が済んだ皆を見渡してそう言うと、こくりと頷く一同。サヤとクレフィリアも、見送りのためついてきてくれるらしい。
 まだ陽も昇らない闇の中を進んだ。部隊と接触するのは朝日の昇る頃合いとなる予定。
 通常ならば夜の冬山など自死しに行くようなものなのだが、獣人らはほぼ全員夜目がきく。嗅覚も敏感であるため、夜をものともしない。

 因みに、進軍してくる敵部隊は日中進み、夜を休む形であるらしい。
 半数は人で構成されていると報告を受けているし、ほぼ施設から出たことのない獣人らの部隊であるから、人の生活習慣に則って行動していると思われる。

 松明が用意された村の入り口にやってくると……。
 その場所に、武装した狩猟民らは揃っていた。二百五十名がひしめいているというのに、思った以上に静かだ。
 夜間の猟も慣れている彼らは、この時間に何も問題を感じていない様子。
 頭蓋の仮面を頭上に押し上げた彼らも、配られた武器を持ち、士気は高い。
 そんな彼らが、俺を見てはニヤリと笑う……。
 …………いや、なんで笑ってるかは分かってるけども……。

 入り口には、一足先に家を出ていたオブシズと、鞍を装着してもらっていたウォルテールが待っていた。
 もう一頭鞍付きの大狼がいるが、こちらはオブシズの相棒役。そうして通常の中衣を纏っているのみの狼はシザーの相棒役だ。
 鞍は構造が複雑で、殊更手間の掛かる品であったため、昨日やっと二つ目が仕上がったばかり。二人とも騎狼自体がほぼぶっつけ本番となるのだが、大剣を振り回すシザーは、戦闘時は狼を降りるのでまぁ、問題無いだろう。
 またオブシズは、馬ですら手綱を握らず乗れる器用さと安定感がある。そのため、騎狼も難無くこなすだろうとふんでいたのだが……。

「オブシズ、どうだ?」
「問題無く乗れましたよ」

 とのこと。
 しかし隣のグラニットが「問題無くってもんじゃねぇだろ……」などと言うものだから、どうしたのかと首を傾げたら……。

「どんな下半身してんだ。狼を両手離しで騎乗する奴初めて見たぞ……」
「鞍の性能が良いからだな。それに足腰の弱い傭兵は、大抵生き残れない」

 戦場を、己の肉体のみを頼りに生き抜くのだから。

「安定して剣を振ろうと思うと速歩までですね」
「充分だ」

 この部隊で対人の戦いに最も優れているのはオブシズだ。
 だから彼には、歩兵となる狩猟民らの一部隊を指揮してくれとお願いしている。
 狩猟でも活躍していた彼だから、狩猟民らも彼の支持に抵抗は無いだろう。
 そしてシザーは俺の盾役。

「ウォルテールもちゃんと休めたか? 今日はよろしくな」

 狼姿の彼にそう声を掛けると……何故か耳を小刻みに動かし、ソワソワと落ち着かない様子。
 …………いや、何を言いたいかは伝わってますよ、ええ……。

「大丈夫。別に、疲れてない……」
「………………」
「本当だよ!」

 寧ろ充実して気力も満ちているくらいなんだって!
 てか匂いで色々を察知するの本当に止めてくれないか……分かってても指摘しないで!

「お楽しみの時間は足りたかよ?」

 そしてわざわざいらないことを言いつつやって来たのは、リアルガー……。
 ニヤニヤと笑っているものだから照れてやるのも癪に触り「足りるわけがない」と、返事を返した。

「だから、さっさと片付けてしまおう」
「ははっ、聞いたかお前ら、我らが主は番とお楽しみの時間が足りねぇとよぉ!」

 その言葉にどっとさざめく一同。
 緊張してないようでなによりだが……俺たちをネタにするのはほんとやめてくれ……。

「リアルガー、いちいち言いふらさないでくれるか⁉︎」
「なんでだ? 良いじゃねぇか。もうみんな知ってるのに隠す必要がどこにある?」

 あるんだよ! サヤは特にそういうの、得意じゃないんだから!
 今だってほら、真っ赤になってクレフィリアたちの後ろに隠れてしまったじゃないか!

「やれる時にやっとくのは正解だと思うよぉ」
「そうそう。子作り大切だろ、あんたら貴族ってのは」
つがいのくせに遠慮してる意味が分からねぇよ」
「仲良しなのは良いことだよ」
「良いことだよねぇ」

 子供らにまで言われて居た堪れないったら……。

 けれど、ん? と、何か引っかかった。
 先程のリアルガーの言葉だ。さっき……我らが主って、言わなかったか?
 聞き間違い? それとも比喩? 揶揄っただけかもしれないが、彼らにとっての主というものの重要性を考えると、そんな風に軽く扱うとは到底思えず……。

「リアルガー、ちょっと……」

 手招きすると、なんだ? と、軽い足取りでやって来る。
 耳を貸すように言うと、身を乗り出してきたから……。

「どう言う意味で言ってる?」
「何がだよ」
「…………いや」

 我が主って言葉、本気で口にしているのか? とは……言いにくいよなぁ。
 冗談であった場合、まるで俺が獣人を使役しようとしていると、捉えられてしまうかもしれず……。
 なにより、俺如きがリアルガーらの主であるだなんて……そんなはずもなかった……。そもそも主としては、明らかにリアルガーの方が優秀なのだ。
 だから、その質問は奥に引っ込め、別のことを口にする。

「作戦について、何か思うことは無いのか? このまま従って良いの? お前の群れを、俺が使うんだぞ?」

 そう言うと、今更何言ってんだ? という、呆れ顔が返ってくる……。
 いやそりゃ……俺も今更、何を言ってるんだとは、思うんだけども。
 確かにこの戦いが必要だと示したのは俺だし、俺が責任を担うべきだと思う。だけど……大切な群れを、俺に任せてしまうのは、不安だろう。何より俺は実戦経験に乏しく、現場指揮や采配が、正しくできるとは限らないわけで……。

 しかしリアルガーは、更におかしなことを口にした。

「俺は将。お前は主。お前が指示するのが当然だろぉ?」
「俺が主なのは吠狼だけだよ……」
「そうだぜ? 何か間違ってるかよ?」

 …………いや、間違ってるだろ。

 だけどリアルガーはニヤリと笑って言った。

「間違ってねぇだろ? あんた俺が、なんであんたを匿ったと思ってた?」

 そう、言われ……。

「…………え?」

 けれどリアルガーは言うだけ言って、返事を待たずにくるりと向きを変えた。そうして……。

「野郎ども! 準備は良いか!」
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