異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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開戦 10

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 まさかお前の古巣が、こうも深く関わっていたなんて、お互い、気付かなかったな……。
 そしてあの男も、それに気付いていなかったのだろうと思う。気付いていれば、ハインおまえを使えただろうから……。

 今更それが分かったところでどうしようもなかったけれど、この戦いを絶対に負けられない理由が、またひとつ増えた。
 だから勝ちを得るために、冷静になれ。目的の場所まで、あともう少し。

 木々が増えてきて、左右に振られることが多くなった。橇が減速し、少し距離が開く。しかしまた、俺もギリギリだった。
 右手を失った療養のために落としてしまった体力も、戻りきっていなかったし、この緊張状態だ。自分で意識しないまま、疾うに限界を迎えていたのだと思う。
 速度を落とさず木を避けたウォルテールの動きは今まで通りだったはずなのに、俺は一瞬、身体を浮かせてしまった。
 慌てて掴まり直したけれど、時既に遅く、ずり落ちた身体を片手で支え直すことはできなかった。
 それをウォルテールも、重心の移動で咄嗟に察知したのだろう。
 無理矢理速度を落とし、そのせいで二人して、雪の中を転がった。木々に激突しなかったのは、せめてもの幸運。

「レイ様!」

 シザーの声。

 急いで身を起こすが、その前にシザーの腕が伸びた。
 無理やり俺の左腕を掴み引っ張る。その勢いで身体の位置を入れ替えられて、大剣が、俺に振るわれたであろう小剣を弾く金属音が鳴った。
 急ぎ戻った姉妹の片割れが、膝をついたままだった俺を引き起こしてくれる。

「主、お怪我は⁉︎」
「ない」

 無いと思う。
 状況を確認しようと視線を巡らせた俺の耳にまた……。

「レイ様行って!」

 剣戟の音と、シザーの叫び。

 今度は……お前が道を塞ぐのか? 身を呈して?

 懐に左手を突っ込み、引き抜いた小刀をシザーと切り結ぶ者の頸動脈に放ち、突き立てた。衝撃で動きを止めた追手をシザーが押し退け、蹴り倒す。
 一人突出していたその人物は、橇が立ち入れない場所に逃げ込んだ俺たちを追ってきていた、最後の騎狼者。

「こんな場所じゃ、お前はその剣を振れないだろ」

 木々が邪魔をして、大剣は役に立たない。文字通りの肉壁にしかなれない。
 そんなのはごめんだ……。

「行くぞ……」

 あと少しなんだ……。
 そう言い足を踏み出そうとして、がくりと膝が崩れた。
 歩くのもままならないくらい、太腿が笑っている……。

「……ウォルテール、背を貸してくれ……」

 起き上がり、やって来たウォルテールの背に捕まって、なんとか身体を支えて立った。
 けれどそうしている間に、橇を捨てた者たちがこの林に踏み込んできたよう。
 木々が邪魔で飛び道具が使えないのは有り難いが、今戦力になるのが姉妹の片割れただ一人というのが問題だ。

 もう少しだったが……。

 この膝ではな……。
 シザーが、大剣を背中の鞘に戻し、たった今死んだ男の小剣を拾った。そして迫ってきていた追手の首を、目に止まらない程の速度で跳ね飛ばす。
 これならば文句はないでしょうとばかりに血を振り飛ばして、次の相手に剣先を向けた。

 まったく、命を疎かにはするなと、言ったじゃないか……。

 例えシザーを足止めに残して進んだとしても、この足の状態では直ぐに追いつかれる。
 そう思ったから、残りの距離を考え、勝負に出ることにした。

「久しいな執事長。まさかこのような場所で会うとは思わなかった」

 膝を休めるために、敢えて覚えのある顔に向けて、言葉を発す。
 すると木々の間から、どこか笑いを含んだ返事が返ってきた。

「本当に。何故このような所にいらっしゃるのか、目を疑いました」
「それは私の言葉だよ。……やはり見間違いではなかったんだな」

 木々を盾にして、一人、二人と人影が見え始め、だんだんと包囲されていくのが気配で分かった。
 全方位を囲まれるわけにはいかない。少しずつ後退する俺の前方をシザーが、後方を女性が守り、目を光らせる。

「いえいえ、これは私こそが言うべき言葉です。
 いったい何故……いつの間に貴方は、獣人を使役するようになっていたのでしょう。
 貴方が学舎に逃れた時も驚きましたが、四年前の一連は、それ以上の衝撃でした」

 そう言い姿を表した執事長は、四年近く前から、殆ど変わっていなかった。
 冬の山脈を踏破して来たとは思えない、穏やかな表情。
 けれど……表面に出している表情ほど、内心は穏やかではないようだ……。焦っている。警戒している。俺を……恐ろしいと、思っている?

「貴方は急に変わってしまった……。
 従順で貧弱な飼い犬であったはずなのに」
「……そうだな。私もあのまま、朽ちるのが自分の運命だと思っていたのに……」

 その返答に執事長は、皮肉を返されて苦笑する、親しい友人のような顔をした。

「よく言う……。全く貴方は、今に至るまで、悉く私の意表をついているというのに……」

 そうだったろうか?
 幼かった頃からの薄氷を履むような日々を思い起こし、いったい何を指してそう言っているのだろうと首を傾げた。
 するとまた苦笑。

「何より、未だに不思議でならない。貴方はどうやって渡人を得たのです?
 その上隠しもせずに堂々と連れ回し……。正直本当にね、想定外のことをされすぎて、意味が分からなかったです」

 そう言われ……。
 サヤにちょっかいをかけていたのは、異母様ではなく、異母様を誘導した執事長だったのだと確信を持った。
 別館に侵入し、サヤや俺たちについて探っていたのも……。
 だけど、彼自身が渡人を信じていなかったか、まさか居るはずがないという疑いの気持ちがあったのだろう。そのため初動が遅れ、担っていた役割もあり、動きが取れないうちに、状況が進んでいってしまった。

「そのうえ貴方が王家と繋がっているなど……。想定外すぎて本当、困りましたよ」

 神殿の裏の姿を王家に勘付かれるわけにはいかず、俺たちへの手出しは困難を極めた。
 そもそも神殿は、息の長い策略を得意としているのに、俺たちはいちいちが性急だった。

「あまつさえ渡人の知識を振り撒くなど……国を盾にしてそんなことをされた前例も、ございませんでしたしねぇ」

 前例……。
 まるで、渡人を何人も知っているような言い方だと思った。
 五百年前の一人だけではない。今まで他にも沢山、いたということか?

「貴方がたを国から切り離すのに、こうまで手こずらされた……やっとそれが叶ったかと思ったのに、それすら思惑通りいかないばかりか、獣を奪われ、姿を眩まされ、しかも何故か我々の手を読み、狩猟民を焚き付けてこんなことまで……。
 なんなんです本当……貴方には、一体何が見えている…………」

 そう唸るように呟き、俺を見る。
 さっさと殺してしまいたい。けれど、下手に殺して良いものか。この男が知り、我々が知らぬことが、他にも動いているのではないか……。

「……まぁ、良いです。
 それでもまだ、取り返せる……。あの男は貴方がたの処分を望んでおりますが、折角の渡人を始末するのはあまりに惜しい……。
 貴方がここにいるということは、あの渡人もいるんでしょう?」

 そう言った執事長の言葉で、覚悟が決まった。
 サヤを渡す気など、毛頭無い。

「私がそれを許すと思うのか?」
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