異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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後日談

獣の鎖 6

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 オゼロで意識を取り戻してからというもの。
 ロレン様は、私の世話をするという名目で私を監視しておりました。
 まぁ……逃げようとしたのを見つかってしまったのが不味かったですね……。おかげで四六時中付き纏われます。
 でも、ここにい続けるのは危険だと思いました。
 困ったことに、私が生きていると知れば、レイシール様はどんな手段を使ってでも、私を助け出そうとするでしょう。
 あの方は、育ってきた境遇にあるまじき、致命的な甘さを持った方ですから、私如き存在でも、人質として成り立ってしまう。
 私を生かしたオゼロの思惑が、その時はまだ分からなかったものですから、死を許されていない以上、取り敢えず逃げるしかないと思っていたのですが……。

「死ぬ気か馬鹿! 越冬中だぞ⁉︎」

 何度目かの脱走も結局見つかり、片腕片脚はこうも不便かと歯軋りしたい心地でした。
 この屋敷を囲う外壁すら越えられず、庭の端の木陰に逃げ込むのがやっとで、またこの女に見つかってしまう体たらく。
 死ぬ気かと怒鳴られましたが、死にたかった。あの方の足枷となるくらいならば死んだ方がマシです。
 その考えが顔に出てしまっていたのでしょう。ロレン様は怒りに頬を染めておりました。

「お前の主は、とんでもない極悪人だなっ。
 こんな怪我人にすら、休むことを許さないとは」

 私が逃げる理由が、レイシール様の元へ赴くためだということを、ロレン様は理解されていました。そしてそれに憤慨しておられた。
 今思えば……その私を尾行して、レイシール様の潜伏先をあぶり出そうという考えをしなかったこの方の言動に、違和感を持つべきでしたね。

「あんな山中に、たった一人を置き去りにして足止めさせる主だものな!」
「それは違います。彼の方はまだ意識も戻っておりませんのに」

 そう言い返すと、信じられませんね! とばかりに、腕を組み私を見下ろします。
 ピクリと眉が動いたのは、意識が戻らないと言った私の言葉に、少なからず心が揺れてしまったからだと今ならば分かるのですが、この時の私にはまだ彼女の機微は理解できませんでした。
 それよりも、レイシール様を誤解し罵倒されることが、私には耐えられぬ拷問で、許し難いことだった。

「私が自らしたことです。
 皆にも反対されましたが、我が主を守るにはそれしか他に道が無かった。
 彼の方は死んではならない。こんなことで、命を落として良い方ではない。彼の方の慈悲が、彼の方を死なせるなど、あってたまりますか!」
「はぁ?」

 私の脳裏には、かつて道端に蹲る私に手を差し伸べた、天使のように麗しいレイシール様の姿がありました。
 慈悲をいただいたのに、私はそんな彼の方を疑い、短剣を突き立てた。そのせいで彼の方は、右手を不自由にしたのです。
 そして今度は、獣人を庇って右手自体を失った。
 彼の方を不幸にする全てが、獣人の所業だなんて、今度は更に命までだなんて、そんなこと、あって良いはずがない!

 彼の方を守るためならば、私は自分の命など惜しくはない。だから私の命は、彼の方のために!

「まだお気付きでない? 私は獣人です。貴女がたの忌むべき存在ですよ。
 それをわざわざ助けるなど、貴女も馬鹿な真似をしたものですね」

 獣人だと言えば、私をこのままにはできないと思いました。
 無抵抗の怪我人だと思うから許しているのです。でも獣人は人ではなく、獣であり悪魔の使徒。人の情けを掛ける必要はございません。
 こんな不自由な身でも、全力で暴れれば、殺すしかないと、そう考えるだろうと。なのに……。

「動けるようになれば、私の牙は貴女の喉笛を噛みちぎりますよ!」
「……牙、生えてなかったけど」
「……牙などなくても噛みちぎれます」
「片腕片脚で? 右脚の骨だってまだちゃんと繋がってない。這いずって進むしかできないのに、ボクの首に届くわけ、その口が」

 見下ろされるのがこれほど屈辱的に感じたのは初めてでしたね……。
 レイシール様と同じほどの上背、確かに噛みちぎるには的が遠すぎました。
 鬼の形相だったと後で言われたのですが、その時はこいつを本気で噛み殺してやろうと誓っていました。
 心が後戻りできなくなる前に、殺してしまうべきだと……。
 けれどロレン様は、私のその形相にも眉一つ動かさず、呆れた口調で。

「……どっちにしても、もう少し動けるようになるまで身体を休ませるべきだろ。
 心配しなくても、レイシール様方が見つかったら、ちゃんと貴方にも知らせる……。だから焦って命を縮めるようなことは、しないでくれないか」
「は? あの方を拘束するなど、私が許すとお思いですか?」
「……いやゴメン、ボクの言い方が悪かったな……。
 レイシール様は保護対象だから、拘束なんてしない。陛下は貴方たちを保護せよとおっしゃったんだ」
「そんな言葉が信じられるとお思いで?」

 私から、レイシール様の所在についての情報を引き出すための嘘だと判断しました。
 けれどロレン様は、さも困ったというように眉を寄せ……。額を抑えて唸りました。

「密書はもう、オゼロ公爵様に手渡してしまったんだ。だから証明はできない……」

 ……密書は指定した相手にしか見せられないものですから、持っていても私に見せては駄目でしょうに。

「でもまだ、セイバーンのあの事件は伏せられていて、公になっていない。国としては、彼の方はなんの罪も、過ちも、侵していないことになってるんだ。
 そんな相手を拘束なんてするはずないだろ? 
 だけど神殿はまだ貴方たちを悪魔の使徒だと言い追っているし、その主張を取り下げる気はないだろう。だから秘密裏に保護したいんだ。
 貴方が獣人だということも、まだ黙っておいてくれないか。ここで知ってるのはボクとオゼロ公、他は信頼できる数名だけだから」

 その言葉に驚いたのは、ロレン様が、私が獣人であるという発言を、さらりと流してしまったからです。
 この事実に驚かない理由など、ひとつしかございませんから。

「……私が獣人だと、知っていたのですか⁉︎」
「ここに使者として遣わされる時、聞かされたよ。保護対象の名前やその他、分かっていることはあらかた。
 貴方はレイシール様に、幼い頃から仕えている。共に学舎にだって出入りしてて、貴方が獣人だと気付いた者は、誰もいなかった……」

 そう呟いてから、ロレン様は眉間に皺を寄せました。
 そして、とても不可解そうな表情で、私に問うたのは……。

「ボクも、未だに分からないし、信じ難い。貴方が本当に獣人なのか。こうして見ていても分からない」
「私は獣人です」
「……レイシール様は、それをいつから知っていたんだ?」
「九年目までは知らずにおられました」
「……貴方が孤児だったというのも本当?」
「嘘偽りない真実ですが、それが何か」

 そこでロレン様はまた押し黙り……。

「じゃあ、貴方が本当に、レイシール様を刺して……」
「それもお聞きになった通りかと」

 孤児を拾い、看病した恩を仇で返されて、右手を不自由にした。
 なのに尚、そんな相手を従者にしたのですよ、あの方は。
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