異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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後日談

恋 3

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 獣人の私と身体を繋げる行為が、この方にとって汚点となるのではないか……ということを、考えなかったわけではありません。
 ですが、この華を手折ることを、他の誰かに委ねるなど、許せるはずがございませんでした。
 何より、彼女自身が私を求めてくださったということに、えもいわれぬ心地であったのです。この役は私にしか許されていないのだと、そう考えれば、独占欲を抑えることはできませんでした。

 が、しかし……。

「ボクは別に、お前の恋人じゃないからな!」

 事後。
 視線を泳がせながらそう言い、脱いだ衣服を掻き集める彼女。
 自ら身体を許しておいて、今更何を言うのかと……。
 己で衣服を脱ぐこともできない私ですから、貴女が求めなければこのようなこと、起こりはしなかったと、お分かりですか?

「こ、これは……これはだな、ボクの目的のためにお前を、利用させてもらったってだけだ!」

 腹が立ち、首に噛みついたのは、致し方ないことだったと思いませんか?
 こうまでしてその言葉を返されるとは。なので私も……。

「……貴女が私をどう思っているかなど、どうでも良いです」

 そう言い捨てると、先に私を怒らせることを言っておきながら、カッと怒りに頬を染めるのですから、本当に度し難い方ですよ……。

 ……牽制などせずとも、ここに残りつがいになれなどとは申しません。
 貴女は自ら立ちたい人で、私は貴女がそうすることを邪魔するつもりなどないのです……。
 それがお分かり頂けていなかったとは……なんとも腹立たしいことでした。

 ……えぇ。きっと私の説明不足。私が至らなかったのでしょう。
 貴女がそう言うなら、こちらにだって考えがございますとも。
 貴女が私を利用しただけだと言うのは勝手です。好きにしてください。
 けれど私が、貴女は私のものだと、そう主張するのも私の勝手……。
 こちらも好きにさせていただきます。


 ◆


 ともあれ。
 純白を失うことを選んだロレン様の行為を、伯爵家に対する侮辱と取られることは、避けねばなりません。
 相手は聞く耳を持っていなさそうでしたからね。こちらは立場も弱いですし……。
 だからこそ華を手折るという強行手段を取ったわけですが、それ自体をロレン様の伯爵家に対する不敬と主張されるかもしれません。

 さてそれをどうするか……と、悩んでおりましたら、女近衛という立場を肯定すること。それがそのまま牽制になるとおっしゃったのは、やはりレイシール様でした。

「もともと無理を重ねた主張で彼女を欲している伯爵家だ。その程度の手でもあちらの主張は崩せるよ。
 勿論こちらからも根回しするつもりだけれど……ハイン。この件のかなめは俺じゃなく、お前であるべきだ」

 彼女と私のこと、まだお伝えしておりませんでしたのに、とっくに承知しているといった様子。
 吠狼にでも見られていたのでしょうか……? そう思いはしたものの、知られたものは今更仕方がありませんし、開き直ることに致しました。

「では、どう致しましょう……?
 ロレン様は士族家の方ですし、私も爵位を持たぬ身で、更に獣人です。要になるよう申されましても、伯爵家に対し、私では手段がございませんでしょう」

 けれどレイシール様は、あっさり笑顔で「あるよ」と申されました。

「彼女が女近衛であることを肯定してやること。それが伝わればなんでも良いんだから。
 幸いここは、色々なものが揃う職人の街だよ。
 ここで手に入らないものって、案外もう少ないんじゃないかと、俺は思っているんだけどな?」

 意味深にそう言われ、少し考えました。
 ロレン様の職務を手助けできるものを用意すれば良い……? ここで買えるものならば確かに、色々思い当たりますね。

「血の継承も大切だが、国の地盤固めも大切なことだ。
 現状、伯爵家の妻となれる人材は国内に豊富にいるが、女近衛となれる人材は本当に少ない……。
 まして三番目の妻が身籠っておられるそうだから、これを利用してロレンを守ることは、そう難しくないはずだよ。
 実質三ヶ月、彼女を守り通すことができれば、こちらの勝ちにできる」

 女近衛は陛下の肝いりだからね。と、レイシール様。
 成るほど……?
 それだけでは弱いように思いましたが、レイシール様は大丈夫と太鼓判を押します。

「補強はするさ。だけどそれは俺に任せておいたら良い。
 お前はとにかく、ロレンの守りを固めることを考えるんだ」

 そんなわけで、これから買う予定をしていた家具類は見送ることにいたしまして、手持ちの資産を投資することに。
 つまり、ロレン様の身を守るための様々なものを、勝手に用意することに致しました。

 まずは小剣。
 アヴァロンは職人が日々切磋琢磨を続けております関係上、品質の向上に努めた品が多い傾向があります。
 なので、通常の小剣より軽く、柔らかく、切れ味に特化させたと職人が申しておりました品を購入しました。
 現状でこれ以上の剣は作れないと、他の職人も太鼓判を押しておりました逸品です。
 結構な値段でしたが、どこかの貴族が所持して腰を飾っているだけよりは、余程有意義に使われることでしょう。
 そしてもう一品。これはギルにしかお願いできません。

「男装用の補整着を注文したいです」
「……お前のを?」
「まさか。私に必要なはずがありませんでしょうに」
「だよな」

 ロレン様は絶対に身体を測らせてはくれないでしょうから、貴方ギルの目が頼りなのです。
 そう持ちかけますと、天から槍でも降りそうだなとぼやきつつギルは、こう続けました。

「あのなぁ……女近衛に補整着いらねぇだろ?」
「ロレン様には必要かと。彼の方は徹底的に男を目指したい方なので」
「……いや、文句はねぇし、別に良いんだけどな……お前も、何を目指してるんだよ……」
「お気になさらず。貴方ギルの幸せの形が、私の幸せの形ではないというだけの話ですよ」

 つがうことだけが想いを遂げる手段ではないということです。
 ある意味マルの方が、私の気持ちは理解できるのかもしれませんね……。

 補整着の件をギルに取り付け、さて次は……。
 女近衛には制服がありますから、あと誂えることが可能なものはなんだろうか……? と、考えておりましたら、レイシール様がまた助言をくださいました。

「馬だな」
「……近衛の馬は支給されるではございませんか」

 馬がなければ仕事になりませんから、当然ロレン様もお持ちです。
 けれどレイシール様は……。

「支給される馬の馬格は青までだよ」

 馬格……。

 軍馬には馬格と呼ばれる基準があり、青というのは五段階のうちの下限から二位。決して悪い馬ではございませんが、突出して良いものでもございません。
 とはいえ馬はかなりの高級品ですし……それ以上となると……。

「セイバーン生まれの馬格、白が一頭いる。必要ならロジオンと交渉してみれば良い」

 馬格の白は、青よりひとつ上の位です。しかし実質、金でやり取りできる範囲の最高級品でもありました。
 貴族であっても、馬格白を持つ者はそう多くありません。貴族階級の騎士全員に行き渡るほどの数は、確保できないからです。
 まぁ、頭数よりも値段の問題が大きいでしょうね。
 白一頭で、青は十頭買えるのですから。
 しかしあの白は……セイバーンで生まれ、育てた初めての白となるため、ロジオンはレイシール様に献上するのだとおっしゃっていたはず。

「俺に白の馬は分不相応だよ。右手がこれだから、上手く使ってやれないじゃないか。
 せっかくの馬格が、それでは活きないだろう?」

 そう言うレイシール様。
 右腕を失っているこの方は、馬に乗るだけならばともかく、その能力を活かしてやることはできないとのお考えのよう。
 それはその通りではあるのですが……そのお身体を補うための馬格でもあるのです。
 賢く有能な馬は、背の主の意思すら読み、行動できるもの。レイシール様にこそ、馬格の良い馬が必要……。ロジオンも、その考えのもとでそうおっしゃっていたと思うのですが……。

「俺には吠狼たちがいる。
 だから、ロジオンが売ると言うなら、俺に依存は無い。元からそういう契約だし」

 レイシール様がそうおっしゃいましたから、このセイバーンで初めて生まれた、馬格白の牝馬を、購入致しました。
 渋るかと思ったロジオンも、あっさりと了承してくださいましたから、きっとレイシール様から話が通っていたのでしょう。
 これ一頭で家が建つほどの値段でしたが、それで愛しい方の命が買えるならば安いもの。良い買い物ができたと思います。

 それで、残っていた資産のあらかたを使ってしまいましたね。
 隠居生活も見合わせなければならないほどの散財でしたが、彼の方を守る手段がこれしか無いのならば、出し惜しみしている場合ではありません。

 因みに、故郷に帰ると言ったロレン様は、レイシール様が「狼になれる獣人が出払っている」として牽制してくださっていました。
 まだ雪の多いこの時期、狼なくしては旅などできるはずもございません。
 良い上司に恵まれたものだと、その時は思っていたのですが……。

 ◆


 結論から申しますと、彼女が帰還する日は結局早春となりました。
 私の注文いたしました品も、なんとか全て揃いましたので、旅立ちの前日……。

「少し良いですか」

 部屋に戻る途中でロレン様を、私の部屋へとご招待致しました。
 緊張する彼女に、何もしませんよとは言ったのですが、警戒を解いてはくれません……。
 まったく……悪足掻きも大概にしてほしいですね。

「力でも体格でも敵いませんのに、私が怖いのですか?」
「怖いはずないだろ⁉︎」
「左様でしょうとも。でははて……何をおののいておられるのでしょう?」
「お、慄いてない!」

 ちょろいですよね、本当に……。
 そうやって部屋に招いた彼女に、馬以外の用意していた荷物を手渡しました。

「…………なんだこれ」
「選別ですよ。もう貴女がここに来ることもございませんでしょう? 
 私ももう、このセイバーンの地を離れることはないでしょうから、今後お会いすることもないでしょうし、手切れ金の代わりとでも思っていただければ」

 補整着を入れた包みはともかく、小剣にロレン様は目を奪われておりました。
 指の細いこの方に握りやすいよう、つかには革紐ではなく紺の絹紐を巻いております。
 サヤ様曰く、絹紐は血に濡れても柄が滑らず握りやすいのだそう。摩耗が早いため、定期的に巻き直しは必要であるそうですが、身体をはる職務ならば、値段や手間を惜しんでいる場合ではありませんからね。

「…………お前馬鹿だろ。これ相当高価な品なんじゃ……」
「私の財力を馬鹿にされてるんですか? 長年レイシール様に仕えてまいりましたので、それなりなのですよ」

 まぁほぼ使い切りましたけどね……。

「嫌味ったらしぃ……うわっ、何これ軽っ……⁉︎」

 文句を言いつつも、小剣はどうやら気に入ってくださったよう。
 鞘から引き抜いた刃を恍惚とした瞳で見ておりますので、つき返されることはなさそうです。

「……身体を繋げたよしみです。どうか長生きなさってください。寝覚めが悪いのは嫌なので」
「あ、当たり前だろっ、お前もせいぜい長生きするんだなっ! 達者に暮らせ!」
「そうします」
「……あ、有り難く貰っておく……良い品だし」
「えぇ。貴女なら宝の持ち腐れにはならないでしょうから」

 顔を伏せ、鞘に小剣を戻す彼女の瞳が、少し潤んでいるような気がしましたが……どうせそれを私に悟らせたくはないのだろうと思い、視線を逸らしました。
 部屋に帰る彼女を見送り、明日が今生の別れになるのだろうかと、そう……。

「…………」

 女近衛を退くことがなければ、彼女がこの地を訪れる可能性は、残ります。
 離宮建設が進んでおりますし、陛下に付き従って、またこのアヴァロンへお越しになるやもしれませんからね。
 生きているならば、またあいまみえる日が巡ってくる。きっと……。
 その日まで、どうか息災で。
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