12 / 55
12話
しおりを挟む
アルゼリアの服や装飾品を選んだビオラは、準備をアイリーンに任せて応接間に移動した。お客様を待たせてはいけない、とアルゼリアに言われたためだ。
応接間に入ると、椅子にじっと座るライがいた。いつものような笑顔は消え、どこか思いつめたような表情で床を見つめている。
「あの、ライ様?」
ビオラが声をかけるとハッと我に返り、ライが立ち上がる。
「殿下から聞いたんだけど。ビオラちゃんが僕の妹の病気を治せるかもしれないって」
「病気ですか?」
立ち上がったライの元まで行くと、「お座りください」と椅子の方を手で示す。それを断り、立ったままライが言葉を続ける。
「もしも治せる可能性があるなら、時間が惜しいんだ。移動しながら説明したいんだけどいいかな?」
切羽詰まった様子のライに戸惑いながらも、ビオラは昨日ジェレマイアが言っていたことはこの事だと気が付いた。
「アルゼリア様に許可をもらってきます」
そう言うとビオラは急いでアルゼリアのもとへと行った。
王都の道はよく整備されている。特に貴族たちが住む通りは、綺麗で馬車で通るにはちょうど良い。ライの家は貴族の通りを抜け、裕福な平民たちが暮らす通りにあった。
「今朝殿下から、ビオラちゃんだったら寝たきりの妹を救えるかもしれないって聞いてね」
貴族通りを抜けるまで黙っていたライが、ぽつりと言った。しかし、ビオラが本当に妹を救えるのか、信じ切れずにその表情は暗いままだ。
「どんな状況なんですか?」
「実際に見てもらった方がいいよ。家には常に医者と薬師も雇っているから、その二人からも話を聞いてほしい」
そこまで言うとうつむいていたライが顔を上げ、ビオラを睨みつけた。
「もし、救うってことが命を落とすって意味なら。辞めた方がいいよ。殿下の指示だったとしても、僕は君を殺すよ」
「そんなことしません!」
ビオラがぶんぶんと首を振って否定をすると、それに反応を返さずに再びライは黙り込んだ。
それから数分後。貴族通りを抜けた馬車は、ライの自宅へと到着した。
部屋の中には薬独特の臭いが充満していた。ベッドで目を閉じて横になっている少女こそ、ライの妹のピュリアだ。顔は青白く、布団から出ている両手も骨が浮いており痩せている。
「ただいま。ピュリア」
そう言うとライは見たこともない温かな笑顔を浮かべて、ピュリアの頭を優しく撫でた。
「ヴォルカー先生。この子にピュリアの状況と病気について説明してあげて」
そう言うとライはベッドの横に置いてある椅子に座った。ヴォルカーと呼ばれた眼鏡をかけた中年男性は、頷いてビオラの方を見る。
「眠り病は知っているかね?」
「知っています。まさか、ピュリアちゃんがその眠り病なんですか?」
(――確か。数年前に王都で流行った病気で、小さい子がかかると死んだように眠りにつくと言われていたものだ)
眠り病は4年前に王都周辺で流行った病であり、その病気に倒れたのは全て幼い子供たちだった。この病気の特徴としては、一週間ほど高熱が続き、そして眠りについたように意識を失う。
ほかの病気と違うのはその後だった。意識を失った後も、花の蜜など栄養価の高いものを少しずつ飲ませれば、生きることができたのだ。意識を失うと痛みに苦しむこともなく、はたから見ると寝ているだけにしか見えないため、眠り病と呼ばれた。
「ご存じでしたか。この病気にかかって生き残った子は、ほとんどが貴族の子です。しかし、今年に入ってから、花の蜜だけでは栄養が足りないようで、少しずつ餓死をする子も出てきました。このままだと、ピュリアちゃんも危ないでしょう」
バン!とライが自身の太ももをたたき、鈍い音が室内に響く。
「ビオラちゃん。殿下がどんな意図があって僕にあんなことを言ったのか分からないけど、君なら本当に妹を救えるの?」
「少し。ピュリテちゃんに触らせてください」
そう言うとビオラはピュリテの小さな手を握り、触診するように見た。
ビオラの脳内にピュリテの症状や病気の名前が浮かび、そして……
(――よかった!眠り病も薬草で治すことができるんだ!)
脳内に5つほどの薬草、そして煎じ方や与え方が浮かび上がる。これでピュリテを救うことができると、ビオラの表情がぱっと明るくなった。
「ライ様。人を」
「ああ。すまない。少し外へ出て行ってくれないかな」
ライが医師のヴォルカーと、ピュリテの世話をしていた女性を部屋の外に出す。誰もいなくなったことを確認したビオラが口を開いた。
「ピュリテちゃんを救う薬の作り方は分かります。しかし、私には作る手段がないので、薬師さんを紹介していただけますか?」
「分かるって?本当に?この病にかかった貴族の親が、どれだけ金を積んでも分からなかったというのに。君はその一瞬で分かったと言うの?」
真剣な表情を浮かべるビオラにそう言うと、「ふざけるな!」とライが椅子を蹴飛ばして怒鳴った。
「そんなわけないだろう!僕を騙して、君に何の得があるんだ!」
「ないですよ!得なんて。私がライ様を騙して、ピュリテちゃんに嘘の薬を飲ませて。何の意味もないことじゃないですか!」
ビオラもライに負けないほどの大きな声で、そう怒鳴り返す。信じてもらうしかなかった。そうしなければ、目の前のやせ細った小さな少女は、ただ死んでしまうだけだった。
ビオラがまさか怒鳴り返すとは思っていなかったのか、ライはぱちぱちと瞬きをした。
「だから。騙されたと思ってもいいから、薬を飲ませてください。作るのはライ様が雇われているプロの方です。ピュリテちゃんが飲んでも、問題ないでしょう」
落ち着いたトーンでビオラが言うと、ライは力が抜けたように椅子に座り込んだ。
「ごめん。君の言う通りだ。妹のことになると、何も分からなくなるんだ」
もう一度「ごめん」と繰り返すと、ライは部屋の外に出て薬師を呼びに行った。
応接間に入ると、椅子にじっと座るライがいた。いつものような笑顔は消え、どこか思いつめたような表情で床を見つめている。
「あの、ライ様?」
ビオラが声をかけるとハッと我に返り、ライが立ち上がる。
「殿下から聞いたんだけど。ビオラちゃんが僕の妹の病気を治せるかもしれないって」
「病気ですか?」
立ち上がったライの元まで行くと、「お座りください」と椅子の方を手で示す。それを断り、立ったままライが言葉を続ける。
「もしも治せる可能性があるなら、時間が惜しいんだ。移動しながら説明したいんだけどいいかな?」
切羽詰まった様子のライに戸惑いながらも、ビオラは昨日ジェレマイアが言っていたことはこの事だと気が付いた。
「アルゼリア様に許可をもらってきます」
そう言うとビオラは急いでアルゼリアのもとへと行った。
王都の道はよく整備されている。特に貴族たちが住む通りは、綺麗で馬車で通るにはちょうど良い。ライの家は貴族の通りを抜け、裕福な平民たちが暮らす通りにあった。
「今朝殿下から、ビオラちゃんだったら寝たきりの妹を救えるかもしれないって聞いてね」
貴族通りを抜けるまで黙っていたライが、ぽつりと言った。しかし、ビオラが本当に妹を救えるのか、信じ切れずにその表情は暗いままだ。
「どんな状況なんですか?」
「実際に見てもらった方がいいよ。家には常に医者と薬師も雇っているから、その二人からも話を聞いてほしい」
そこまで言うとうつむいていたライが顔を上げ、ビオラを睨みつけた。
「もし、救うってことが命を落とすって意味なら。辞めた方がいいよ。殿下の指示だったとしても、僕は君を殺すよ」
「そんなことしません!」
ビオラがぶんぶんと首を振って否定をすると、それに反応を返さずに再びライは黙り込んだ。
それから数分後。貴族通りを抜けた馬車は、ライの自宅へと到着した。
部屋の中には薬独特の臭いが充満していた。ベッドで目を閉じて横になっている少女こそ、ライの妹のピュリアだ。顔は青白く、布団から出ている両手も骨が浮いており痩せている。
「ただいま。ピュリア」
そう言うとライは見たこともない温かな笑顔を浮かべて、ピュリアの頭を優しく撫でた。
「ヴォルカー先生。この子にピュリアの状況と病気について説明してあげて」
そう言うとライはベッドの横に置いてある椅子に座った。ヴォルカーと呼ばれた眼鏡をかけた中年男性は、頷いてビオラの方を見る。
「眠り病は知っているかね?」
「知っています。まさか、ピュリアちゃんがその眠り病なんですか?」
(――確か。数年前に王都で流行った病気で、小さい子がかかると死んだように眠りにつくと言われていたものだ)
眠り病は4年前に王都周辺で流行った病であり、その病気に倒れたのは全て幼い子供たちだった。この病気の特徴としては、一週間ほど高熱が続き、そして眠りについたように意識を失う。
ほかの病気と違うのはその後だった。意識を失った後も、花の蜜など栄養価の高いものを少しずつ飲ませれば、生きることができたのだ。意識を失うと痛みに苦しむこともなく、はたから見ると寝ているだけにしか見えないため、眠り病と呼ばれた。
「ご存じでしたか。この病気にかかって生き残った子は、ほとんどが貴族の子です。しかし、今年に入ってから、花の蜜だけでは栄養が足りないようで、少しずつ餓死をする子も出てきました。このままだと、ピュリアちゃんも危ないでしょう」
バン!とライが自身の太ももをたたき、鈍い音が室内に響く。
「ビオラちゃん。殿下がどんな意図があって僕にあんなことを言ったのか分からないけど、君なら本当に妹を救えるの?」
「少し。ピュリテちゃんに触らせてください」
そう言うとビオラはピュリテの小さな手を握り、触診するように見た。
ビオラの脳内にピュリテの症状や病気の名前が浮かび、そして……
(――よかった!眠り病も薬草で治すことができるんだ!)
脳内に5つほどの薬草、そして煎じ方や与え方が浮かび上がる。これでピュリテを救うことができると、ビオラの表情がぱっと明るくなった。
「ライ様。人を」
「ああ。すまない。少し外へ出て行ってくれないかな」
ライが医師のヴォルカーと、ピュリテの世話をしていた女性を部屋の外に出す。誰もいなくなったことを確認したビオラが口を開いた。
「ピュリテちゃんを救う薬の作り方は分かります。しかし、私には作る手段がないので、薬師さんを紹介していただけますか?」
「分かるって?本当に?この病にかかった貴族の親が、どれだけ金を積んでも分からなかったというのに。君はその一瞬で分かったと言うの?」
真剣な表情を浮かべるビオラにそう言うと、「ふざけるな!」とライが椅子を蹴飛ばして怒鳴った。
「そんなわけないだろう!僕を騙して、君に何の得があるんだ!」
「ないですよ!得なんて。私がライ様を騙して、ピュリテちゃんに嘘の薬を飲ませて。何の意味もないことじゃないですか!」
ビオラもライに負けないほどの大きな声で、そう怒鳴り返す。信じてもらうしかなかった。そうしなければ、目の前のやせ細った小さな少女は、ただ死んでしまうだけだった。
ビオラがまさか怒鳴り返すとは思っていなかったのか、ライはぱちぱちと瞬きをした。
「だから。騙されたと思ってもいいから、薬を飲ませてください。作るのはライ様が雇われているプロの方です。ピュリテちゃんが飲んでも、問題ないでしょう」
落ち着いたトーンでビオラが言うと、ライは力が抜けたように椅子に座り込んだ。
「ごめん。君の言う通りだ。妹のことになると、何も分からなくなるんだ」
もう一度「ごめん」と繰り返すと、ライは部屋の外に出て薬師を呼びに行った。
19
あなたにおすすめの小説
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
義母の企みで王子との婚約は破棄され、辺境の老貴族と結婚せよと追放されたけど、結婚したのは孫息子だし、思いっきり歌も歌えて言うことありません!
もーりんもも
恋愛
義妹の聖女の証を奪って聖女になり代わろうとした罪で、辺境の地を治める老貴族と結婚しろと王に命じられ、王都から追放されてしまったアデリーン。
ところが、結婚相手の領主アドルフ・ジャンポール侯爵は、結婚式当日に老衰で死んでしまった。
王様の命令は、「ジャンポール家の当主と結婚せよ」ということで、急遽ジャンポール家の当主となった孫息子ユリウスと結婚することに。
ユリウスの結婚の誓いの言葉は「ふん。ゲス女め」。
それでもアデリーンにとっては、緑豊かなジャンポール領は楽園だった。
誰にも遠慮することなく、美しい森の中で、大好きな歌を思いっきり歌えるから!
アデリーンの歌には不思議な力があった。その歌声は万物を癒し、ユリウスの心までをも溶かしていく……。
「聖女は2人もいらない」と追放された聖女、王国最強のイケメン騎士と偽装結婚して溺愛される
沙寺絃
恋愛
女子高生のエリカは異世界に召喚された。聖女と呼ばれるエリカだが、王子の本命は一緒に召喚されたもう一人の女の子だった。「 聖女は二人もいらない」と城を追放され、魔族に命を狙われたエリカを助けたのは、銀髪のイケメン騎士フレイ。 圧倒的な強さで魔王の手下を倒したフレイは言う。
「あなたこそが聖女です」
「あなたは俺の領地で保護します」
「身柄を預かるにあたり、俺の婚約者ということにしましょう」
こうしてエリカの偽装結婚異世界ライフが始まった。
やがてエリカはイケメン騎士に溺愛されながら、秘められていた聖女の力を開花させていく。
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる