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44話
しおりを挟むシャンデリアの光が、テーブル上のシャンパンに反射してキラキラ光る。そこはまさにビオラには異世界で、豪華なドレスを着ている貴族令嬢の仲間入りをしたとは信じられなかった。
「ブルクハルト公爵閣下。ビオラ公爵令嬢。ご入場です」
扉に立つ男がそう叫ぶと、中にいた人が一斉にビオラたちを見た。
(――あ。全然違う。歓迎されてないんだ)
公爵家の人から受けた先ほどの視線とは異なり、貴族たちは侮蔑、警戒、見定め。けして良い視線とは言えなかった。
(――胸を張ろう。平民の私が殿下と一緒になるなら、こんなのきっとどこでもあることだ)
ビオラは顎を引き、グッと胸を張った。黒いドレスと相まって、凛とした雰囲気のビオラはつい昨日まで侍女だったとは思えない雰囲気があった。
会場内ではブルクハルト公爵がすぐ別の貴族男性と話に行ってしまい、ビオラはシャンパンを片手に立っていた。
(――絵画だと思ってみると、中々お酒が進んでいい感じだね)
キラキラ輝く人たちを見ながら飲む酒は美味しい、とビオラは1人酒も食事を楽しんでいた。しばらく1人で過ごしていると、後ろから女性たちが近づいてきた。
「こんなところにいたんですの?今日の主役じゃないですか。こちらにいらして」
「そうよそうよ」
真っ赤なドレスに身を包んだ女性が、ビオラに声をかける。その後ろには4人ほど貴族の女性が立っている。
「こちらとは?」
「まぁ。テラスの方に席があるのをご存知ないのかしら?仕方がないわよね。昨日までは全くの……うふふ」
嫌な笑い方をする女性にビオラはため息をつきたくなるのを我慢して、ひとまず着いて行くことにした。
(――どこの令嬢が分からないし、嫌なことされたら帰ってくればいいや)
ビオラが着いて行くと、中庭にはすでに女性ばかりが集まる席が用意されていた。外はすっかり暗くなっているが、中庭にはランタンが灯され明るい。
「こちらへどうぞ」
「ありがとう」
敬語を使えば何かを言われるな、と思ったビオラが短くお礼を言い、促された席に座る。
(――下座だね。それに会話に入れる気もなさそう)
上座に座る女性はちらり、とビオラを一瞥すると、挨拶もせずにそのまま会話に花を咲かせる。ビオラを連れてきた女性も、その会話に参加してビオラの方を見もしない。
ビオラはふう、とため息をついて、ぼうっとそのまま考え事を始めた。
(――会話に入れてもらえないくらいなら別にいいや。それよりも、公爵に養子に入ってから、殿下はすぐ婚約発表するって言ってたよね。まだちゃんと返事を言えてないのにいいのかな)
「ねぇ。ちょっと!キャサリン様の声が聞こえないの?」
先ほどビオラをこの席に連れてきた女性が、目を吊り上げて言う。ビオラがそちらをちらりと見た瞬間、手に持っていたグラスの中身をビオラへぶちまけた。
(――あ。水か。よかった。でも、黙ったままだと公爵家のみんなに申し訳ない)
水はビオラの前髪と頬に少し飛び、残りは全てドレスの腹部辺りにかかった。ドレスがじんわりと濡れ、その部分だけ黒色が濃くなっている。
「ごめんなさい。手がすべりましたわ」
「もう。シフォンったら。さすがにそれは可哀想だわ」
キャサリンと呼ばれた女性がクスクス笑うと、他の席の女性も笑い出した。居心地悪そうにしている人も数名いるのが、ビオラにとっては救いだった。
「あの。ここがどこかお分かりですか?」
「どこって。キャサリン様のいるお席よ」
「そうじゃなくて。この会場が公爵家だと分かっていますか?」
ビオラが立ち上がると、給仕をしていた公爵家の使用人がタオルを手渡しに近寄る。お礼を言ってタオルでそっと前髪を拭うと、座ったままのシフォンに顔を近づけた。
「私はブルクハルト公爵家の娘です。噂話だけならまだしも、直接害を与えて貴方はどう責任を取るのですか?公爵家に水をかけても大丈夫なほど、貴方の地位は高いのですか?」
「な。なによ。昨日まで平民だったくせに」
「そうですよ。でも、今日からは違うことをお分かりいただけました?」
全く物おじせずに反発するビオラに、シフォンがキャサリンへ助けを求めるように視線を送る。
「わざとじゃないわ。シフォンは少し抜けたところがあるから。ほら、手がすべったと言ってたじゃない」
「そうですか。それを貴方に言われて、なぜ私が許さなければならないのですか?」
「まあ。やはり下賎な方は恐ろしいわ」
そう言ってわざとらしく震えてみせるキャサリンに、ビオラはうんざりとしたようにため息をつく。
ここにいてもしょうがない。無視して会場に戻っても、公爵家には迷惑をかけることはなさそうだ。そう判断したビオラは、無言でその場から立ち去ろうとした。
「怖いわ。あんな方が私みたいな高位貴族になるなんて」
キャサリンは怖がるふりをして周りに言うと、周りの女性たちも賛同するように頷く。後ろから近づくジェレマイアにも気が付かず、口々にビオラへの悪態をつく。
「楽しそうだな」
中庭に突然現れたジェレマイアに、キャサリンがきゃあと黄色い悲鳴をあげて立ち上がる。
「王国の麗しき太陽であらせられるジェレマイア殿下に、ご挨拶いたします。私、シュバーン伯爵家の」
「ビオラ。どこに行くんだ?」
ジェレマイアに挨拶をするキャサリンの横を素通りして、ビオラの方に真っ直ぐ向かってきた。
「すでに酔われたレディがいらっしゃって。少し濡れてしまったので、一度拭きに行くところです」
タオルで腹部をそっと押さえるビオラに、ジェレマイアはギロっとキャサリンたちを睨みつけた。
「なんだ。これは。責任を取らせねばな。おい、ビオラに飲み物をかけたのは誰だ?」
「恐れながら。なぜ、殿下はその子を庇われるのですか?」
「俺の妻になる女だからだ。先ほどのビオラへの発言を後悔すると良い。お前らの顔は覚えたからな」
そう言うとジェレマイアがビオラの頬にキスをする。きゃあ、と女性たちが反応すると、ビオラがジェレマイアの顎をぐっと押した。
「やめてください。殿下」
無礼な行為に周りの人たちがさっと顔色を変えると、ジェレマイアは楽しそうに笑って、先ほどとは反対側の頬にキスをした。
「可愛いな。この後すぐ我々の結婚を発表する。行こう」
そう言ってビオラの手を取ると、彼女の身支度を整えるためにジェレマイアは休憩室の方へ歩き出した。
「待って!嘘でしょう?聖女様なら分かりますが、その子では納得できません!」
金切り声で叫ぶキャサリンへ、ジェレマイアは振り返らずに一言。
「お前の許可を取る必要はない。下がれ」
冷たく声をかけられたキャサリンは、興奮しすぎたのかその場にふらり、と倒れ込んだ。
キャサリンを心配する声や医師を呼ぶ声が聞こえるが、ジェレマイアは全く振り返らない。
「ドレスはどうだ?」
「とても素敵です。かけられたのも水で、タオルで叩けば取れるくらいなので」
侍女時代に磨いた技です、と誇らしげに言うビオラ。そんな彼女に、可愛くて仕方がない、といった様子のジェレマイアがなでなで、と頭を撫でた。
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