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序章
第3話:聖桜剣
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それは月夜が照らす漆黒の森の中を煌々と照らす。豪華絢爛な意匠が施された柄と鍔に、そこから真っ直ぐに伸びる刀身。その刀身は桜の花のような薄紅色の美しい輝きを放ち闇夜の森を煌々と照らし上げる。
その場にいた誰もが一瞬、我を忘れ、その輝きに魅了された。
その輝きが視界に入れば他のものは全て視界から消え去った。
高貴さ、神聖さ、気高さ、それら全てを感じさせる圧倒的な輝き。
薄紅色に輝く刀身にはそれだけの魔力があった。
ナハトとドラセナを包囲した男たちも今だけは自分の使命も忘れて呆然とその輝きに見入る。
剣を引き抜いたナハト自身も、そばで見ていたドラセナもその輝きに魅了された。
聖桜剣キルシェ。人類最古の幻想具であり、四大至宝と讃えられる伝説の剣はその名にまるで名前負けしない威光をその場にいた者たち全員に見せつけた。
その輝きにどれほどの時間、その場にいた人間は見惚れていただろう。
ややあってナハトがようやく自分の手にある物を認識する。
聖桜剣。誰も引き抜けたことがない伝説の剣。それが自分の手の中に収まっている。
ナハトは一介の高校生に過ぎない。不可思議な力などとは全くの無縁の存在だ。
それでも尚、今、手に持つ剣が普通の存在ではないということくらいは感じ取ることができる。
薄紅色の輝きを放つ剣からは不思議な力が感じ取れ、自分の体内に力が流れ込んでくるような感覚を抱く。
それは錯覚かとも思ったが、そうではない、とすぐに気付く。
この剣からは不思議な力が自分の体内に流れてきているのだ。
全身に力が漲る。
夜の森を走り回り逃げ回り疲弊しているはずの体に力が宿る。
平常時の自分を遥かに超えた力が今のこの体に溢れていることを感じる。
右手だけで握っていた剣の柄に左手を添えて、両手で握りしめてみる。
ビュウ、と風が吹いた。聖桜剣の刀身からは溢れんばかりの暴風が吹き荒れ、辺りを暴れまわる。
その暴風の中でさっき以上のさらなる力が自分の体内に流れ込んでくることをナハトは感じる。
暴風が吹き荒れた末、そこにあったのはやはり見る目を奪う美しい薄紅色の輝きだった。
全身に力を感じる。剣を握る右腕も左腕も、それどころか両足。さらには肺などの体内の器官も、全てに力が満ちていることを感じる。
これがこの剣の力か、と思う。
聖桜剣。それが持ち主にもたらす圧倒的な力。
「ナ、ナハト……?」と呆然と自分を見上げていたドラセナが口を開く。「大丈夫だ」とナハトは返す。
「この剣の圧倒的な力を感じる。この剣が俺に力を与えてくれている」
そう言い、自分たちを包囲している男たちを見渡す。
聖桜剣の輝きに見惚れていた男たちもようやく我を取り戻し、本来の自分たちの役目を果たそうとしているようだった。
聖桜剣の威圧に明らかにひるんだ様子を見せつつもそれでも逃げ出すことはせず、ジリジリとナハトたちとの距離を詰めてくる。
恐怖を感じたのだろう。ドラセナがナハトの側に引っ付き、その服の裾を掴む。「大丈夫」と再びナハトはドラセナに声をかけた。
「お前は、俺が守る」
ドラセナの方を向いて言う。その言葉にドラセナは呆けたような顔になったが、すぐに安堵の表情で「うん」と頷く。
「この剣が俺に与えてくれた力がある。こんな奴らなんかどうってことはない」
そう言い、決意を秘めた瞳で迫り来る男たちを見据える。
それはハッタリでも虚勢でもなんでもなかった。
伝説の剣、それは嘘でもなんでもない。この剣はたしかに自分に絶大な力を与えてくれる。この剣があれば負ける気などまるでしない。
少なくともこんな剣や斧で武装しただけの男たちが相手ならば。
ナハトの言葉に男たちの先頭を切っていた男がナハトを睨む。
「ちょ、調子に乗ってんじゃねえぞ、このガキがあ! いくら聖桜剣を抜いたからって、そんな剣一本で俺たちに勝てると思うな!」
チンピラ丸出しの罵声だった。
おかしくなってナハトはクスリ、と笑う。そして、右手一本で聖桜剣を持ち、その薄紅色の刀身を男の方に真っ直ぐに突きつける。
「なら、試してみるか?」
ナハトに真っ直ぐ見据えられ、男は少しひるんだ様子を見せた。しかし、すぐにナハトを睨み返すと「調子に乗るな、ガキがあ!」と叫びながら、ナハトに襲い掛かってきた。
片手剣を上段に振りかぶり、一気にナハトの胸を目掛けて振り下ろす。「……ッ!?」と困惑の表情になったのは男の方だ。いつの間にか男に突き付けられていたはずの聖桜剣が男が振り下ろした剣を受け止めていたからだ。
男は渾身の力を込めて、剣を振り下ろそうとしているようだが、聖桜剣に受け止められた剣は宙空で静止し、ピクリとも動かない。
一方、ナハトの方はほとんど力を込めてはいなかった。なんて軽い一撃だ、と感じ、すぐにそれが間違いだと気付く。軽く感じているだけなのだ。
男は剣に全身全霊の筋力を込めて押し込んでいる。それでも全く重さを感じない程に聖桜剣の恩恵を受けたナハトの肉体が、筋力が、強化されているのだ。
「せい!」とナハトは聖桜剣を握る右腕に力を込めた。それだけで聖桜剣が受け止めていた男の剣は一気に押し戻され、男の体も後方に押されたたらを踏む。
「ぐっ……」と男はナハトを睨んだ。しかし、そこにあるのは恐怖。
「今度はこっちから行くぞ」
ナハトはそう宣言し、右腕一本で聖桜剣を振りかぶる。男は剣を構え、ナハトがさっきやったように受け止めんとする。だが、それはかなわなかった。
ガン、と金属と金属が激しくぶつかり合う音がしたと思えば、男の剣が真後ろに吹っ飛んでいく。
振り下ろされた聖桜剣の一撃を受けて、受け止めきれずに男の右手から剣が離れていってしまったのだった。
男は呆然と徒手になった右手を眺める。そして、ナハトの方を恐怖の瞳で見る。
「ひ、ひぃ……!」と情けない声をもらし、男は後方に下がる。
「こ、殺せ! このガキを殺せぇ!」
その男の一声が引き金となり、周囲で様子を伺っていた男の仲間たちが一声にナハトに襲い掛かってくる。
まずは斧を持った男だった。斧を横ぶりに振りかぶり、ナハトの体を横薙ぎにせんと襲い来る。
それをナハトは平常時を遥かに超える動体視力で見切った。体をそらす。斧は宙空を斬り、その斧に向けて聖桜剣を振り下ろす。木っ端微塵だった。斧、いや、斧だったものはバラバラに打ち砕かれ、その破片を宙空に散らす。
斧を持っていた男の仰天した顔が目に入るが、その相手をしていられない。
次は二人の男が同時に剣で襲って来た。ある程度の連携は見せた二人がかりでの剣の攻撃。しかし、その剣筋も見切れる。あるいは避け、あるいは聖桜剣で受け流す。
攻撃の隙間に訪れる一瞬の隙を見逃すことはせず、ナハトは剣目掛けて聖桜剣を振り下ろした。
その男は剣を振りかぶり真っ向から対決しようとしてきた。剣と剣が、刀身と刀身がぶつかり合う。残ったのは薄紅色の刀身だけだった聖桜剣とまともに打ち合った剣は根本からポッキリと折れ、使い物にならなくなっていた。
「うわああああ!」と悲鳴に近い声を上げ、もう一人の男もナハトに剣を振り下ろすがそれも回避し、刀身を聖桜剣で粉砕した。
次から次へと男たちはナハトに襲い掛かってきたがそれら全ての攻撃をナハトは躱し、受け止め、逆に相手の武器を破壊する。
普段のナハトならこんなことはできない。聖桜剣の力の恩恵と思う他なかった。聖桜剣がナハトの肉体を異常なレベルにまで強化しているのだ。
遠くから弓矢を撃ってきた者もいたがそれも迫り来る矢をはたき落とした。
気が付けば、ナハトに襲い掛かってくる者はいなくなっていた。
ナハトから少し離れたところまで下がった男たちの手にある武器は大半は破壊されているか、武器は無事な者も戦意など欠片も残っていない様子だった。
一方、聖桜剣を構えたナハトには傷らしい傷の一つもなければ、全く疲弊した様子もない。
男たちは絶望的な表情を浮かべてナハトを見る。
男たちは困惑も驚愕も通り越して、恐慌の中にあった。どういうことだ。目の前の小僧が持ってるのは伝説の聖剣、聖桜剣キルシェ。それは分かっている。それでも、こっちは二十人いたんだぞ? 一人の小僧を殺して、一人の小娘を奪い返す。
それだけの簡単な任務のはずだったのだ。だというのに、どうして。どうして、こちらの面々は全員が戦意を喪失し、地べたにへたり込み、小僧が余裕すら感じさせる態度で小娘を守るように側に立って薄紅色に輝く剣をかざしているのか。
総掛かりで掛かった。手抜きなど一切しなかった。そんな情けなどかけてやるつもりはなかった。
しかし、二十人掛かりの暴力は薄紅色の刀身の剣を手にした小僧の手によって完膚なきまでに粉砕され、圧倒され、打倒された。
全くかなわなかった。次元が違うとしか言いようがない。それだけの力をこの小僧は持っている。リーダー格の男が仲間たちを見渡す。そこにあるのはただただ恐怖の色だけだ。
「か、かなわない……」
「これが聖桜剣の力……」
「桜の勇者の力か……」
そんな呟きが男たちの間で囁かれる。こんな奴相手にかないっこない。逃げよう。一刻も早く逃げよう。やっぱり聖桜剣の伝説は本当だったんだ。誰もが無言でそう言っていた。
ナハトはリーダー格と思わしき男の方を向くと口を開く。
「このまま引き下がるのなら、俺はこれ以上、何もしない。ただし、ドラセナには、この子にはもう二度と手を出すな、いいな?」
ナハトの目が細められ、相手を睨む。リーダー格の男は怯えの表情でコクリコクリ、と頷く。「て、てめえら、退散だ!」との声が森に響いたのはそのすぐ後だった。
その言葉を待っていたとばかりに男たちは次々に立ち上がり、まさしく脱兎のごとくその場から逃げ出す。
そうして、その場にいるのがナハトとドラセナの二人だけになった時、ナハトは始めてふぅ、と息をついた。
「大丈夫か? ドラセナ?」
「わたしは大丈夫」
そう言うドラセナに闇夜の森を逃げ回った疲弊の色はあるが、それ以上はない。どうやら先程の大立ち回りの巻き添えを食らわせることは避けられたようだ。
「そういうナハトこそ、大丈夫? あんなに沢山の人を相手にして……」
「ああ」
ドラセナの上目遣いの言葉にナハトは頷くと右手に持つ聖桜剣を示した。「こいつのおかげだよ」と笑う。
「こいつが俺に力を与えてくれたおかげであれだけの数の人間を相手に戦うことができた。こいつはたしかに伝説の剣だ」
「聖桜剣キルシェ……伝説は、本当だったのね……」
今でも半信半疑といった様子でドラセナは薄紅色の刀身を見上げる。とはいえ、先程、ナハトが見せた超人的な力を目の当たりにしては信じざるを得ないだろう。
「まさかナハトが聖桜剣に選ばれた人間だったなんて……」と呟く。その言葉も半信半疑といったところだ。
無理も無い。ナハト自身、自分が伝説の剣に選ばれるような大層な人間だったなんて信じられないくらいなのだから。
しかし、今はそれよりも訊きたいことがあった。
「それよりもここはどこなんだ? 日本なのか?」
「ニホン……?」
ドラセナはキョトンとした目をする。
「ニホンという単語はわたしは知らない。でもここがどこかは分かる。聖域があるってことはイシュマール地方。ヴァルチザン帝国に近いアインクラフト王国の領地」
「イシュマールにヴァルチザンにアインクラフト……ね」
そのどれもナハトには初めて聞く単語だった。それに日本を知らないとなると本格的にここはどこなのか。そんなことを思っているとナハトでもドラセナでもない人間の声がした。
「待っていました。聖桜剣の使い手よ」
二人して声の方にハッと振り向く。
そこには一人の少女がいた。ドラセナよりは年上に見える。ナハトと同年代くらいだろうか。少女は神秘的な雰囲気を纏いながらもその表情には微笑みを浮かべてナハトたちを見ている。
青い髪をした美しい少女だった。RPGなどで神官や僧侶が着ているようなイメージの神秘的な青と白で彩られた服を身に纏っており、強調されていないがその胸はかなり大きい。スカートの丈も長く聖職者、という印象を受ける。
最初は先程戦った男たちの仲間か、と警戒心を抱いたナハトだったがそういう訳ではなさそうだった。
「アンタは……?」とナハトは少女に声をかける。
「私の名はイヴ。イヴ・エルヴァンジェ。聖桜剣を守る一族の者です。聖桜剣の使い手が現れることをずっと、待っていました」
その場にいた誰もが一瞬、我を忘れ、その輝きに魅了された。
その輝きが視界に入れば他のものは全て視界から消え去った。
高貴さ、神聖さ、気高さ、それら全てを感じさせる圧倒的な輝き。
薄紅色に輝く刀身にはそれだけの魔力があった。
ナハトとドラセナを包囲した男たちも今だけは自分の使命も忘れて呆然とその輝きに見入る。
剣を引き抜いたナハト自身も、そばで見ていたドラセナもその輝きに魅了された。
聖桜剣キルシェ。人類最古の幻想具であり、四大至宝と讃えられる伝説の剣はその名にまるで名前負けしない威光をその場にいた者たち全員に見せつけた。
その輝きにどれほどの時間、その場にいた人間は見惚れていただろう。
ややあってナハトがようやく自分の手にある物を認識する。
聖桜剣。誰も引き抜けたことがない伝説の剣。それが自分の手の中に収まっている。
ナハトは一介の高校生に過ぎない。不可思議な力などとは全くの無縁の存在だ。
それでも尚、今、手に持つ剣が普通の存在ではないということくらいは感じ取ることができる。
薄紅色の輝きを放つ剣からは不思議な力が感じ取れ、自分の体内に力が流れ込んでくるような感覚を抱く。
それは錯覚かとも思ったが、そうではない、とすぐに気付く。
この剣からは不思議な力が自分の体内に流れてきているのだ。
全身に力が漲る。
夜の森を走り回り逃げ回り疲弊しているはずの体に力が宿る。
平常時の自分を遥かに超えた力が今のこの体に溢れていることを感じる。
右手だけで握っていた剣の柄に左手を添えて、両手で握りしめてみる。
ビュウ、と風が吹いた。聖桜剣の刀身からは溢れんばかりの暴風が吹き荒れ、辺りを暴れまわる。
その暴風の中でさっき以上のさらなる力が自分の体内に流れ込んでくることをナハトは感じる。
暴風が吹き荒れた末、そこにあったのはやはり見る目を奪う美しい薄紅色の輝きだった。
全身に力を感じる。剣を握る右腕も左腕も、それどころか両足。さらには肺などの体内の器官も、全てに力が満ちていることを感じる。
これがこの剣の力か、と思う。
聖桜剣。それが持ち主にもたらす圧倒的な力。
「ナ、ナハト……?」と呆然と自分を見上げていたドラセナが口を開く。「大丈夫だ」とナハトは返す。
「この剣の圧倒的な力を感じる。この剣が俺に力を与えてくれている」
そう言い、自分たちを包囲している男たちを見渡す。
聖桜剣の輝きに見惚れていた男たちもようやく我を取り戻し、本来の自分たちの役目を果たそうとしているようだった。
聖桜剣の威圧に明らかにひるんだ様子を見せつつもそれでも逃げ出すことはせず、ジリジリとナハトたちとの距離を詰めてくる。
恐怖を感じたのだろう。ドラセナがナハトの側に引っ付き、その服の裾を掴む。「大丈夫」と再びナハトはドラセナに声をかけた。
「お前は、俺が守る」
ドラセナの方を向いて言う。その言葉にドラセナは呆けたような顔になったが、すぐに安堵の表情で「うん」と頷く。
「この剣が俺に与えてくれた力がある。こんな奴らなんかどうってことはない」
そう言い、決意を秘めた瞳で迫り来る男たちを見据える。
それはハッタリでも虚勢でもなんでもなかった。
伝説の剣、それは嘘でもなんでもない。この剣はたしかに自分に絶大な力を与えてくれる。この剣があれば負ける気などまるでしない。
少なくともこんな剣や斧で武装しただけの男たちが相手ならば。
ナハトの言葉に男たちの先頭を切っていた男がナハトを睨む。
「ちょ、調子に乗ってんじゃねえぞ、このガキがあ! いくら聖桜剣を抜いたからって、そんな剣一本で俺たちに勝てると思うな!」
チンピラ丸出しの罵声だった。
おかしくなってナハトはクスリ、と笑う。そして、右手一本で聖桜剣を持ち、その薄紅色の刀身を男の方に真っ直ぐに突きつける。
「なら、試してみるか?」
ナハトに真っ直ぐ見据えられ、男は少しひるんだ様子を見せた。しかし、すぐにナハトを睨み返すと「調子に乗るな、ガキがあ!」と叫びながら、ナハトに襲い掛かってきた。
片手剣を上段に振りかぶり、一気にナハトの胸を目掛けて振り下ろす。「……ッ!?」と困惑の表情になったのは男の方だ。いつの間にか男に突き付けられていたはずの聖桜剣が男が振り下ろした剣を受け止めていたからだ。
男は渾身の力を込めて、剣を振り下ろそうとしているようだが、聖桜剣に受け止められた剣は宙空で静止し、ピクリとも動かない。
一方、ナハトの方はほとんど力を込めてはいなかった。なんて軽い一撃だ、と感じ、すぐにそれが間違いだと気付く。軽く感じているだけなのだ。
男は剣に全身全霊の筋力を込めて押し込んでいる。それでも全く重さを感じない程に聖桜剣の恩恵を受けたナハトの肉体が、筋力が、強化されているのだ。
「せい!」とナハトは聖桜剣を握る右腕に力を込めた。それだけで聖桜剣が受け止めていた男の剣は一気に押し戻され、男の体も後方に押されたたらを踏む。
「ぐっ……」と男はナハトを睨んだ。しかし、そこにあるのは恐怖。
「今度はこっちから行くぞ」
ナハトはそう宣言し、右腕一本で聖桜剣を振りかぶる。男は剣を構え、ナハトがさっきやったように受け止めんとする。だが、それはかなわなかった。
ガン、と金属と金属が激しくぶつかり合う音がしたと思えば、男の剣が真後ろに吹っ飛んでいく。
振り下ろされた聖桜剣の一撃を受けて、受け止めきれずに男の右手から剣が離れていってしまったのだった。
男は呆然と徒手になった右手を眺める。そして、ナハトの方を恐怖の瞳で見る。
「ひ、ひぃ……!」と情けない声をもらし、男は後方に下がる。
「こ、殺せ! このガキを殺せぇ!」
その男の一声が引き金となり、周囲で様子を伺っていた男の仲間たちが一声にナハトに襲い掛かってくる。
まずは斧を持った男だった。斧を横ぶりに振りかぶり、ナハトの体を横薙ぎにせんと襲い来る。
それをナハトは平常時を遥かに超える動体視力で見切った。体をそらす。斧は宙空を斬り、その斧に向けて聖桜剣を振り下ろす。木っ端微塵だった。斧、いや、斧だったものはバラバラに打ち砕かれ、その破片を宙空に散らす。
斧を持っていた男の仰天した顔が目に入るが、その相手をしていられない。
次は二人の男が同時に剣で襲って来た。ある程度の連携は見せた二人がかりでの剣の攻撃。しかし、その剣筋も見切れる。あるいは避け、あるいは聖桜剣で受け流す。
攻撃の隙間に訪れる一瞬の隙を見逃すことはせず、ナハトは剣目掛けて聖桜剣を振り下ろした。
その男は剣を振りかぶり真っ向から対決しようとしてきた。剣と剣が、刀身と刀身がぶつかり合う。残ったのは薄紅色の刀身だけだった聖桜剣とまともに打ち合った剣は根本からポッキリと折れ、使い物にならなくなっていた。
「うわああああ!」と悲鳴に近い声を上げ、もう一人の男もナハトに剣を振り下ろすがそれも回避し、刀身を聖桜剣で粉砕した。
次から次へと男たちはナハトに襲い掛かってきたがそれら全ての攻撃をナハトは躱し、受け止め、逆に相手の武器を破壊する。
普段のナハトならこんなことはできない。聖桜剣の力の恩恵と思う他なかった。聖桜剣がナハトの肉体を異常なレベルにまで強化しているのだ。
遠くから弓矢を撃ってきた者もいたがそれも迫り来る矢をはたき落とした。
気が付けば、ナハトに襲い掛かってくる者はいなくなっていた。
ナハトから少し離れたところまで下がった男たちの手にある武器は大半は破壊されているか、武器は無事な者も戦意など欠片も残っていない様子だった。
一方、聖桜剣を構えたナハトには傷らしい傷の一つもなければ、全く疲弊した様子もない。
男たちは絶望的な表情を浮かべてナハトを見る。
男たちは困惑も驚愕も通り越して、恐慌の中にあった。どういうことだ。目の前の小僧が持ってるのは伝説の聖剣、聖桜剣キルシェ。それは分かっている。それでも、こっちは二十人いたんだぞ? 一人の小僧を殺して、一人の小娘を奪い返す。
それだけの簡単な任務のはずだったのだ。だというのに、どうして。どうして、こちらの面々は全員が戦意を喪失し、地べたにへたり込み、小僧が余裕すら感じさせる態度で小娘を守るように側に立って薄紅色に輝く剣をかざしているのか。
総掛かりで掛かった。手抜きなど一切しなかった。そんな情けなどかけてやるつもりはなかった。
しかし、二十人掛かりの暴力は薄紅色の刀身の剣を手にした小僧の手によって完膚なきまでに粉砕され、圧倒され、打倒された。
全くかなわなかった。次元が違うとしか言いようがない。それだけの力をこの小僧は持っている。リーダー格の男が仲間たちを見渡す。そこにあるのはただただ恐怖の色だけだ。
「か、かなわない……」
「これが聖桜剣の力……」
「桜の勇者の力か……」
そんな呟きが男たちの間で囁かれる。こんな奴相手にかないっこない。逃げよう。一刻も早く逃げよう。やっぱり聖桜剣の伝説は本当だったんだ。誰もが無言でそう言っていた。
ナハトはリーダー格と思わしき男の方を向くと口を開く。
「このまま引き下がるのなら、俺はこれ以上、何もしない。ただし、ドラセナには、この子にはもう二度と手を出すな、いいな?」
ナハトの目が細められ、相手を睨む。リーダー格の男は怯えの表情でコクリコクリ、と頷く。「て、てめえら、退散だ!」との声が森に響いたのはそのすぐ後だった。
その言葉を待っていたとばかりに男たちは次々に立ち上がり、まさしく脱兎のごとくその場から逃げ出す。
そうして、その場にいるのがナハトとドラセナの二人だけになった時、ナハトは始めてふぅ、と息をついた。
「大丈夫か? ドラセナ?」
「わたしは大丈夫」
そう言うドラセナに闇夜の森を逃げ回った疲弊の色はあるが、それ以上はない。どうやら先程の大立ち回りの巻き添えを食らわせることは避けられたようだ。
「そういうナハトこそ、大丈夫? あんなに沢山の人を相手にして……」
「ああ」
ドラセナの上目遣いの言葉にナハトは頷くと右手に持つ聖桜剣を示した。「こいつのおかげだよ」と笑う。
「こいつが俺に力を与えてくれたおかげであれだけの数の人間を相手に戦うことができた。こいつはたしかに伝説の剣だ」
「聖桜剣キルシェ……伝説は、本当だったのね……」
今でも半信半疑といった様子でドラセナは薄紅色の刀身を見上げる。とはいえ、先程、ナハトが見せた超人的な力を目の当たりにしては信じざるを得ないだろう。
「まさかナハトが聖桜剣に選ばれた人間だったなんて……」と呟く。その言葉も半信半疑といったところだ。
無理も無い。ナハト自身、自分が伝説の剣に選ばれるような大層な人間だったなんて信じられないくらいなのだから。
しかし、今はそれよりも訊きたいことがあった。
「それよりもここはどこなんだ? 日本なのか?」
「ニホン……?」
ドラセナはキョトンとした目をする。
「ニホンという単語はわたしは知らない。でもここがどこかは分かる。聖域があるってことはイシュマール地方。ヴァルチザン帝国に近いアインクラフト王国の領地」
「イシュマールにヴァルチザンにアインクラフト……ね」
そのどれもナハトには初めて聞く単語だった。それに日本を知らないとなると本格的にここはどこなのか。そんなことを思っているとナハトでもドラセナでもない人間の声がした。
「待っていました。聖桜剣の使い手よ」
二人して声の方にハッと振り向く。
そこには一人の少女がいた。ドラセナよりは年上に見える。ナハトと同年代くらいだろうか。少女は神秘的な雰囲気を纏いながらもその表情には微笑みを浮かべてナハトたちを見ている。
青い髪をした美しい少女だった。RPGなどで神官や僧侶が着ているようなイメージの神秘的な青と白で彩られた服を身に纏っており、強調されていないがその胸はかなり大きい。スカートの丈も長く聖職者、という印象を受ける。
最初は先程戦った男たちの仲間か、と警戒心を抱いたナハトだったがそういう訳ではなさそうだった。
「アンタは……?」とナハトは少女に声をかける。
「私の名はイヴ。イヴ・エルヴァンジェ。聖桜剣を守る一族の者です。聖桜剣の使い手が現れることをずっと、待っていました」
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いちまる
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ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
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