桜の勇者~異世界召喚されたら聖剣に選ばれ、可憐な少女が自分を頼ってくるので守ることにした~

和美 一

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序章

第5話:幻想具

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イヴの家は近代建築などという訳では当然なく木造建築であり、聖域のある森から少し離れたところに建っていた。

 普段はイヴが一人で暮らしていることもあり、大きな家ではないがナハトとドラセナの二人が泊まるくらいのスペースはあるだろう、と思った。

 「どうぞ、お入り下さい」と言ったイヴの招きに応じて、中に入る。

 一階のおそらくはナハトの現代日本の家で言うところのリビングに当たるところには木製のテーブルと木製の椅子が何個か並んでいた。「座って良いのか?」とナハトが訊くと「勿論です」と返事が来る。

 と、そこで思い当たったことがあった。ナハトの手にある聖桜剣だ。聖域に刺さっていたのを抜き放ち、以後、そのまま持ってきていたが刀身がむき出しの抜き身の状態にある。

 これをこのままにしておくのも危ないだろう、と思っているとそんなナハトの思いを察したのか「聖桜剣はこちらに」とイヴが一本の鞘を持ってくる。

 その鞘は聖桜剣の柄や鍔と似たような意匠が施された鞘だった。 「これは?」とナハトが訊くと、「いずれ聖桜剣が抜かれた時のために私たちの一族で代々受け継いできた聖桜剣の鞘です」とイヴは答える。

 ナハトが聖桜剣を鞘に入れるとスッと、刀身はスムーズに鞘の中に収まった。と、同時にそれまで聖桜剣から感じていた不思議な力のようなものも消えているのに気付く。

 そのことをイヴに言うと、「想力が封じられたのでしょう」と言った。

 想力? また初めて聞く単語だった。とにかく鞘に納めた聖桜剣はそこら辺に立てかけておき、ナハトとドラセナは席に付く。



「イヴ、さっきも言ったが俺はこの世界の人間じゃないんだ」

「ええ。存じております」

「だから聖桜剣のこととかさっきイヴが言った想力ってもののこととか何も知らないんだけど、できれば説明してくれないかな?」



 ナハトの言葉にイヴは分かりました、と頷く。



「では、まず幻想具の説明から始めた方がいいでしょうね」

「幻想具?」

「はい」



 なんだ、それは? 先を促すナハトの目に急かされた訳ではないだろうがイヴが言葉を続ける。



「幻想具というのはラプラニウム鉱石で作られた特別な力を秘めた武具のことです。幻想具が秘めた特別な力、それを私たちは想力と呼んでいます」

「特別な力、っていうと……?」

「主に用いられるのは持ち主の身体能力の強化ですね。たとえば幻想具の斧を持った者は普段の数倍以上の筋力で斧を振り回すことができます」

「ひょっとしてそれは聖桜剣にも当てはまるのか?」

「聖桜剣ほどのものになると普通の幻想具とはまた別格なのですが……たしかに基本は変わりません」



 それで納得した。ナハトが聖桜剣を手にしている間、先程、ゴルドなんとかとかいう傭兵団の連中と戦っている間、二十人がかりでかかってくる相手の攻撃を全て見切り、躱し、受け止め、逆にこちらの攻撃は的確に相手の武器を破壊するように叩き込んだ。

 そんな超人的な行為ができたのは聖桜剣の持つ想力でナハトの体が普段の数十倍以上に強化されていたからできたことなのだろう。



「想力は何も持ち主の身体能力の強化だけにとどまる力ではありませんよ。少し待って下さい」



 そう言うとイヴは席を外し、家の奥に入って行った。そして、しばらくすると一本の杖を持って戻ってきた。杖と言ってもそれはおとぎ話に出てくるような木製のものではなくスチールか何かだろうか? 白い色合いの棒状のものに先端が丸くなっていてルビーのような赤い宝石が埋め込まれてる。



「この杖も幻想具です。聖桜剣などに比べれば遥かに格は劣りますけどね。治癒杖キュア」

「治癒杖?」

「はい。この杖の持つ想力は傷などの治療を行うことができるのです」



 傷の治療ができる杖。それはいわゆる魔法というヤツではないのだろうか。ナハトは思った。



「魔法の杖って訳か」

「魔法……そうですね、そのようなものだと思っていただければ結構です」



 しかし、少し疑わしい気持ちもあった。この杖――たしかに普通の杖とは少し異なる特殊そうな杖ではあるが――に本当にそんな不思議な力があるのだろうか?



「その杖の想力ってヤツをできれば見せてもらいたいな」

「いいですよ。それではドラセナさん」



 イヴはドラセナに視線を向ける。ドラセナは闇夜の森を走り回って逃げてきただけあって、体中、所々に擦り傷ができていた。

 「ちょっと、立ち上がって下さい」というイヴの言葉に「うん」と頷き、ドラセナは立ち上がる。

 そちらに向けてイヴが杖を、治癒杖キュアを向ける。すると、



「…………っ!」



 ナハトは驚きに息を飲まざるを得なかった。

 杖の先端のルビーのような宝玉が埋め込まれている部分。そこから淡い光が発し、ドラセナの全身を包んだからだ。その光が晴れた後にはドラセナの全身に刻まれていたかすり傷はどれも跡形もなく消え去っていた。



「流石に治せる怪我に限度はありますが、このくらいの傷なら十分治せます」



 イヴはそう言って、得意気に笑ってみせた。

 「イヴ、ありがとう」とドラセナが礼を述べる。

 正直、大したものだった。この世界がそういうことがまかり通る世界であることは薄々理解できていたものの、目の前で起きた超常的な現象にナハトは思わず息を飲む。



「その杖があれば多少の怪我ならどれだけ怪我しても大丈夫って訳か」

「いえ、それがそういう訳でもないんですよね」



 ナハトの言葉にイヴは首を横に振る。



「幻想具に秘められた想力には限りがあります。あまり乱用しているようだと想力を使い切ってしまって何もできなくなってしまうんです」

「? そうなるとその杖はただの杖になるのか?」

「いえ。幻想具の材料、ラプラニウム鉱石には自力で想力を作る力がありますからしばらく時間を置けば元通り使えるようにはなります。あまり連続しての使用はできない、ということですね」

「そういうことか」



 ナハトは聖桜剣の方を見た。あの剣に宿っている想力にも限度があるのだろうか? そんなナハトの思いを視線から読み取ったのかイヴが言う。



「聖桜剣ほどの幻想具となればそうそう想力がなくなることはありません。あれは世界最古の幻想具の一つ、四大至宝ですから」



 成る程。伝説の剣や聖桜剣とかいった称号は伊達ではないということか。

 しかし、それだけの代物ならその想力とやらがもたらすのは持ち主の身体能力の強化だけなどといった単純なものだけではあるまい。「聖桜剣にも何か特殊な想力はあるのか?」とナハトはイヴに訊ねていた。



「そうですね。これはあくまで伝承ですが、聖桜剣を真なる使い手が使いこなした時、その刃は光の刃を纏うようになり、放たれる閃光は邪竜をも一撃で打ち倒し、聖桜剣の使い手は空をも自由に駆ける、と伝えられています」



 光の刃に空を駆ける、か。ナハトの世界で言うところのビームのようなものだろうか、とナハトは推測した。SF作品に出て来るようなビームの剣に飛行能力。それならたしかに伝説の聖剣の名に相応しい能力だ。



「なるほど。幻想具や聖桜剣に関しては大体分かった」



 ナハトの言葉にイヴは安心したような顔になる。「それで、悪いんだが……」と切り出すと何を言い出されるのかイヴの顔が緊張に染まる。



「晩飯、用意してくれないかな? 俺、昼飯食べたきり何も食べてないんだ」



 場の空気が一気に弛緩したのを感じた。ドラセナが責めるような目でナハトを見る。



「ナハト、意地汚い」

「そういうドラセナだってお腹へってるだろ?」

「そんなことは……」



 ない、と言おうとしたところでドラセナのお腹がグーッと可愛らしい音を立てる。

 ドラセナは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。イヴが笑う。



「分かりました。ナハト様もドラセナさんもお腹がおすきのようですし、ささやかな物ですが、用意させていただきます」







 それからイヴが用意した夕食を食べて開いている部屋を割り当てられ床についた。

 夕食はささやかな物と言いつつもパンとポタージュスープ、山羊の肉――なんの肉か分からなかったのでイヴに訊いた――というそれなりに豪勢なもので空腹を満たすのに十分なものだった。

 ドラセナもまた満足しているようであっという間に皿をカラにしてしまい「いい食べっぷりですね」とイヴに言われ、顔を赤くしていた。

 用意されたベッド――しばらく誰も使っていなかったとのことで少し埃っぽい――の上で寝返りを打ちながらナハトは考え込む。

 今、自分のいる状況を考え出せば止まらなかった。

 どうやら自分は異世界、とやらに来てしまったようだ。帰るべき手段も全くもって不明。

 となればもう少し慌てるなり悲観するなりするべきなのかもしれないが不思議とナハトは落ち着いていた。

 異世界に来てすぐに頼れる人に出会えたということもある。元の世界に帰るという希望が完全に絶たれた訳ではないということもある。ドラセナを守るという目的ができたというのもある。

 だが、元より元の世界への不満の方が大きかった。流されるままに日々を過ごすだけの時間。将来に対して希望もなく期待もない日々。

 そんな空虚な日々を送っていただけに今、自分が異世界に来てしまったことに対して正直、自分は喜んでいるのかもしれないとさえ思う。ドラセナを守る。そのことを思うと胸の中が何かで満たされるのを感じる。恋とかそういうのとは少し違うと思うけど、その感触はこれまでのナハトにはないものだった。

 勿論それは錯覚ですぐに元の世界に帰りたいと泣き言を言い出すかもしれない。だが、今に限ってはそこまで悲観する気になれないナハトだった。

 ポケットに入ったまま一緒にこの世界にやって来たスマホを見てみる。当然の如く圏外になっていた。







 翌日。目を覚ましたナハトが居間の方に出ると既にイヴは起きていた。朝食の準備をしているのだという。

 ドラセナは? と訊くとまだ眠っておられるのではないでしょうか、と返事が来た。

 ドラセナが起きてきたり、朝食の準備ができるまで座って待っていてもよかったのだが、少し気分転換がしたかったナハトは「少し散歩に行ってくる」とイヴに告げた。

 それを聞くとイヴは笑顔で、



「それでしたらこの近くに綺麗な泉があります。そこでお顔を洗ってきてはいかがでしょうか?」



 そう言った。

 異論がある訳もなく家を出て、その泉に向かう。

 自然に満ちた朝の空気は透き通るように澄んでいて、日本の都会の朝の空気とは違い清涼感に満ちあふれていた。

 深呼吸をするだけでいい気分になれる。そうして家を出て五分と経たない内にその泉は見えてきた。

 ああ、たしかに濁った水で溢れている日本の川や池と違い綺麗な水が張ってある泉だ、と思ったところでそこにある人影に気付いた。

 人影は泉の中で水を全身に被って、体を洗っているようだった。やや遅れてハッと気付く。

 水気を浴びた銀色の髪、水しぶきを弾く真っ白な肌。筋肉の全くついてないほっそりとした腕と足。

 向こうもこちらに気付いたようだった。

 泉の人物は振り返り、驚きの視線がお互いにぶつかる。

 あちらの顔が呆然としたものになり、驚きに口があんぐりと開かれる。



「ナ……ハ……ト……」

「ド、ドラセナ……ッ!?」



 泉で水浴びをしていた人影。それは一糸まとわぬ姿のドラセナだった。

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