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月の皇子徒桜とならん
国乱しの皇子
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嶷陽殿は、聖国で2番目に大きな図書館でり、ありとあらゆる本や資料の閲覧が可能であると言われている。
聖国最大の図書館は、聖国の最高学府、秀英院付属の秀英書院だ。禁書以外で、嶷陽殿と秀英書院の二箇所で手に入らない星森の大陸の資料は存在しないと言われている。
嶷陽殿には、皇宮に務める官僚や貴族の師弟、審査をパスした国家レベルの学者といった利用者が来ている。
小聿は、この嶷陽殿にもことあるごとに訪れている。
東の院に専用の書庫を作ってもらったものの、入れられる蔵書の数には限りがある。そのため、興味の範囲が広がったり深まったりすると書庫ではカバーできなくなり、こうして嶷陽殿まで足を伸ばすことが度々あった。そのため、彼には「嶷陽殿の宮」というあだ名もついていた。
幼い小聿が、大人に混ざって専門書を読み耽る様は異様で周りの注目を常に集めているのだが、すぐに本の世界に入り込んでしまう彼はまったく意に介さないのが常だった。そんな彼を少しでも人目につかぬように、と蕗隼や汝秀は常々気を揉んでいる。
いつものように嶷陽殿にやってきた小聿は、嬉しそうに嶷陽殿の前の大階段を登り、慣れた足取りで入っていく。
彼が来ることにもうすっかり慣れている嶷陽殿の衛兵や中で書物の管理をする司書官たちは、可愛い学者の来訪に目を細める。
「宮さま、今日はなんの本をお読みになるので?」
隣を歩く汝秀が尋ねると、小聿はその紫の瞳をきらりと煌めかせる。
「今日は魔術学だよ。気になることがあるのだ」
そう言って、彼は迷うことなく魔術学の書棚の前までやってくる。この小さな頭の中には、すでに国で2番目の大きさの図書館の内部のどこに何があるのか入っているようだった。
この星森の大陸では、魔術は衰退しつつある。
この大陸ではかつて魔術による大戦争が起き、大陸全体に大きな禍災が広がった。そのため、長い戦乱の世を経て聖国を建国した建国の祖・舜堯と建国の剣・源彩恩が、大陸を平定した際に2度と戦で魔術を使えぬようにとその血をもってして聖国の人々に戦争における魔術使用禁止の大魔術を行使した。
その大魔術は、戦争などで他者を傷つけるための魔術は発動しないというものだ。そうした流れから、魔術は人々の生活や自己防衛のためのためにしか使用ができなくなった。
現在、聖国では、魔術は科学技術と併用することで人の暮らしを便利にするために使用するのが主な使用方法である。
そもそも、乱世を経たために星森の大陸では魔術は戦争の道具になっていた。これが、舜堯たちによって禁じられたために、人々の意識は魔術から遠のいた。そうした経緯で、この大陸では魔術学が衰退し、使用する者も、その能力も古代に比べて随分衰えてしまった。
根っからの学者肌である小聿は、失われつつある学問の存在を非常に惜しいと思っており、魔術省にいる央茜や官僚たちから学んでいる。
また、自己防衛のためにも魔術学は彼にとって大切な学問の一つとなりつつある。
本来なら、ここまで自己防衛の手札を持たなくとも良い環境で生きていきたいが、それは周りが許してくれず如何ともし難いのだ。
ーーーーあとは、書棚の高い本を取るために…
ふ、と形の良い唇に笑みを浮かべて、得意の反重力の魔法陣を展開する。
「あぁ、皇子!」
側に控えていた蕗隼が小声で諌めるが、小聿はそれには気にせずふわりと体を宙に浮かせ、お目当ての本に手を伸ばす。
2冊ほど手に入れて、軽やかに着地すると蕗隼が渋い顔をしていた。
「その皇子お得意の古代魔術はとても目立ちます。東の院では構いませんが、ここでの使用はお控えください。指示してくだされば、とりますので」
蕗隼の言葉に、小聿は小首を傾げる。
「魔術学の書架に来る者はそうそういないから、大丈夫だと思うけれど……」
「なりません」
ピシャリと言われて、小聿は肩を窄める。
自分で取った方が早いのに……と呟きながら、彼は人気のない窓辺の机について早速本を読み始める。
蕗隼と汝秀が小聿を守るように彼の両隣に座る。
いつものように素晴らしい速さで、紫の瞳は文字を追っていく。
首から下げた星森教の聖印を左手でいじりながら、右手でページを捲る。
そうして、あっという間に選んだ2冊を読み終えると彼は隣に座っている蕗隼に目を向けた。
「今は何時だろうか」
「16時を過ぎたところです。そろそろ東の院にお戻りになりませんと」
わかったと返事をし彼は本を手に立ち上がる。
読み終わった2冊を書架に返し、新たに3冊選んで汝秀に取ってもらう。貸し出しの手続きをしてもらい、嶷陽殿を出る。
嶷陽殿をでると、無音空間から急に音のある世界に飛び出したようで、すこしめまいを覚える。小聿は嶷陽殿という無音空間から出るとき、いつも心がざわめいてしまうのだった。それは、自分だけの空間から他の人がいる現実の空間へ移動するからなのかもしれない。彼はどちらかというと、一人で考えにふけるのが好きな性質《たち》だった。
皇子と二人の側仕えが出てくるのを待っていた馬車に三人は乗り込み、来た道を帰っていく。
小聿は早速借りた本を読み始める。
東宮の門をくぐり、馬車は緩やかに進んでいく。東の院に着くと、もうすっかり日が暮れていた。
まもなく、歴史学の担当の講師がやってくるはずだ。講義を受ける部屋に入ると、今まで人がいなかったせいか少しひんやりした。
小聿は今日の講義で質問しようと思っていた本を卓の上と脇息の上に1冊ずつ載せる。
気を利かせた蕗隼が部屋に暖を入れ、机の前に座った小聿の肩に羽織をかける。
借りてきた3冊の本のうち、読みかけの物をもらい講師が来るまで再び読書に耽る。
窓辺に置かれた小さな机の上に汝秀が残りの2冊を置いてくれるのが見えた。
予定通り歴史学の講師がやってきて、三日前の講義の続きの話がさっそく始まる。奥には蕗隼と汝秀が、歩廊には数名の侍従が控えていた。
乾燥で喉が乾いてしまった小聿は、蕗隼に茶を用意するよう頼む。蕗隼は頷き、奥に設えてある棚まで寄って茶の用意を始める。それを見届けて、小聿は隣に座る歴史学の講師に視線を戻す。
「この部分の解釈なのだが……」
「ふむ。どこでしょう?」
小聿が指さす部分を見ようと講師が身を寄せる。
「この書では、西部にある星林遺跡は同時期に二つの部族が築きそれが混在して残ったため二つの文化が混ざってあっていると解釈している」
卓に広げた書物の一部分を見せたあと、小聿は脇息に置いてある本に手を伸ばす。
「けれど、先日読んだこちらの文献では同時期ではない、とあったのだ」
えーと、どこに書いてあったのだったか…と呟きながらぱらぱらとページをめくる。
件の箇所を見つけて、そうそう、この部分、と指で押さえ隣に座る講師に体を向けながら、問いを続ける。
「この解釈の差異をど……」
……う捉えれば良いだろうか?と口にする前に、眼前にきらりを光る匕首を見て、小聿は息を飲む。
反射的に体を捻り手で首を庇う。
右腕に鋭い痛みが走った。
「っ!」
「宮さまっ!」
異変に気づいた汝秀がすぐさま講師から匕首を奪い拘束する。
拘束された講師は、憎悪に満ちた形相で小聿を睨みつけ、叫ぶ。
「おのれ、小聿!生意気な童め。おとなしく死ねば良いものを!」
いつも淡々と丁寧に歴史について教えてくれていた講師が浮かべるその恐ろしい顔に小聿はたまらず震える。
「たれかある!宮さまに仇なす曲者ぞ!」
後ろで講師の両手を取り、取り押さえながら廊下の方に向かって汝秀が声を張り上げる。それに反応して、すぐに侍従たちが入ってきて講師を取り囲む。
茶器を放り出し駆け寄ってきた蕗隼が、小聿を守るように肩を抱き、匕首《あいくち》を構えると、襲撃者に叫ぶ。
「おのれっ!聖国第二皇子たる小聿さまに仇なす逆賊めっ!」
「そなた、何ゆえ……?」
いつものその人からはまるで想像できない恐ろしい様子に呆然としながら、乾いた声で小聿は尋ねる。
斬りつけられた右手の腕から血が流れて、ジンっと痺れた。
「なにゆえだと?」
歴史学の講師はその顔に冷笑を浮かべる。
「国の次期主人たる皇太子は一人で結構!左相さまの血を継ぎ、第一妃である梓乃《しの》さまのお子である子虞《しぐ》さまさえいらっしゃればいいのだ!お前のような者がいるせいで国が二分され、乱れるのだ。そうして、今上帝から賜った髪飾りを得意げにつけ、寵愛を誇示するとはまこと恥知らずにも程がある!国を乱す忌むべき皇子め!お前など、消えてしまえば良いのだっ!」
おのれの存在を真っ向から否定し、国を乱す存在だという言葉に小聿は言葉を失う。
「なんと無礼なっ!者共、こやつをひったてい!」
鋭く汝秀が言うと侍従たちが取り押さえた襲撃者を連れ出していく。
「国乱しの皇子め!私が捕えられようとも、お前を亡き者にしようとする者は後を絶たぬと心えよ!いずれ、いずれ、申し子さまの御心が届かぬ死者の迷宮でであい見えようぞっ!」
引っ張られながら、歴史学者は叫ぶ。その後、狂ったように笑い出す。
居室から出され、歩廊を連れて行かれる。
不気味な笑い声はどんどん遠ざかりやがて、聞こえなくなる。
「皇子っ!お怪我を!」
真っ青になった蕗隼が悲鳴に近い声をあげる。
「すぐに、太医令《たいいれい》さまを呼んでまいります」
そう言って汝秀が出ていく。
「申し訳ございません…私がついていながら…再びこのような目に…」
唇を噛み締め、蕗隼は言う。
「気にするな、蕗隼。そなたが悪いわけではない。悪いのは……」
そこまで言って、小聿は口を閉ざす。
ーーーー悪いのは、誰なのだろう…?襲ってきたあの者か?それとも、国を乱す忌むべき存在である私なのか…?
胸に広がった疑念に、小聿は言葉を失う。
だが、それについて考え込む前に、騒ぎを聞きつけた乳母の澪《みお》や他の侍従たちが部屋に入ってきて大騒ぎになったので小聿の思考は霧散してしまったのだった。
何度も言葉を交わし、時を過ごした者に憎悪をもって「国乱しの皇子」と糾弾された衝撃は、その後も月の皇子の心に影を落とすこととなる。ーーーーいろどりの追憶・第一巻・百五十三頁
聖国最大の図書館は、聖国の最高学府、秀英院付属の秀英書院だ。禁書以外で、嶷陽殿と秀英書院の二箇所で手に入らない星森の大陸の資料は存在しないと言われている。
嶷陽殿には、皇宮に務める官僚や貴族の師弟、審査をパスした国家レベルの学者といった利用者が来ている。
小聿は、この嶷陽殿にもことあるごとに訪れている。
東の院に専用の書庫を作ってもらったものの、入れられる蔵書の数には限りがある。そのため、興味の範囲が広がったり深まったりすると書庫ではカバーできなくなり、こうして嶷陽殿まで足を伸ばすことが度々あった。そのため、彼には「嶷陽殿の宮」というあだ名もついていた。
幼い小聿が、大人に混ざって専門書を読み耽る様は異様で周りの注目を常に集めているのだが、すぐに本の世界に入り込んでしまう彼はまったく意に介さないのが常だった。そんな彼を少しでも人目につかぬように、と蕗隼や汝秀は常々気を揉んでいる。
いつものように嶷陽殿にやってきた小聿は、嬉しそうに嶷陽殿の前の大階段を登り、慣れた足取りで入っていく。
彼が来ることにもうすっかり慣れている嶷陽殿の衛兵や中で書物の管理をする司書官たちは、可愛い学者の来訪に目を細める。
「宮さま、今日はなんの本をお読みになるので?」
隣を歩く汝秀が尋ねると、小聿はその紫の瞳をきらりと煌めかせる。
「今日は魔術学だよ。気になることがあるのだ」
そう言って、彼は迷うことなく魔術学の書棚の前までやってくる。この小さな頭の中には、すでに国で2番目の大きさの図書館の内部のどこに何があるのか入っているようだった。
この星森の大陸では、魔術は衰退しつつある。
この大陸ではかつて魔術による大戦争が起き、大陸全体に大きな禍災が広がった。そのため、長い戦乱の世を経て聖国を建国した建国の祖・舜堯と建国の剣・源彩恩が、大陸を平定した際に2度と戦で魔術を使えぬようにとその血をもってして聖国の人々に戦争における魔術使用禁止の大魔術を行使した。
その大魔術は、戦争などで他者を傷つけるための魔術は発動しないというものだ。そうした流れから、魔術は人々の生活や自己防衛のためのためにしか使用ができなくなった。
現在、聖国では、魔術は科学技術と併用することで人の暮らしを便利にするために使用するのが主な使用方法である。
そもそも、乱世を経たために星森の大陸では魔術は戦争の道具になっていた。これが、舜堯たちによって禁じられたために、人々の意識は魔術から遠のいた。そうした経緯で、この大陸では魔術学が衰退し、使用する者も、その能力も古代に比べて随分衰えてしまった。
根っからの学者肌である小聿は、失われつつある学問の存在を非常に惜しいと思っており、魔術省にいる央茜や官僚たちから学んでいる。
また、自己防衛のためにも魔術学は彼にとって大切な学問の一つとなりつつある。
本来なら、ここまで自己防衛の手札を持たなくとも良い環境で生きていきたいが、それは周りが許してくれず如何ともし難いのだ。
ーーーーあとは、書棚の高い本を取るために…
ふ、と形の良い唇に笑みを浮かべて、得意の反重力の魔法陣を展開する。
「あぁ、皇子!」
側に控えていた蕗隼が小声で諌めるが、小聿はそれには気にせずふわりと体を宙に浮かせ、お目当ての本に手を伸ばす。
2冊ほど手に入れて、軽やかに着地すると蕗隼が渋い顔をしていた。
「その皇子お得意の古代魔術はとても目立ちます。東の院では構いませんが、ここでの使用はお控えください。指示してくだされば、とりますので」
蕗隼の言葉に、小聿は小首を傾げる。
「魔術学の書架に来る者はそうそういないから、大丈夫だと思うけれど……」
「なりません」
ピシャリと言われて、小聿は肩を窄める。
自分で取った方が早いのに……と呟きながら、彼は人気のない窓辺の机について早速本を読み始める。
蕗隼と汝秀が小聿を守るように彼の両隣に座る。
いつものように素晴らしい速さで、紫の瞳は文字を追っていく。
首から下げた星森教の聖印を左手でいじりながら、右手でページを捲る。
そうして、あっという間に選んだ2冊を読み終えると彼は隣に座っている蕗隼に目を向けた。
「今は何時だろうか」
「16時を過ぎたところです。そろそろ東の院にお戻りになりませんと」
わかったと返事をし彼は本を手に立ち上がる。
読み終わった2冊を書架に返し、新たに3冊選んで汝秀に取ってもらう。貸し出しの手続きをしてもらい、嶷陽殿を出る。
嶷陽殿をでると、無音空間から急に音のある世界に飛び出したようで、すこしめまいを覚える。小聿は嶷陽殿という無音空間から出るとき、いつも心がざわめいてしまうのだった。それは、自分だけの空間から他の人がいる現実の空間へ移動するからなのかもしれない。彼はどちらかというと、一人で考えにふけるのが好きな性質《たち》だった。
皇子と二人の側仕えが出てくるのを待っていた馬車に三人は乗り込み、来た道を帰っていく。
小聿は早速借りた本を読み始める。
東宮の門をくぐり、馬車は緩やかに進んでいく。東の院に着くと、もうすっかり日が暮れていた。
まもなく、歴史学の担当の講師がやってくるはずだ。講義を受ける部屋に入ると、今まで人がいなかったせいか少しひんやりした。
小聿は今日の講義で質問しようと思っていた本を卓の上と脇息の上に1冊ずつ載せる。
気を利かせた蕗隼が部屋に暖を入れ、机の前に座った小聿の肩に羽織をかける。
借りてきた3冊の本のうち、読みかけの物をもらい講師が来るまで再び読書に耽る。
窓辺に置かれた小さな机の上に汝秀が残りの2冊を置いてくれるのが見えた。
予定通り歴史学の講師がやってきて、三日前の講義の続きの話がさっそく始まる。奥には蕗隼と汝秀が、歩廊には数名の侍従が控えていた。
乾燥で喉が乾いてしまった小聿は、蕗隼に茶を用意するよう頼む。蕗隼は頷き、奥に設えてある棚まで寄って茶の用意を始める。それを見届けて、小聿は隣に座る歴史学の講師に視線を戻す。
「この部分の解釈なのだが……」
「ふむ。どこでしょう?」
小聿が指さす部分を見ようと講師が身を寄せる。
「この書では、西部にある星林遺跡は同時期に二つの部族が築きそれが混在して残ったため二つの文化が混ざってあっていると解釈している」
卓に広げた書物の一部分を見せたあと、小聿は脇息に置いてある本に手を伸ばす。
「けれど、先日読んだこちらの文献では同時期ではない、とあったのだ」
えーと、どこに書いてあったのだったか…と呟きながらぱらぱらとページをめくる。
件の箇所を見つけて、そうそう、この部分、と指で押さえ隣に座る講師に体を向けながら、問いを続ける。
「この解釈の差異をど……」
……う捉えれば良いだろうか?と口にする前に、眼前にきらりを光る匕首を見て、小聿は息を飲む。
反射的に体を捻り手で首を庇う。
右腕に鋭い痛みが走った。
「っ!」
「宮さまっ!」
異変に気づいた汝秀がすぐさま講師から匕首を奪い拘束する。
拘束された講師は、憎悪に満ちた形相で小聿を睨みつけ、叫ぶ。
「おのれ、小聿!生意気な童め。おとなしく死ねば良いものを!」
いつも淡々と丁寧に歴史について教えてくれていた講師が浮かべるその恐ろしい顔に小聿はたまらず震える。
「たれかある!宮さまに仇なす曲者ぞ!」
後ろで講師の両手を取り、取り押さえながら廊下の方に向かって汝秀が声を張り上げる。それに反応して、すぐに侍従たちが入ってきて講師を取り囲む。
茶器を放り出し駆け寄ってきた蕗隼が、小聿を守るように肩を抱き、匕首《あいくち》を構えると、襲撃者に叫ぶ。
「おのれっ!聖国第二皇子たる小聿さまに仇なす逆賊めっ!」
「そなた、何ゆえ……?」
いつものその人からはまるで想像できない恐ろしい様子に呆然としながら、乾いた声で小聿は尋ねる。
斬りつけられた右手の腕から血が流れて、ジンっと痺れた。
「なにゆえだと?」
歴史学の講師はその顔に冷笑を浮かべる。
「国の次期主人たる皇太子は一人で結構!左相さまの血を継ぎ、第一妃である梓乃《しの》さまのお子である子虞《しぐ》さまさえいらっしゃればいいのだ!お前のような者がいるせいで国が二分され、乱れるのだ。そうして、今上帝から賜った髪飾りを得意げにつけ、寵愛を誇示するとはまこと恥知らずにも程がある!国を乱す忌むべき皇子め!お前など、消えてしまえば良いのだっ!」
おのれの存在を真っ向から否定し、国を乱す存在だという言葉に小聿は言葉を失う。
「なんと無礼なっ!者共、こやつをひったてい!」
鋭く汝秀が言うと侍従たちが取り押さえた襲撃者を連れ出していく。
「国乱しの皇子め!私が捕えられようとも、お前を亡き者にしようとする者は後を絶たぬと心えよ!いずれ、いずれ、申し子さまの御心が届かぬ死者の迷宮でであい見えようぞっ!」
引っ張られながら、歴史学者は叫ぶ。その後、狂ったように笑い出す。
居室から出され、歩廊を連れて行かれる。
不気味な笑い声はどんどん遠ざかりやがて、聞こえなくなる。
「皇子っ!お怪我を!」
真っ青になった蕗隼が悲鳴に近い声をあげる。
「すぐに、太医令《たいいれい》さまを呼んでまいります」
そう言って汝秀が出ていく。
「申し訳ございません…私がついていながら…再びこのような目に…」
唇を噛み締め、蕗隼は言う。
「気にするな、蕗隼。そなたが悪いわけではない。悪いのは……」
そこまで言って、小聿は口を閉ざす。
ーーーー悪いのは、誰なのだろう…?襲ってきたあの者か?それとも、国を乱す忌むべき存在である私なのか…?
胸に広がった疑念に、小聿は言葉を失う。
だが、それについて考え込む前に、騒ぎを聞きつけた乳母の澪《みお》や他の侍従たちが部屋に入ってきて大騒ぎになったので小聿の思考は霧散してしまったのだった。
何度も言葉を交わし、時を過ごした者に憎悪をもって「国乱しの皇子」と糾弾された衝撃は、その後も月の皇子の心に影を落とすこととなる。ーーーーいろどりの追憶・第一巻・百五十三頁
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