新米魔王、冷徹貴族閣下に躾けられます

寅次郎

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ハインリヒ卿ヴァッハトという男

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散々おれのことを愚弄した男はどうやら今後この異世界とやらで、簡単にいうと魔王となったおれの見張り役兼世話人となったらしいのだが、いかんせんおれは、この男を到底〝良い奴〟認定出来る訳もなく。とりあえずこちらも警戒心は抱くことにした。
 それにだいきなり別世界に来て魔王陛下に任命されたとか言われても、いまいち理解が出来ない。
 魔王ということは所謂〝悪者〟のイメージが強いため素直に格好いいなんて思えない。正義感が強い訳ではないとは自分では思うものの、それでもやっぱりどうして、魔王なんだと色々と納得がいかない。

(それにしても、でっけぇ城に案内されて半ば強制的に連れて来られたけど、こんな広いところにこれから住むなんて、ぜんっぜん実感が湧いてこねーんだけど)

 本来、ここはもっと驚いたり元の世界には戻れるのか!?とあたふたするところなのであろうが、いかんせんそういう感情は生憎わりと乏しい故、これまた連れて来られた王専用の自室には目が色んなものを見つけてしまってキリがない。

(なんなんだよ、この使い道がすぐに理解できねぇモノとか。それに華やかさすらなくてむしろ殺風景な部屋ん中ってさぁ)

 魔王の部屋なんだからもうちょっと派手だったり高級感のある物を置いてくれたって、良いのにとさえそのうち頭に浮かんでしまう自分がおり。ここはとりあえず、この世界の情報把握でもしておかないとーーと、部屋の外に一歩足を踏み出したところでがっしりと、片方の手首を掴まれてしまう。スッと現れおれの手の自由を奪った男はというと出会ってまだ、数時間も経っていないというのに、無礼にも魔王の部屋にやって来てはおれを高身長ということもあり、まるで遥かな高みから見下ろしてきているようにも感じられる。高圧的にも感じられる雰囲気に、おれはごくりと唾を飲み込み喉を鳴らしてしまう。
 するとだ、ここで突拍子もなしにこの男ことハインリヒ卿ヴァッハトという男は、こんなことを言い始めた。

「元の世界に帰りたいと言ってもそう容易く帰してはやれない」

 てっきりまた嫌味のひとつでも言われるのかと思いきや、その強面顔に似合わずもそんなことをおれに言って退けたのである。この歳でホームシックにでもなると思ったのかよと、言ってやりたい気持ちもしたが、なんとなくその言葉のどこかに優しさのようなものを感じたことから、悪態の類の言葉は口にすることはやめた。

ーーーー

「はあ……もうとっくに成人したってのに、こんな漫画みたいなことを経験するなんてなぁ」

 少年の頃の自分だったらまさに大喜びの展開だっただろうが、いかんせんつい最近精神的なダメージを受けていたものだから、今の現状を楽しむ元気はない。
 どうやって帰ろうかなんて考えも当然浮かばないのも事実。

(とりあえずこの世界のことや今後のおれの身の振り方とか把握しとかねぇと……だよな)

 今日はもうゆっくり休めとばかりにあのヴァッハトから解放された為、とりあえず広々とした魔王専用の寝台の上で大の字になってみるが、まったくと言って良い程に心も身体も休まらない。ここはひとつ王道に、羊でも数えてみるかと目を閉じたところで、何やら脳内にあるものがまるで映像かのように流れ込んで来たのである。
 と、いうのもーー


 何やら一人の少年の姿が脳内に過って来たのである。
 会話などから見てこれはどうやら少し前のこの世界の時代らしく。脳内映像に流れて来た子供はというと、どうやら両親の厳しい教育により段々と本人自身、自分にも相手にも厳しい人物にへと育っていく。
 まるで一人の人物のこれまでの成長過程を一本のドラマのようだ。それにだ、〝貴族である〟ことからとことん隅の隅まで、スパルタ教育が加速していくというものであり。もはや見ていられないーー……これが人間と、魔族の差かとさえ思うようになったところで、この少年の容姿に少し心当たりがあるような気がしてくる。

(この顔確か…………あっ!そうだ、ヴァッハトだ!)

 そうだそうだあの男に違いないーーと合点がいったところで、その映像はプツンと切れ次にまた流れ始めたのは少年から、青年へと成長した姿だった。

(間違いねぇ!……でも、そう思うとアイツも苦労してたんだな……って、ん?なんか誰かがバッハトに近づいて……んんっ?)

 常に眉間に皺が入ってそうなヴァッハトでもこんな子供時代があったのかと、何やら考え深いものがあったところで、ここでまた見覚えのある顔が目に止まる。

(随分、若くは見えるけど……アレってじいちゃん?)

 まるで登場人物たちの頭上から覗き見している視覚からではあったが、それでも自分よりも少しより若く見える人物が、おれの祖父だということがそれとなく読み取れた。
 そして、その祖父はというともうすっかり今のヴァッハトと変わらないくらいに、無愛想なヴァッハトと会話をするなり、時折り肩をぽんと叩いたりはたまた、気軽に肩を組もうとしてヴァッハトに振り払われたりと。側から見るとそれはもうとてもフレンドリーに感じられる。

(そうか……前の魔王はじいちゃんだったのか。だからじいちゃんはあんなことを言ってたんだな)

 これでようやくおれがこの世界に来ることになった理由が、ほんの少しだけ分かった気がした。

(それにしてもだ、ヴァッハトもじいちゃんと知り合いだったんなら、初めから言ってくれればじいちゃんとの思い出話も出来たってのにさぁ)

 まあ、フレンドリーとは程遠そうなイメージしかないバッハトが、そう簡単に昔話に花を咲かせてくれるようには思えないのだが。
 とりあえずこの映像のおかげと言ったところかこの世界の雰囲気はざっくりではあるが、それとなく掴めたような気がした。

(おれが居た世界みたいに携帯だとか、コンビニだとか、電気とかガスとかそういう便利道具は一切存在しないってね。と、いうよりそれらが存在するよりも昔の時代背景に近ぇってことだよな)

 これはなんだかこの先もっともっとこちらが予想だにしない出来事が、起こってくれるんではないのか?と思うと、なんだか自分の世界で疲れ切っていた心が、ほんの少し和らいだような気さえしてきた。
 
(とりあえずじいちゃんには感謝ってことでーー……って、ん?おいっ、待てよ、この展開はまずいんじゃーー)

 もう今脳内に流れ込んできている映像が過去のものだということは理解出来たわけだが、何やら若かりし頃のじいちゃんが、何者かによって暗殺されてしまう展開にへと、なってしまったものだからそれには唖然としてしまう自分がおり。完全に生き絶えたところで、じいちゃんのその身体は光にへと包まれ、そのうちパッとまるで完全にこの世界から、その存在が消えてしまったかのようにじいちゃんの遺体はそこから、姿を消してしまったのである。

(もしかしたら……この世界で死んじまったらジ・エンドってことかよ?)

 自分の世界でも命が消えるわけではないのは幸いなことではあるが、正直少しの不安が自分をじわじわと襲い始めていたのは、それとなく感じていた。
 するとだ、青年期のヴァッハトというとここで性格が変わったとばかりに、今の冷徹なヴァッハトに変わっていくのだが、正直さっきの場面を見せられたのは今のヴァッハトに、なったのは前魔王であった祖父の影響が、少しでも関係していそうだということが読み取れてきた。

(ずっと嫌なやつだってさっきのさっきまで思ってたけどさ……こんなん見せられたら、いくら嫌な奴でもちょっとは見方が、変わってくるんだよなぁ、はあ)

 これじゃあ、祖父がお気に入りにも感じられたヴァッハトが、報われないような気さえしてきたのである。
 ほんとおれってお人好しだと自分を責めてしまいそうになったところで、パッとまたその映像は途切れ、今度は自分の意識が眠りから覚めてしまったのか、この目には白い天井が一直線に映し出されていた。

「ゆ、めか?」

 夢ーーと言いたくはなるがさっきの過去のことはまったくもって頭から離れてくれない。このままでは嫌味なあのヴァッハトに、今後もう少し優しさを持って接した方が良いのか、それともーー……と色々と考えたところで、天井だけしか映っていなかった視界に、今度はヴァッハトが現れたのである。

「どんな夢だったのか説明しろ」
「……は?」

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