新米魔王、冷徹貴族閣下に躾けられます

寅次郎

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新しい王

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 長きに渡り魔王が不在だった。
 前魔王の死に際を目にしてしまったこともあり突如として現れた新しい魔王に、きっとまだ心の何処かでは受け入れられていないのであろう。
 前魔王も〝若かった〟が新魔王と比べると精神年齢は遥かに落ち着いた風貌の男だった。だからこの私でも気を緩められる瞬間が、あったのかもしれない。
 だが、いかんせん今の魔王はなんだ。まるっきり中身が子供ではないか。ひとつひとつに対するウブな反応も、何もかも。
 これはもはや反発心からきているのかなんなのか。

「ハインリヒ、どうしたんです。険しい顔をして」
「……クロイツ」

 眉間の皺がかなり深くなっていた私の背後から穏やかな雰囲気を纏って声を掛けてきた男が一人。騎士団の団長を務める男兼従兄弟でもあるクロイツ卿ヴァッハト
 従兄弟ではあるが私と正反対にいつもにこやかな笑顔を浮かべ、穏やかな雰囲気を纏うこの男は少し喰えないところがある。

「なんでもない」

 ぶっきらぼうに返答をする私にもおやおやといった様子で、その穏やかな様子は一ミリも変化させない。

「新魔王のことかい?」
「……分かっているなら聞くな」
「くくっ」
「何が可笑しい」
「案外貴方はあの愛らしさを感じさせられる魔王と相性が良さそうだ」
「な、んだと」

 そんなことがあってたまるかと吐き捨ててやりたかったが、クロイツの次の言葉により私のその喉奥から出かかっていたものはピタッと止まる。

「ハインリヒの身内である俺だってあの子と相性が良さそうだろう?」
「……何が言いたいのか理解もしたくないな」
「それは陛下とお近づきになっても良いという了解を得たと受け取っても良いってことかな?」

 好きにしたら良いとすぐに返事をすれば良かった筈なのに、クロイツのその言葉にピクリと私の顔が強張る。
 その瞬間、パッと頭に過ぎるのはここ最近始めた魔王の教育の一環である魔力のコントロールを調整する際にする行為のことだった。初めこそあのぶーぶーと文句を言いたそうな青年が、私の手の動きにより、日に日に感度を良くしていく表情にここ最近では、逐一目で追ってしまっているのである。
 もしかすると、クロイツが私とあの魔王と相性が良いなどと、馬鹿げたことを口にしたのはあの行為を知られているからだろうか。いや、別に隠す必要などない。魔王の教育に欠かせないものなのだから、あれをするのは私でなくたって良い筈だ。

「おい」
「ん?」
「あの魔王が愛らしいと馬鹿げたことを言うのなら魔力の調整をお前に任命してやっても良い」
「んん?」
「?」

 しまった。この反応を見るからにどうやらクロイツは魔力のコントロール云々のことには、気づいていなかったようだ。少し深読みし過ぎてしまったみたいだ。
 そんなものだからすぐに言葉を訂正しようとしたところで、私たちの背後から一人の影がまるで毛を逆立たせた猫のように、近づいてきたのである。



「なんだよ、それ!」

 わなわなと小刻みに身体を震わせながらドカドカとした足音を立たせるように、やって来たのは新魔王陛下であり。あまりにも侵害だとばかりの表情をその黒い瞳に浮かべている。

「……聞いていたのならば話は早い。魔王騎士団団長のこの男にも、陛下の魔力のコントロールに貢献してもらおうかという話だ」

 その黒い瞳が私の言葉により揺れたのが伺えたが何故かこれ以上、その瞳を直視出来ないと思いふいっと視線を逸らす。
 私のそんな様子をじっとみつめてきていたクロイツは物分かりが良いことに、ずいっと私と陛下の間に割って入るなり、陛下の両肩にぽんっと手を添えては、怒り浸透とばかりの陛下を宥め始める。

「まあまあ、陛下。ーー私は先ほどご紹介に上がりました第一騎士団、団長のクロイツ卿ヴァッハトと申します。陛下とお会いするのはこれが初めてですね。どうぞお見知りおきを」
「え、ああ、ヴァッハト?ってことは兄弟?……は違いそうだから、従兄弟とか?」
「ええ、そうです」
「なんだ……ヴァッハトが苗字ってことか」

 陛下もクロイツのにっこりとした穏やかな笑顔に少し呆気に取られたのか、少したじろいながらもぺこりと挨拶を交わす。
 だが、いかんせんクロイツが陛下の肩に手を添えたまま離さないのが、少し目につく。
 するとだ、すぐ様本題に戻ろうとした陛下にクロイツは陛下との身長差があることから、少し腰を下げては、陛下の目線に合わせては下から顔を覗き込むなり、言葉を遮る。

「陛下、少しお尋ねしたいのですがハインリヒ閣下が言っていた魔力のコントロールの任務とは一体なんのことです?」
「え?」

 陛下が現れなければその話はなかったことにしようと思っていたのだが、もうそういうわけにも行かなくなってしまった。
 だから私も後に引けなくなってしまったもので。
 すると、陛下は自身の口から具体的な行為を口にするのを躊躇っているのか、まるで助け舟を出すようにちらりと、私の方に視線を向けてくる。

「なあ?」

 しかしだ、私がすぐに答えないことから不安にでも思ったのか、眉をへの字にさせては困ってすらいる様子。
 本来、相手が陛下なのだからここでその助け舟に答えてやるのが、王室監察官の務めなのかもしれないが、あとには引けないと思っているところで何やらクロイツが、陛下の耳元でコソリと何かを囁き始める。何をコソコソと言っているんだとジロリと二人に、視線を向けようとした直後たどたどしい口ぶりで、陛下がまた私の方をじっと見つめるなり、こう口を開いたのである。

「は、ハイン?」
「……なっ」

 その愛称で呼ばれたのは一体いつ振りか。それ故陛下にそう言われ、一瞬固まってしまう自分が居た。つまりは動揺してしまったというわけだが。
 静かになった私の様子に戸惑ったのか今度は陛下の方から、クロイツの耳元にその形の良い唇を近づけては何かを小声で話している。その様子に何故だか小さな憤りを感じてしまう。それが何故だかは分からないが。

「なるほど、陛下はどうやら。この数週間でまだ貴方とどう接したら良いのか、あまりお分かりになっていない様子。どうでしょう、この際、二人の親交を深める為にも、俺がお二人の間に入って先ほどの魔力のコントロールやらを、今後俺も含めるというのは、いかがでしょうか?」
「「!?」」


 クロイツの提案から数日。
 どうやらこの数日でクロイツは自らと陛下の距離を縮めるべく、何かと陛下にひっついている様子。
 魔力のコントロールは未だ陛下がクロイツに許可を出していないことから、私と二人だけで行っている。
 半ば強引に進めた魔力のコントロール。今になってあのやり方が、一番効率が良かったとは言えど少し、はやまったことをしてしまったのかもしれない。
 クロイツが言うように私と陛下との距離は遠く。こちらとしてはその辺りをまったく気にしていなかったものだから、クロイツのあの言葉を思い出すたびに、教育係としてやり方を間違えたかもしれないとさえ思えてきていた。


「ははっ、クロイツは口が上手いなぁ」
「いえいえ、それほどでも」
「なんだよそれっ」

 城下内に響く笑い声に自然と目も耳もそちらに向かってしまう。
 自分が相手なら陛下もあんな風に自然に笑ったりはしないだろう。むしろ、いつも顔が強張っている気がする。

「ところで陛下は異世界で恋人は居らっしゃらなかったのですか?」
「恋人ぉ?……いや、それどころじゃなかったからなぁ。好きだなと思ってた人は居たけどそれももう諦めちまったから」
「ほう、その話は少し気になりますね」
「えー?気にしなくていいって」

 陛下が口にしたようにクロイツは実に喋りが上手い。
 現に陛下の情報をいとも簡単に引き出している。
 二人が楽しそうに城の敷地内の庭で会話する姿を執務室の窓際から見下ろしていたが、窓を開けていたこともあり、そんな二人の会話もはっきりと聞こえてくる。
 するとだ私の視線を背中で感じたらしいクロイツがふとこちらを見上げてはにこりと、微笑むなりすぐに陛下に視線を戻しては、陛下の腰に手を回すなり、クロイツは自身の方へ惹き寄せていた。

(フン、馬鹿らしい)

 あからさまにこの私の気を引き陛下に気持ちを向けさせる作戦なのかもしれないが、思惑があからさまなことから、相手にしてやるつもりはないと私はすぐに、視線を手元の書類に戻すことにした。
 するとだ、次の瞬間窓の方から陛下の短い叫び声が聞こえてくる。それには瞬時にピクリッと反応してしまい、咄嗟にまたあちらへ視線を戻してしまった。

「急に何するんだよっ!クロイツ!」
「ははっ、すみません陛下。陛下があまりにも無防備だから貴方のここを奪ってしまった」

〝何を〟奪ってしまったのかは分からないが視界に入った時にはもう陛下が、びっくりしている様子であり。ここでも私の方をちらりと横目で見上げたクロイツが、またあからさまに陛下に耳元で何かを囁く。

「は、はあ!?そんなことあのハインがするわけーー……って、ハイン?」

 さっきまではクロイツにぎょっとした表情さえ浮かべていた癖に、今度はどうして恥ずかしそうに顔を赤らめているのか。
 すると、私自身無意識に眉間に深い皺を寄せ二人を真上から凝視していた所為か、最近魔力の放出に慣れてきていた陛下は、私のその気配と視線に気づいたらしく。私はというとそこからふいっと視線を逸らすなり、もう気にしないようにしようと窓のカーテンを閉めてしまうことにした。
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