王太子殿下は虐げられ令嬢を救いたい

参谷しのぶ

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第2章

5.エリシア・アージェント伯爵令嬢

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「見つめ合うのはそのくらいにしていただいて、エリシアさんはもう寝ましょう。背を伸ばしたいなら主治医の意見に従わないと」

「俺とシャレドがダブルで治療に当たるなんて、最先端で最高なんだからな。もう二度とこれほどの医療は受けられないかもしれない。見た目を変えたいなら言うこと聞けよ!」

「はい、背を伸ばしたいです! 成長したいです、徹底的にっ!!」

 シャレドとローリックから同時に指を突きつけられて、エリシアは慌ててうなずいた。
 そして、残りの入院期間はあっという間に過ぎた。

(なんだかんだで、今日でちょうど1か月かあ……)

 弱り切った体には、一度に大量の治癒魔法を入れることができないらしい。
 自分のために奮闘してくれているダブル主治医と看護師三人組を見ると、毎回新鮮に驚くと同時に嬉しく感じた。

「退院したら、死ぬ気で働いて入院費を返そう。踏み倒すつもりはないし、そんなことをする人間だとアラスター殿下に思われてはたまらないし、誇り高き伯爵だったご先祖様に顔向けできないし。いざとなったら臓器を売ってでも……」

「エリシア、知ってるかい? そういうのを本末転倒と言うんだよ」

 アラスターが大きな板を抱えて病室に入ってきた。

「誰かの手を借りる必要があるときは、甘えていいんだ。僕たちは全員、あらゆる手段を駆使して君に元気になってほしいと願っているだけなんだから。特に僕はさ、エリシアから……国民から誇らしく思って貰える王太子でいたいし」

「アラスター殿下……ありがとうございます。もうすっかり元気になりましたし、必ずご恩返しします。足りないものは意気込みで補うので。ところで……それは一体?」

「ああ、姿見だよ。折り畳み式の三面鏡なんだ」

 アラスターの青い瞳が明るく輝いている。彼は軽やかな動作で、壁際に姿見を設置した。

「おめでとうエリシア。シャレドとローリックから退院許可が出たよ。さあ、いまの君の完璧な姿を見てごらん」

 アラスターが華やいだ声で言った。
 エリシアは途端に臆病になった。シンクレア公爵家では常にラーラの引き立て役で、自分が醜いことを痛いほど理解していたからだ。

「あ、え、えっと……。あの、ちょっと心の準備をさせていただきたく……」

 エリシアはしどろもどろで答えた。なにしろこの1か月、一度も鏡を見ていない。
 看護師三人組が何度も寝間着を新しいものに取り替えてくれたし、自分でも目線の高さが変わったと思っていたが、顔立ちなんて一朝一夕に変わるはずがない。

「勇気が湧いてこない? 変わったのは背丈だけじゃないって、自分では気づいていないみたいだね。ほら、起き上がって。髪や肌をさわってごらん?」

 アラスターに言われるままに、エリシアは上体を起こした。指先を肌へと走らせる。頬や腕の感触は──つやっつやでぷるっぷるだった。
 茶色い髪はさらさらで、艶やかで、まるで流れる滝のよう。いつもボサボサで切れ毛と枝毛だらけだったのに。

「ね? いまの君はシルクのような肌をしているよ。髪はしなやかで、真っすぐに伸びている。ついに、自分の変わりっぷりがどんなものか知ることになったね。さあおいで、鏡を見たらもっと驚くから」

 アラスターが手を差し出してくる。エリシアは彼の手を借りて、そろそろとベッドから抜け出した。そして、三面鏡まで導かれる。
 こわごわと鏡を覗き込んで、エリシアは困ったように眉を寄せた。

「……これ、誰ですか? こんなの、私のはずが……」

 エリシアが見ているのは自分ではなかった。大きく目を見張った、見知らぬ美しい娘だ。

 髪は茶色というよりはダークブロンドで、琥珀色の目は不思議な輝きを帯びている。
 ラーラよりも背が高いかもしれない。手足はすらりとしなやかで、飾り気のない白ワンピースの寝間着が優美なドレスのように見える。

 正直に言って、目を見張るほどの美人だ。堂々として誇り高い気品を備えている。自分が目で見ているものが信じられなくて、エリシアは鏡に手で触れた。

「種も仕掛けもないからね。これが18歳の君なんだ。美人で洗練されていて、誰よりも見栄えがする。貴族にふさわしい気品に満ちた、エリシア・アージェント伯爵令嬢の姿だよ」

 アラスターの言葉が耳から入り、鼓動が早まった。
 エリシアは目を閉じて十まで数えた。目を開けても美しい娘は消えていなかった。もう一度目を閉じ、また開ける。

「エリシア嬢、君は美しい。今年の社交シーズンでは、きっと一番の美人さんだね」

 アラスターが笑う。彼のつぶやきは心温まるものだった。

「ありがとうございます。本当に、ありがとう……」

 小声でつぶやく。気が付いたら涙が頬を伝っていた。もう長いこと──少なくとも両親を亡くして以降、泣いたことなどなかったのに。
 アラスターはよしよしと頭を撫でてくれた。彼の指先のもたらす多幸感ときたら、とても言葉では言い表せないほどだった。
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