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第2章
6.利用価値
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寝間着の胸元には、アラスターが贈ってくれたブローチが美しく輝いていた。
エリシアは三面鏡に映る自分を見ながら、この1か月というもの頭から離れなかったことを口にした。
「アラスター殿下は、どうして私によくしてくださるんですか? 王太子だから、私もいち国民だからという理由だけで、ここまではできないと思います」
頬を上気させて、ぼうっとした顔をしていたアラスターが目をぱちぱちとさせた。
「そろそろ、真の目的を明かしてくださると嬉しいのですが。昔からずっと無条件に愛してくれる人がほしかったけれど、そんなのは夢物語です。私に利用価値があるのなら教えてください」
「エリシア……」
「私のような人間は、厚遇されちやほやされる嬉しさよりも、お返しの義務感が重荷になるのです。昔から親切にされると、どんな裏があるんだろうって急速に焦りが募って、耐えきれないほどの切迫感が生じるんですよ。すみません、嫌な性格で」
アラスターはゆっくりと首を横に振った。
「……国中から虐げられてきた人間は、やはりそう簡単に人を信用しないか」
エリシアも首を横に振った。
「殿下が誠実な方だということはわかっています。ただ『白馬の王子様がきたっ!』って脳内お花畑になれないだけです」
うーむと首をひねって、エリシアは真っすぐにアラスターを見つめた。
「なにしろ筆頭公爵家の令嬢に、公衆の面前でぴしゃりと一発食らわしたわけですから。その波紋は国王様や王妃様にまで及び、お二人の顔に泥を塗ることになります。いくら王太子様でも、シンクレア公爵家が使用人を虐待してるからという理由だけで、あのような暴挙に及ぶはずがない。そうですよね?」
エリシアの言葉に、アラスターは感服したような表情になった。
「君は聡明だね。シンクレア公爵家で、迫害されて育ってきたとは思えない」
「専門家による指導を受けずとも、私には耳がありましたから。異国で言うところの『門前の小僧習わぬ経を読む』というやつです」
「さすがは付き添い役だ。シンクレア公爵家の子どもたちより、君の方が優秀だったことは間違いない。どんな課題も頭の中でこなしていたんだろう」
アラスターはため息をついて、窓際のソファに座った。
「ある意味で、これまでの僕の人生は君を救うためにあったんだ。そのことだけは信じてほしい」
押し殺した声で言い、アラスターは「隣に座ってくれるかい」と微笑んだ。アリシアはうなずき、そっと腰を下ろした。
「君も知っての通り、百年前の『大厄災』でこの世界は魔物で溢れた。必死に対抗手段を探したが、状況は絶望的だった。しかし王族や貴族の間に『魔力』を持つ者が現れた」
アラスターは真剣なまなざしで、さらに言葉を続けた。
「尊い身分の者たちは、魔法の力で魔物たちを排除することができるようになった。そして、魔物に対処することは権力者としての地位を示すことと同義になった。しかし──」
「しかし貴族の地位にいながら、魔力を発現できない家があった」
アラスターの言葉が終わらないうちに、エリシアは口を開いた。
「アージェント伯爵家、いまはもうなくなってしまった私の実家。大厄災のあと、魔力が発現しなかったのは悪事を働いたからだと責められ、不祥事を起こしたと騒がれ、王家から領地を取り上げられ……社会的に抹殺された」
「ああ。紛れもない事実だ」
アラスターは形のいい唇を歪めた。
「なぜアージェント家だけ魔力が発現しなかったのか。それは大いなる謎のひとつだ。王家を含めて、もはや誰も当時のことを知らない。そのことについて、誰ひとりとして研究しようとはしてこなかったからだ」
吐き捨てるように言って、アラスターは体をひねって真っすぐエリシアを見た。
「アージェント家の人々が、領地の人々のために勇敢に闘ったという記録は、ちゃんと残っているんだ。王家も、他の貴族も、自分たちを守ることに必死で──誰ひとり救援に駆けつけられなかった中で、長期間戦い続けている。一族の誰にも魔力がなかったなんて信じられないくらいに」
「そ、そうなんです! おじい様の、そのまたおじい様の日記帳に全部書いてありますっ!」
エリシアは興奮して立ち上がった。いままでこんなことを言ってくれた人はいなかった。何をされても『魔力がないのが悪い』で一件落着だったから。
「僕は幼少期から、アージェント家についてじっくり調べてきた。そして、本当にアージェント家の人々は魔力と無縁だったのか、疑問に思うようになったんだ」
アラスターも勢いよく立ち上がる。エリシアは小首をかしげた。
「でも……私はもちろん、お父様も、おじい様も魔法は使えませんでした。火の力も、風も土も、水も」
「そうだね。でも僕は、この世界にはそれ以外の魔法が存在するんじゃないかと思うんだ。目に見えにくい、わかりにくい、そんな魔法が。ただその研究をするには、調査対象とじかに接する必要がある。君を王宮に連れ帰ってだね、その、四六時中僕の側にいてもらわないと……」
「それはつまり? なるほどわかりました。要するに私は実験用のモルモットというわけですね。お役に立てるかは未知数ですが、身命を賭して調査に協力します」
「いやそうだけど、理解が速くて助かるけど……っ!」
「任せてください! 私、立派なモルモットとして、徹底的に研究されてみせますっ!!」
エリシアは俄然やる気が湧いてきた。アラスターは自分の利用価値について、あれこれ考えてくれていたのだ。アージェント家の末裔のために、そんな崇高なことをしてくれる人がいるなんて。
「そうだけどそうじゃない……」
すっかり興奮しきっているエリシアの耳に、アラスターの小さな声が届いた。
エリシアは三面鏡に映る自分を見ながら、この1か月というもの頭から離れなかったことを口にした。
「アラスター殿下は、どうして私によくしてくださるんですか? 王太子だから、私もいち国民だからという理由だけで、ここまではできないと思います」
頬を上気させて、ぼうっとした顔をしていたアラスターが目をぱちぱちとさせた。
「そろそろ、真の目的を明かしてくださると嬉しいのですが。昔からずっと無条件に愛してくれる人がほしかったけれど、そんなのは夢物語です。私に利用価値があるのなら教えてください」
「エリシア……」
「私のような人間は、厚遇されちやほやされる嬉しさよりも、お返しの義務感が重荷になるのです。昔から親切にされると、どんな裏があるんだろうって急速に焦りが募って、耐えきれないほどの切迫感が生じるんですよ。すみません、嫌な性格で」
アラスターはゆっくりと首を横に振った。
「……国中から虐げられてきた人間は、やはりそう簡単に人を信用しないか」
エリシアも首を横に振った。
「殿下が誠実な方だということはわかっています。ただ『白馬の王子様がきたっ!』って脳内お花畑になれないだけです」
うーむと首をひねって、エリシアは真っすぐにアラスターを見つめた。
「なにしろ筆頭公爵家の令嬢に、公衆の面前でぴしゃりと一発食らわしたわけですから。その波紋は国王様や王妃様にまで及び、お二人の顔に泥を塗ることになります。いくら王太子様でも、シンクレア公爵家が使用人を虐待してるからという理由だけで、あのような暴挙に及ぶはずがない。そうですよね?」
エリシアの言葉に、アラスターは感服したような表情になった。
「君は聡明だね。シンクレア公爵家で、迫害されて育ってきたとは思えない」
「専門家による指導を受けずとも、私には耳がありましたから。異国で言うところの『門前の小僧習わぬ経を読む』というやつです」
「さすがは付き添い役だ。シンクレア公爵家の子どもたちより、君の方が優秀だったことは間違いない。どんな課題も頭の中でこなしていたんだろう」
アラスターはため息をついて、窓際のソファに座った。
「ある意味で、これまでの僕の人生は君を救うためにあったんだ。そのことだけは信じてほしい」
押し殺した声で言い、アラスターは「隣に座ってくれるかい」と微笑んだ。アリシアはうなずき、そっと腰を下ろした。
「君も知っての通り、百年前の『大厄災』でこの世界は魔物で溢れた。必死に対抗手段を探したが、状況は絶望的だった。しかし王族や貴族の間に『魔力』を持つ者が現れた」
アラスターは真剣なまなざしで、さらに言葉を続けた。
「尊い身分の者たちは、魔法の力で魔物たちを排除することができるようになった。そして、魔物に対処することは権力者としての地位を示すことと同義になった。しかし──」
「しかし貴族の地位にいながら、魔力を発現できない家があった」
アラスターの言葉が終わらないうちに、エリシアは口を開いた。
「アージェント伯爵家、いまはもうなくなってしまった私の実家。大厄災のあと、魔力が発現しなかったのは悪事を働いたからだと責められ、不祥事を起こしたと騒がれ、王家から領地を取り上げられ……社会的に抹殺された」
「ああ。紛れもない事実だ」
アラスターは形のいい唇を歪めた。
「なぜアージェント家だけ魔力が発現しなかったのか。それは大いなる謎のひとつだ。王家を含めて、もはや誰も当時のことを知らない。そのことについて、誰ひとりとして研究しようとはしてこなかったからだ」
吐き捨てるように言って、アラスターは体をひねって真っすぐエリシアを見た。
「アージェント家の人々が、領地の人々のために勇敢に闘ったという記録は、ちゃんと残っているんだ。王家も、他の貴族も、自分たちを守ることに必死で──誰ひとり救援に駆けつけられなかった中で、長期間戦い続けている。一族の誰にも魔力がなかったなんて信じられないくらいに」
「そ、そうなんです! おじい様の、そのまたおじい様の日記帳に全部書いてありますっ!」
エリシアは興奮して立ち上がった。いままでこんなことを言ってくれた人はいなかった。何をされても『魔力がないのが悪い』で一件落着だったから。
「僕は幼少期から、アージェント家についてじっくり調べてきた。そして、本当にアージェント家の人々は魔力と無縁だったのか、疑問に思うようになったんだ」
アラスターも勢いよく立ち上がる。エリシアは小首をかしげた。
「でも……私はもちろん、お父様も、おじい様も魔法は使えませんでした。火の力も、風も土も、水も」
「そうだね。でも僕は、この世界にはそれ以外の魔法が存在するんじゃないかと思うんだ。目に見えにくい、わかりにくい、そんな魔法が。ただその研究をするには、調査対象とじかに接する必要がある。君を王宮に連れ帰ってだね、その、四六時中僕の側にいてもらわないと……」
「それはつまり? なるほどわかりました。要するに私は実験用のモルモットというわけですね。お役に立てるかは未知数ですが、身命を賭して調査に協力します」
「いやそうだけど、理解が速くて助かるけど……っ!」
「任せてください! 私、立派なモルモットとして、徹底的に研究されてみせますっ!!」
エリシアは俄然やる気が湧いてきた。アラスターは自分の利用価値について、あれこれ考えてくれていたのだ。アージェント家の末裔のために、そんな崇高なことをしてくれる人がいるなんて。
「そうだけどそうじゃない……」
すっかり興奮しきっているエリシアの耳に、アラスターの小さな声が届いた。
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