王太子殿下は虐げられ令嬢を救いたい

参谷しのぶ

文字の大きさ
15 / 25
第3章

4.ぶっつけ本番

しおりを挟む
「まあ、当たって砕けろの精神でいこう。ちなみに紳士が令嬢に惹かれるのは、相手のどんな点を発見したときだと思う?」

「家柄と莫大な持参金ですかね?」

「ぐ……身も蓋もないことを言うな。僕調べだが、賢い行動を見たときや、機知に富んだ会話をしたときだ。そして『おもしろい女』だと思った瞬間だ!」

「おもしろい女」

 アラスターが力説するので、つい復唱してしまった。彼の基準では、美人で金持ちなだけでなく、何らかの面白みがないといけないらしい。

「ガルブレイスじゅうの令嬢が束になっても、面白さでは君に敵わない。魔力がないとか育ちがどうとか、そういうことじゃないんだ。唯一無二の女性だと、男に思わせる力があるということだ。だから自信を持て」

「よくわかりませんが、褒め言葉としてありがたく受け取っておきますね」

 そう答えた瞬間から肩の力が抜け、エリシアは不安を忘れた。

 舞踏場に足を踏み入れた瞬間、人々のどよめきが耳に届いた。あちこちから好奇の視線が寄せられる。
 エリシア──もとい皇女エリーの姿がよく見える場所を確保するため、人々が群がってくる。

 競り勝ったのは、王太子妃の地位を手に入れようと必死になっている令嬢と、その母親たちだった。
 エリシアは全員を知っていた。ラーラの取り巻きだった侯爵令嬢、意地悪な噂が大好きな伯爵令嬢などなど……皇女エリーに驚異を感じているのは、容易に想像がつく。

 いくつもの射抜くような瞳に囲まれ、エリシアは背筋がぞくぞくした。
 他国から油揚げを攫いに来たトンビとアージェント家の末裔ではかなり立場が違うが、どこをとっても厄介な存在であることは変わりがない。

(これこれ! この、温もりの全く感じられない視線! この1か月おあずけになってたけど、やっぱり落ち着くうぅ~っ!)

 エリシアは全員に笑みを向けた。前列の女性陣がたじろいだ。後ろから、男性陣のうっとりしたような声がする。

「なんとまばゆい笑顔だ……」

「さすがは皇女様、宝石のごとき輝きだな」

「シンプルなドレスなのに、美しく華やかで魅力的。すべてが我が国の令嬢と全く違う」

 図らずも『とっておきの笑み』になっていたらしい。皇女エリーは紳士たちを陥落させた。どいつもこいつも、エリシアには目もくれなかった連中だ。

「神々しいほどの美貌だ……胸が熱くなる。魔法をかけられたように、頭がまともに働かない。もしや魅了の能力をお持ちなのだろうか」

 エリシア相手だといつも下品な物言いだった公爵家嫡男が、うっとりとした声を出す。

(私、魔法使えませんけどね)

 物陰で殴りかかってきた侯爵家の跡継ぎや、何かにつけて嫌味たらしかった若き伯爵も鼻の下を伸ばしている。令嬢たちは見るからに苛立っていた。
 ラーラの付き添いは楽しい仕事ではなかったが、社交界の中心人物たちの人となりが知れたのはありがたい。

 初老の男性が進み出てきた。シンクレア公爵の陰に隠れて、いつも二番手だったマクリーヴ公爵だ。

「皇女殿下。無事にご到着なさいまして、まことにようございました。私はファーガス・マクリーヴ公爵です。貴族一同を代表して、お喜び申し上げます」

「こんにちは。エリーです。よろしく」

 いきなり完璧な皇女の発言などできるわけもなく、片言っぽくなってしまった。
 しかしそれが逆によかったらしい。生まれ落ちた瞬間から超大国の皇女としてわがまま放題してきました、と言わんばかりの高慢さが出た。

「しばらくこちらにご滞在なさるとか。メンケレン帝国の皇族方は、皆様強い魔力をお持ちとか。天才揃いで、複数の属性を操れると聞き及んでおります。エリー様はどのような魔法がお得意で……」

「ありません」

 しまった。超正直にきっぱりと答えてしまった。ないものはない、と思うあまりに刺のある高慢な声になった。

 アラスターがすかさず前に出る。

「そのような質問に答える必要がない、という意味だ。いきなり失礼だぞマクリーヴ。皇女様はご機嫌を損ねていらっしゃる」

「も、申し訳ございません。どうかお許しを!」

 マクリーヴ公爵が胸の前で両手を握り合わせた。そしてペコペコと頭を下げる。公爵よりもずっと身分が高い、強大国の皇女に盾突くなどもっての外なのだ。

(これは……思ったより楽しいかもしれない)

 別人のふりをして貴族たちを欺くことで、虐げられ続けてきた心が癒されるのを感じた。
 極めて不幸。極めて孤独。そんな日々を過ごしてきたのだから、ちょっとぐらい楽しんでも罰は当たるまい。

 ひとりの令嬢が、耐え切れないと言わんばかりに声をあげた。

「アラスター殿下。今日は私たちと踊って頂けないのですか?」

「すまないが、無理だな。目を離してはならない大切な人がいるのでね」

 アラスターがエリシアに微笑みかける。

「皇女様の要求を満たすことが何より大事だからね。ああエリー、ガルブレイスでの滞在中、ほしいものがあったら遠慮なく言ってくれ」

 しばらく小首をかしげ、エリシアは答えた。

「ほしいものがわからないので、あなたが用意してくださいますか? このブローチのように」

 エリシアが正直に答えるほど、皇女感が出るという法則がわかってきた。何を言っても、皇女なのだから丁重な扱いを受けて当然、という解釈をしてもらえる。

 貴族たちの目が、エリシアの胸元に釘付けになった。シャンデリアの光を反射して、ダイヤモンドのブローチがきらきらと輝いていた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

ある日、私は聖女召喚で呼び出され悪魔と間違われた。〜引き取ってくれた冷血無慈悲公爵にペットとして可愛がられる〜

楠ノ木雫
恋愛
 気が付いた時には見知らぬ場所にいた。周りには複数の女性達。そう、私達は《聖女》としてここに呼び出されたのだ。だけど、そこでいきなり私を悪魔だと剣を向ける者達がいて。殺されはしなかったけれど、聖女ではないと認識され、冷血公爵に押し付けられることになった。  私は断じて悪魔じゃありません! 見た目は真っ黒で丸い角もあるけれど、悪魔ではなく…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

最低の屑になる予定だったけど隣国王子と好き放題するわ

福留しゅん
恋愛
傲慢で横暴で尊大な絶世の美女だった公爵令嬢ギゼラは聖女に婚約者の皇太子を奪われて嫉妬に駆られ、悪意の罰として火刑という最後を遂げましたとさ、ざまぁ! めでたしめでたし。 ……なんて地獄の未来から舞い戻ったギゼラことあたしは、隣国に逃げることにした。役目とか知るかバーカ。好き放題させてもらうわ。なんなら意気投合した隣国王子と一緒にな! ※小説家になろう様にも投稿してます。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

処理中です...