告白

オキタミナト

文字の大きさ
8 / 8

しおりを挟む


「……聞きたいことある?」

マコトは、やっぱり真面目だなと思う。

こんな状況でも、私たちへ気を使っている。

私は一瞬迷ったように目を伏せてしまったが、深く頷いた。

「お兄さんの起こした事件って…」

口に出すとまた少しの緊張と期待が混ざる。

知りたい。好奇心が、勝ってしまう。

アヤカもじっとマコトの表情を見つめ、少しだけ息をひそめた。

でも、その目の奥には、どうしても抑えきれない好奇心がちらりと光っている。

私も思わず身を乗り出し、正直少しドキドキして、胸がざわついた。

知りたい、でも聞くのは怖い、そのせめぎ合い。

その様子を見たケンジが、テーブル越しに大きくため息をつき、眉をひそめる。

「おい……おまえら、いい加減にしろよ。空気を読め空気を」

それでも、私とアヤカの視線はマコトに釘付け。

不謹慎だとわかっていても、胸の奥の好奇心には抗えなかった。

マコトは少し目を伏せた後、ゆっくりと顔を上げた。

「……いや、良ければ知って欲しい」

その瞬間、空気が少し重くなり、でも同時に私たちの好奇心がほんの少し解放される。

ケンジはあきれ顔で腕を組み、呆れたように私たちを見つめていた。

マコトは涙をぬぐいながら、苦笑いを浮かべていた。

「……おまえら、ほんと変わらないな」

その声は泣き笑いで震えていたけれど、どこか救われた響きがあった。

「……兄貴は十歳上で、俺が中一のときに捕まった」

その声は静かで、でも底知れぬ重さがあった。

「ニュースでは“白鷺町少年死亡事件”って報じられた。
夜中に、駅前の公園で起きた暴行事件で……被害者は1人。相手の事は俺は知らない。
その事件で遺体の一部が近所のあちこちで発見されて、正直グロすぎて当時の俺には詳細は聞かされなかった。」

アヤカが息をのむ。ケンジも黙ったまま。

私はつい口に入れてしまった唐揚げを飲み込むのに、いつもよりずっと時間がかかった。

私はふとスマホを手に取り、検索欄に打ち込む。

「白鷺町少年死亡事件」――出てきたのは見出しの嵐だった。

「広島市○○区少年死亡事件」
「深夜の駅前公園で少年死亡、遺体の一部が市内各所で発見」
「遺族が語る、深夜に起きた悲劇の一部始終」
「加害者の弟も巻き込まれた家族の苦悩とは?」


記事を追ううちに、加害者の弟がマコトと同じ広島出身だと知った。

いや、当たり前だろ、自分。頭の中でツッコミを入れる。

でも、ニュースの冷たい文字や写真と、目の前にいるマコトがどうしても結びつかない。

「……でも、あれ?これ全部本当なの?」

戸惑いとざわつきで、心の中がぐるぐる回った。

画面をスクロールするたび、事実と憶測、感情の渦が混ざり合う。

コメント欄には「許せない」「家族も責められるべき」とか、胸くそ悪い罵詈雑言がずらり。

弟であるマコトの存在までもが、世間の好奇心と偏見に晒されていた。

手元のスマホの光が、兄貴とマコトの過去を生々しく浮かび上がらせる。

私は指を止め、画面をじっと見つめた――

言葉にならない怒りと胸の痛みが、全身をぎゅっと締め付けた。

なんとなく当時の記憶が蘇ってきた。

ニュースでは連日トップで報道されたと思う。

子供ながらに画面には血痕の写真、現場の雑然とした映像、遺族や関係者の顔が繰り返し映し出され、見ているだけで息が詰まるようだった。

マコトは低く、でも冷静に続けた

「みんな兄貴と俺たち家族のことを噂して、蔑むような目で見てきた。
近所の人も、家の前を通る度にちらりと玄関を見て、俺たちの気配に気づくと通り過ぎる足を早めた。
親戚ですら、家族の前で''やっぱりあの子は……''って知ったかぶって言ってた…
マスコミもさ、
''加害者の弟は今どうしているのか''
って学校や塾にに取材の電話してきて。
俺取材なんか受けたことないのに、周りが勝手に言ったことが記事になったりして。
事実と憶測が入り混じってて訳分からん事になってるのに、誰も兄貴の言い分や家族の事情を聞こうとはしないんだよ。
ただ“罪人の家族”として、俺たち家族は世間の目にさらされた」

悔しさが、マコトの表情からあふれ出している。

マコトの、こんな表情を私は今まで一度も見たことがなかった。

今日は、いつもとは違ういくつものマコトが見える。

泣いた顔、困った顔、そして今の、少し痛々しい顔。

もしこれが、もっとポジティブな理由で見られるものなら。

そう考えずにはいられない。

心のどこかで、どうしてもその希望を願ってしまう自分がいた。

けれど現実は、そんなに優しくない。

マコトを取り巻く世界も、私の目の前の状況も、どこか冷たく、痛みを押し付けるように重くのしかかっている。

願いだけでは、変えられない現実がここにある。

マスコミに翻弄されるって、きっとこういうことなのだろうか。

誰かの事情や痛みを切り取って、勝手に世間にさらす。

その現実の冷たさが、すごく恐ろしいと思った。



しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

Zinnia‘s Miracle 〜25年目の奇跡

弘生
現代文学
なんだか優しいお話が書きたくなって、連載始めました。 保護猫「ジン」が、時間と空間を超えて見守り語り続けた「柊家」の人々。 「ジン」が天に昇ってから何度も季節は巡り、やがて25年目に奇跡が起こる。けれど、これは奇跡というよりも、「ジン」へのご褒美かもしれない。

処理中です...