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しおりを挟む「……聞きたいことある?」
マコトは、やっぱり真面目だなと思う。
こんな状況でも、私たちへ気を使っている。
私は一瞬迷ったように目を伏せてしまったが、深く頷いた。
「お兄さんの起こした事件って…」
口に出すとまた少しの緊張と期待が混ざる。
知りたい。好奇心が、勝ってしまう。
アヤカもじっとマコトの表情を見つめ、少しだけ息をひそめた。
でも、その目の奥には、どうしても抑えきれない好奇心がちらりと光っている。
私も思わず身を乗り出し、正直少しドキドキして、胸がざわついた。
知りたい、でも聞くのは怖い、そのせめぎ合い。
その様子を見たケンジが、テーブル越しに大きくため息をつき、眉をひそめる。
「おい……おまえら、いい加減にしろよ。空気を読め空気を」
それでも、私とアヤカの視線はマコトに釘付け。
不謹慎だとわかっていても、胸の奥の好奇心には抗えなかった。
マコトは少し目を伏せた後、ゆっくりと顔を上げた。
「……いや、良ければ知って欲しい」
その瞬間、空気が少し重くなり、でも同時に私たちの好奇心がほんの少し解放される。
ケンジはあきれ顔で腕を組み、呆れたように私たちを見つめていた。
マコトは涙をぬぐいながら、苦笑いを浮かべていた。
「……おまえら、ほんと変わらないな」
その声は泣き笑いで震えていたけれど、どこか救われた響きがあった。
「……兄貴は十歳上で、俺が中一のときに捕まった」
その声は静かで、でも底知れぬ重さがあった。
「ニュースでは“白鷺町少年死亡事件”って報じられた。
夜中に、駅前の公園で起きた暴行事件で……被害者は1人。相手の事は俺は知らない。
その事件で遺体の一部が近所のあちこちで発見されて、正直グロすぎて当時の俺には詳細は聞かされなかった。」
アヤカが息をのむ。ケンジも黙ったまま。
私はつい口に入れてしまった唐揚げを飲み込むのに、いつもよりずっと時間がかかった。
私はふとスマホを手に取り、検索欄に打ち込む。
「白鷺町少年死亡事件」――出てきたのは見出しの嵐だった。
「広島市○○区少年死亡事件」
「深夜の駅前公園で少年死亡、遺体の一部が市内各所で発見」
「遺族が語る、深夜に起きた悲劇の一部始終」
「加害者の弟も巻き込まれた家族の苦悩とは?」
記事を追ううちに、加害者の弟がマコトと同じ広島出身だと知った。
いや、当たり前だろ、自分。頭の中でツッコミを入れる。
でも、ニュースの冷たい文字や写真と、目の前にいるマコトがどうしても結びつかない。
「……でも、あれ?これ全部本当なの?」
戸惑いとざわつきで、心の中がぐるぐる回った。
画面をスクロールするたび、事実と憶測、感情の渦が混ざり合う。
コメント欄には「許せない」「家族も責められるべき」とか、胸くそ悪い罵詈雑言がずらり。
弟であるマコトの存在までもが、世間の好奇心と偏見に晒されていた。
手元のスマホの光が、兄貴とマコトの過去を生々しく浮かび上がらせる。
私は指を止め、画面をじっと見つめた――
言葉にならない怒りと胸の痛みが、全身をぎゅっと締め付けた。
なんとなく当時の記憶が蘇ってきた。
ニュースでは連日トップで報道されたと思う。
子供ながらに画面には血痕の写真、現場の雑然とした映像、遺族や関係者の顔が繰り返し映し出され、見ているだけで息が詰まるようだった。
マコトは低く、でも冷静に続けた
「みんな兄貴と俺たち家族のことを噂して、蔑むような目で見てきた。
近所の人も、家の前を通る度にちらりと玄関を見て、俺たちの気配に気づくと通り過ぎる足を早めた。
親戚ですら、家族の前で''やっぱりあの子は……''って知ったかぶって言ってた…
マスコミもさ、
''加害者の弟は今どうしているのか''
って学校や塾にに取材の電話してきて。
俺取材なんか受けたことないのに、周りが勝手に言ったことが記事になったりして。
事実と憶測が入り混じってて訳分からん事になってるのに、誰も兄貴の言い分や家族の事情を聞こうとはしないんだよ。
ただ“罪人の家族”として、俺たち家族は世間の目にさらされた」
悔しさが、マコトの表情からあふれ出している。
マコトの、こんな表情を私は今まで一度も見たことがなかった。
今日は、いつもとは違ういくつものマコトが見える。
泣いた顔、困った顔、そして今の、少し痛々しい顔。
もしこれが、もっとポジティブな理由で見られるものなら。
そう考えずにはいられない。
心のどこかで、どうしてもその希望を願ってしまう自分がいた。
けれど現実は、そんなに優しくない。
マコトを取り巻く世界も、私の目の前の状況も、どこか冷たく、痛みを押し付けるように重くのしかかっている。
願いだけでは、変えられない現実がここにある。
マスコミに翻弄されるって、きっとこういうことなのだろうか。
誰かの事情や痛みを切り取って、勝手に世間にさらす。
その現実の冷たさが、すごく恐ろしいと思った。
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