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188、情報は有償です
「……条件をつけましょう。絶対に、複合呪いに掛かることなく持ち運ぶこと。私にはその手立てはないのです。あなたが出来るというのであれば、是非見せてもらいましょうか」
ばっと立ち上がった宰相の人は、一緒に石像の所に行く気満々のようだった。時間大丈夫なのかなこの人。でも自分の目で確認しないと気が済まないのかな。
俺達三人と護衛の近衛騎士二人の計五名で廊下を進み、裏口から外に出て、詰所を通り、騎士たちに囲まれて誰も入れなくなっているアドレラ教の建物の前に立つ。
宰相の人が声を掛けると、入り口に立っていた騎士が敬礼をして道を開けてくれた。
あ、これ、俺達が単独で来ても絶対に建物内に入れなかったやつだ、絶対に。宰相の人に最初に声を掛けてよかった。
ホッとしながらいい思い出のない建物内を歩いていく。
途中、ようやくマッピングされているところに出たので、こっちです、と今度は俺があの魅了の呪いの掛かる石像の欠片の所に導いた。
この欠片なら触ってもすぐ呪いを解けるんだけど、それじゃこの人は納得しないだろうから、と俺はインベントリから小さな瓶の酒をそっと一本取り出した。
毛皮の所を選んで、そっと酒を垂らす。割れたところに掛けたらどんな風になるか想像しただけで血の気が引くから丁寧に、毛並みの所だけ。
すると、石の質感だった毛並みが、本物の様に色鮮やかな金色の毛並みに変わった。
そこをそっと触り、採取の時のようにインベントリに入るよう意識する。するとインベントリに『呪いの石像の一部(胴)』がしっかりと収まった。呪われることもなかった。
突然石像が消えたことに驚いている宰相の人を放っておいて、残り二つの石像の欠片も同じようにインベントリに突っ込む。こっちは『呪いの石像の一部(右腿)』『呪いの石像の一部(腰)』となった。上半身は向こうにあるし、胴と腰と右腿が手に入ったから、他のパーツを探さないといけないのかな。それとも、洞窟にあるのかな。洞窟になかったら探さないとかな。
インベントリを見て満足すると、俺は次に教皇の間に向かった。そしてためらいなく私室の方に向かい、あの隠し扉を発動させる。
ギギギと開いたドアから中に入って行くと、前と変わりなく、ライオンの石像が部屋に置かれていた。
さっきと同じようにこっそりと酒を肩に掛ける。金色の毛並みが現れたところで、俺はそこに触れた。
するっと石像が消えるように俺のカバンに吸い込まれていく。
そしてインベントリに『壊れた石像の頭部』が表されたことを確認すると、俺は宰相の人を振り返った。
「ね、呪われないでしょ。では、これは俺が責任もって呪いの洞窟に戻しますね」
「……どうして呪われなかったのか、聞いても?」
「報酬によります。このことはあんまり人に広めちゃいけないってわかったので」
これで石像を運べる、と悪用されたらいやだし、これ以上ライオンの石像を弄り回して欲しくないから。
さっきの文が胸にささっている。
この人はいい人だけど、時には自分の持ってる極秘の情報を使って人を動かすことだってあるだろうし、そこから呪いを受けない方法とかそういうのが出回ってしまっても嫌だし。
宰相の人は、少しだけ考えるそぶりを見せてから、ちらりと俺の顔に視線を向けた。
「……どういった報酬だったらその情報と交換できますか?」
「秘蔵書庫の蔵書」
「な……っ」
迷いなく答えた俺に、宰相の人は言葉を継げなかった。
わかってるよ。国があんな風に隠してまで保存している本を一個人がひょいひょい欲しいなんて言ってもほぼ無理に等しいことは。でも、こんなチャンスを逃しちゃいけないんじゃないかって思って。
ジャル・ガーさんの本がこんな迫害した側の中枢の本棚に誰にも読まれないように隠されてるなんて、間違ってる。
あの本は、世に出回ったほうがいいと思う。もちろん内容は一部何とかしないといけないけど。獣人は格下なんかじゃないんだよ、差別しないでって訴えてる本なんだから。
獣人たちが消えたから、この世界の人はもう、獣人に差別をなんていう時代でもなくなってるのかもしれないし、そんなことを言ってたのは昔の話、なんて笑い事にしちゃう人もいるかもしれない。
でも、それじゃ、多分また獣人が出てきたらそういうことを祖先から伝え聞いていた人なんかは差別を始めちゃいそうで。
俺達プレイヤーの中には獣人の姿を模してアバターを作ってる人だってかなりいるから、それも差別緩和になるだろうけど、でも、あの本は絶対に秘蔵しておくための本なんかじゃないんだ。
「……それほどに、広められない情報なのですか? あそこの本を対価に出来るほどに」
「だって、この国の人は誰も知らない情報でしょ。エルフは知ってるかもしれないけど、多分人族には教えてくれないですよ。だって人族の行き過ぎた差別からこんな呪いの石像が出来上がったんだから。その石像自体の解呪方法を人族に教えちゃ元も子もない気がして」
だって、ここに入っているライオンの石像のことを考えると、胸が痛い。
ジャル・ガーさんが、そしてフォリスさんがどんな気持ちで自分の最愛の人と別れを決意したのかと思うと、胸が痛い。
もしかしたら、俺達がそういう未来をだどっていたかもしれないから余計に。
「あなたは、どうやってその情報を手に入れたのですか?」
「それを知って同じ道をたどると、答えが出てしまうのでやっぱり報酬を要求していいですか」
「……あなたはなかなかに食えない人だったのですね」
俺の答えに宰相の人が苦笑した。
単純だと思ったって言いたかったんだろ。俺だって普段はもっと考えなしに動いてるよ。
でもこんな取引とかをしてまでも、あの本をあそこの狭い所から出したいんだ。
「ふむ。あなたがどの本を欲しいのかはわかりませんが種類によっては考えないこともありません。この街に住んであそこに通えばいつでもお目当ての本を読めるのですが……」
ふぅ、と溜め息を吐く宰相の人は、未だに俺がこの街に越してくるのをあきらめてないみたいだった。それは無理です。
「レシピの書かれたような本でないことは確かです。多分あの中ではただただ「古代魔道語の本だから」っていう理由で集められた本だろうから、出してもそこまで王宮には打撃がないはずです」
「レシピではない本……」
フォリスさんに失礼だとは思いつつ、必死で本の価値を下げることを言う。この必死さが顔に出てないといいんだけど。
宰相の人は記憶をたどるように、顎を手で撫でながら考え込んだ。もしかしてこの人はあそこの本を全部読んだのかな。カードの文字を古代魔道語に出来るくらいだから、文字には堪能なんだろうけど。
レシピ集みたいなものが圧倒的に多い書庫の蔵書の中に、ああいう物語風な本はそこまではなさそうだったけれど、それがピンと来るくらいに中身を覚えてるのかな。この人の頭の中はどうなってるんだろう。
書庫にあった本を思い出しながら怪しい人を見る目で宰相の人を見ていると、宰相の人は「ああ」と顔を上げた。
「この石像を回収しようと思ったということは、この石像の由来の物語を読みましたね。あれはなかなかに胸に来る話でしたが」
由来の物語、という言葉に少しだけ眉が寄る。
そうか。宰相の人は胸に来る話、っていう感想なんだ。昔こんなことがあったんだな、なんてくらいにしか思ってなさそうな口ぶりに、口から出そうになる溜め息を必死で飲み込んだ。
「マック」
小さく隣からヴィデロさんが俺の名前を呼ぶ。そしてそっと俺の眉間を指でなぞった。
普段の表情で俺を見下ろすヴィデロさんにほっとして、俺は意識して口元をニッと持ち上げた。
「知っているなら話が早いです。あの話、俺は不覚にも泣いてしまうほど胸に響いて。すごく気に入ってしまって。でも秘蔵の蔵書なので手に入れるのは難しいなって思ってたんですけど、なんかいい機会だからってついつい」
「ついついで秘蔵の書物を報酬に指定されるとは思いませんでしたが、まあ……あの本であれば、報酬として差し上げても問題はないでしょう。では教えてください」
それほどあの本に価値を見出していなくてよかったと思うべきか、フォリスさんの意志がこんな風に扱われていることに憤りを感じるべきか迷いながら、俺はありがとうございますと頭を下げた。
「一つだけ、約束してください。これは、宰相様だからこそ教える情報です。獣人を奴隷か何かと勘違いしている貴族の人なんかには絶対に漏らさないでください。絶対です」
「もう獣人を奴隷扱いする者などほぼいないとは思いますが、わかりました。私の胸ひとつにしまい、もしこの情報が必要になるときが来れば、私自ら出向くと約束しましょう」
真摯に頭を下げる宰相の人を一応信用することにして、俺は口を開いた。
「俺が貰った本の中身を覚えていますか?」
「ある程度は。石像になった獣人の話ですよね」
「石像になった後、その番の方がどうやって石像と話を出来たのか、覚えていますか?」
「お酒を石像にかけたら、石像が動き始め……まさか」
俺の問いに答えながら、宰相の人はある答えに行きついたようだった。
本の中に、ジャル・ガーさんフォリスさんに「抱き着くなら酒を掛けてから」と言ってたという一文があったんだ。それはつまり、酒を掛ければ石像は動くし、人族が触っても大丈夫、と言っているのと同じだと。
「……してやられました。私も答えを持っていたのですね。報酬の払い損です」
顔を手で覆った宰相の人は、ハハハ、と乾いた笑いを口から零した。
「まあ、男に二言はありません。特別にお持ちください。それにしてもマック殿」
「はい」
「どうしてあなた方異邦人の器にエルフや獣人があるのかわかりますか」
今度は俺が宰相の人に質問されてしまった。
その質問の意味が読み取れなくて、首を捻る。
それは、俺達の世界ではそういうアバターが人気で、自由にというコンセプトなんだから種族も好きな物を選んでいいよっていうそういう選択肢じゃないのかな。
でも、そういう考えがこの世界の人にはあるとは思えなくて。
もっと深い意味が、あるのかな。
ムムムと唸って考えていると、ヴィデロさんが「あなたは」と口を開いた。
「もしかして、異邦人たちが人族以外の姿で街を歩くことで、この世界の人に慣れさせようとしているんですか……?」
ヴィデロさんの言葉に、俺はハッと頭を上げた。
宰相の人は少しだけ口角を上げて、正解とも不正解ともいわずに満足げだった。
「エミリさんは生粋のエルフです。彼女が魔王討伐に選ばれたとき、ここに集まった身分の高い者たちの目は、同じ生きる物を見る眼付きじゃなかったのを覚えています。この土地から人族以外の者たちが去ってから、私たちは何代も世代交代しましたが、未だにそういう目で見る者がいるということに、ちょっと来るものがありまして。私も利用できる者は最大限に利用したい質なので、ヴィデロ君のお母さんから異邦人の話が出た時に、ちょっとばかり提案させてもらったのですよ。私は、どちらかというと差別反対派なのでね」
うわあ、なんか、この人いい人なんだけど、全面的に信用するのは怖いっていうかなんて言うか。
やってることはすごいことなのに、なんか悪事に手を染めてるみたいな雰囲気だった。
すごく理想のことをやってるはずなのにおかしいなあ、言い回しがアレなのかな。
でもこれであの本は俺のモノになったってことだ。
これだけうまい具合に話が運ぶのって、絶対にヴィデロさんのおかげだよ。いるだけであらゆる面で心強いってホントヴィデロさんカッコいい。好き。っていうかもう隣に立っててくれるだけでいい。それだけで大満足。
ライオンの石像も回収したし、と俺は早速宰相の人に別れを告げた。
「またぜひ遊びに来てくださいね」
「あはは、ここの蔵書が見たくなったら来ます」
「ヴィデロ君も。こちらの君の住んでいた屋敷はいまだ私の管理下で残っています。いつでもその屋敷を使っていいのですよ」
「売り払ってください」
つれないお二人ですね、という宰相の人の声を聞きながら、俺達はまた書庫に向かった。
もう一度あのドアの前まで行き、ヴィデロさんに待っていてもらってフォリスさんの本をそっとインベントリに入れる。しっかり入ったところを見ると、宰相の人が許可をくれたからだってのがわかる。持ち出し禁止はインベントリに入らないはずだから。もっともっとレシピを見てみたいけれど、それはまた今度。主要のレシピは最初に覚えたはずだから、と扉に手を掛ける。今度は扉の横で待っていてくれたヴィデロさんと一緒に外に向かった。
ここに一泊するのももったいない、と俺たちはその足で街を出ることにした。
慌ただしくなったけれど、気が急いたんだ。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。