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190、新しいクエストとジャル・ガーさん
ジャル・ガーさんはいつもの通り、石像状態で座っていた。
俺とヴィデロさんはジャル・ガーさんに近付き、酒を頭から掛けた。
石の瞳に光が入る。
口が動くようになった瞬間、ジャル・ガーさんが口を開いた。
『薬師の兄ちゃん、お前今何を持ってる』
やっぱり感じ取ることが出来たのか。
俺がライオンの石像を持ってること。
「北の石像であるオランさんを」
『どうしてお前がその名前を知ってる』
「本を読んだので」
いつもとは違う雰囲気だった。
少しだけいつものフレンドリーさがなりを潜めている。
そうだよな。仲間の身体を持ち歩く人族の偽物だし。
「ジャル・ガーさんに訊きたいことがあってきました。壊された石像は、治せるんですか。治せるんだったら、どうすればいいですか。王宮の敷地の奥に、隠されて置いてありました。あそこに置いておいちゃダメだって思って、持ってきました」
『……』
黙り込んで俺を見下ろすジャル・ガーさんは、しばらくそのまま考えるように口を閉じていた。
一度大きく息を吸って、はぁ、と吐いたジャル・ガーさんはガシガシと頭を手で掻きむしった。
『俺達石像になった獣人ってのは、秘術で不死になってるんだ。だから、薬師の兄ちゃんが持ってるその石像も、全然死んじゃいねえ。ずっと叫び続けてる。俺が聞こえたのは兄ちゃんがここにオランを持ってきてくれたからだがな、きっとずっと叫び続けていたと思う。正直、そこまでバラバラにされちまったやつを治すってのは難しいんだ。身体を切り刻まれてるのと同じだからな』
「治らないわけじゃ、ないんですね」
『治らねえかもしれねえ。石のままだったら生き続けるが、バラバラなままだ。身体を治して繋ぐためには、石化を解かないといけない。でもそれだと、割れた場所が悪ければ、治そうと石化を解いた瞬間死ぬ』
それは、生きるのに必要な主要パーツが割れていたらアウトだったってことなのかな。
胸から上の上半身はしっかり残ってる。足は何個かにバラバラになってるけど、足はハイポーションでくっつくから大丈夫。でも、半分に割れた胴体は。
「石化を解かずに治せないんですか。割れたところだけ酒を掛けて石化を解いてハイポーションを掛けるとか」
それだったら、石化してるところはしてるから、死にはしないんじゃないか。そんな一縷の望みを込めて質問すると、ジャル・ガーさんは目を見開いた。
『……やってやれねえことはねえな……ところで薬師の兄ちゃん、オランのやつが割れたのはどの部分だ』
「ここの鳩尾部分から上は割れていないので、心臓と脳みそは大丈夫です。その下の胴体部分と腰部分、あと右足の腿を持ってます。残りは、探します」
『胴体か……ギリギリだな。なあ、薬師の兄ちゃん、頼みがあるんだが』
唸るようにジャル・ガーさんがそう言った瞬間、クエスト欄にピコンと通知が来た。
『オランの身体を集めてはくれねえか。いつになっても構わねえ。さすがにそんな姿になった仲間を見てるのは偲びねえんだ』
「言われなくてもそうします」
『集め終えたら、またここに来てくれ。頼む』
「わかりました」
頷くと、ジャル・ガーさんがホッとしたように表情を緩めた。
きっとカバンの中からオランさんの叫びが続いてるんだろうな。大嫌いな人族に持ち歩かれてるのも屈辱だろうし。
「ごめんなさい。もう少しだけ我慢してくださいね」
誰にともなくそう呟くと、ジャル・ガーさんが目を細めた。
乾いてきた足に酒を掛けて、残りをジャル・ガーさんに渡す。
まだ今日ここに来た用事はもう一つあるんだ。
俺はインベントリに入ったフォリスさんの本を取り出して、ジャル・ガーさんに近付いた。
「俺、この本を読んだんです。それで、どうしてもジャル・ガーさんに見せたくて」
ジャル・ガーさんはいきなり差し出された本を、キョトンとした顔で見下ろした。
手を出しかけて、その手が酒に濡れてるのに気付いたらしく、そこからにゅっと鋭利な爪が生えてくる。
爪の先で器用に本を受け取り、ジャル・ガーさんはページを繰った。
最初の文章を読んで、目を見開く。
そのまま食い入るように文字を読み、足元や耳が石化していくのも構わずに本に目を落とす。
ページを繰ろうとして腕が石化して動かなくなったことに舌打ちしたのを見てヴィデロさんが石化したところに酒を掛けていた。
おざなりに『ありがとな』と礼をいいつつ、目は本に釘付けで、ひたすら文字を追っている。
その間に、と俺はクエスト欄を開いてみた。
『【NEW!】獅子の石像をすべて集めろ!
バラバラにされた獅子の石像をもとに戻すため
獅子の石像のパーツをすべて集めよう
集めたら狼の石像の元に持ってこよう
獅子の石像の身体をもとに戻そう!
クリア報酬:??? 獣人との親愛度上昇
クエスト失敗:獅子の石像をすべて集められなかった 獣人との和解難易度上昇』
元に戻すまでがクエスト内容なんだ。これも期限が切られてない。最近こういうのが多い気がする。でも、獣人との親愛度が上昇するのはちょっと嬉しい。
クエスト欄を閉じてそっとジャル・ガーさんを見ると、ジャル・ガーさんは本を読みながらその瞳から大粒の涙をこぼしていた。
それでも、何とか文字を追い、ページを繰り続ける。
最後の一文まで読み切ると、ジャル・ガーさんは本を俺に差し出した。
「この本……」
『薬師の兄ちゃんの本なんだろ。しまえよ。しまわねえと、あいつのその文字を読めなくしちまいそうで怖い……』
声が震えていた。
俺が本を受け取ると、その手で目元を覆った。
『昔の話だ。もう、天寿を全うしたんだ。最後は幸せそうに笑って逝ったんだ。それだけで、俺は。……あいつの最後の望みがあいつを忘れるってことだったら、俺は最後の最後にあいつを裏切ることになっちまうな』
目を覆った手の間から、ぽたぽたと涙が垂れていく。
それは、裏切りじゃないと思う。
でも、泣いているジャル・ガーさんに俺は何も言うことが出来なかった。
『悪い、情けない顔を見せちまったな』
「情けなくなんてないです」
『こんな懐かしいあいつの文字をこんなところで見れるとは思わなかった。あれからもう何百年たったのかすら忘れたってのにな。その本は兄ちゃんの好きにしな。俺の大事なやつの心がまだこの世界に残ってたってのがわかっただけで、俺はここに生きてる価値があるってもんだ』
「ジャル・ガーさん……」
ズズ、と一つ鼻をすすると、ジャル・ガーさんはニヤリといつもの表情になった。
『もしも酒をもっと持ってるんならくれねえか。なんか、飲み足りねえ気分になっちまった』
「はい」
インベントリから、赤片喰さんからたくさんもらった火酒を取り出して、ジャル・ガーさんに渡す。
ガンガン渡してるけど、もともとジャル・ガーさんに渡すために貰ったものだからいいよね。
ジャル・ガーさんは瓶を傾け酒を呷り、ぶはぁ、と豪快に息を吐いた。
『お前らはしっかり最後まで寄り添えよ。まあでも人族だからそれは難しいのか? 俺ら獣人にはあの人族特有の番以外と平気で交尾するっていうのが全く理解できねえんだが。兄ちゃんたちはそういうの平気な人間になるなよ』
「あ、それは無理です」
「俺もマック以外考えられない」
即座に答えた俺たちに、ジャル・ガーさんが豪快に笑った。
そっか、獣人は番になると一生添い遂げる愛情深い種族だった。
だからこそ、未だに心にフォリスさんがいるのかな。でもこのままここで石像を続ける限りジャル・ガーさんは生き続けるんだろ。その間ずっと番のいなくなった気持ちを抱えて生きて行くのかな。
「でも、ジャル・ガーさんがもし新しい恋に落ちても、フォリスさんは祝福してくれると思います」
ついつい余計なことだとは思いつつ、そう声に出してしまうと、ジャル・ガーさんもうんうん頷いた。
『俺もそう思う。それよりも、まだ引き摺ってんのかって怒られそうだ。早く俺を忘れてって泣かれるかもしれねえな。あいつはそういう可愛いところがあるから。でもよ、薬師の兄ちゃん』
しみじみと語るジャル・ガーさんは、一旦目を伏せ、そしてまっすぐに俺を見た。
『こんな石に恋するやつなんていると思うか? なにより、俺は色が見えるっつったろ。きっと顔とか種族とかより、その魂の色に惚れるんだよ俺は。でもな。俺が好きなオーラの色、今まで一度しか会ったことねえんだ』
「それが、フォリスさんなんですね」
『その通りよ。きっと同じ色の魂のやつがここに来たら、一発で惚れる自信はある』
ふふん、なんて自慢げに話すジャル・ガーさんの言葉に、もしかしてジャル・ガーさんは輪廻の輪を巡ってまたこの世に生を受けたフォリスさんをここで待ってるのかな、なんてふと思った。
魂の色が同じってそんなの、同じ魂を持つ人ってことと同義語なんじゃないのかな。
「そうか……ジャル・ガーの理想の魂を持つ者がまた現れるといいな」
手に持った酒を掲げながら、ヴィデロさんがそう呟く。きっとヴィデロさんも同じ考えだったんだ。
『兄ちゃんたちは、しっかりと運命を掴めよ』
「……もう、大丈夫だ」
ジャル・ガーさんの言葉にヴィデロさんが頬を緩めてそう答えた。一度目を伏せ、ジャル・ガーさんを見上げてから、目を細めて愛しそうに俺を見る。
「俺も、何度も何度も諦めかけた。世界が違うと。でも、今はもう、諦めることはないとわかったから」
『じゃあアレか。ここにある糸みてえなのが、兄ちゃんたちの運命の糸みてえなもんなのか』
「ああ、そうだな」
俺達には決して見えない糸を弾くように、ジャル・ガーさんの指が動く。
俺が調整を頼む向こうの世界との懸け橋。
俺と、ヴィデロさんの懸け橋、なのかな。
その後は、ジャル・ガーさんの足が石に戻るまで、フォリスさん自慢をし続けたジャル・ガーさんは、石像に戻った時の顔がとても幸せそうな顔で、なんかすごく鼻の奥がつんとした。
その顔の隣に立つ人が現れてくれますように。でも、それはここに石像がいらなくなる時代であって欲しいと思う。
幸せそうに微笑む狼獣人の石像に手を振ると、俺達はその場を後にした。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。